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第一部

第一話 蜘蛛(3)

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「蜘蛛といえば、マルタさんの眼窩にかかっていたのも蜘蛛の巣だったよね」


 ルナは顎先に手をやった。


「じゃあ、やったのはやっぱりリーザか?」

「即断するのはよくない。もっと話を聞いてみよう。マルタさんがいなくなる前の夜を覚えていますか?」

「どうせ、答えねえだろうさ」


 だが返事はあった。


「母親なんてならなければよかった」


 小声で、リーザは漏らした。


「どういうことだよ」


 ズデンカは舌打ちした。


「子供なんて産みたくなかった。面倒がみきれないんです。わたしは母親に向いていなかったんです。それ以外道がなくて。親に言われるままに従って」


「もっと詳しく話せ」

「わたしはおかしいって言われます。世間の母親はみんなできてあたり前だって。わたしだけができないんです。家のことも出来ないんです。井戸から水を汲み出すのがしんどくて、雑巾は水浸しにしたままで……ちゃんと掃除ができないんです。それで、いつしか蜘蛛が……」


 リーザはぶつぶつと呟いた。


「訳わかんねえよ」

「旅をしているわれわれは分からないかもね。でも、同じ場所でずっと暮らす生活を送る人にとっては? 身の回りをずっと整え続けるのは悪夢じゃないのかい?」

「旅の面倒事だって相当だぞ。お前は何もやってねえから知らねえだろうがな、ゴミ捨て、馬車の掃除やらベッドメイクやら全部やってるのはあたしで」


 ルナはズデンカを遮った。


「マルタさんを殴っていたのは本当ですね?」 

「好きになろうって努力はしました。でも、なんで泣きわめくの、言うことを聞かないのって。勝手に走り出すんです。どこでも漏らしてしまうし……ぜんぶ、わたしのせいじゃないのに」

「蜘蛛について話して頂けますか」


 ルナは本題に入った。


「わたしが嘆いていたら、毎日泣いていたら、天井の隅に張った巣の中にいた蜘蛛が話し掛けてくれたんです。苦しく、辛いことがあるだろう、それなら外に出てみるのもいいって」


 ズデンカは額を抑えた。


「あちゃー、こりゃよくあるやつだわー。自分がやったことを他の何かのせいにして誤魔化してるのさ」

「夜の奥からってのも気になりますね。そういえば、リーザさんは夜になると家を空けていた。それは他の人の証言からもはっきりしています。何か繋がりがあるんでしょうか?」

「糸が、蜘蛛の糸がわたしを導いたのです。風に震えることもなく蜘蛛の糸が一筋にドアの隙間から引いて、伸びていきました。わたしはそれを追って外に走り出たんです」


「なるほど。毎日毎夜ですか?」

「はい。歩けるだけ歩きました。足が進むままに。夜のひっそりして誰もいない街を歩けて、わたしは幸せでした。昼は買い物にしか行けないし、皆の目で射貫かれてしまうから」

「結局、どこまでいったんですか」

「あの子――マルタの見つかった鐘楼にです」


「わかりました。それにしても。あなたを導いたのはなんで蜘蛛なんでしょうね」

「小さい頃から昆虫に興味があって、昆虫なのに昆虫でない蜘蛛が一番好きだったんです。母親じゃない人生があったら、昆虫学者になりたかった。学歴も何もないってみんなから笑われたけど。だから、部屋の中にきた蜘蛛には、最初から関心を持っていました」


 ルナは煙を吹かした。


「ありがとうございます。訊きたいことは訊けました」

「これでいいのかよ」


 ズデンカはちんぷんかんぷんといったように首を傾げていた。
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