小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

文字の大きさ
上 下
345 / 418
竜の恩讐編

三年前にて…… その15

しおりを挟む
 唯一明かりがいていた部屋の前で、謎の二人の会話を聞いていた結城ゆうきと、結城に同化した媛寿えんじゅは、存在を気取けどられるとすぐに入り口へ走り出した。
 はっきりした内容は分からなかったが、一つだけわかったことがある。
 ピオニーアをさがしだそうとしている者たちは、決して善良な人間ではないということ。
 結城の直感が、媛寿の本能が、如実にょじつにそれを感じ取った。
 ならば、依頼を断るのは必定ひつじょう。ピオニーアと合流し、この事実を一刻も早く伝えるだけ。
『ゆうき! こっち!』
 薄暗い廊下を媛寿の誘導で的確に走りぬける結城。
 後方から例の二人が追ってきているが、もう玄関扉げんかんとびらは目前だった。
『ゆうき! あそこ!』
(あそこを出れば!)
 結城は洋館の玄関扉に向かって全力疾走した。もはや扉を突き破るつもりで。
 だが、扉まであと1メートルもない地点で、扉はゆっくりと開かれた。
『なっ!?』
「えっ?」
 まるでスローモーションのようになった視界の中で、媛寿と結城は扉が開く様子と、そこに立つ逆行の人物を見た――――――――――瞬間、
「!?」
 結城は視界が反転し、平衡へいこう感覚を失った。
 それが拳をあごに受けたための脳震盪のうしんとうだとは、その時の結城は一切知ることなく、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。
 混濁こんだくする意識の中、結城はまだ耳だけは周囲の状況をとらえていた。

「コチニール殿!? こちらにいらしたんですか」
「この者は? 部外者のようだったが」
「例の人物を捜させようとしていた探偵と申しますか――――――」

 ゆがんでいた視界がさらに暗転し、結城の意識はそこで途切れた。

『う……うん?』
 目をました媛寿の周囲には、何もない闇の空間が広がっていた。
『どこ? ここ?』
 まだはっきりしない頭をさぶりながら、媛寿は意識を失う前の記憶を手繰たぐり寄せる。
 九木くきに協力してもらってピオニーアを捜している怪しい依頼者を追おうとしたことまでは憶えている。
 そこから白壁市しらかべしまで電車で向かい、九木を気絶させ、結城と一緒にちた洋館に入り、そして―――、
『あっ!』
 そこで媛寿は全てを思い出した。
 洋館を出ようとしたところで結城が気絶してしまい、媛寿も分離する間もなく結城の失神に巻き込まれて意識を失ったのだ。
『ここ、ゆうきのなか!? ゆうき、いまどこ?』
 結城が意識を失っている以上、結城の意識の中も暗闇のままだった。
 一刻も早く分離して結城を助けたいが、外の状況が分からないのでは、逆に媛寿が出て行っては危険かもしれない。
 媛寿はまず耳をませることにした。
 結城の耳だけは、まだ外の情報を受け取っていた。

眩浪げんろう、これはどういうことだ?」
「すまねぇ、箔元はくがん兄貴。まさかこのヤロウが俺たちのことを探ろうとしてくるとは」
「申し訳ない、コチニール殿。愚弟ぐていの浅はかな行動のために」
「それはもうよろしい。すでに我輩わがはいの方で手は打ってある」
「ぬっ! それでは」
「行動圏内は押さえた。『オリジナル』はすぐに見つかるだろう」
「なら、コイツはどうしやすか? コチニールの旦那だんな
洋館ここを知られてしまった。そして洋館ここにもう用はない。諸共もろともに焼き払ってしまえばよかろう」
「分かりました。眩浪、運び出しが終わり次第、ここを焼き払うぞ」
「ああ、だいぶボロかったからちょうどいいぜ」

『た、たいへんだ!』
 結城の耳を通して得た外の会話に、媛寿は焦燥感しょうそうかんつのらせた。

「……」
「浮かない顔だな」
「……そう、見えますか?」
「十年越しで君のこと追ってきた奴がいたから、か? それとも、あの奇妙な『お友達』のことを案じているのか?」
「『お友達』、ですか……」
「違ったのか? まさか、そういう関係だったとか?」
「……どう、だった・・・のでしょうね」
 自動車の窓の外で過ぎ去っていく景色に、ピオニーアは結城や媛寿と過ごした思い出を重ねていた。
(本当に、これでお別れになってしまうかもしれませんね。結城さん、媛寿ちゃん)

 部屋に置き去りにされた本のページが、開け放たれたままの窓から吹く風でめくられる。

『竜はきりが立ち込める山の中を飛ぶ。霧は思っていた以上に濃く、竜は目の前にせまっていた大きな岩を、すんでのところでけた。竜は安心したが、すぐに血の気が引いた。背中に乗っていたはずのテルマーが、いなくなっていた』
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...