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しおりを挟む無事ピーチパークへと着いたベルフィーナは、身分証はないものの、しかし犯罪者ではないと堂々と入る。その堂々ぶりと、気品ある物腰に、門番は訳あり令嬢だろう、可哀想にと、いとも簡単に彼女を街に入れた。
「あっけないわね……。」
すんなり入れたことにホッとしたベルフィーナは、早速、森の中を通る内に考えていた計画を実行に移す。
冒険者になるのだ。
やはり魔物を狩るのは向いている。野営も苦にならない。今は結婚や恋愛どころか、人との関わりも億劫になっていたベルフィーナは、数年冒険者としてソロで活躍したいと考えていた。
ウォルターを支える為に魔術士団や、文官、家庭教師へのスカウトを断り、慎ましく華やかな夫人を演じていた。そういう風に育てられたし、それが女として理想の人生だと思い込んでいた。
しかし現実はそうではなかった。
夫の付属品だった。
ベルフィーナではなく、モーティス次期伯爵夫人になった。
女として愛されもせず、ただの、夫の出世の為の添え物。
夫の身元を保証するだけの、飾り。
それには、学園でつけた首席という自信も、美しく気品のある女性という誇りも、無用の長物。
ただただ笑顔を貼り付けて消費する日々。
もし仮に再婚するとして、また夫人をするのか?
もしウォルターと違い愛してくれたとして、また夫の付属品となり、夫の愛という報酬だけを頼りに生きていけるのか?
答えは考えるまでも無い。
ベルフィーナは領内でも良く冒険者と交流していた事もあり、冒険者らしい格好を整えていく。お金なら、持参金分は持ち出した。
それとは比べ物にならないほど領内を潤してきたので、文句は言わせない。
「ようこそ、冒険者ギルド……へ……。」
古びた扉を開けてずんずんと進めば、威勢の良い挨拶をしようとした受付嬢はだんだん尻窄みになっていく。近付いたベルフィーナの、あまりに美しく、誰も寄せ付けない威圧を感じ、先輩上司に視線で助けを求めるも目を逸らされ、涙目になっていた。
へにょりとへたれた女性の猫耳を見て、ベルフィーナは安心させようとやや微笑みを浮かべた。すると、受付嬢を含め、怖々と見守っていた周囲すら見惚れてしまう。
「ンン。それで、登録がしたいのだけれど。」
「はわ……、っ、登録、登録ですか!お姉様が……?」
にこ、と微笑むベルフィーナに、それ以上聞いても何も答えてくれないだろうと察した猫族獣人の彼女は、いそいそと登録用紙を差し出す。
名前、得意技、パーティー希望の有無や、希望依頼の種類などの項目に、ベルフィーナはすらすらと流麗な文字で書きつけていく。癖になってしまった空間魔術で。
目の前で浮遊する羽根ペンを凝視する受付嬢。その様子は可愛らしい。そしてその可愛げは私にはないな、とささくれた気持ちになりながら用紙を返した。
「ベル様、ですね。ソロ希望……で、いいですか?女性だと色々と危険なこともあるので、男手はあった方が安心ですが。」
心配そうに言われるも、ベルフィーナは動じない。男手に頼ったことは殆どない。必要と思ったこともない。
「そうね、心配してくれてありがとう。でも、問題ないわ。」
「分かりました。」
何も言うまい。と、淡々と手続きを進める猫耳受付嬢は優秀だ。マリーナ、と書かれた名札をチラと見つつ、渡されたプレートを眺めた。
「ベル様を初級冒険者として登録完了しました。掲示板へ張り出された依頼を一定のポイント数こなしていくと、中級、上級へと上がります。上級以上は、多大な功績を残す事に星を贈呈します。一ツ星、二ツ星と、史上最高は五ツ星の方もいらっしゃいました。星が多いほど信用も高くなり、宿屋や食事処で割引きが効くようになりますので、是非頑張って下さい。」
淀みない説明は、流石に何度も繰り返しているのだろう、明瞭でわかりやすい。
「信用、と言うのは?腕が良ければ素行が悪くても星が付くのでは?」
「素行の悪い方は上級になれませんので、ご安心下さい。上級へ上がる際に、ギルド員からの推薦が必要で、推薦が可能なギルド員は秘匿されているので。」
「なる程、脅したり賄賂を渡すことも出来ないから、中級止まりになるということね。」
「ご理解が早く助かります。その……、中級の方から絡まれたりするかもしれないので、身辺には気をつけて下さいね。」
「ありがとう。心に留めておくわ。」
猫耳娘のマリーナは、微笑み返されてうっとりと頬を上気させた。体格の良い男や露出の激しい女の多い冒険者ギルドで、真っ直ぐに背を伸ばし悠々と歩き去っていくベルフィーナは、誰も手の届かない孤高の花のようだった。
女性客の多そうな、小綺麗な宿屋に入る。そこは若い――と言ってもベルフィーナより年上の――夫婦が営む、こじんまりとした宿屋だった。10歳くらいだろうか、娘も溌剌とした笑顔を振り撒きながら働いていた。
「いらっしゃい!宿泊かい?食事だけ?」
「宿泊で。とりあえず三日、泊まれるかしら?」
「勿論。一泊銀貨一枚だから、三日で三枚。食事付きなら、一日銅貨三枚で朝晩つくよ。」
「では食事付きで。」
威勢の良い若女将は手早く銀貨三枚と銅貨九枚を数え、大きなお腹を重たそうにどけて金庫に入れた。
妊娠中だろうか。喉の奥で苦い味が広がった気がして、ベルフィーナはすぐに目を逸らして部屋へと上がった。
使い古されてはいるものの、綺麗に清掃された良い部屋だ。内鍵で施錠することも出来る、良い宿屋でよかったと思いつつ、幸せそうな家族の姿は、今のベルフィーナには辛い絵だ。
思い描いていた家族の幸せ。しかし、もうウォルターの子供を欲しいと思えない上、向こうも思っていない、実現不可能な夢。
手に入ると信じて疑わなかった学生時代のベルフィーナが、心の奥で泣いている気がした。
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