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竜の恩讐編
三年前にて…… その17
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聖フランケンシュタイン大学病院からそれほど離れていない場所に、白亜に染め上げられたかのような邸宅が建っている。
シンプルながら鉄柵と門扉を構えるその邸宅を、周囲の住民たちはかつて日本に渡った大商人が住居として建てただの、明治維新後に財を築いた貴族が建てて手放しただの、横切る度に様々な憶測を並べている。
それだけ豪奢な外観と広さを持つが、実際には噂ほど築年数は古くなく、十年ほど前までは頻繁に使われてもいなかった。
播海家が別邸兼その手の外交で招いた客人の、接待や逗留先として、半世紀ほど前に用意したものだった。
建てられてから時折、播海家が使うことはあったが、常に人がいるようなことなどないはずだった。
十年ほど前までは。
播海家の別邸に設けられた私室に帰ってきたピオニーアは、まだ出したままにしていたテーブルの上の、ページの開かれた本をゆっくりと閉じた。
所作も丁寧で、表情も特に感情的になっている様子はない。
だが、繋鴎の目には、ピオニーアがどこか悔しげにしているように見えていた。
「……もう一度IRシステムで奴を追ってもらえるように言ってみるよ。あのアジトを放棄した後、また自動車を使って移動したなら、今度こそ奴を押さえることが―――」
「なぜ私たちが到着する前に、あの隠れ家に火を放つことができたのでしょう」
連絡を取り次ごうと部屋を出ようとした繋鴎だったが、ピオニーアのその言葉で足を止めた。
「なぜって……そりゃあオレたちが追ってきていることを察したからじゃ―――」
「私たちがコチニールの入国を察知できたのはつい先程です。そしてIRシステムで居場所を特定し、そこへ向かう時間を含めても、あの隠れ家から撤退し、証拠隠滅のために火を放つまでが短すぎる」
「まさか……オレたちの近くに間者がいるのか!?」
「いいえ、それはありません。コチニールの所在を調べるために動いた者はごく少人数です。行動を開始した時間から考えても、これほどスムーズに逃亡と隠れ家の処置を行うには、どれほど情報を速く流しても間に合わない」
「じゃあどういうことなんだ? 偶然か?」
「偶然というにはあまりにもタイミングが良すぎます。何か別の事情があったのか、それとも―――!?」
不意に、ピオニーアの脳裏に結城と媛寿の顔が浮かび、体のバランスを崩しかけてテーブルにしがみついた。
「どうした!? 大丈夫か!?」
ピオニーアの様子を心配して駆け寄ろうとした繋鴎を、ピオニーアは手を翳して制止した。
「だ、大丈夫です。少し……目眩がしただけで……」
平静を装って立ち上がるピオニーアだったが、異様な速さで脈動する心臓に、内心では動揺を抑え切れないでいる。
(まさか……結城さんと媛寿ちゃんに何か!?)
テーブルから床に落ちた本が目に留まり、ピオニーアの心には言い知れぬ不安が浮かび上がっていた。
「ああ、そうだ。武器はこっちにある。指定した場所に来るだけでいい。ただし、顔が割れないようにだけはしとけよ、じゃあな――――――兄貴、もうじき三、四人の手練が来るぜ」
「上出来だ、眩浪。このままこの屋敷から誰も出なければ、『オリジナル』は俺たちの物になる。ですな? コチニール殿」
「そう、ピオニーア姫の中にある『オリジナル』を手に入れれば……」
コチニールは野心に満ちた笑みを、ピオニーアがいるであろう白亜の邸宅に向けた。
(我ら赤の一族の威光を、世界に!)
完全に燃え落ち、焼けぼっくいから煙が立ち昇るだけとなった洋館、があった場所。
「おーい! こっち来てくれ!」
消火後の現場を捜索していた消防隊員の一人が、他の隊員を呼びつけた。
「これ、何だと思う?」
「何だこりゃ?」
焼け跡の一画に残っていたのは、逆さにひっくり返ったテーブルだった。かなり頑丈な木材で作られていたのだろう、黒ずんでいたが、ほとんど形を残したままだった。
「バック・ドラフトか何かの爆風でひっくり返ったのか?」
「こんな重そうなテーブルが? まぁ、あり得なくはない話だが―――ん?」
「どうした?」
「あ、いや……なんか音がしているような気がして」
隊員の一人が耳を澄ますと、確かに音が聞こえていた。
逆さになったテーブルの下から、何かを突くような音が。
シンプルながら鉄柵と門扉を構えるその邸宅を、周囲の住民たちはかつて日本に渡った大商人が住居として建てただの、明治維新後に財を築いた貴族が建てて手放しただの、横切る度に様々な憶測を並べている。
それだけ豪奢な外観と広さを持つが、実際には噂ほど築年数は古くなく、十年ほど前までは頻繁に使われてもいなかった。
播海家が別邸兼その手の外交で招いた客人の、接待や逗留先として、半世紀ほど前に用意したものだった。
建てられてから時折、播海家が使うことはあったが、常に人がいるようなことなどないはずだった。
十年ほど前までは。
播海家の別邸に設けられた私室に帰ってきたピオニーアは、まだ出したままにしていたテーブルの上の、ページの開かれた本をゆっくりと閉じた。
所作も丁寧で、表情も特に感情的になっている様子はない。
だが、繋鴎の目には、ピオニーアがどこか悔しげにしているように見えていた。
「……もう一度IRシステムで奴を追ってもらえるように言ってみるよ。あのアジトを放棄した後、また自動車を使って移動したなら、今度こそ奴を押さえることが―――」
「なぜ私たちが到着する前に、あの隠れ家に火を放つことができたのでしょう」
連絡を取り次ごうと部屋を出ようとした繋鴎だったが、ピオニーアのその言葉で足を止めた。
「なぜって……そりゃあオレたちが追ってきていることを察したからじゃ―――」
「私たちがコチニールの入国を察知できたのはつい先程です。そしてIRシステムで居場所を特定し、そこへ向かう時間を含めても、あの隠れ家から撤退し、証拠隠滅のために火を放つまでが短すぎる」
「まさか……オレたちの近くに間者がいるのか!?」
「いいえ、それはありません。コチニールの所在を調べるために動いた者はごく少人数です。行動を開始した時間から考えても、これほどスムーズに逃亡と隠れ家の処置を行うには、どれほど情報を速く流しても間に合わない」
「じゃあどういうことなんだ? 偶然か?」
「偶然というにはあまりにもタイミングが良すぎます。何か別の事情があったのか、それとも―――!?」
不意に、ピオニーアの脳裏に結城と媛寿の顔が浮かび、体のバランスを崩しかけてテーブルにしがみついた。
「どうした!? 大丈夫か!?」
ピオニーアの様子を心配して駆け寄ろうとした繋鴎を、ピオニーアは手を翳して制止した。
「だ、大丈夫です。少し……目眩がしただけで……」
平静を装って立ち上がるピオニーアだったが、異様な速さで脈動する心臓に、内心では動揺を抑え切れないでいる。
(まさか……結城さんと媛寿ちゃんに何か!?)
テーブルから床に落ちた本が目に留まり、ピオニーアの心には言い知れぬ不安が浮かび上がっていた。
「ああ、そうだ。武器はこっちにある。指定した場所に来るだけでいい。ただし、顔が割れないようにだけはしとけよ、じゃあな――――――兄貴、もうじき三、四人の手練が来るぜ」
「上出来だ、眩浪。このままこの屋敷から誰も出なければ、『オリジナル』は俺たちの物になる。ですな? コチニール殿」
「そう、ピオニーア姫の中にある『オリジナル』を手に入れれば……」
コチニールは野心に満ちた笑みを、ピオニーアがいるであろう白亜の邸宅に向けた。
(我ら赤の一族の威光を、世界に!)
完全に燃え落ち、焼けぼっくいから煙が立ち昇るだけとなった洋館、があった場所。
「おーい! こっち来てくれ!」
消火後の現場を捜索していた消防隊員の一人が、他の隊員を呼びつけた。
「これ、何だと思う?」
「何だこりゃ?」
焼け跡の一画に残っていたのは、逆さにひっくり返ったテーブルだった。かなり頑丈な木材で作られていたのだろう、黒ずんでいたが、ほとんど形を残したままだった。
「バック・ドラフトか何かの爆風でひっくり返ったのか?」
「こんな重そうなテーブルが? まぁ、あり得なくはない話だが―――ん?」
「どうした?」
「あ、いや……なんか音がしているような気がして」
隊員の一人が耳を澄ますと、確かに音が聞こえていた。
逆さになったテーブルの下から、何かを突くような音が。
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