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告白自転車 《恋愛》
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史織さんと恋人になるには、自転車免許が必須だった。
父親に聞いたけれど、昔は自転車を乗るのに免許は必要なかったらしい。
だけど車の交通事故に比例するぐらい事故が多くなったときから、国はとある法律を制定した。
自転車免許制の導入だ。
国民の反対を押し切って作られたこの法律により、十歳以上の者が自転車学校の入学を認められるようになった。
不便だと皆思ったけれど、無料バスやタクシーの充実により、しだいに反対の声は聞かれなくなった。
無免許で自転車に乗った者は、重い罪と罰金が科せられた。
自動車と自転車の違いは何か。
それは価格が安いことだ。
複雑なエンジンがなく、ただ足に力を入れてペダルを回せばいいのだ。
操作は簡単、安いしおこづかいで買えるが、免許がなきゃ乗ることができない。
ふたり乗りなど夢の向こう側だった。
発端はテレビドラマだ。
主人公が病気のヒロインを一生懸命励ましながら、命の尊さを訴える物語だった。
別に命がどうのこうのは興味がなかった。
主人公がヒロインを自転車に乗せて、ふたり乗りするシーンが大ブームを起こしたのだ。
学校では恋愛格差が生まれていた。
自転車に乗れる者は、免許を持っていない女子を乗せ学校に送る。
その途中で恋愛感情が生まれ付き合う者が続出した。
男子たる者、黙って口に指をくわえているわけにはいかない。
考えが同じなのか、全国の男子学生が自転車教習所に殺到した。
あまりにも入学希望者が多くなってしまい、国は自衛隊のなかでも、鬼と呼ばれる教官たちを教師につかせ、すさまじい訓練を行った。
「貴様ぁぁぁっ! 今は夜を想定した訓練だ! ライトをつけろと言っただろうが!」
「はっはい! すみません!」
背筋をのばし謝る。
教官の目つきは野獣のようにするどく、口はななめに上がっている。
彼が担当者になって、十人いた生徒が今やふたり。
しごきに耐えられなかったのだ。
「腕立て百回!」
「イエッサー!」
自転車のスタンドを下ろして立て、はいつくばって両手を地面につけ、腕を上げ下げする。
ここで終わるわけにはいかない。
二週間耐え抜いた修行が無駄になる。
「九十七……九十八……九十九……百!」
やった。やりきった。俺はまだやれる!
地面に倒れ込んだ。
「たいしたものだな」
教官の両足が見えた。顔を見上げる。
「お前はなんのために戦う?」
「……好きな人に……告白するためです!」
唾を飛ばして言い切った。
教官の顔つきが穏やかになり、
「愛する者を守る。その気持ちが交通ルールを厳守し、事故を起こさないようにする気構えとなる。彼女にヘルメットをかぶせてやれ」
「はい!」
「アゴひもつけるのを忘れるなよ!」
「はい! 教官!」
鬼が仏に見えた。
実習訓練終了。
無事免許を手に入れた。
免許をもらうとき、教官が手で肩をたたいてくれた。
大泣きした。
顔写真つきの免許証を大切にポケットにしまう。
自宅に帰る途中、母親の依頼を思い出した。
牛乳を買ってきてくれと頼まれていたのだ。
普段なら忘れたと無視するが、気分がいいのでコンビニに向かう。
――あっ!
史織さんがいた。
告白しようと思っている女子だ。
コンビニから出てきている。
男と一緒だ。
男は友達で、自転車免許を持っていないやつだった。
一緒に取ろうと誘ったが、首を横に振っていた。
ふたりは手をつないでどこかに向かっていた。
買い物袋がウキウキと揺れる。
どう見ても恋人だった。
ショックでぼうぜんとし、コンビニの駐車場で立ち尽くした。
「……ちくしょう!」
免許をコンビニのゴミ箱に投げ捨てた。
こんなものに時間をついやすより、さっさと告白すべきだったのだ。
自転車がなくても、彼女ができることをようやく悟った。
涙がしょっぱすぎて、少しむせた。
終
父親に聞いたけれど、昔は自転車を乗るのに免許は必要なかったらしい。
だけど車の交通事故に比例するぐらい事故が多くなったときから、国はとある法律を制定した。
自転車免許制の導入だ。
国民の反対を押し切って作られたこの法律により、十歳以上の者が自転車学校の入学を認められるようになった。
不便だと皆思ったけれど、無料バスやタクシーの充実により、しだいに反対の声は聞かれなくなった。
無免許で自転車に乗った者は、重い罪と罰金が科せられた。
自動車と自転車の違いは何か。
それは価格が安いことだ。
複雑なエンジンがなく、ただ足に力を入れてペダルを回せばいいのだ。
操作は簡単、安いしおこづかいで買えるが、免許がなきゃ乗ることができない。
ふたり乗りなど夢の向こう側だった。
発端はテレビドラマだ。
主人公が病気のヒロインを一生懸命励ましながら、命の尊さを訴える物語だった。
別に命がどうのこうのは興味がなかった。
主人公がヒロインを自転車に乗せて、ふたり乗りするシーンが大ブームを起こしたのだ。
学校では恋愛格差が生まれていた。
自転車に乗れる者は、免許を持っていない女子を乗せ学校に送る。
その途中で恋愛感情が生まれ付き合う者が続出した。
男子たる者、黙って口に指をくわえているわけにはいかない。
考えが同じなのか、全国の男子学生が自転車教習所に殺到した。
あまりにも入学希望者が多くなってしまい、国は自衛隊のなかでも、鬼と呼ばれる教官たちを教師につかせ、すさまじい訓練を行った。
「貴様ぁぁぁっ! 今は夜を想定した訓練だ! ライトをつけろと言っただろうが!」
「はっはい! すみません!」
背筋をのばし謝る。
教官の目つきは野獣のようにするどく、口はななめに上がっている。
彼が担当者になって、十人いた生徒が今やふたり。
しごきに耐えられなかったのだ。
「腕立て百回!」
「イエッサー!」
自転車のスタンドを下ろして立て、はいつくばって両手を地面につけ、腕を上げ下げする。
ここで終わるわけにはいかない。
二週間耐え抜いた修行が無駄になる。
「九十七……九十八……九十九……百!」
やった。やりきった。俺はまだやれる!
地面に倒れ込んだ。
「たいしたものだな」
教官の両足が見えた。顔を見上げる。
「お前はなんのために戦う?」
「……好きな人に……告白するためです!」
唾を飛ばして言い切った。
教官の顔つきが穏やかになり、
「愛する者を守る。その気持ちが交通ルールを厳守し、事故を起こさないようにする気構えとなる。彼女にヘルメットをかぶせてやれ」
「はい!」
「アゴひもつけるのを忘れるなよ!」
「はい! 教官!」
鬼が仏に見えた。
実習訓練終了。
無事免許を手に入れた。
免許をもらうとき、教官が手で肩をたたいてくれた。
大泣きした。
顔写真つきの免許証を大切にポケットにしまう。
自宅に帰る途中、母親の依頼を思い出した。
牛乳を買ってきてくれと頼まれていたのだ。
普段なら忘れたと無視するが、気分がいいのでコンビニに向かう。
――あっ!
史織さんがいた。
告白しようと思っている女子だ。
コンビニから出てきている。
男と一緒だ。
男は友達で、自転車免許を持っていないやつだった。
一緒に取ろうと誘ったが、首を横に振っていた。
ふたりは手をつないでどこかに向かっていた。
買い物袋がウキウキと揺れる。
どう見ても恋人だった。
ショックでぼうぜんとし、コンビニの駐車場で立ち尽くした。
「……ちくしょう!」
免許をコンビニのゴミ箱に投げ捨てた。
こんなものに時間をついやすより、さっさと告白すべきだったのだ。
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涙がしょっぱすぎて、少しむせた。
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