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しおりを挟む王女が護衛騎士と恋に落ちる。そういった類いの劇は多い。
だが実際にはどうだろうか?
他国や国内有力の貴族家へ降嫁させる王女の護衛は、基本的に専属ではなく、入れ替わり制。人間、側にいる時間が長いほど情が移るのは仕方のないこと。しかし、王女にそれは許されない。
また、騎士は当然ながら血筋よりも能力を重要視して採用される。護衛任務に就く際は、護衛対象との接触、任務に関わる事項以外に話しかけることは禁止されている。
王女には公爵家長男の婚約者がいるにも関わらず、レイヴィスの顔面と禁欲的な姿勢、冷たい態度に惚れてしまっていた。
ただの護衛騎士だった時に、意味もなく纏わりつく王女に『護衛任務の邪魔です』と言い放ち、夜も無駄に部屋へ呼び寄せる王女に『もう一人呼びます』と牽制し、最終的に、抜きん出た実力を示すことで若年にも関わらず騎士団長となった為に護衛任務から外れた。
騎士団長は騎士達の取りまとめをする役だ。自ら魔物を切り裂くことはあっても、王女を守ることはしない。精々警備体制の立案、確認くらいだ。
美しさに自信のあった王女は、なかなか自分のものにならないレイヴィスにまた惚れ直し、さらにしつこく追いかけるようになった。
「驚いたわ。お姫様だったの、あのお方」
「随分と遊んでいるみたいだがな……閨教育と称して」
「…………アー…………。」
お転婆姫の方だったか。婚約者もさぞ苦労していることだろう。
しかし、いくらレイヴィスの容姿が優れていようが、能力が高かろうが、彼はスペンサー侯爵家の三男。三男である。
仮に公爵家との婚約を解消しレイヴィスと結婚しても、精々騎士爵の妻にしかなれない。王女のこれまでの金銭感覚とは大いに違う生活に悩むことだろう。
そうベルフィーナが客観的に邪推していると。
「それが、別に婚約を破棄したい訳ではなく、護衛騎士として嫁ぎ先に着いてきて欲しいのだそうだ」
ベルフィーナの脳裏に、ぱっと下衆な考えが浮かぶ。
頭を振って打ち消した。いやいや。まさかね。そんな、堂々と出来るわけが無い。
「大方寝台に侍らせたいと思っているのだろうが」
「ごふっ」
「大丈夫か?飲み過ぎだ、水を飲むといい」
誰のせいなのか。明け透けな言い方すぎる!
水を受け取りつつジトっと睨むベルフィーナに、レイヴィスは気付かずに話を続ける。暗めの照明の弊害である。
「何一つ私のメリットがない。億が一にも王女に懸想している、又は忠誠を誓っている騎士ならば着いていくのも理解は出来る。しかし、何か起こってみろ。公爵令息相手に喧嘩を売るようなものだ。最悪消されるのは騎士の方で、王女はお咎めなし、ということも普通にあり得る。」
「……それは、そうね。冷静に、常識的に考えれば。」
「それに私は騎士の仕事に誇りは持っているが、誰か特定の人物を守るというより、力無き国民を守りたいという意識の方が強い。……護衛はあまり好きでは無いというのは、騎士には向いてないかもしれないな」
「そうかしら?国民を守りたいなんて、なかなか思える人は少ないのに。私はそんな人が騎士団長なら安心して住める国だなと思うけれど」
「……そうか……」
レイヴィスがほんのりと頬を染め、ぎこちなく笑った。照れているようだ。可愛い。
「もうすぐ王女は結婚式を控えているからな。それまでの辛抱だ。ベル、あれに目をつけられては良くないから、それまで目立たぬようにしてくれ」
「ああ……、そうね。ヒルデさん、折れてくれなかったから、原型がわからないくらい変装して行くわね」
あの目つきを思い出せば、すでに目をつけられていそうだ。面倒である。レイヴィスと一言二言話しただけでアレならば、他のご令嬢は近寄ることもできなかっただろう。
今、ベルフィーナとレイヴィスは指一本分くらいしか離れていない。体温すら伝わってきそうな距離。
腕だけでも二回り以上太い。逞しい、厚みのある上背。彫刻のような横顔。ゆっくりと薄めのカクテルを飲みながら、ドキドキする鼓動を悟られないようにと息を潜める。
新しいツマミはもったりしたチーズと瑞々しいトマトの美しいカプレーゼ。あっさりした味わいに、新たに濃いめのカクテルを頼むとぐいぐい進んでしまう。
「そういえば、ベルは何か変わったことなどは無いか?」
「んー、そうね。もう少しで一区切りしたら、本格的に手に職を付けようと思っているわ」
「一区切り?」
「あー、簡単に話しておくと。私、つい先日元夫との離縁が成立したのよ」
「……っ!」
レイヴィスは驚き、グラスを落としそうになる。そんな男を珍しそうに見て、クスクスと笑った。
「あら?ごめんなさい、言ってなかったかしら。驚いたわよね。それで相手が最後に会いたいらしいから、今度会うの。私も最後に言いたい事言ってやりたいから」
「差し支えなければ、離縁に至った経緯は……」
「それこそ長い話になるけれど……愛情の枯渇と、相手の不貞……?かしら。本当に色々とあり過ぎて言い表せないけど、今はとてもスッキリとした気分なの。」
「そうか……。すまない、立ち入った事を聞いたな。」
眉を下げても美形は崩れない。ベルフィーナを労わるように、レイヴィスはポンポンと背中を叩いた。
大きな手のひらの熱を感じて、急に恥ずかしくなったベルフィーナは俯く。その長い銀の睫毛は頬に影を落とし、簾のようだった。
「そう、だから……いくら非が向こうにあるとしても、離縁した貴族女性の行き場所は殆どない。修道院に行くつもりだったけど、あんまりにイライラしていたから……冒険者になってからにしようと、思ったの。その時は」
「それで……」
「レイヴィスと初めて合った時は本当に態度が悪かったと思うの。ごめんなさい。八つ当たりだったわ」
すぐ側にある顔を見上げる。意図せず上目遣いとなってしまい、レイヴィスは顔を赤くしてそっぽを剥く。
「そ、そうは感じなかったから問題ない。ベルの言った事は至極まともな事だった。特に気にしていないから大丈夫だ」
「……ありがとう。貴方は器の大きい人よね……」
「……そんなことは、ない」
ぷいと顔を背けるレイヴィスだが、その耳は赤くなっていた。可愛い。そんな感想を抱いてしまう。
「今は、冒険者をして……滅多に出来ない経験を積めて良かったと思うの。だから、手に職を付けて、修道院へ行かずに生きていけるようになりたいなと思って。レイヴィス、応援してくれる?」
「…………ああ。勿論。ベルの凛としたその姿勢は美しいな。羨んでしまうくらいに」
「貴方にそう言われるなんて光栄だわ」
くすくすと笑うベルフィーナに、レイヴィスは眩しいものでも見るように目を細めていた。
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