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第三章
第二十一話
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「残念ですが、望みは薄いかと…」
最初にやって来た医者はそう言った。
二人目も、三人目も同様の診察結果を口にした。
最後に来たのは、「キリカナム教団」の構成員によって私が襲われ、致命傷を負ったときに診てくれた医者だった。
「お久しぶりです、グレア様。まさか、今度はラーラ様の方を診ることになるとは思いませんでしたよ」
「私も。今回はどうかよろしくお願いします」
経験豊富な彼は、丁寧かつ効率的に作業を進めていった。
私は緊張で汗を流しながら、静かにその様子を見つめていた。
「…わかりました」
三十分程経っただろうか、医者は作業を止め、こちらを真っ直ぐ見つめて、柔らかな口調で告げた。
その診断内容を聞いて、私は膝から崩れ落ちた。
というより、崩れ落ちたのは私の世界そのものなのかもしれない。
最後の医者は診断結果を告げた後、こう補足した。
「ですが、決して希望を捨ててはなりません」と。
「意識と魔力が戻らないということ以外、正常に生命活動をしているのです。こうした場合、ふと目覚めることがあるのです。ラーラ様が『いつ目覚めてもおかしくない状態』であると、私は私の医者としての人生経験の全てを以て保証致します」
私はその言葉を信じるしかなかった。でなければ、心が壊れてしまう。
とても戦術のことなど考えられなかったので、私は気持ちを整理する為に一日の休暇を貰った。
長い長い夜が明け、迎えた翌日。
午前中、私は気が付くとラーラのもとへ行っていた。
ラーラは相変わらず安らかな顔をして、優しい寝息を立てていた。
私はその傍へ行き、その頭をそっと撫でた。
掌に伝わるさらさらとした髪の質感と温もり…
まるで昼寝でもしているかのようだ。
でも、目覚めない。
もしかしたら、もう永遠に。
ラーラは自らの存在が原因となって、母親と友人、そして故郷を滅ぼされた過去があり、その消えない深い傷こそが私と彼女を繋ぐ楔にもなった。
ゼゼゾームと戦った時、ラーラは催眠状態の私を、自分の命を犠牲にしてまで元に戻してくれた。そして、今度は私を城まで運ぶ為に自分を犠牲にした。
「どうして…貴方は、そんなに自分のことを粗末にできるの…?」
私の頬に大粒の涙が伝う。
どうして、この人は負わなくていい分の責任まで無理に背負っていこうとするのだろうか。
こんな小さな背中に…
「責任は取らせてもらいます。必ず貴女を守りますから」…
そんな言葉が突如頭の中に流れた。
私はハッとして、息を詰まらせた。
私が彼女にそう言わせなければ…私があの時、傷ついた掌を見せなければ、こんな展開にはならなかったのではないか。
私が…ラーラを殺したのではないか。
かつて私はアルクを殺した。
私は大事な人を、二度も殺した…。
その事実に気付いた時、身体がずしりと重くなった。
罪悪感が全身に覆いかぶさったのだ。
私は決心した。
この戦いが終わったら、どこか、人知れぬ辺境で、もう全てを終わらせてしまおうと。
今まで生きていて辛いことばかりだった。それもこれまでだ。
そう考え出したら、気持ちが楽になり、身体も軽くなった。
明日以降の戦術会議にも集中できそうだ。
翌日、敵方の軍勢がジャサー地方領域内に入ったことを聞いた。
開戦は三日後だと推定される。
私達は緊張感を胸に、この戦いに確実に勝利する為にはどうすればよいか議論していた。
「よろしいのですか? それでは、グレア様の負担が最も大きくなってしまいます」
「構わない。それで勝てるなら」
会議は予定より早く、半日で終了し、決戦の為の準備に時間が割かれた。
時間はあっという間に過ぎ、気付けば開戦当日になった。
私は望遠鏡片手に、デザ村近くの森で待機していた。
最初にやって来た医者はそう言った。
二人目も、三人目も同様の診察結果を口にした。
最後に来たのは、「キリカナム教団」の構成員によって私が襲われ、致命傷を負ったときに診てくれた医者だった。
「お久しぶりです、グレア様。まさか、今度はラーラ様の方を診ることになるとは思いませんでしたよ」
「私も。今回はどうかよろしくお願いします」
経験豊富な彼は、丁寧かつ効率的に作業を進めていった。
私は緊張で汗を流しながら、静かにその様子を見つめていた。
「…わかりました」
三十分程経っただろうか、医者は作業を止め、こちらを真っ直ぐ見つめて、柔らかな口調で告げた。
その診断内容を聞いて、私は膝から崩れ落ちた。
というより、崩れ落ちたのは私の世界そのものなのかもしれない。
最後の医者は診断結果を告げた後、こう補足した。
「ですが、決して希望を捨ててはなりません」と。
「意識と魔力が戻らないということ以外、正常に生命活動をしているのです。こうした場合、ふと目覚めることがあるのです。ラーラ様が『いつ目覚めてもおかしくない状態』であると、私は私の医者としての人生経験の全てを以て保証致します」
私はその言葉を信じるしかなかった。でなければ、心が壊れてしまう。
とても戦術のことなど考えられなかったので、私は気持ちを整理する為に一日の休暇を貰った。
長い長い夜が明け、迎えた翌日。
午前中、私は気が付くとラーラのもとへ行っていた。
ラーラは相変わらず安らかな顔をして、優しい寝息を立てていた。
私はその傍へ行き、その頭をそっと撫でた。
掌に伝わるさらさらとした髪の質感と温もり…
まるで昼寝でもしているかのようだ。
でも、目覚めない。
もしかしたら、もう永遠に。
ラーラは自らの存在が原因となって、母親と友人、そして故郷を滅ぼされた過去があり、その消えない深い傷こそが私と彼女を繋ぐ楔にもなった。
ゼゼゾームと戦った時、ラーラは催眠状態の私を、自分の命を犠牲にしてまで元に戻してくれた。そして、今度は私を城まで運ぶ為に自分を犠牲にした。
「どうして…貴方は、そんなに自分のことを粗末にできるの…?」
私の頬に大粒の涙が伝う。
どうして、この人は負わなくていい分の責任まで無理に背負っていこうとするのだろうか。
こんな小さな背中に…
「責任は取らせてもらいます。必ず貴女を守りますから」…
そんな言葉が突如頭の中に流れた。
私はハッとして、息を詰まらせた。
私が彼女にそう言わせなければ…私があの時、傷ついた掌を見せなければ、こんな展開にはならなかったのではないか。
私が…ラーラを殺したのではないか。
かつて私はアルクを殺した。
私は大事な人を、二度も殺した…。
その事実に気付いた時、身体がずしりと重くなった。
罪悪感が全身に覆いかぶさったのだ。
私は決心した。
この戦いが終わったら、どこか、人知れぬ辺境で、もう全てを終わらせてしまおうと。
今まで生きていて辛いことばかりだった。それもこれまでだ。
そう考え出したら、気持ちが楽になり、身体も軽くなった。
明日以降の戦術会議にも集中できそうだ。
翌日、敵方の軍勢がジャサー地方領域内に入ったことを聞いた。
開戦は三日後だと推定される。
私達は緊張感を胸に、この戦いに確実に勝利する為にはどうすればよいか議論していた。
「よろしいのですか? それでは、グレア様の負担が最も大きくなってしまいます」
「構わない。それで勝てるなら」
会議は予定より早く、半日で終了し、決戦の為の準備に時間が割かれた。
時間はあっという間に過ぎ、気付けば開戦当日になった。
私は望遠鏡片手に、デザ村近くの森で待機していた。
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