346 / 379
竜の恩讐編
三年前にて…… その16
しおりを挟む
「ゆうき! おきて! ゆうき!」
辺りから黒煙と物が焼ける臭いが迫る中、媛寿は横たわる結城の肩を必死に揺さぶった。
腕と足を縛っていたロープを解いたとはいえ、結城はまだ顎に受けたダメージから回復しておらず、意識を失ったままだ。
寂れた洋館にいた謎の三人は、何かを外に運び出した後、もう戻ってこなかったが、代わりに洋館が火に包まれていた。
燃料を撒いた上で火をつけたのか、木材がふんだんに使われた洋館はすぐに火の海になった。
誰もいなくなってから、すぐさま媛寿は結城から同化を解いて外に出たが、その時にはすでに廊下にまで火の手が回っていた。
そこですぐに脱出を試みていれば、あるいは燃え盛る洋館から抜け出せたかもしれないが、結城が気を失ったままでは到底できない。
結城を引きずって行こうにも、もはや天井にも火が届こうとしている廊下では、運んでいる結城が無事では済まない。
「ゆうき! はやくおきて! このままじゃ―――あっ!」
再び結城を揺さぶり起こそうとする媛寿。が、そこで部屋のドアの隙間から黒煙が濛々と漏れ出てきていることに気付いた。
部屋の前の廊下が完全に炎に包まれ、ついにはドアも燃え出しているのだ。
これではたとえ結城が覚醒しても、逃げ出すことはできない。
結城たちがいる部屋は、窓はおろか通気口もない。出入り口のドアだけが唯一の脱出路だったからだ。
「どうしよ! どうしよ!」
媛寿だけなら座敷童子としての能力を使って、壁を透過して脱出することもできようが、生身の結城が一緒ではそうはいかない。
媛寿は煙が立ち込め始めた室内を見回した。外に出ることが適わないなら、どうにか火を防ぐ手段はないものかと。
部屋は元は金庫室か何かだったのか、壁と天井はコンクリートで固められていた。
あとは木製のテーブルがある以外は、何も置かれていない殺風景な部屋。
炎に巻かれた媛寿たちにとっては、最悪なシチュエーションとも言える構造だった。
「ゆうき……」
目を覚まさずに浅い呼吸を続ける結城の顔を、媛寿は呆けたように見つめた。
結城を救う手立てが一切なくなってしまったことで、媛寿の頭の中は真っ白になり、そして――――――――――、
「う……うぅ……うああああ!」
込み上げてきた大きな悔しさをどうにもできないまま、板張りの床に拳を打ちつけた。
「こ、これは!?」
播海家の自動車で目的地の近辺に着いたピオニーアは、巨大な火の手が上がり、周辺住民が押し寄せている光景に驚愕した。
「おい、何があったんだ? 火事か?」
繋鴎が近くにいた住民の一人に事情を聞いた。
「あ、ああ。この林の奥に、確か古い建物があったはずなんだが、そこから出火したみたいでな。通報が早かったから、いま消防が来て火を消してるとこだよ」
「建物……出火……」
繋鴎はピオニーアに目を向けた。
その張り詰めた視線を見て、ピオニーアも状況を察した。
先手を打たれて、証拠を隠滅されたことを。
「おーおー、よく燃えてるぜ、兄貴」
「もはや朽ちかかった拠点だ。盛大に処分した方が気分がいい」
白壁市の高台、洋館がよく見える位置から、眩浪と箔元は火の手が上がる雑木林を眺めていた。
「さて、次は『オリジナル』の居場所をつきとめ、確保するだけですな、コチニール殿」
「……この国には『It's like a moth flying into the flame』という言葉があったかな? 箔元」
「は? あ、ああ、『飛んで火に入る夏の虫』というやつですな。それが何か?」
「火に寄ってくるのは、どうやら羽虫だけではなかったようだ」
双眼鏡を覗いていたコチニールは、獲物となる人間を見つけた悪魔のように口角を上げた。
「まさか自分から出向いてきてくれるとはな、ピオニーア姫」
陽が落ち、暗くなった部屋に置かれたテーブルの上の本は、もう風さえもページを進めることはなかった。
『竜は必死になってテルマーを探した。立ち込めていた霧がようやく晴れてきた頃、竜は崖の下でテルマーを見つけた。テルマーの息は止まっていた。テルマーの左胸に尖った枝が刺さっていたから』
辺りから黒煙と物が焼ける臭いが迫る中、媛寿は横たわる結城の肩を必死に揺さぶった。
腕と足を縛っていたロープを解いたとはいえ、結城はまだ顎に受けたダメージから回復しておらず、意識を失ったままだ。
寂れた洋館にいた謎の三人は、何かを外に運び出した後、もう戻ってこなかったが、代わりに洋館が火に包まれていた。
燃料を撒いた上で火をつけたのか、木材がふんだんに使われた洋館はすぐに火の海になった。
誰もいなくなってから、すぐさま媛寿は結城から同化を解いて外に出たが、その時にはすでに廊下にまで火の手が回っていた。
そこですぐに脱出を試みていれば、あるいは燃え盛る洋館から抜け出せたかもしれないが、結城が気を失ったままでは到底できない。
結城を引きずって行こうにも、もはや天井にも火が届こうとしている廊下では、運んでいる結城が無事では済まない。
「ゆうき! はやくおきて! このままじゃ―――あっ!」
再び結城を揺さぶり起こそうとする媛寿。が、そこで部屋のドアの隙間から黒煙が濛々と漏れ出てきていることに気付いた。
部屋の前の廊下が完全に炎に包まれ、ついにはドアも燃え出しているのだ。
これではたとえ結城が覚醒しても、逃げ出すことはできない。
結城たちがいる部屋は、窓はおろか通気口もない。出入り口のドアだけが唯一の脱出路だったからだ。
「どうしよ! どうしよ!」
媛寿だけなら座敷童子としての能力を使って、壁を透過して脱出することもできようが、生身の結城が一緒ではそうはいかない。
媛寿は煙が立ち込め始めた室内を見回した。外に出ることが適わないなら、どうにか火を防ぐ手段はないものかと。
部屋は元は金庫室か何かだったのか、壁と天井はコンクリートで固められていた。
あとは木製のテーブルがある以外は、何も置かれていない殺風景な部屋。
炎に巻かれた媛寿たちにとっては、最悪なシチュエーションとも言える構造だった。
「ゆうき……」
目を覚まさずに浅い呼吸を続ける結城の顔を、媛寿は呆けたように見つめた。
結城を救う手立てが一切なくなってしまったことで、媛寿の頭の中は真っ白になり、そして――――――――――、
「う……うぅ……うああああ!」
込み上げてきた大きな悔しさをどうにもできないまま、板張りの床に拳を打ちつけた。
「こ、これは!?」
播海家の自動車で目的地の近辺に着いたピオニーアは、巨大な火の手が上がり、周辺住民が押し寄せている光景に驚愕した。
「おい、何があったんだ? 火事か?」
繋鴎が近くにいた住民の一人に事情を聞いた。
「あ、ああ。この林の奥に、確か古い建物があったはずなんだが、そこから出火したみたいでな。通報が早かったから、いま消防が来て火を消してるとこだよ」
「建物……出火……」
繋鴎はピオニーアに目を向けた。
その張り詰めた視線を見て、ピオニーアも状況を察した。
先手を打たれて、証拠を隠滅されたことを。
「おーおー、よく燃えてるぜ、兄貴」
「もはや朽ちかかった拠点だ。盛大に処分した方が気分がいい」
白壁市の高台、洋館がよく見える位置から、眩浪と箔元は火の手が上がる雑木林を眺めていた。
「さて、次は『オリジナル』の居場所をつきとめ、確保するだけですな、コチニール殿」
「……この国には『It's like a moth flying into the flame』という言葉があったかな? 箔元」
「は? あ、ああ、『飛んで火に入る夏の虫』というやつですな。それが何か?」
「火に寄ってくるのは、どうやら羽虫だけではなかったようだ」
双眼鏡を覗いていたコチニールは、獲物となる人間を見つけた悪魔のように口角を上げた。
「まさか自分から出向いてきてくれるとはな、ピオニーア姫」
陽が落ち、暗くなった部屋に置かれたテーブルの上の本は、もう風さえもページを進めることはなかった。
『竜は必死になってテルマーを探した。立ち込めていた霧がようやく晴れてきた頃、竜は崖の下でテルマーを見つけた。テルマーの息は止まっていた。テルマーの左胸に尖った枝が刺さっていたから』
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる