【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

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「つ、疲れた……」


あれからクライヴ殿下にずっと捕まっていた。
爽やかな笑みと同時に威圧を受けながら、どうにかこうにか受け流そうとしたのだけれど、聖女に関する情報はかなり渡してしまったかもしれない。


僕のこともかなりしつこく聞かれた。自分に関しては、恐らく公に出ている以上の秘密なんてあまり無いので話したけど。

僕の好きなものとか好きな運動とか、聞いてどうするのだろう?


彼は絶対にやり手だ。
僕はげっそりとしつつも、顔をシャキッと整え、侍女を呼び、夜会用のドレスコートに着替えさせてもらう。


出来ればクライヴ殿下は、ディルク殿下よりも陛下にお相手して頂きたい。
僕も殿下も、同い年とは思えない覇気に負けてしまう。

しかし、もう時間は夜会。鏡で入念に最終チェックをし終えて、ディルク殿下と共に会場へ入ろうとした。

だが。


「……えっ」


まさか。

頭が真っ白になる。

申し訳なさそうなドアマンに言われたのは、既にディルク殿下は会場にいること。そして、そのパートナーはプリシラ嬢だったという事。


「……っ、っ、」


頭を抱える。流石に、いや、だって。


こんな公の大事な場面で。
視線は否応にも下がる。


身につけているのは、薄い銀と白のドレスコート。

男性の正装の中でも中性的なデザインで、裾は長くゆったりと流れ、身体に沿うラインは引き締まった身体をより良く魅せる。

そこかしこに水の巫子を表現する、水滴のモチーフが刺繍されており、加えて、ディルク殿下の色である新緑も使っている。

着付けてくれたベテラン侍女の顔を見れば、似合っているかどうか分かる。
鼻の穴を自慢げに膨らませるのだ。それは相当、会心の出来の時の顔。

それを見て、僕は自信を持ってやってきた。


それなのに。


どうしよう。一人で入るか?それともまだ入っていない誰かを探すか?


一人で入るのはかなり、とても、非常に勇気がいることだ。

ペアが居なければ、親兄弟や友人に頼んでおく。事前で体調を崩したりしてキャンセルするにしても、ペアを一人にしないよう代理を頼んでおくのがマナーというか礼儀というか、人として当たり前に持っているだろう配慮だ。

しかし今から見つけようにも、僕に友人は殆どいない。王城で開かれるパーティーに出れる身分に絞ったら、ゼロ。

あまり話したことのないクラスメイトからツテを探そうにももう入っているだろうし、時間は迫っている。

諦めて、僕は一人で入るしかなかった。








――――会場の人々 視点


堂々と顔を上げて、微笑みを浮かべ、入ってきた人物に注目が集まる。


会場はしん、と静まり返った。


美しく編み上げた聖銀の髪。シャンデリアの光を反射しているのか、精霊の光を纏っているのか分からなくなるほどの美麗さ。

一点の穢れもない白い肌。露出は少なくとも、本当に人間なのか触れて確かめたくなる滑らかさ。

長い脚を持て余す訳でもなく、つま先まで優雅に、嫋やかに歩んでいく。
まるで彼の通ったあとは清められたかの様に清涼な空気が流れていた。

我が国の水の巫子。

実力だけでなく、象徴としても完璧パーフェクト
貴族たちの心は誇りで満たされた。


そうなると次に視線を集めたのは、当然ながら、ディルク王子。

水の巫子をこの国に縫い止める役割のはずの王子。

誰もが吸い寄せられそうになるほど極上の美しさを持った水の巫子を放置し、一人で入場させた男が、何をしているのかというと。


高齢の貴族向けに用意された椅子を陣取り、膝の上にピンクの塊を乗せて、乳繰り合っている……?


チクチクと痛いほど視線を集めているのに一向に気付かない。


プリシラ・シュガーパック男爵令嬢と紹介された聖女は、虫を捕食する花かのように、鮮やかなピンクのドレスにこれでもかと緑色――ディルク王子の色だ――の大粒の宝石を散りばめていた。

肩も背中も谷間も限界まで露出し、胸まで出すのではないかと思うほど。
王子は幸せそうに頭を撫でたり、頬擦りしたり。周りには美形の高位貴族令息が侍り、たまに聖女の手を取ってキスをしたりしている。


その一角だけが、気品とは無関係の、場末の娼館のようだった。











――――――――シュリエル 視点



終わった……。

まさか、【夢】をこんな所にまで持ち込むなど。
そもそもプリシラ嬢を連れてくるなど聞いていない。
稀有な才能をもつ(とされる)聖女は、他国に取られないように、もし面会を望まれてものらりくらりと交わし続ける必要があるし、そう関係者と擦り合わせたはず。


では何故彼女がここにいるのか。答えは一つしかない。プリシラ嬢が望んだのだろう。そしてディルク王子はそれを叶えた。叶えたところでどうなるのか、考える思考も失ってしまったようだ。

こうなったら、クライヴ殿下に連れ帰って貰うしかないか……?いやでも、後遺症の問題が……。

僕は表面上だけで貴族たちと談笑しながら、頭はフル回転させていた。







クライヴ殿下は、護衛騎士二人を伴い入場してきた。先ほどの会話で彼に婚約者はいないことは分かっていたので驚きはしない。

一通り挨拶をこなした後、僕を見つけてにやりと笑った。その顔を見て、僕の鼓動はドッ、ドッ、と速くなる。
今度は何。何を聞かれる?

こちらに向かって来ようとしたクライヴ殿下。戸惑いで動けない僕より前に、一人の少女が躍り出た。


「わぁっ!すごい素敵な人ですね!ええっと、プリシラ・シュガーパックです!あなたのお名前は?」


ザワッ!!
僕は本当の意味で硬直した。プリシラ嬢……!

ローズブロンドの髪をふわふわと流し、大きなリボンをつけたプリシラ嬢が、ディルク殿下の静止も振り切って声をかけている。

一言一句が全てマナー違反だ。見事な程に、逆に満点。プリシラ嬢を止めようとするディルク殿下が腕を引っ張っているのに気にも留めず、彼女はクライヴ殿下の腕に手を伸ばし――。

パシンッ!


「きゃあっ!」


素早く割り込んだ護衛騎士によって、プリシラ嬢の手は弾かれた。その手を庇うようにして、プリシラ嬢は床に転がるが、いささか不自然だ。

それでも護衛騎士は動揺せず、クライヴ殿下を守るように警戒姿勢を貫いていた。

慌ててディルク殿下が助け起こそうとするのに、何故かへたり込んだまま動かない。

クライヴ殿下の顔を恐る恐る見れば――絶対零度。冷え切った極寒のような鋭い目つき。

先程の、僕を詰問中に向けていた瞳とは全く違った。あれに睨まれれば、きっと凍りついてしまうだろう。


「なんだこの女は。この国には堂々と鼠が入り込んでいるようだが。どうなっている?ディルク殿」

「ねっ、鼠など!この女性はこの世界で唯一無二の、聖女です!少し前まで平民だったため、まだマナーを学んでいる途中なだけで……」

「ほう?これが聖女……?」


ピクリと眉を上げたクライヴ殿下が、じっ、とプリシラ嬢を見る。またあの、物を観察する様な目だ。

彼には一体どのように見えている?僕は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、少し離れたところで見守る。


「酷いですっ、ディル様っ!この方、プリシラを突き飛ばしたんです!!」


キャンキャンと甲高い声で叫び、手を差し出しているディルク殿下の手は無視している。そんなプリシラ嬢の行動が、ぞっとするほど理解できなかった。

ディルク殿下の目の前でクライヴ殿下を『素敵』と言って自己紹介をし始め、拒絶された瞬間、誰の目にも分かるような嘘を吐いて、ディルク殿下にすり寄る、その行動が。

そしてそのプリシラ嬢の行動は見たことのある手口のような気がするが、相手が悪すぎる。


「……なるほど、ねぇ……」


その時、チラリとクライヴ殿下の視線を感じた。途端にゾクゾクと這い上がる悪い予感。

何を言い出す?止めた方がいいか?

けれど、そこにディルク殿下がいるのに、ただの婚約者なだけの僕が出しゃばっていいものか?

迷っている場合では無かった。
クライヴ殿下の片側の口角が、上がった。


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