神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第14章 家族の思い出

第190話 未練と懺悔

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 あかりが実家に帰っているその頃、神木家の三兄妹弟も同じく墓参りに行っていた。

 飛鳥たちが暮らすマンションから、徒歩で30分ほどの距離にある納骨堂。飛鳥を先頭に双子が連なって中に入ると、白の大理石で埋め尽くされた部屋の中に十数基の仏壇式の納骨壇が立ち並んでいた。

 三人は、一番奥の母の遺骨が収蔵された納骨壇の前に立つと、扉を開き中を確認する。

 この納骨堂は花を生けることができないため、中には既に造花が飾られていた。

 時代とともに墓の形態も変わりつつある。

 特に最近では、ICカードをかざせば、遺骨がエレベーターで運ばれてくる自動搬送式の墓もあるらしい。

 情緒があるかどうかは別として……

「蓮、線香ちょうだい」

 飛鳥が着火式のライターを手にして、蓮から線香を受け取ると、火を灯し、三人それぞれに線香を供えると、仏壇の前に立ち一緒に手を合わせる。

 お盆には、毎年必ずきている、母の墓参り。

 三人の母親"ゆり"が亡くなって、もう12年が経った。あの頃、まだ二歳だった双子も、今はもう高校生。月日が経つのは、なかなかに早いものだと思う。

「お父さんも、来れたらよかったのにね」

 墓前に手を合わせたまま、華がボソリと呟く。

 いつもはお盆に帰省する父。だが、今年はどうやら無理だったらしい。

「仕方ないじゃん。父さん、6月に一回突然帰ってきたし」

「あー、ホームシックこじらせた、あれね」

(ごめん、父さん。俺のせいで……)

 双子の会話を聞き、飛鳥は顔を引き攣らせる。
 6月に父が突然帰ってきたのは、ミサと遭遇した飛鳥のためにだったのだが、双子がソレを知るよしもなく、どうやら父は『ただホームシックを拗らせた』だけだと思われているらしい。

「まぁ、父さんのことだし、きっとあっちでも手をあわせてるよ。それに、10月か11月くらいに、日本の本社に一時的に戻って来るみたいだし、その時にまた、墓参りするって」

「どのくらいいるのかな?」

「二週間くらいって?」

「へー」

 蓮の話に、華が相槌をうつ。

「あ、飛鳥兄ぃ、そう言えばさ。お父さんの実家にもお墓あるんでしょ? そっちには、いかなくていいの?」

「……」

 不意に問いかけられた華のその言葉に、飛鳥は一旦、口を噤む。

 父の実家は、星ケ峯。つまり昔、飛鳥がミサと暮らし、ゆり出会った、あの町にあった。

 当然、神木家の墓もその星ケ峯にあるのだが、父の母親は不倫ばかりを繰り返す最低の親だったらしく、そんな親と、ほぼ絶縁状態にあった父。

 そんな父が、母が亡くなったあと、その遺骨を実家の墓に入れたいなんて思うはずもなく、桜聖市に引っ越して、しばらく経った頃、父がこの納骨堂に墓を買ったのだ。

 はっきりいって、父も自分も、星ケ峯には、もう二度と戻るつもりはない。

「いいよ、いかなくて……それに、そんなことお前達は気にしなくていい」

 飛鳥が、線香を片付けながら答える。

 だが、そんな飛鳥の返答に、華と蓮は眉根を寄せた。

 たまに、こうして昔のことに付いて探りを入れるのだが、父も兄も、いつも話そうとはしないのだ。

(よっぽど、あの町、嫌いなんだなー)

(多分、母さんが亡くなった時に、一悶着あったんだろうな?)

 星ケ峯に住んでいた時のことは、双子は全く覚えていない。

 だが、実家にしっかりとした神木の墓があるのにも関わらず、わざわざ納骨堂に墓を買うくらいなのだ。

 父がいかに親と不仲なのかが、よくわかる。

「ねーママー。お盆ってオバケいっぱいくるの~」

 すると、納骨堂の中、飛鳥たちの傍らで、別の家族の声が微かに聞き漏れていた。

「そうねー。お盆には御先祖様が帰って来るっていうし、たくさんくるかもね~」

 小さな女の子の問いかけに、母親らしき女の人が語りかける。

 その言葉を聞いて、飛鳥はふと、先日オバケを克服するために双子が遊園地にいったことを思い出した。

「ねぇ、蓮、お前、結局お化け克服出来たの?」

 飛鳥の問いかけに、蓮はキョトンとした顔をして答える。

「……まぁ、少しは」

「少し?」

「うん。これからは、幽霊の気持ちも少しは考えてみようかなって」

(幽霊の気持ち?)

(どうしたの、いきなり?)

 その言葉に、一旦間を置いたあと、飛鳥と華は心の中で突っ込む。

 なぜ、いきなり幽霊の気持ちまで理解しようなどという発想に辿りついたのか?

「いや、幽霊の気持ち、理解したら怖いの治るの?」

「てか、幽霊の気持ちなんて、どうやって理解するの!?」

「いや、実はこの前、榊が、女の人の霊の話してくれたんだけど……」

 すると蓮は、母の遺影を見つめながら話し始めた。

「その人、3人の子供を残して、突然事故で亡くなったんだって。幽霊の中には、そうして未練を残して留まってるって悲しい霊もいるんだってきいたら、なんだか、ふと母さんのこと思い出して……母さんは、俺たちを残して亡くなって……未練を残してたりしてないかなって」

 ボソリと呟いた蓮の言葉に、華が黙り、飛鳥が眉根を寄せる。

 ──未練。

 その言葉に、あの日の救急車の中で、息を引き取ったゆりの残像が蘇り、飛鳥の胸には鋭い痛みが走った。

 納骨壇の中を見れば、あの日のまま、若々しい姿をしたゆりの遺影があった。

 享年22歳。幼いわが子を2人ものこして死にゆくには、余りにも若い年齢。

 そう、ゆりは、なんの縁もない飛鳥を救い、幸せをあたえ、その後、あっさり、この世を去った。

 飛鳥にとっては
 なんの恩返しも出来ないまま

 あっさり、いなくなってしまった。


 それどころか、あの日

 自分は、母を救えなかったのだと


 幼い華と蓮から

 大事な母親を奪ってしまったのだと


 そして、それは



 何度と懺悔しても





 いまだ癒されないままで……





「残してるかもね」

「え?」

 飛鳥が呟いたその言葉に、華が瞠目し、蓮が小さく反応する。

 遺影に映る母を見つめたまま、酷く切なそうに瞳を揺らす兄の姿は、あまりにも弱々しくて…

「母さん、華と蓮のこと、凄く大事にしてたよ。だから、きっとまだ死にたくなかったはずで、だから、未練だって残しててもおかしくなくて……でも……もし未練を残して、まだこの世にいるっていうなら……俺は、幽霊でもいいから会いたいよ」

 会いたい。
 会って、謝りたい。

 あの日、遅くなってごめんって

 早く気づいてあげられなくて、ごめんって

 約束守れなくて、ごめん…って


 会って




 ちゃんと、謝りたい───





「もう!なにいってんの!!二人とも!!」

 すると、華がそんな飛鳥の話に割って入った。
 ゆり譲りの明るいテンションで、子供を叱りつけるように、華が声を上げる。

「お盆だからって、ネガティブになりすぎ!」

「俺は、別にネガティブにはなって」

「なってるじゃん! お母さんが未練残してないかだなんて!それと、飛鳥兄ぃ!お母さんが大事にしてたのは、私たちだけじゃないからね!」

「え?」

 顔をずいっと近づけ、呆れたような声を放つ妹をみつめ、飛鳥は瞠目する。

「私たち、お母さんのことよく覚えてないし、写真の中のお母さんしか知らないけど、お母さんが、飛鳥兄ぃのこと凄く大事にしてたのはわかるよ。だから、私たちだけじゃないし、それに、可愛いわが子を3人残して亡くなって、万が一、未練をのこしてたとしても、私たち、今までたくさん笑ってきたんだもの。きっと楽しそうな私たちを見て、安心して、とっくの昔に天国に行ってるよ!」

「…………」

 柔らかく笑う華の笑顔に、少しだけ胸の痛みが晴れる。

 自分たちが笑うことで、母が安心して天国ですごせるなら、今こうして家族でバカやってる今が、とてつもなく尊いものに感じた。

 飛鳥は、華を見つめら柔らかく微笑み返す。

「……そうだね。確かに、こんなバカな親子みてたら、呆れて笑ってるかもね?」

「ちょ、バカな親子って、今、私たちとお父さんしか入ってないでしょ!」

「そりゃぁ。てか、蓮は、それでホラー克服したって言えるの?」

「うん。とりあえず、貞世も母さんだと思えば、ギリギリ怖くないかなと」

「はぁ!? 貞世と母さん、一緒にすんのやめて!!」

「そうだよ! うちのお母さんは、井戸に引きずり込んだりしないからね!」

 3人のいつものバカなやり取りを繰り広げながら、母が眠る納骨壇の扉をしめると「また、来るね」と挨拶して、三人は納骨堂をあとにした。

 外に出ると、澄み渡るような青空が広がっていた。

 もし、お盆に死者の魂が戻ってくるていうのなら、自分たちは今、幸せだと



 母に伝えてあげたい。




 心の中に宿る「懺悔」は

 未だ消えずとも





 どうか、母の魂が










 安らかなままでありますようにと──…

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