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翌日。ベルフィーナはレイヴィスやダグラス、その他物々しい騎士達に囲まれるようにして商会へと出向いていた。
フラワードラゴンの引き渡しだ。かなり大きいため、倉庫のような広い部屋に通されて、そこへ空間収納から取り出す。

ドォォォン……。

瞬いた瞬間出現した見事な巨躯に、商会長は大喜びだった。気合を入れて売却すると目を輝かせている彼なら、きっと高く売れる事だろう。

ベルフィーナはレイヴィスやダグラスと目を合わせ、高額の期待にワクワクが止まらず、ニコッと笑った。その仕草が可愛らし過ぎて、周りの騎士全ての心を撃ち抜いてしまったとは気付いていなかった。


「ベル様!ぜひウチの商会でその手腕を発揮して頂くことは……」

「ごめんなさい。光栄ですが、間に合っているので結構です。」

「そうだ、彼女に手を出そうなどとは思わぬ事だ。この騎士団所縁ゆかりのものだからな」


勧誘してきた商会長は、『これは手強い』と肩をすくめて笑った。あまり本気ではなかったようで、ベルフィーナもほっと肩を撫で下ろした。


しかし、その商会へ行った帰りから。

ベルフィーナの後ろを付ける何者かがやたら増えた・・・のに気付く。

ベルフィーナの空間把握によれば、人数は時間帯によって増えたり減ったりするが、常に5人はいる。動きはバラバラだったり、かと思えば妙に呼吸のあった動きを見せる組もいる。

(前からもいたけど、商会からの囲い込みかしら……?あ、そのうち二人は絶対に無いみたい。明らかに素人だもの。粗方住居を特定したいって男かしらね)


この手のストーキング行為は、実は貴族令嬢時代からあった。ウォルターと街でデートする時、侍女ハンナと買い物をする時。
こちらの行動を監視するだけならもはや害はないと思っている。流石に手を出してくるのなら容赦なく処理・・させて頂くが、今はまだその段階ではないようだ。


街中でも短距離転移は実に役に立つ。曲がった角から別の角、影へ転移しながら進めば、まず追いつかれることはない。

すいすいと躱して、ベルフィーナは難なく魔の手から逃れるのであった。









それからまた十数日が経つ頃には、ベルフィーナは完全に調薬中毒となっていた。

調薬、楽しい。

寝る間も惜しんでポーション製法や薬草についての書籍を読み漁り、ふと気になることが出来れば夜中でも外へ飛び出して珍しい薬草を採取して帰ってくる。宿はほとんど食事と仮眠のみで、ヒルデの店の方に押し入っている状態。

ヒルデはその狂人とも言える集中力に引いてはいたものの、長い間生きてきた中で、ベルフィーナの貪欲な姿勢は刺激的な程新鮮だった。
なのであれこれと質問を受ければ出し惜しみせず教授し、また、貴族的な考えもベルフィーナからちゃっかり仕入れた。

「少しの美容成分をポーションに…ねぇ。高くなるんじゃ平民は手を出さないと思うけど」

「いいえ、ヒルデさん。ヒルデさんは元々美女だから参考にならないけれど、女は美容が命。平民だって、濃度を限りなく薄くして値上げを抑えれば買うわ。貴族に至ってはポーションの成分がほとんど無くたって手に入れるはず」

「販路はどうするの?貴女、ツテは……」

「この国ではまだ。でも、実家のツテがあるし、販路を広げた実績もありまして。……まずは開発から、だけれど、『美肌ポーション』、イケると思うんです!」

この時も既に深夜だったが、美容成分のある薬草を片っ端から見たくなったベルフィーナは森へと繰り出していく。


店から出て王都を出ると、獲物がかかった、と言わんばかりに襲いかかってくる男たちがいた。


「こんな夜中に、どこに行くんだ~?男か?男ならここに……」

「進路の邪魔よ」

「こりゃいけねぇ、男への口の聞き方ってもんが……っガァ?!」


そんなものは、薬草に目の眩んだベルフィーナの敵ではない。
そもそも空間把握があるので、尾けてきているのは恥ずかしい程丸わかり。もしプロの暗殺者であればベルフィーナとはいえ手こずったが、捕縛しようとしたり、近くへ来てニヤニヤしながら露出し始める間抜けな男たちはあっけなく昏倒させられていく。

彼らは時に一人だったり三人組だったり、戦闘は素人だったり心得があったり。特に深くは考えず、平等に、無慈悲に地面へ叩きつけ、地面ごと陥没させる。


ウォルターは見向きもしなかった『女』を、
求めてもいない男が搾取しようとする。


どちらもこちらの意思などは無視し、支配権があると自惚れた暴漢クズ
ベルフィーナは容赦しない。

八つ当たりだけではなく、もしベルフィーナでなかったらと思えば、念入りに処理すべき案件でもあるから。


鼻歌混じりに薬草採取がてら、彼らの暴れん坊やを切り離し、孤立無援の場所へ埋める。
ベルフィーナは実にスッキリした心地で、深夜と寝不足の興奮も作用し、スキップしながら帰宅した。



……後日、『深夜の悪魔乙女』という怪談が流行り、王都の治安が少しだけ良くなったらしい。










次の納入日となり、ベルフィーナは鏡を見て、『完璧』と呟いた。

前回同様、訝しげなマイクに堂々と証文を見せる。


「へ……ベル様?」

「ええ、そうよ」


マイクが絶句する。

ベルフィーナの美しい銀髪はボサボサの茶髪の中に纏めている。
大きすぎる眼鏡は蜻蛉トンボのようで、更に小汚く曇っている。
顔中にそばかすを散らし、アメジストの瞳はぼんやりと灰色がかったものになっている。

顔の造形を全体的に歪ませるのが、ヒルデから貸してもらった変装の眼鏡の効果だ。

冒険者の服ではなく、中古の服屋で買った安い町娘のワンピースに、使い古した野暮ったいローブが薬師の未熟な弟子感を醸し出している。


「なんと。別人かと思いました……」


同じやり取りをコリンとも行い、完璧な変装術に自分でも自画自賛した。あまりに存在感が無い為か、鍛錬をしている騎士達の横を通ったのに視線は一つもなく、ほっとする。令嬢達も、あの赤髪の王女もベルフィーナには気づいていないことから、路傍の石ころ程度になれたらしい。

無事に任務を達成し、もうすぐ門に着く、そんな時だった。


「ベルじゃん」


ぎょっとして振り向いてしまい、悪戯っ子の瞳とかち合う。ダグラスだった。
走ってきたのか、息を切らせていた。白い頬を上気させた色男の登場に、ベルフィーナはたじろぐ。


「わぁ。凄いねぇ。全然違う!」

「なんでわかったの?私、自信あったのに……」

「歩き方と姿勢かなぁ?すごく綺麗だし、それでいて隙のない警戒心もある。ベルくらいだよ」

「褒められているの、かしら?それは」

「もちろんっ!そうだ、ベル、今晩夕食でもどう?珍しい酒場があるんだ」

「ええと、いいわよ。期待しておくわ」

「そうして」


ダグラスはベルフィーナのぼさぼさの頭を撫でて、そっと髪を耳にかけさせる。嬉しそうに目を細めながら。
一瞬で体温が上がるのを感じて、ベルフィーナは踵を返し、そそくさと退散する。背中からクスクスと機嫌よく笑う声が聞こえる。

本当に、人たらしには要注意である。こんな容姿の時にまでブレないのは、もはや尊敬すらしてしまった。
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