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化生の群編

鬼を継ぐモノ

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 資料は江戸時代が終わりを告げ、明治に移り変わる際に起こった戊辰戦争の頃のものだった。
 現涼水市すずみし近辺に駐屯していた新政府軍の部隊から、おそらく本隊か政府に向けて送られたであろう報告書には、一種の損害報告が記載されていた。
 斥候に出た義勇軍の一部隊が戻ってこなかったという旨の報告が、あまりに簡単な文でまとめられていた。
 軍の伝達としては適当すぎるようにも思うが、実際のところ涼水市とその周辺では、大規模な戦闘どころか、ほとんど何も起こらなかったらしい。涼水市を擁する藩は佐幕派ではあったものの、戦える男手は激戦が続く別の藩に赴いており、土地に残っていたのは女子供や老人病人だけという有様だった。駐屯していた新政府軍もまともに戦う相手がいない以上、周辺の偵察と政府からの通達を公布するだけに留まり、後に別の戦場に移っていった。
 そんな事情があったからこそ、桜一郎おういちろうたちが持ってきた資料には取るに足らない出来事のように扱われていたようだが、どうやら別の事情があったらしい。雛祈ひなぎ灯恵ともえが語り始めた理由について、注意深く耳を傾けた。
「佐幕派って言っても、螺久道村らくどうむらに流れてきたのは関西で負けた人たちの家族。それもまともに戦えないような人がほとんどだった。新政府は憎いけど、もうどうしようもないから、ここで村を作ってひっそり暮らしていこうとしていた。最初の方は……」
 灯恵の表情から薄ら笑いが消えた。その眼は確かに結城ゆうきを捉えているが、見ているのは結城ではなく、どこか遠くを見つめているようだった。
「ある時、新政府軍を名乗る人たちがやって来た。でも、それは新政府軍とは名ばかりのならず者たちだった。いきなり村を襲って、食料と女子供を奪っていった。せっかく形になりかけていたこの村は、あっという間に全てを壊された」
 その話を聞いた雛祈は、新政府軍の報告書が簡素にまとめられていた理由を知った。消息不明になった義勇軍とは、新政府の威光にあやかっただけの愚連隊だった。正式な部隊として組み込まれていなかったから、正規部隊の報告書もおざなりになっていたのだ、と。
「でも、その人たちは三日後にはこの世からいなくなった。村にいた一人の男が、復讐のために全員殺したから。様子を見に行った村人たちは、そこで見たの。血まみれになって、『鬼』に変わり果てていた、その男を」
 話を聞いていた結城は、おぼろげに直感していた。最初に受け取った手紙に書かれた『鬼』と、螺久道村の関係を。
 灯恵の口から語られる村の記憶が、今回の不可解な出来事の全てを、一つに繋いでいっている気がしていた。
「村人たちは『鬼』を恐れたけど、同時にその力を利用できると考えた。『鬼』の力を使えば、新政府軍を押し返し、劣勢になっている佐幕派を救えるんじゃないかって」
 鳥羽伏見の戦いが決して以降、幕府方は次々と圧されていき、最後には明治新政府の勝利によって戊辰戦争は終結した。その最中、どんな形であれ強大な武力が手に入ったなら、追い込まれた者たちは巻き返しを図りたいと思うだろう。結城も雛祈も、まだ日本が国内で戦っていた時代を思い、わずかに顔を伏せた。
「けれど、できなかった。『鬼』はその場に座り込んだまま、何も反応しなかった。『鬼』になった男にとって、復讐という目的だけが全てだった。それが無くなってしまったら、もう他には何も、意志さえも残らなかった。それでも村人たちは、『鬼』の力を諦めたくはなかった。だから、『鬼』の力を別の形で使おうとした」
 灯恵は地面に目を向けた。そこには先程まで灯恵が抱えていたかめがあった。
「『鬼』の体を使って酒を造り、それを飲むことで『鬼』と同じ力を手に入れようとした。そのために『鬼』を解体して、酒瓶の中に漬け込んだ」
「っ!」
「っ!」
 結城と雛祈は息を呑んだ。灯恵が手にしていた瓶は、話の流れからしても、中身は想像にかたくない。螺久道村の創始者たちは、鬼を喰らって鬼になろうとする、恐ろしい試みに手を出してしまったのだ。
「それだけで済んでいればまだ良かったけど、『鬼』から造った酒を飲んでも鬼にはなれなかった。村人たちは鬼の力を得るにはまだ足りないものがあると考えた。だからも一つ、『鬼の酒』に力を与えるために、生贄を捧げることにした」
(もしかして……)
 雛祈は螺久道村の村長、岸角碩左衛門きしかどせきざえもんのことを思い出した。岸角は雛祈たちに村の秘密を話そうとした時、ひどく躊躇していた。
「酒の力を高めようと、この村は生まれた子どもを生贄として殺した! 以来、村で生まれた第一子は、必ず生贄にするという掟が作られてしまった! この村に住んでいるのは人間じゃない! 人間の皮を被っただけの、鬼よりもおぞましい化物どもよ!」
 荒くなった言葉で吐き捨てるように言う灯恵の様子から、結城はこの事件の動機が近付いている気がした。
 そんな結城の心を察したのかもしれない。灯恵は結城が口を開こうとする前に、再び告白を続けた。
「私も……半年前に……自分の子どもを……」
 そのことを語る灯恵の声は、途切れ途切れになり、掠れ、震えていた。一番の核心であり、灯恵にとって最も辛く、心を抉る事実なのだと、結城は感じ取っていた。何を言ったところで空しいだけだと思い、拳を握って沈黙するしかない。
「生贄を捧げて、『鬼の酒』を飲むことで、螺久道村の一員となれる。私は疑うことなく掟に従った。でも、その瞬間に知ってしまったの」
 灯恵は屈みこむと、地面に置いていた瓶の蓋を開け、中に両手を入れて『それ』を持ち上げた。
 結城も雛祈も、『それ』を見た時は喉が詰まり、心臓を鷲掴みにされた気がした。
 眼が落ち窪み、頬がこけ、頭蓋骨に薄い皮が張られただけにしか見えない木乃伊ミイラの生首が、毒々しい色の酒を滴らせながら灯恵の手に収まっていた。生首のこめかみより少し上からは、一対の角が伸びている。灯恵が言う『鬼』の体を使って造った酒の、首を素にした一つであるのは明らかだった。
「信じられる? この『鬼』は、こんな姿になってもまだ死んでいない。首だけにされ、酒に浸けられ、百五十年も生き続けてきた」
 話を聞いているだけでもおぞましい代物を、灯恵は震え一つなく手に持って語り続けている。その異様な光景に、逆に結城たちの方が悪寒に震えそうだった。
「私はこの『鬼』の……『鬼』になってしまった人間の、直系の子孫よ」
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