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本編
59 ディオンside
しおりを挟むそうして不愉快な噂が、平民にも広がる。
兄さんの痴態を思い浮かべる人間が増えてしまったのは業腹だが、あるストーリーが頭に浮かんでしまう。
兄さんの建てた運動施設を、実はオレが建てたものだとする。兄さんは国にいられなくなり、逆に、オレの評価は上がる。
そこで『ジョスリン殿下とグロリアス先王は想い合っている』という噂を流させれば、これ以上兄さんの評価を下げないために、一旦は離縁するしかなくなるだろう。
そうしたら、兄さんをもらう。実の兄弟での婚姻は認められていないから、泣きついて離宮の奥へ住んでもらって、慰めて、そして……。
しかしその夢現は、父上の介入によって瓦解する。
たった一回の公共放送。父上の語り方、間の取り方、言葉選び。そう言ったものが国民の心を掴み、兄さんに対する悪感情はみるみると無くなっていった。
これだから、父上は旧王権に警戒されていたのだ。武力さえ持たせなければ国を取られないのだと鷹を括っていたのだろうが、兄さんという最強の武力を手に入れた今、死角は無い。改めて、父上の偉大さを思い知った。
諦めてしまった方がいいのに、兄さんに対する気持ちは抑え込もうとするほどに膨れ上がる。
もう兄さんは、人のものなのに。どうして、狂おしいほど美しくて可愛いのか?オレは、兄さんから離れた方がいいのかもしれない。なんて捻じ曲がった、酷く恐ろしい気持ちなのだろう。兄さんを傷つけたいなんて、これっぽっちも思っていないのに。
そんな時に、夜会が開かれた。
お姫さんが怪しい動きをしていたのは知っていた。従者に何かをさせている。
あの手の箱入りのお嬢様は、即死毒なんてものは入れない。どうやら休憩室の方に色々と準備をしているようだから、入れるとしたら身体の動きを奪う麻痺や睡眠薬か、間違いを犯させる、媚薬。どちらも後遺症を残さないタイプが多い。
案の定、オレの兄さんに何かを盛るようだ。それならオレも飲まないと、と……慎重に、極少量、口を付けた。
すぐに分かった。媚薬の方らしい。
媚薬……か。そっか。それなら、……兄さんが飲んだら……。
ジョスリン殿下は頭が弱い。オレと踊っている間も集中しきれないらしく、ちらちらと兄さん夫婦を見ながら、離縁させるように脅してきた。それじゃ、薬を盛ったとすぐにバレてしまうだろうに。
媚薬入りのシャンパンは、グロリアス先王の方が飲んでいた。しかも何故か、一杯全て。
夫を心配がる兄さんを、ジョスリン殿下に言われたことを理由にして誘い出し、部屋へ連れ込む。媚薬は確かに効いていたが、量は少なく、理性を失うほどでは無い。
けれど今なら、言い訳がつくから。
(兄さんだ……!兄さんが、腕の中にいる……!)
初めて味わった兄さんの肌は、白くて、なめらかで、甘かった。魔力がふんだんに含まれると、体液が甘くなるというのは本当らしかった。きっと15歳を過ぎて覚醒するくらいの魔力の持ち主でないとならないのだろう。そんな甘さにうっとりやられ、これまで抑えていた我慢も何もかもが崩壊し、何度も肌を吸い、いくつも跡をつけた。
オレの、オレの兄さん。兄さんはオレの。オレは兄さんだけ……!
いつしか本当に媚薬の効果に飲まれていたらしく、気が付けばたった一人、部屋に倒れていた。腰のあたりには蛇が巻きつき、オレのペニスをじゅこじゅこと扱き、傍には研究者と医師が気まずそうに目を逸らして処置をしてくれていた。オレが起きたのに気づいた蛇は、しゅるり、闇へと消えていく。
「グロリアスさんの野郎……」
意識を失う前に、言われた。ひどく醒めきった恐ろしい声で、そう、とにかくオレは、もう、兄さんを諦めなくてはならないと、悟ったんだ。
どうあがいても、愛する兄さんは手に入らない。
この想いは封じよう。どうか、気付かないで。
本当に、狂いたくなるくらい、愛していたんだ。
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