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竜の恩讐編

三年前にて…… その16

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「ゆうき! おきて! ゆうき!」
 辺りから黒煙と物が焼けるにおいがせまる中、媛寿えんじゅは横たわる結城ゆうきの肩を必死に揺さぶった。
 腕と足を縛っていたロープをいたとはいえ、結城はまだあごに受けたダメージから回復しておらず、意識を失ったままだ。
 さびれた洋館にいた謎の三人は、何かを外に運び出した後、もう戻ってこなかったが、代わりに洋館が火に包まれていた。
 燃料をいた上で火をつけたのか、木材がふんだんに使われた洋館はすぐに火の海になった。
 誰もいなくなってから、すぐさま媛寿は結城から同化を解いて外に出たが、その時にはすでに廊下にまで火の手が回っていた。
 そこですぐに脱出をこころみていれば、あるいは燃え盛る洋館から抜け出せたかもしれないが、結城が気を失ったままでは到底できない。
 結城を引きずって行こうにも、もはや天井にも火が届こうとしている廊下では、運んでいる結城が無事では済まない。
「ゆうき! はやくおきて! このままじゃ―――あっ!」
 再び結城を揺さぶり起こそうとする媛寿。が、そこで部屋のドアの隙間すきまから黒煙が濛々もうもうれ出てきていることに気付いた。
 部屋の前の廊下が完全に炎に包まれ、ついにはドアも燃え出しているのだ。
 これではたとえ結城が覚醒しても、逃げ出すことはできない。
 結城たちがいる部屋は、窓はおろか通気口もない。出入り口のドアだけが唯一の脱出路だったからだ。
「どうしよ! どうしよ!」
 媛寿だけなら座敷童子ざしきわらしとしての能力を使って、壁を透過とうかして脱出することもできようが、生身の結城が一緒ではそうはいかない。
 媛寿は煙が立ち込め始めた室内を見回した。外に出ることがかなわないなら、どうにか火を防ぐ手段はないものかと。
 部屋は元は金庫室か何かだったのか、壁と天井はコンクリートで固められていた。
 あとは木製のテーブルがある以外は、何も置かれていない殺風景な部屋。
 炎に巻かれた媛寿たちにとっては、最悪なシチュエーションとも言える構造だった。
「ゆうき……」
 目をまさずに浅い呼吸を続ける結城の顔を、媛寿はほうけたように見つめた。
 結城を救う手立てが一切なくなってしまったことで、媛寿の頭の中は真っ白になり、そして――――――――――、
「う……うぅ……うああああ!」
 込み上げてきた大きな悔しさをどうにもできないまま、板張りの床に拳を打ちつけた。

「こ、これは!?」
 播海家はるみけの自動車で目的地の近辺に着いたピオニーアは、巨大な火の手が上がり、周辺住民が押し寄せている光景に驚愕した。
「おい、何があったんだ? 火事か?」
 繋鴎けいおうが近くにいた住民の一人に事情を聞いた。
「あ、ああ。この林の奥に、確か古い建物があったはずなんだが、そこから出火したみたいでな。通報が早かったから、いま消防が来て火を消してるとこだよ」
「建物……出火……」
 繋鴎はピオニーアに目を向けた。
 その張り詰めた視線を見て、ピオニーアも状況を察した。
 先手を打たれて、証拠を隠滅されたことを。

「おーおー、よく燃えてるぜ、兄貴」
「もはやちかかった拠点だ。盛大に処分した方が気分がいい」
 白壁市しらかべしの高台、洋館がよく見える位置から、眩浪げんろう箔元はくがんは火の手が上がる雑木林をながめていた。
「さて、次は『オリジナル』の居場所をつきとめ、確保するだけですな、コチニール殿」
「……この国には『It's like a moth flying into the flame』という言葉があったかな? 箔元」
「は? あ、ああ、『飛んで火に入る夏の虫』というやつですな。それが何か?」
「火に寄ってくるのは、どうやら羽虫mothだけではなかったようだ」
 双眼鏡をのぞいていたコチニールは、獲物となる人間を見つけた悪魔のように口角を上げた。
「まさか自分から出向いてきてくれるとはな、ピオニーア姫」

 陽が落ち、暗くなった部屋に置かれたテーブルの上の本は、もう風さえもページを進めることはなかった。

『竜は必死になってテルマーを探した。立ち込めていたきりがようやく晴れてきた頃、竜はがけの下でテルマーを見つけた。テルマーの息は止まっていた。テルマーの左胸にとがった枝が刺さっていたから』
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