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第一部
第一話 蜘蛛(2)
しおりを挟む「高名なあなたさまに顔合わせするような者ではありませんよ」
町長は暖炉に当たって出た汗を拭きながら言った。
「わたしは会いたいんです」
「ではでは、今回のお話はいかがでしたでしょうか。あなたの蒐集には値しましたでしょうか」
揉み手してすり寄ってくる町長。
「それも会ってからじゃないと分かりませんね」
一人歩き出すルナの後ろに影のように背の高いメイドが寄り添った。しかし、その影はない。
従者兼馭者のズデンカだ。
「チッ、けったくその悪い奴らだな」
ランプの明かりに浅黒いその肌が映し出された。それを町長の家の召使いたちは指差して囁き合っていた。
「君は相変わらず口が悪いね」
振り返ることもなくルナは言った。
「リーザって女がどうなろうが知ったこっちゃねえが、あんなあからさまに罵られちゃな」
「頷けなくもないね。君もわたしも女だから。同じ性が罵られるのは誰だって気分が良くない」
「そんだけの問題じゃないだろ。あいつら人に対する敬意が完全に欠けている」
ズデンカはひどく不機嫌だった。
「はなから人とは思ってないのだろうさ」
ルナは木製のパイプに火を付けた。そのライターが闇の中でまた光った。
「ルナも物好きだな」
「わたしは知りたいだけだよ、綺譚をね」
「はいはい」
そんな話をしながら二人は牢屋の前に辿りついた。
カビの臭いが鼻を刺す。町の連中が語っていた通り、あまり犯罪者がでない町なのか、長く使われている様子はない。
鉄格子の向こうでは、錆びた鎖に縛られて、髪を振り乱した女が顔を伏せていた。
「話を聞かせて欲しいのです」
ルナは話しかけた。
「そう言われて、いきなり話すやつはいないさ」
ズデンカは皮肉っぽく笑った。
「わたしは殺したのかも知れません」
女の声はか細かった。しかしルナとズデンカにははっきり聞こえた。他に音がしなかったせいだろうか。
「どういうことでしょう?」
「わたしはマルタを育てられなかった。だから殺したのかも知れません」
「では、あなたは鐘楼に昇ったんですか」
女は答えなかった。
「話になんねえな、やっぱどっかおかしいんだろう」
ズデンカは人を見切るのが早い。
「あなたは夜、家を出ていたと言われていますが、それはなぜなのです」
パイプに煙草が足される。ルナのモノクルが光った。
「蜘蛛に導かれて、夜の奥から」
「はぁ? 詩なんか吐かれても訳わかんねえよ」
ズデンカは身を乗り出していた。
「なんだ。君も興味持ったのか」
ルナはほくそ笑んだ。
「いや、あたしは妙な言葉遣いが気になっただけだが」
「嘘言っちゃって。うちのメイド、ポエムを書くのが趣味でしてね。詩的な表現には反応が早ーい」
ルナがおどけた。
「言うな、殺すぞ」
ズデンカは軽くルナの胸倉を掴んだ。
「大丈夫。聞いてないようだよ」
女の頭上高くに開かれた格子付きの窓から、月光が溢れ出していた。それで赤毛の髪が掛かった顔がはっきり照らされたので分かったのだが、うつろな目でルナとズデンカを見ているのだった。
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