因幡さんのショートショート劇場

因幡雄介

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ダイナパーク 《SF》

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 山方六は中生代にいた。


 中生代とは恐竜やは虫類が支配していた時代のことだ。

 ゼンマイのような植物が生い茂り、巨大な針葉樹が周りを支配している。

 この蒸し暑さは湿気のせいで、植物の育成に貢献している。


 そばには管野靖美がいた。

 高校二年生の同級生で同じクラス。

 修学旅行で遊園地に到着したら、突然白亜紀にタイムスリップしてしまったのだ。

 気づけば、彼女とふたりっきりになっていた。


 管野は夏服姿だった。

 スカーフやスカートはチェック生地で、半袖タイプ。

 髪型はおさげで、二つに分けてたらしている。

 性格はおとなしくて、異性との付き合いは消極的。

 俺が幼なじみじゃなかったら、絶対についてこなかった。


 俺の半袖の白シャツが強くにぎられる。

 管野がおびえているのだ。

 呼吸があらい。


 暑さのせいじゃない。

 木の陰からそっと顔をのぞかせると、数匹の恐竜がうろついている。

 めずらしいので、知識がなかったら危険生物だと知らず、ひょっこり出ていっただろう。


 二本の足で歩き、両手を前にし、長い尻尾を振り回す。


 トロオドンだ。


 両目が大きく、爪はカギヅメになっている。

 知能が高く、群れで行動する肉食獣。


 管野と元の時代に戻る方法を探っていたら、突然草むらからあらわれた。

 恐怖に従って、木の陰に隠れたのがよかった。

 俺たちには気づいていない。

 このままやりすごすのが賢明だ。


 トロオドンは、「クルルルル」と鳴き仲間とコミュニケーションを取っていた。

 恐らく餌を探しているのだろう。

 小さな頃、ダイナパークという映画を見て、恐竜図鑑を読みあさっていたが、まさか本物と出会えるとは思わなかった。


 汗がとめどなく流れ続ける。

 管野の熱い呼吸が皮膚に当たった。

 心臓がばくん、ばくんと爆弾を投下し続ける。


 一匹のトロオドンが俺のほうを向いた。

 あせって木の陰に引っ込む。

 小さな木の枝がパキリと鳴った。

 近づいてきている。


 鼻息がして、青臭さがただよってきた。

 トロオドンは臭いに敏感だったのか。

 恐竜図鑑で得た知識をよみがえらせようとしているが、緊張していて頭に浮かばない。



「キャ! キャ!」



 びくりと飛び上がった。

 トロオドンが鳴いている。

 足音が増えた。

 仲間を呼んでいるのだ。


 ——気づかれたのか?


 泣きそうになった。

 走って逃げても追いつかれるだろう。

 囲まれたら終わりだ。

 食べられる。



「キイイイイイイイ!」



 トロオドンの雄たけび。


 もうだめだ。


 拳をにぎりしめ覚悟する。


「……えっ?」


 足音が遠ざかっていく。

 静かになった。

 木の陰からのぞいてみると、トロオドンはいなくなっていた。


「やったわ!」



 管野がガッツポーズしている。



「何かしたのか?」

「石を向こう側に投げてやったの。音に敏感なのね。今頃音の正体を探しているんじゃないかしら?」


 管野が石を投げた方向を指さす。

 あの緊張状態で、脱出方法を試行錯誤していたようだ。

 おとなしいと思っていた彼女の印象が変わる。



「早くここから出るわよ! あいつらが帰ってこないうちに!」



 管野がすばやく先へ進み始めた。


 あれ? 本当にこの子は管野か?


 学校ではおとなしく机で読書していたはずなのに、活動的だったとは知らなかった。

 さっきまで俺にしがみついていた彼女は、どこにいったのだろうか。

 黙ってついていくと、針葉樹を抜けることができた。


「山方君。私、思うの」

「えっ?」

「さっきの肉食恐竜なんだけど、生息地域っていうのがあると思う。そこに入らなければ安全よ。慎重に探索して、安全な場所を見つけましょ」

「そっそうだな」

「なんだか私、ワクワクしてきた」


 管野は木の枝を持つと、剣のように振り回してきた。


 おかしい。


 小さな頃から、俺にくっついてばかりだったのに。


「やっぱり本の世界だけじゃ、あきちゃうわ。こういう場所で、恐竜たちと戦うのもいいわよね」

「へっ? 戦う?」

「そうよ。映画みたいに、知恵と勇気で生き抜いてやるの。私たちの世界は刺激がなさすぎた。これぐらいの冒険が必要なのよ」


 男みたいなことを言い、白い歯を見せる管野。


 アングリ口を開けてしまった。

 違う。

 俺が想像していた彼女とはぜんぜん違う。


「はっ! あれが来るわ!」

「あれ?」

「ティラノサウルスよ!」


 管野はばっと走りだした。


 後ろから、表皮が茶色い巨大な恐竜が来る。

 肉食恐竜のなかでも最大級。

 ティラノサウルス。


 一メートルはある頭蓋骨に、強力なアゴ。

 鋭い歯が兵器に見える。

 二本足で走る姿は、映画のシーンをほうふつさせた。



「うわああああああっ!」



 叫びながら走っていた。あんなのにかみつかれたら、全身がぐちゃぐちゃになる。死は確実。




「あははははっ! 食べてみなさいよ!」




 管野は笑いながら先を走っていた。


 やっぱり変だ。

 彼女に持っていたイメージとまるで違う。

 恐怖を楽しんでいる。

 タイムスリップしておかしくなったか?



「グアアアアアアアアア!」



 獲物をおびえさせるつもりなのか、ティラノサウルスは地響きが起こるぐらい叫ぶ。

 耳の鼓膜が破れそうだった。

 すぐ後ろで足音がうなる。




 ——そんな、うそだ!




 逃げられない。

 食べられる。

 管野は異常に足が速くて追いつけない。


 影が太陽を隠す。

 すぐ真上にいる。

 巨大な口が近づいてくる。


 こんなはずじゃなかった。

 管野に男らしいところをアピールするつもりだった。

 高校生になって女らしくなった彼女に、好意を持ってもらおうと思って誘ったのに。


 牙が視界に入った。

 あっ終わりだ、と思った瞬間、バチッと光景がゆがんだ。

 針葉樹や土に埋まっていた巨大な岩、ティラノサウルスが消え、ドームの中心で管野と立っていた。




『ゲームオーバーです! 最高のアトラクションを楽しんでいただけましたか? またのご来場をお待ちしております!』




 スピーカーからお姉さんの声が響き、バーチャルリアリティ体験が終わった。

 アトラクションの名前は『ダイナパーク』。

 恐竜とのサバイバルを楽しめる。



 バーチャルリアリティとは仮想現実のことだ。

 コンピューターによって仮想的な空間を現実に作り出す。

 この遊園地はそれを導入することによって、人気テーマパーク一位を獲得していた。



「あーあ。遅いよ。最高スコアが出せると思ったのに」



 管野は腰に手をやってため息。



 学校の修学旅行で、俺たちは遊園地にきていただけだった。

 管野を誘ってここに入った。

 男らしいところを見せようと、ネットで情報を集めて準備してきたのに、逆に女々しさがバレてしまった。


 こんなことになるのなら、入園料をケチらず何度か練習しておくべきだった。

 妄想設定までして気持ちを高揚させていたのに。

 タイムスリップしていた気分がだいなしだ。



「まっ、いいわ。なんだか楽しくなってきちゃった。次は『ゾンビパーク』に行くわよ!」



 手をにぎってくる管野。


 ゾンビパークといえば、生ける屍が襲ってくるアトラクションか。

 お客の受けがいいのか、ホラー系が多い。

 ネットで動画を視聴するよりも楽しめた。




「あっ、はい」頼りになる彼女の手をにぎり返す。




 一生管野についていこうと、俺は心に決めていた。




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