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本編

58 ディオンside

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 オレの兄さんは世界一だ。

 格好良くて優しくて、面倒見も良い。いつも綺麗にしている兄さんのことをキラキラしているなぁ、と認識していたが、学園に通うようになってから、それは『美しい』と形容するものだと知った。


 王子の婚約者として、常に凛としていた兄さん。そんな兄さんのことを誰よりも誇らしく、自慢に思っていた。

 そんな兄さんは当然、忙しい。早くに婚約が決まった兄さんは、家にはあまり帰ってこなかった。兄さんに構ってもらいたくて、気弱な弟を演じていたのはいつからだろう。


 兄さんが婚約破棄された時は、王子の頭が正気なのかを疑った。でなければ、オレの完璧な兄さんを捨てるなんて。血迷っているとしか考えられない。

 けれど次第に分かったこと。

『捨てる』……は、正確ではなかった。オレたちウィンストン家から兄さんを取り上げた王家は、あろうことか、書類整理だけではなく、性欲処理にも使い始めたと言う。

『ディオン。今は、城に近付くな。学園も……いや、領地に戻った方が良いかもしれない』
『一体、どうしたのですか?』

『あのクソ×××、シオンが犯されているのを私に見せてきやがった。そればかりか、私にもどうだと下劣な顔で勧めてきたんだ。ブッ××してやりたい…………!』
『!?そんな……』

『お前が行ったなら、お前にも勧めてくるかもしれん。これ以上シオンを苦しませないためにも、城から離れておくんだ』
『分かりました。父上、兄さんを早く助け出さなくては』
『ああ。急いで準備を進めているが……』


 ウィンストン侯爵家は武力を持つことを禁じられている。許可されているのは最低限の自衛だけで、父上は前々から分かりにくいが優秀な人材を集めていた。

 しかし、兄さんを助け出すにはまだ足りない。そうこうするうちに、兄さんは犯され続けて、心までも壊れてしまうかもしれない……。


 その時、オレの中に、もやもやとしたものが燻っていることに気付いた。


 今まさに兄さんは、城で、たくさんの男たちに抱かれている。あの綺麗な兄さんを、有象無象が。

 王子に呼び出されれば、兄さんを抱く羽目になるかもしれない。兄さんを、抱く?オレが?

 ズクリと、腰が熱を帯びる。いやいやいや。おかしい。父上が言ったように、弟に犯されるなんて絶対に兄さんを苦しめる。だから、領地に逃げておくのは間違いない。


 けれど、一瞬想像してしまった。妖精のように美しく、女神のように清廉な兄さんを、組み敷くことを。兄さんは優しいから、オレが抱くことになっても、悪いのはそう指示をした男が悪いからと、受け入れてくれるかもしれない……。



 待て待て待て待て、何を考えているんだ。兄さんは兄さん。兄弟だ。そんなこと、あってはならない。

 けれども、ろくでもない野郎共が兄さんを抱いているのに、オレだけ抱けないなんて……。


 王子が順当に兄さんと結婚し、つつがなく夫婦生活をしていたのならば、オレはきっと一生こんな思いを自覚することはなかったのに。

 心に巣食った真っ黒い塊に蓋をするようにして、俺は、見なかったことにした。











 兄さんはスキルを発現すると同時に、父を連れて領地へと帰ってきた。その傍には少年を連れていて、無自覚にも『小さすぎる』とどこかで安心していた。

 もう頼りない弟を気取るのは悪手だ。これからは頼り甲斐のある、良い男にならないと。……なった所で、別に兄さんをどうこうしようなんて、思ってはなかった。

 けれど鍛錬に励むオレを嘲笑うかのように、グロリアス少年は『大きくなった姿が本来のもの』と言い、あっという間に兄さんの伴侶に落ち着いた。



(べ、別に……兄さんが、幸せなら、いい……)



 この悲しさは、きっと……身内が家族から離れるからだ。きっとそう。そうに違いない。そんなことを言っている場合ではなく、オレは侯爵家跡取りという身分から王子になり、そろそろ婚約者を決めるべきだと父上に言われてしまった。

 ちらりと頭を過ぎるのは、やはり兄さんのこと。
 兄さんは王子妃教育を済ませている。オレが王子になったのだから、兄さんを娶っても良いじゃないか、なんて……。


 だめだだめだ。どうも、兄さんが戻ってきてから、オレのおかしさが加速している気がする。
 どうしてかな。すぐに思い当たる。兄さんの、色気が凶悪化しているからだ。

 領地に帰ってきたすぐは退廃的で、どこか危うげな雰囲気だった。グロリアスさんと婚約者になってからは可憐さも増し、結婚式を終えると輝くような艶を纏って、ほとんど暴力的だった。


 そんな時に、隣国から来たお姫さんがグロリアスさんに一目惚れをした。……オレは、狡い考えを、いよいよ持て余すようになった。


 グロリアスさんがお姫さんとくっ付けば、兄さんは……、と。



 もちろん大きくは動かない。積極的に動くのは、お姫さん。

 兄さんの過去のこと――――旧王権による被害者も含めて――――は、口に出せば厳罰となる。だから口には出せない。

 ただ、兄さんを犯した人間のリスト。憎むべきそのリストを、オレはうっかりお姫さんの滞在先の部屋近くに、落としてしまったようだ。

 お姫さんの侍従を通して返して貰ったが、何のリストかどうか興味を持ったお姫さんは、独自に調べ始めた。




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