207 / 509
第14章 家族の思い出
第191話 狭山さんと坂井さん
しおりを挟む
8月末、もうすぐ夏休みが終わろうという頃、エレナは今日もモデルの撮影に大忙しだった。
真夏のこの時期に撮影するのは、真冬の衣装撮影だ。
エレナは、撮影スタジオの中で、今年の冬のトレンドになりそうな、コートやブーツ、ベレー帽を着込んで、カメラマンの前に立っていた。
「よし、エレナちゃん。次は笑顔で、何パターンか、いってみよーか!」
「は、はい」
最近になり、小学生向けのファッション誌に掲載されることになった。まだ、枠は小さいが、ファッション誌に載るのは、それなりに大きな成果とも言える。
エレナはカメラマンの指示どおりに、ポージングを取りながら、笑顔をむける。
「エレナちゃん、笑顔ねー。笑顔!」
だが、再度笑顔と指示され、エレナは更に笑顔を作るが
「ごめん、エレナちゃん、少し疲れちゃったかな?」
「え? そ、そんなことないです!」
「うーん」
すると、カメラマンは、ポリポリと頭をかき、苦笑いを浮かべた。
「でもね、さっきから、全然笑えてないんだよ」
「え?」
その言葉に、エレナは驚き、目を見開く。
笑えて……ない?
「ちょっと、休憩してまた後で撮ろう。半田~次の子、連れてきてー」
「はい!」
「…………」
ざわざわと騒がしくアシスタントたちが動き始める中、エレナはその光景を、酷く青い顔をして見つめていた。
そして、そんなエレナを担当である狭山と坂井は、撮影スタジオの端から傍観する。
「おい、狭山」
「は、はい。なんすか、坂井さん」
「お前、エレナちゃんのメンタルケアどうなってんだよ!来週には、オーディションもあるってのに、あれじゃ、受かるもんも受からねーじゃねーか!」
「そ、そんなこと言われても!」
坂井に、じっと睨みつけられ、狭山はバツが悪そうに視線をそらした。
最近、エレナの様子が極端におかしいのは気づいていた。
だが、エレナは何を問いかけても、決して話そうとはしないのだ。
「少し前まではちゃんと笑えてたのに、今の笑い方は、ぎこちなさすぎる。カメラマンの指示に答えられないモデルは、すぐ消えていくぞ」
「わかってますよ……! でも、あの親子の間には、なかなか踏み込めないというか」
「はぁ~」
すると、坂井は深いため息をもらすと
「まぁ、確かに……あの母親は、ちょっと厄介だよな」
そして言葉に、今度は狭山が反応する。
そう、坂井は前に、狭山に「あの母親には気をつけろ」と忠告してきたことがあったのだ。
「坂井さん、何か知ってるんですか?」
「あー、んー……まぁ、いいか。あんまり他言するなよ。ほら、エレナちゃん、前の事務所やめて、うちに来たっていってただろ?」
「はい」
「実は、その事務所でアシスタントしてる知り合いがいてな。担当になった時に少し話聞いたんだよ。エレナちゃん、それなりにいい線いってたみたいなんだけど、ある時、撮影中にアシスタントが誤って、照明機材倒しちまったらしくて、エレナちゃんが、その下敷になりかけたらしい」
「え?! なんすか、それ!? ストロボって時間たつと、かなり熱くなって」
「ああ、それに、エレナちゃんみたいに小柄な子供の上に倒れてきたら、下手したら火傷だけじゃすまない」
「それで、どうなったんですか?」
「ミサさんが咄嗟にかばって、エレナはちゃんは無事だったんだけど、それからが大変だったらしい。ミサさん、酷く怒り出して、照明倒したアシスタントに掴みかかって、怪我までさせたらしくてな。日頃、温厚な人だったから、みんな驚いたらしいよ」
「…………」
その話を聞いて、狭山は息をのむ。
確かにいつも温厚で物腰も柔らかいため、人に怪我をさせるほど、怒り狂うような人には見えなかった。
だが、娘が照明の下敷きになりかけたのなら、親が怒るのも仕方ないと思う。
それも、ミサにとっては、唯一の家族である一人娘だ。そんな子を失う恐怖を垣間見たとなれば、気持ちは分からなくもない。
「そ、そうなんですか」
「まぁ、備品管理を怠って、モデルに怪我させかけたんだ。あれは事務所も悪い。だが、どの道、あの母親は怒らせると手に負えない。だから、狭山も機嫌損ねないように、うまく状況変えろよ。来週までに、エレナちゃん、何とかしとけ!」
「な、なんとかって、簡単に言わないで下さいよ!?」
「とりあえず、笑えるようになればいいんだよ!あと、エレナちゃんが、次の撮影で気落ちしないように、気持ちもちゃんとほぐしといてやれよ。俺も今日、残業したくねーし」
「え? 何か用事でも?」
「彼女と夏祭り行く約束してんだよ。榊神社の」
「へーへー、いいっすね!リア充は!」
「はは、僻むなよ狭山。今度、可愛い子紹介してやるから!」
そういうと、坂井は「タバコ吸ってくる」と狭山の横をすり抜けると、スタジオからでていった。
「来週までに、ねぇ」
狭山は、片隅で沈んた顔をしているエレナを見つめると
(難題すぎるだろ……っ)
と、口元を引き攣らせたのだった。
真夏のこの時期に撮影するのは、真冬の衣装撮影だ。
エレナは、撮影スタジオの中で、今年の冬のトレンドになりそうな、コートやブーツ、ベレー帽を着込んで、カメラマンの前に立っていた。
「よし、エレナちゃん。次は笑顔で、何パターンか、いってみよーか!」
「は、はい」
最近になり、小学生向けのファッション誌に掲載されることになった。まだ、枠は小さいが、ファッション誌に載るのは、それなりに大きな成果とも言える。
エレナはカメラマンの指示どおりに、ポージングを取りながら、笑顔をむける。
「エレナちゃん、笑顔ねー。笑顔!」
だが、再度笑顔と指示され、エレナは更に笑顔を作るが
「ごめん、エレナちゃん、少し疲れちゃったかな?」
「え? そ、そんなことないです!」
「うーん」
すると、カメラマンは、ポリポリと頭をかき、苦笑いを浮かべた。
「でもね、さっきから、全然笑えてないんだよ」
「え?」
その言葉に、エレナは驚き、目を見開く。
笑えて……ない?
「ちょっと、休憩してまた後で撮ろう。半田~次の子、連れてきてー」
「はい!」
「…………」
ざわざわと騒がしくアシスタントたちが動き始める中、エレナはその光景を、酷く青い顔をして見つめていた。
そして、そんなエレナを担当である狭山と坂井は、撮影スタジオの端から傍観する。
「おい、狭山」
「は、はい。なんすか、坂井さん」
「お前、エレナちゃんのメンタルケアどうなってんだよ!来週には、オーディションもあるってのに、あれじゃ、受かるもんも受からねーじゃねーか!」
「そ、そんなこと言われても!」
坂井に、じっと睨みつけられ、狭山はバツが悪そうに視線をそらした。
最近、エレナの様子が極端におかしいのは気づいていた。
だが、エレナは何を問いかけても、決して話そうとはしないのだ。
「少し前まではちゃんと笑えてたのに、今の笑い方は、ぎこちなさすぎる。カメラマンの指示に答えられないモデルは、すぐ消えていくぞ」
「わかってますよ……! でも、あの親子の間には、なかなか踏み込めないというか」
「はぁ~」
すると、坂井は深いため息をもらすと
「まぁ、確かに……あの母親は、ちょっと厄介だよな」
そして言葉に、今度は狭山が反応する。
そう、坂井は前に、狭山に「あの母親には気をつけろ」と忠告してきたことがあったのだ。
「坂井さん、何か知ってるんですか?」
「あー、んー……まぁ、いいか。あんまり他言するなよ。ほら、エレナちゃん、前の事務所やめて、うちに来たっていってただろ?」
「はい」
「実は、その事務所でアシスタントしてる知り合いがいてな。担当になった時に少し話聞いたんだよ。エレナちゃん、それなりにいい線いってたみたいなんだけど、ある時、撮影中にアシスタントが誤って、照明機材倒しちまったらしくて、エレナちゃんが、その下敷になりかけたらしい」
「え?! なんすか、それ!? ストロボって時間たつと、かなり熱くなって」
「ああ、それに、エレナちゃんみたいに小柄な子供の上に倒れてきたら、下手したら火傷だけじゃすまない」
「それで、どうなったんですか?」
「ミサさんが咄嗟にかばって、エレナはちゃんは無事だったんだけど、それからが大変だったらしい。ミサさん、酷く怒り出して、照明倒したアシスタントに掴みかかって、怪我までさせたらしくてな。日頃、温厚な人だったから、みんな驚いたらしいよ」
「…………」
その話を聞いて、狭山は息をのむ。
確かにいつも温厚で物腰も柔らかいため、人に怪我をさせるほど、怒り狂うような人には見えなかった。
だが、娘が照明の下敷きになりかけたのなら、親が怒るのも仕方ないと思う。
それも、ミサにとっては、唯一の家族である一人娘だ。そんな子を失う恐怖を垣間見たとなれば、気持ちは分からなくもない。
「そ、そうなんですか」
「まぁ、備品管理を怠って、モデルに怪我させかけたんだ。あれは事務所も悪い。だが、どの道、あの母親は怒らせると手に負えない。だから、狭山も機嫌損ねないように、うまく状況変えろよ。来週までに、エレナちゃん、何とかしとけ!」
「な、なんとかって、簡単に言わないで下さいよ!?」
「とりあえず、笑えるようになればいいんだよ!あと、エレナちゃんが、次の撮影で気落ちしないように、気持ちもちゃんとほぐしといてやれよ。俺も今日、残業したくねーし」
「え? 何か用事でも?」
「彼女と夏祭り行く約束してんだよ。榊神社の」
「へーへー、いいっすね!リア充は!」
「はは、僻むなよ狭山。今度、可愛い子紹介してやるから!」
そういうと、坂井は「タバコ吸ってくる」と狭山の横をすり抜けると、スタジオからでていった。
「来週までに、ねぇ」
狭山は、片隅で沈んた顔をしているエレナを見つめると
(難題すぎるだろ……っ)
と、口元を引き攣らせたのだった。
0
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる