小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

三年前にて…… その15

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 唯一明かりがいていた部屋の前で、謎の二人の会話を聞いていた結城ゆうきと、結城に同化した媛寿えんじゅは、存在を気取けどられるとすぐに入り口へ走り出した。
 はっきりした内容は分からなかったが、一つだけわかったことがある。
 ピオニーアをさがしだそうとしている者たちは、決して善良な人間ではないということ。
 結城の直感が、媛寿の本能が、如実にょじつにそれを感じ取った。
 ならば、依頼を断るのは必定ひつじょう。ピオニーアと合流し、この事実を一刻も早く伝えるだけ。
『ゆうき! こっち!』
 薄暗い廊下を媛寿の誘導で的確に走りぬける結城。
 後方から例の二人が追ってきているが、もう玄関扉げんかんとびらは目前だった。
『ゆうき! あそこ!』
(あそこを出れば!)
 結城は洋館の玄関扉に向かって全力疾走した。もはや扉を突き破るつもりで。
 だが、扉まであと1メートルもない地点で、扉はゆっくりと開かれた。
『なっ!?』
「えっ?」
 まるでスローモーションのようになった視界の中で、媛寿と結城は扉が開く様子と、そこに立つ逆行の人物を見た――――――――――瞬間、
「!?」
 結城は視界が反転し、平衡へいこう感覚を失った。
 それが拳をあごに受けたための脳震盪のうしんとうだとは、その時の結城は一切知ることなく、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。
 混濁こんだくする意識の中、結城はまだ耳だけは周囲の状況をとらえていた。

「コチニール殿!? こちらにいらしたんですか」
「この者は? 部外者のようだったが」
「例の人物を捜させようとしていた探偵と申しますか――――――」

 ゆがんでいた視界がさらに暗転し、結城の意識はそこで途切れた。

『う……うん?』
 目をました媛寿の周囲には、何もない闇の空間が広がっていた。
『どこ? ここ?』
 まだはっきりしない頭をさぶりながら、媛寿は意識を失う前の記憶を手繰たぐり寄せる。
 九木くきに協力してもらってピオニーアを捜している怪しい依頼者を追おうとしたことまでは憶えている。
 そこから白壁市しらかべしまで電車で向かい、九木を気絶させ、結城と一緒にちた洋館に入り、そして―――、
『あっ!』
 そこで媛寿は全てを思い出した。
 洋館を出ようとしたところで結城が気絶してしまい、媛寿も分離する間もなく結城の失神に巻き込まれて意識を失ったのだ。
『ここ、ゆうきのなか!? ゆうき、いまどこ?』
 結城が意識を失っている以上、結城の意識の中も暗闇のままだった。
 一刻も早く分離して結城を助けたいが、外の状況が分からないのでは、逆に媛寿が出て行っては危険かもしれない。
 媛寿はまず耳をませることにした。
 結城の耳だけは、まだ外の情報を受け取っていた。

眩浪げんろう、これはどういうことだ?」
「すまねぇ、箔元はくがん兄貴。まさかこのヤロウが俺たちのことを探ろうとしてくるとは」
「申し訳ない、コチニール殿。愚弟ぐていの浅はかな行動のために」
「それはもうよろしい。すでに我輩わがはいの方で手は打ってある」
「ぬっ! それでは」
「行動圏内は押さえた。『オリジナル』はすぐに見つかるだろう」
「なら、コイツはどうしやすか? コチニールの旦那だんな
洋館ここを知られてしまった。そして洋館ここにもう用はない。諸共もろともに焼き払ってしまえばよかろう」
「分かりました。眩浪、運び出しが終わり次第、ここを焼き払うぞ」
「ああ、だいぶボロかったからちょうどいいぜ」

『た、たいへんだ!』
 結城の耳を通して得た外の会話に、媛寿は焦燥感しょうそうかんつのらせた。

「……」
「浮かない顔だな」
「……そう、見えますか?」
「十年越しで君のこと追ってきた奴がいたから、か? それとも、あの奇妙な『お友達』のことを案じているのか?」
「『お友達』、ですか……」
「違ったのか? まさか、そういう関係だったとか?」
「……どう、だった・・・のでしょうね」
 自動車の窓の外で過ぎ去っていく景色に、ピオニーアは結城や媛寿と過ごした思い出を重ねていた。
(本当に、これでお別れになってしまうかもしれませんね。結城さん、媛寿ちゃん)

 部屋に置き去りにされた本のページが、開け放たれたままの窓から吹く風でめくられる。

『竜はきりが立ち込める山の中を飛ぶ。霧は思っていた以上に濃く、竜は目の前にせまっていた大きな岩を、すんでのところでけた。竜は安心したが、すぐに血の気が引いた。背中に乗っていたはずのテルマーが、いなくなっていた』
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