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本編
19 責任
しおりを挟む「王族の身体に勝手に触れるなど……。こんな常識知らずを会場に入れたのは誰だ?私は非常に不愉快なのだが。」
「わ、私だ……」
ディルク殿下は蚊の鳴く様な声を上げた。気持ちは分かるけれど、なんて、情けない。
いくらクライヴ殿下が威風堂々とし、覇王の様な威圧を出しているからといっても、弱すぎる。
「そうか。この女を使ってラウラディアを挑発しようとしたのだな?私を刺殺か毒殺しようとしたのだろう?あるいは……呪術か」
「そんな!」
「ってことは、貴方が隣国の……!プリシラは聖女なの!プリシラと知り合いになれて嬉しいでしょう?」
プリシラ嬢はぴょこんと起き上がり、頬を赤らめ、腕を狭めて胸を強調しようとしているが、僕はもう、それどころではなかった。
このままではディルク殿下に、傷害の容疑がかかってしまう!
プリシラ嬢は罪人として持ち帰ってもらうのはいい。大変結構である。
僕の個人的感情としては、リボンで巻いて上等な箱に放り込んでプレゼントしたい所だが、ディルク殿下は違う。
この国を背負う未来の王だ。
クライヴ殿下は、目の前のプリシラ嬢の存在を丸ごと無視して、ディルク殿下と相対する。
「ではどういうつもりでこの女を会場に入れた?」
「……愛らしいパートナーを自慢するためだ」
ディルク殿下の言葉に、僕はぎゅっと拳を握った。
クライヴ殿下の登場で嫌に活動していた心臓が、今度は冷たい手で握り絞られているようだった。冷たくて、痛くて、呼吸も浅くなる。
「は?信じられぬな。ディルク殿の婚約者はシュリエル殿だろう。そう先程紹介してくれたはずだ……今すぐに彼との婚約を解消し、そこのパートナーと言う女と婚約を結び直すのなら分からないでもないが」
「あ、え……」
「できないのか?では、この女は俺の命を狙ったということだな。夜会に紛れさせて。護衛をつけておいて正解だった」
僕はがくがくと震えそうになるのを抑えながら、ゆっくりと前に進み出る。クライヴ殿下の前に膝をつき、首を垂れた。もう、もう、これしかない。
「……発言の許可を。」
「許す。」
「っ申し訳ありません!この夜会の責任者は私です。ラウラディア王子殿下をご不快にさせてしまい、言葉もありません。」
「それで?」
愉悦の色を浮かべる金眼を、しっかりと見つめ返す。声が小さくならないよう、腹に力を入れて。
「私とディルク王子殿下の婚約は、解消としましょう。ただ、聖女様がディルク王子殿下の婚約者となるためには数々の手続きが必要なので今すぐにとは……」
「では、今すぐに出来ることはなんだ?」
「聖女様はラウラディア王子殿下の前には二度と出さないようにします。それからお詫びとして、私が作成した【エリクサー】を10本、贈呈致します」
ザワッ!エリクサーの名に、会場が騒めいた。
それはどんな重傷を負っていても、死んでさえいなければ完全に回復する、神の薬。
治癒と違い痛みという副作用が無い代わりに、完全回復まで時間はかかる上、材料がとても高価で希少かつ、調合出来る神官もほぼいない。
しかし持っておけば神官を待たずして回復出来るため、王族なら欲しいもののはずだ。
「足らんな。ラウラディアにもエリクサーはある」
「!」
「ちょっと、シュリエル様?プリシラと、この王子様を二度と会わせないつもり?どういう事ですか?!」
空気を読まないプリシラ嬢が、怒りの表情で向かってこようと気にする余裕はない。
考えろ。考えろ。ぐるぐると考えている間に、クライヴ殿下が、時間切れを告げる。
「……では、君をもらおうか」
「……っ!」
また、あの悪い微笑み。
これが目的だったのか!
僕は確信した。初めから、僕をターゲットにされ、そして、思惑通りに踊らされた。
言葉もなく、膝をついたまま呆然とする。
我に返った王によって、僕たちは会場から引き上げさせられたのだった。
別室で急遽行われた会議により、呆気なく、僕とディルク殿下の婚約は解消となった。
そしてプリシラ嬢は二度とクライヴ殿下に近寄らないことを誓わされた。クライヴ殿下の滞在中は、王都から少し離れたシュガーパック男爵領で謹慎となる。
国王陛下は僕とディルク殿下の婚約解消後、少しの抵抗を見せた。ディルク殿下ではない別の王族を僕と婚約させる事を提案していたが、
『シュリエル殿との婚約は枢機卿と教皇の許可が必要だが、こんな扱いをしておいて二度目が許されると思っているのか?』
と、クライヴ殿下に撃沈させられていた。
その通りだと思う。
僕はディルク殿下のやったことの証拠を色々と集めてはいたが、一切出すことなく、ある意味クライヴ殿下のお陰で、円満に解消することが出来たのだった。
僕は水の巫子として、約一年半、ラウラディア王国で活動することとなった。活動場所や内容は主にクライヴ殿下の指示に従うらしい。
どんな無理難題を要求されるのか分からないが、覚悟はしておくべき、だよね。
学園を急遽退学する代わり、ラウラディアにある学園に留学する。これまでの成績からいって問題ない為、そちらで卒業すれば卒業資格は得られるとのこと。
「それで良いか、シュリエル殿」
「はい。僕は問題ありません」
魂が抜けた様に脱力したまま、承諾のサインをする。
王と王妃は申し訳なさそうにしていたものの、ディルク殿下は僕との婚約解消に眉一つ動かさなかった。というより終始ぼんやりしていて、心ここに在らずといった雰囲気だった。
……僕とのことなど、どうでも良かったのかな。
恐らくどこかのタイミングで解消することは彼の中で決まっていたように見えた。
もういい。彼のことは、僕の手から離れた。
僕は急いで寮の荷物を詰めたり、王城の部屋を片付けた。
どちらにも今後帰ることはない。
いっそラウラディアに移住してもいい。
僕は最後の抵抗として、王に【夢見の力】についての手記を渡した。
少し心許ないが、陛下ご自身の息子のことだ。動いてくれると信じている。
そうして僕は慌ただしく旅立つ。
もしかしたらもう二度と会えないかもしれないのに、婚約解消を済ませた後、ディルク殿下には会えなかった。
プリシラ嬢と一緒に男爵領にいるのかもしれない。
長年婚約していた仲だというのに、こんな最後になるなんて。
とっくに諦めてはいたと思っていたけれど、僕の胸は哀切にズキリと痛んだ。
クライヴ殿下は各交渉が済み、帰国する。そのタイミングに併せて行くのは、まるで戦利品のようだと感じた。
「いや、本当に良かった。あの聖女じゃなくて」
帰国の馬車に乗り込むなり、クライヴ殿下はこらえきれないように高らかに笑った。相当気分が良さそうだ。
「俺は数少ない闇属性だからな。魔力視を出来る。あの毒婦に任せればルルーガレスは……ははっ、大変だろうな」
「な……!分かっていて、僕を連れ出すのですか?」
「何か問題か?」
ぐ、と口を噤む。他国が落ちぶれようと、クライヴ殿下には関係はない。強いていうなら僕にもない。
けれど大事だった人が、このままでは完全に夢の国の住人になるか、廃人になるかしかないなんて。
このクライヴ殿下たちが帰ったらやることが落ち着くと思って、まだほとんど何も対策出来ていなかったのだ。
枢機卿は、僕がラウラディアへ行くことには賛成みたい。彼に夢見の力についての手記を渡さなかったのは、彼は時折、僕への愛のあまり盲目となられるからだ。ディルク殿下たちについては陛下に一任して欲しいと伝えた。
陛下の対応によっては戦争……?になってしまうので、そこは上手くしてくださると思う。
「シュリエルは俺の国でも随一の水の巫子になるだろう。今いる方とも比べ物にならない。」
「……僕は一年間と少しだけの約束ですが」
「ラウラディアにいれば分かるだろう。そして、長く住みたくなる。元々水の巫子は自由な移住が認められているんだ。楽しめ」
楽しめって。
何だかどっと疲れて馬車の壁に寄りかかった。
クライヴ殿下が威圧を放っていたのは最初だけで、僕を連れ帰ると決めてからは特に圧力をかけられることは無くなった。
その上に、世話役の僕にいろいろと話しかけてくれたりするからすっかり気安くなっていた。
大丈夫かな、ディルク殿下。
どうか、陛下が良きようにしてくれますように。
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