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本編

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「それで、どうしてこんなに荷物が少ない?やはり、あいつに虐げられ……」

「いっいいえ!違います!これは……ここに全て入っていますので!」

「これに?」


僕がバッと見せたのは愛用の空間収納鞄。貴族は大なり小なり、空間収納鞄を持っている。その為、なんの不思議もないと思っていたのだが。


「それは手荷物用のものだろう?毛布や服、愛読本や宝飾品など……馬車がないだろう」

「全て入りますが……?」

「見せてみろ」


クライヴ殿下はじっ、とまた鞄を観察する。そして目を見開いた。


「なんだこれは……!一見むちゃくちゃに見えて、実に繊細で複雑怪奇な魔術陣が刻まれている……っ、見たことがないぞ、誰の意匠だ?」

「むちゃくちゃ……、こ、コホン。僕が、その、作りました」

「は……君が?」


じいと見つめられ、恥ずかしくなって目を伏せる。初めての工作をシスターに見つかり、やけに大仰に褒められてしまった時のような気分だ。


「は、恥ずかしいので……返して下さい」

「まだだ。もっとよく見たい……、いや、他にも作ったものはあるか?」

「ありますが……どれも素人作品です。クライヴ殿下のお目汚しになってしまいます」

「そんな訳がないだろう?!シュリエル、君は天才だ。間違いない。何故こんな才能を隠していた……!」

「ええと、隠していた訳では……。」


忙し過ぎる為に、こうでもしないと片付けられなかった。自身の能力が低いとバレるのが怖くて、道具によって嵩上げしていただけ。

従属してくれた相棒達もそう。

隠していた訳ではなく、露見しなかったら良いな、程度に思っていた。


一瞬天を仰いだクライヴ殿下は、スッと僕の隣に移動してきた。ぴたりと距離を詰められると、その体の大きさに怖気付く。捕食される兎のような、鼓動の速さ。


「絶対に、君は返さんぞ。シュリエル。俺のものだ。分かったな?」

「ええと……」


僕は言質を取られない為に、黙る他無かった。
うろうろと思いっきり彷徨う視線を捉えるように、クライヴ殿下は馬車の壁に手をつき囲い込む。
初対面の威圧を思い出し、縮み上がる。


「……本当に、神がかった美貌だな、シュリエル。そうやって困惑しているのも可愛らしい。怯えているのか?」

「ピっ」


変な声が出た。言われたことが右から左へと通り過ぎて、もう一度捕まえ直し、ようやくそこで言葉の意味を理解する。ほ、褒められている?

口説かれた経験のない僕は、一瞬で体温が上がる。

これまで、人々は僕から一線を引いていた。王族の婚約者であったことから口説く強者なんてのはまぁ、いない。

社交界での美辞麗句はさらっと流すのがマナーだから、美しいなんて、全ての貴婦人・男性までもが普通に言われていること。


今は着飾った姿でもないし、ここは社交界でもない。
二人きりの空間で、しかも息遣いも感じられる程近くで囁かれ、腰砕けになりそうだった。

ぐるぐると考えすぎて汗すらかいてきたというのに、クライヴ殿下は離してくれない。
にやにやと笑みを深めたと思えば、ぐっと僕の首元に顔を近づけ――スンッ、と嗅いだ。


「――っ!」


押しのけようとした手は簡単に捉えられ、頭の上に拘束される。ドッドッと胸が心臓に叩かれた。

怖い人だった、やっぱり!

クライヴ殿下は呑気にも匂い(!)を嗅ぐと、また悪い顔をして、なんと、ペロリと鎖骨を舐めた。


「ちょ……っ、だ、殿下!」

「甘いな。美味いし、もっと欲しくなる……」


やめて、と暴れる前に、トントンとノックされた事で僕は解放された。


「全く、殿下。馬車内で人を襲ってはいけません!窓から見えてます!……なんと、お姫様、事後みたいになって……」


はぁ、はぁ、とようやく空気を吸えた僕は、真っ赤な顔で救世主を見上げたのだった。








彼はジタリヤと言い、クライヴ殿下の幼馴染でもあり、側近でもある美青年だった。少し垂れ目なのが安心感を抱かせると共に、色気も滲ませていた。

馬車内の人口密度は上がったものの、彼の存在によって、僕の心臓は過ぎた運動をしなくて済む。


「本当に同情しますね。この男が本気になって、着いたその日に手に入れるなんて、ボクでも予想出来ませんでした。止められずにすみません」

「俺にかかれば一捻りだったな。あの王子が無能で助かった」


クライヴ殿下は僕の隣を譲りたがらなかったが、あまりに近かったので間に緩衝材――スイちゃんを召喚させてもらった。
従魔を召喚するには必ず目的と、それに見合う対価の魔力が必要なのだけど、『間に挟まって』とお願いしたのは初めてかもしれない。

どれだけ接近されてもスイちゃんたちがぷよぷよと守ってくれる。少し圧迫されて潰れていた。


「シュリエル様、お気をつけ下さい。この男以外も。ルルーガレスはどこかのんびりした方が多い様ですが、ラウラディアでは男も女も生存戦略に則りガツガツと獲物を取りに行くスタイルですから」

「えもの」

「そうです!慎ましく控えめな子兎でいては一瞬で捕食されますから。隣の男をご覧ください。ね?今にもガブリと噛みつきそうでしょう?」

「お前は誰に向かって何を言っているんだ」


呆れた声を出すクライヴ殿下に、僕は笑ってしまった。なんだか久しぶりだなぁ、笑ったのは。
どうやらこの主従は対等らしい。くすくすと笑う僕を、男二人が呆けたように見惚れているのには気付かなかった。



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