メサイアの灯火

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ガリア帝国編

ルテティア支部潜入作戦

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 ・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・・・。

 “ザー、ザーッ。ピ・・・ッ!!!”

「どうだ?“グレッグ”、“ウナギ”は食えたか?」

「いやまだだよ“バーナード”、どうやら“ウナギ”はまだ上がって来てはいないらしい・・・!!!」

「“ウナギ”を絶対に逃がすなよ?“グレッグ”。奴は俺達の“腹の足し”に重要な獲物だからな?」

「了解した、“バーナード”・・・!!!」

 ルテティア第3環状区画、やや西部よりにある住宅街の片隅でー。

 建物の影に隠れて周囲の様子を伺いつつも特注の“小型高性能無線機”を耳に当てながら仲間達と通信をしている一人の青年の姿があった、“綾壁蒼太”その人だ。

 彼は今現在、秘密裏な任務に就いておりその為に、実に十名を超える多数の仲間達と共にこの一角に出張って来ていた、と言う次第であったのである。

「こっちはどこまでも真っ暗闇が続いている、灯りなんて全く点いていないぜ。通路は複雑に入り組んでいてちょっとした迷路になっている様だ・・・!!!」

「こちら“ミシェル”。こっちも同様だ!!!」

「こちら“オーブリー”、以下同文!!!」

「こちら“ラウル”。全く同じだ、ここはかなり広大な構造物な様だな・・・!!!」

「・・・・・」

(これまでのところ・・・。あの時に感じた“魔の波動”はこの近辺からは検出されていないな、どうやらデュマ本人は“あの中”には居ないようだ・・・!!!)

 仲間達から次々と入る連絡を耳で受けながらも、それでも蒼太は“残念だ!!!”とつとにそう思った、もし今この瞬間、奴の存在を感じ取ったのであれば、迷わず自身が飛び込んで行って今度こそ、この手で決着を着けたいと本心から希っていたのであるモノの、しかし。

(どんなに感覚をシャープにしてみても、奴のあの強大で、それでいて独特な気配は感じられない。ただ地中からある程度の人々の存在は伝わってくるし、それになんだろう、何某かの“隠形術”を使っている形跡があるな。それが些か気掛かりだけれども・・・!!!)

 “ともすれば、もしや・・・”と蒼太は更に考えるモノの、いずれにしてもどうやらこの周辺にデュマが潜んでいる可能性はかなり低く、“奴自身は留守なのか”、はたまた“情報が眉唾だったのかのどちらかだな”と内心で一人ごちる。

(となると残るもう一人のターゲット。“オレール・ポドワン”の所在もまた解らなくなってしまう、と言う事になるけれど・・・!!!)

 不確かな情報に躍らされざるを得ない今の自分達の立場に多少の不満を抱きつつも、それでも頭を切り替えながら蒼太が思うが先に発生した“ポール・アギヨン”誘拐未遂事件を見事に解決した彼等はその所属組織である“セイレーン”のみならず、その上部に位置している一大国家オーガニゼーション“ミラベル”に於いても一目置かれる存在となっていて、早速今回の任務にも駆り出されて来た、と言う訳であったのだ、と言っても。

 その時に、彼等に与えられていたのはあくまでも“周辺”の人波の監視にあった、それというのも蒼太達が張り込みを続けている場所の近くにあるカフェバー、“ル・ジャルダン・ティエリー”のそのまた遥か地下深くに秘密結社“ハウシェプスト協会”の誇る“ルテティア支部”が存在して居るのでは無いか、と言う噂があり事の真偽を見極める為に“ミラベル”の精鋭中の精鋭部隊である“プラム”の隊員達と共同でその調査を行っている、真っ最中であったのである。

 それだけでは無い、しかもこの中にはセイレーン、ミラベル双方が血眼になって捜索を続けている男、“オレール・ポドワン”が匿われている可能性も浮上して来た為に、その役割は一層、その重要さを増していた。

「・・・・・」

(こっちは今の所、問題は無いにしても・・・。内部に潜入している“プラム”の隊員達の身は大丈夫かな?エメリックさん達の安否も気になる・・・!!!)

「ねえ、あなた・・・!!!」

 蒼太がカフェバーの更に奥地にまで出向いて行った同志達へと向けて意識を飛ばしていたところー。

 彼の幼馴染にして最愛の花嫁であるメリアリアが心配そうな面持ちのままに此方を見つめ続けていた、つい1日程前までは“時の涙滴”の中で“夫”に抱かれて彼と激しく愛し続けて来ていた彼女であったが蒼太から施されていた“回復の秘術”が功を奏して今では心身に何の負担も無く、むしろそれまで以上に活き活きとした様子で任務に参加していたのであったが、そんなメリアリアもまた、当初は先日相対した謎の男、“アレクセイ・デュマ”の動向を気にしていたのであるモノの、その当の本人がこの場に居ないと知って些か拍子抜けすると同時に思わず安堵の溜息をついていたのだ。

 ハッキリと言ってあの男の放つ瘴気は尋常じゃなかった、あの時に感じた“魔を超越したる者の気配”、それはまさしく悍ましい事この上無い程の波動であって、そしてまたその動き、スピード、繰り出される攻撃の、どれ一つを取ってみてもこれまでメリアリア達が戦って来た存在達とは一線を画しており、本音を言えばちょっぴり怖いと思っていたのであるモノの、しかし。

(ううん、私は平気だわ。だってこの人が、蒼太が居てくれるんだもの・・・!!!)

 そうやって心で体で、そして何よりその魂とで彼の事を感じ取る時にその恐怖は洗い流されて行き、代わって自身の奥深い領域からは不思議と勇気と力とがコンコンと沸き上がって来るのを覚えて己が芯から奮い立つモノの、それは何も彼女だけでは決して無かった。

「エメリックさん達は、果たして無事に辿り着けたのでしょうか・・・?」

「皆の事が心配だな、任務とは言え何も出来ないこの身がもどかしいよ・・・!!!」

 残り二人の花嫁である、アウロラとオリヴィアもまた、メリアリアと同じように蒼太の側に寄り添う様にしては彼に対して声を掛けるが、状況が状況であるだけに彼女達も幾分、緊張している様子でありその表情には若干の強張りが見て取れる。

「一応、“定時連絡”は
入るけれども・・・。どうやら中は迷宮になっている様だね、流石に超国家間規模のネットワークを誇る“秘密結社”の支部だけあって、そう簡単に見付けられる様なモノでは無かったらしい・・・!!!」

「覚悟はしておいたけれども・・・。やっぱり相手もそれほど甘くないって訳ね?」

「プラムの方々が内部に潜入を開始してからちょうど20分弱が経ちましたけれども・・・。未だにその全貌が明らかに出来ないなんて・・・!!!」

「今の所、向こうには感付かれて居ない様子だが・・・。正直に言って心配になるな、何しろ相手が相手だ。いつ何が起こっても不思議では無い・・・!!!」

 四人がそれぞれに、自分達の周囲に気を配りつつも突入を果たして行った仲間達の安否に付いて気に掛けているとー。

「聞こえるか?“グレッグ”、こちら“バーナード”。繰り返す、こちら“バーナード”・・・!!!」

「・・・・・っ!!!」

 蒼太の手にしていた“小型高性能無線機”へと突然、入電があり“ザッ。ザーッ、ピッ!!!”と言う無機質な電波音が辺りに響いた。

「こちら“バーナード”。今現在地上から随分と潜った地下にいるが・・・。相変わらず真っ暗闇で何の手掛かりも無い、“計測機器”によれば37メートル程の地中に到達しているが・・・。“ウナギの巣”はまだ見えて来ないぞ!!?」

「こちら“ミシェル”、こっちもだ。また行き止まりにぶち当たっちまった。ここに入ってから感覚が全く働かなくなっちまってやがるぜ・・・!!!」

「こちら“オーブリー”、こっちも全く同様だ。こんな事なら“赤外線スコープ”でも持って来るんだったよ・・・!!!」

「こちら“ラウル”。どうだ?グレッグ、“ウナギ”は釣れたのか?」

 “ミラベル”の精鋭部隊である“プラム”の隊員達から続々と連絡が入って来る中で、“ラウル”と言う諜報員からの連絡が蒼太の耳に飛び込んで来た。

「こちら“グレッグ”。“ラウル”へ、残念ながら“ウナギ”はまだ上がって来てはいないよ・・・!!!」

 “そうか・・・”とそれを聞いた“ラウル”は多少、残念そうに声を潜めるモノのしかし、蒼太は敏感にその異変を察知していた、先程までの“それ”の時とは打って変わって言葉じりに何やら硬さがあり、その口調からも彼が極度のストレス状態に陥っている事が伝わって来る。

(まあ、でも・・・。“潜入任務”に就いているんだ、それ位は当然か・・・?)

「あー、“グレッグ”。聞こえているか?実はな、こっちにはちょっとした“収穫”があった。今自分の目の前には大規模な集会場の様な空間が広がっている、どうやら何かの礼拝堂みたいだ・・・!!!」

「・・・・・っ!!!“ラウル”、そこに“ウナギ”は潜んでいるか!!?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 “いいや”と数秒の沈黙の後に“ラウル”が報告を帰して来た、彼によると“誰もいない”との事だったのだ。

「中を覗いてみたモノの、ここは“蛻(もぬけ)の殻(から)”の様だ、人の気配もしないし現にここに来る時も、“一人としてすれ違ったり戦闘になったりしなかった”!!!」

「・・・・・?」

 蒼太が違和感の正体に付いてあれこれ考えを巡らせているとー。

 再び“ラウル”から言葉が放たれその空気の振動が蒼太の神経中枢にまで響き渡って来るモノの、そんな彼からの報告内容に青年は些か首を傾げた、確かに地上や地下、はたまた上空に至る、半径300メートル程の“球体”の範囲内にはデュマの気配こそしないがしかし、それでも足下の深い場所では何やら蠢いてひしめき合う人波の波動はそれなりに感知されており、だから途中で“全く誰ともすれ違わなかった”と言うのはどう考えても無理のある言葉だと踏んだからだ。

 その為。

 “もしかしたら”とある種の警戒感が生まれた蒼太は、“万が一”の時の合い言葉を“ラウル”へと向けて投げ掛けてみた。

「・・・・・。なあ“ラウル”、教えてくれ。“ウナギ”は一匹か?それとも“親子連れ”か?」

「・・・・・っ!!!“親子連れ”だっ、大量だっ!!!!!」

 一瞬の沈黙の後で、蒼太の質問に対してそれまでとは打って変わって何かに縋り付くかのようにそう告げた途端に。

 “ラウル”からの通信が途絶えた。

「・・・・・」

「あなた・・・!!?」

「蒼太さん!!?」

「どう言う、事だ・・・?」

 怪訝そうな表情のままに尋ねて来る愛妻達の言葉に“ハァ・・・ッ!!!”と短く溜息を付いてから青年は答えたのである、“恐らくは”と“ラウルは奴等に拉致されたんだ”とそう言って。

「多分、“ラウル”は“当たりの道”を選んだんだ、そしあてハウシェプストの連中に途中で捕縛された。そう言う事だと思うよ?」

「・・・・・!!?」

「そんな・・・っ!!!」

「それって・・・っ!!!」

「ああ」

 “極めてまずいな!!!”と蒼太は告げると即座に手にしたスマートフォンから本部に直接連絡を掛けて、この事を話すと同時に今後の事に付いての指示を仰いだ。

「ハウシェプスト協会のルテティア支部。どうやら“当たり”だった様だな!!!」

「そこまでは良いとして。今はどのように動くかだぞ!!?」

「“ラウル”は優秀な諜報員だ、見捨てる事は出来ん!!!」

「直ちに救出作戦の用意を!!!」

「しかし今現在、“ラウル”にこの事を伝えれば無線機を介して此方の動きが相手に伝わってしまう事になるぞ?」

「“バーナード”達にもだ、彼等は同じ無線機を使っている。これでは撤退命令も下すに下せなくなってしまった・・・!!!」

「・・・・・」

 “ミラベル”の上層部役員達はその場で喧々諤々の議論を交わすが結局、話しは堂々巡りをしてしまい、中々結論が出せなかった、皆この場に於いて有効な手立てを見出すことが出来ずにいたのだ、そんな中ー。

 最後まで沈黙を貫いていた男が“良いですか?”と発言を求めて許可された、以前の誘拐未遂事件で被害者となった“ポール・アギヨン”その人である。

「今現在、現場周辺で任務に当たっている者は総勢十名ほど。その内潜入している者は計5名、そしてその内の一人が拉致されているとして残り4名には急いで撤退命令を出しましょう。かなり危険ですがスマートフォンのメール機能を利用して、秘密の暗号を送ってみます。どうやら彼等が居る場所には電波も届く様ですしね?そうしておいて・・・」

 “その後は”とポールが続けた、“蒼太君達に任せてみましょう”とそう述べて。

「蒼太君・・・。即ち“グレッグ”達はちょうど遊軍としてあの場に留まっています、潜入組と彼等とで役割を交代させてはいかがでしょうか?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「ソウタ・アヤカベか・・・」

「確か、君を救助した人間だったな・・・?」

「その通りです」

 役員達からの視線を一身に受けながらも、ポールは憶せず言葉を紡いだ。

「彼等は皆、勇敢で技術も高く、その上機転も利きます。それに魔法戦士養成機関である“セラフィム”に於いて“暗闇戦闘”に対する訓練も積んでいる筈です、彼等に任せてみるのは如何でしょうか?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「“暗闇戦闘”に対する訓練ならば、“ミラベル”の隊員達とて積んでいるぞ?それでも“ラウル”は拉致されたでは無いか!!!」

「これは“恐らく”、と言う話になりますが・・・。彼等は、即ち蒼太君達は一般的な隊員達よりも感性が幾分、鋭い様です。それに賭けてみましょう、それにどっちみち、これ以上のミラベル隊員達の消耗は避けるべきかと存じますが・・・!!!」

「・・・・・っ!!!」

「・・・・・っ!!?」

「うーん・・・!!!」

 そのポールの言葉に、その場にいた誰もが思わず唸り声を挙げて宙を見上げてしまっていた、と言うのは確かに彼の言う通りでここ最近のミラベル隊員の損害は著しくて、以前に比べて3倍近くにまで膨れ上がっていたからである。

 それというのも欧州各国が見せる、“反ガリア同盟”とでも言うべき連帯が日に日にその強さを増しているからであり、明らかに彼等は裏で手を組みつつもそれぞれの国に潜入している諜報員の数、プロフィール等ガリア帝国に対する情報を共有している様相が鮮明になって来ていた。

 その為、帝国の誇る情報網は各地でズタズタに分断されてしまっており、隊員同士での連絡すらも危険視される事態へと追いやられてしまっていたのであった。

 そんな中に於いても尚、“ミラベル”の隊員達は皆勇敢に、かつ賢く立ち回っては追撃の手を躱しつつも欧州各地で連日の様に巻き起こっている様々な事件や政治、経済情報等を命懸けで本国へと伝え続けてくれていたのだ。

 その隊員達をもう、これ以上は危険な目には合わせられない、と言うポールの主張はだから至極真っ当なモノであり、これはその場にいた全員に受け入れられる事となった、しかもその上、元々国内の懸案事項については“ミラベル”よりも“セイレーン”が優先して事に当たる、と言う体制が確立されていたモノだから、そう言う事も相俟ってこの、ポールの話した代替作戦案と言うのは了承される運びとなった訳である。

「・・・と言う訳なんだ」

「・・・・・」

 周囲に気を配りつつもスマートフォンをスピーカーモードにして花嫁達と共に耳を傾けていた蒼太であったが、半ば覚悟していた事であり彼自身、ルテティア支部と言う場所が気にはなっていたのと“ラウル”を救出しなくてはならない事、それに何よりかによりの話としては“ポール・アギヨン誘拐未遂事件”の容疑者候補の一人である“オレール・ポドワン”の身柄確保の重要性を認識していた為に行くことに反対はしなかったが、かと言って内心では“そりゃないよ、ポールさん・・・!!!”と言う嘆きの意志が全く無い訳でも無かった。

 よくよく思い返してみれば、ポール自身が言っていた事だったのである、曰く“君達自身は危険な場所まで行かなくて良い”、“今回は外に残って出入りする人波の監視を行ってくれればそれで良いのだ”と。

 それがこの変わり様である、一体彼にとって他人様に聞かせる言葉というモノにはどれ程の重みが有るのであろうか。

「君達は勇敢さも技量も機転も。そして何よりその感性も、他の隊員達と比べて抜きん出ている、と私は見ている。そうじゃ無ければこんな事、とてもじゃないが頼めんよ。流石に申し訳が無いのでな・・・」

「・・・・・」

「それと言うのも相手は“暗闇戦闘”を得意としている一団のようなのだ、頼む蒼太君。何としても“ラウル”を急いで奴等の手から奪還して欲しい。当然、“オレール・ポドワン”の身柄拘束も込みでな。それが君達の目的でもあるのだろう?」

「それは確かにそうですが。しかし・・・」

「頼むよ、蒼太君!!!」

 自分はともかく、メリアリア達をなるべく危険な目には遭わせたくない蒼太である、しかしそう言って愚図る青年に対してポールは頭を下げつつ一気に捲し立てて行った。

「何しろ相手はテロリストだ、このままもし手を拱いている内に彼が拷問でもされて口を割らされてしまえば我々は今後、全く立ち行かなくなってしまう。それに君達だって他人事では無いぞ?“ミラベル”及び“セイレーン”の詳細な組織情報や人員配置図、プロフィール等が奴等の手に渡れば隊員達は日常生活を満足に送る事さえ難しくなるだろう!!!」

「・・・・・」

「頼むよ蒼太君、事は一刻を争うのだ。直ちにハウシェプスト協会のルテティア支部へと突入してもらいたい。一応、途中までは撤退させてきた“プラム”の隊員達が導いてくれる筈だ、彼等にはそのまま出入り口の確保を命じてあるから、帰り道の心配はする必要が無いぞ?勿論、増援だって回す。いま此方から精鋭の“第二大隊”を送った所だから、彼等の力も借りると良い。尚解っているとは思うが今回は“強襲作戦”となる、敵の猛烈なまでの抵抗が予想されるので、そのつもりでやってもらいたい!!!」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 “あなた・・・!!!”と尚も蒼太が反応を躊躇していると、それまで黙って二人のやり取りを聞いていたメリアリア達花嫁がソッと声を掛けて来た、“解っているよ”と言わんばかりに。

「行きましょう?あなた、だってどっちみち“ラウル”さんの事は助けなければならないし、それに“ハウシェプスト協会”の野望は放っておく訳には行かないわ!!!」

「そうです、それにその為には証人として“オレール・ポドワン”さんに来てもらわなければならないんですもの、どっちみちこのままではいられませんわ!!!」

「それにポール氏の言う通り、もし“ラウル”が口を割らされてしまえば我々の情報が奴等の知るところとなり、今とは比べ物にならない位に状況が悪化するぞ?それは非常に不味い事になる・・・!!!」

「・・・・・」

 “解ったよ”と、愛妻達の説得に蒼太は多少、困ったような笑顔で応じると、改めてポールへと向けて問い質して見せた。

「ポールさん・・・」

「なんだ?」

「今さっき言われた事は命令ですか?」

「・・・・・。そうだ!!!」

 暫しの沈黙の後でポールはそう答えて頷いて見せた、“これは命令である、と思ってくれて構わない”と、“・・・やってくれるかね?”とそう告げて。

「・・・・・」

(やるしか、無いじゃ無いか・・・!!!)

 ポールのむしろ脳天気とも取れる言葉に蒼太が内心でまた毒づくモノの一応、余りにも滅茶苦茶な指令に対しては例えそれが上層部から命じられたモノであっても彼等にはちゃんと拒否する権利が与えられており、そしてそれは隊規により保障されていたモノの、今回は事態が事態である、どっちみちこのまま放置する訳には行かない。

(これはメリー達の言う通り、絶対に黙視すべき問題じゃない。それに確かに“ラウル”の身柄を奪還しないと僕達の日常生活に支障を来す事になる、放ってはおけない!!!)

 そう思い立って愛妻達に再び視線を送ると彼女達も皆一様に覚悟と決意を秘めた瞳を夫へと向けて“コクン”と頷いてみせた、こうなればもう決まったも同であり、後はグズグズすべきで無い。

「・・・・・。解りました」

「・・・そうか!!!」

 “やってくれるか!!!”と蒼太の発したその言葉に漸く安堵したかのような表情となってポールは頷いて応えると、“後の事は全て君達に一任する!!!”と言う現場の判断最優先とも丸投げとも取れる内容を声に乗せて彼等へと送ってみせた。

「先程も言ったと思うが・・・。相手は“暗闇戦闘”のプロフェッショナルだ、いよいよとなったら無理はするな?君達まで捕縛されては厄介だからな・・・。当然、理解しているとは思うが“オレール・ポドワン”の確保も並行して行う様に・・・。以上だ!!!」

 それだけ言うとー。

 ポールは一方的に通信を切ってしまい、後には無言で佇む4人と街の喧騒だけが残された。

「・・・・・」

「あなた・・・!!!」

「蒼太さん・・・!!!」

「蒼太・・・!!!」

 それでも尚も何事かを言いたそうな面持ちのまま、通話の切れたスマートフォンを見つめる蒼太に3人の花嫁達が心配そうな視線を送るが、それを受けた青年はもう一度“ハアァ・・・ッ!!!”と溜息を付いてから“解っているとは思うけど・・・”と呻く様に言葉を絞り出し始めた。

「こうなったらやるしかない、このまま“ラウル”が口を割らされる様な事にでもなってしまえば、確実に君達のモノを含めた組織の情報が外へと流出してしまうだろう。当然、僕のもね?そうなったら僕達はもう、平和で静かな日常生活を送る事が出来なくなる!!!」

「ええ・・・!!!」

「そう、ですわね・・・!!!」

「承知している・・・!!!」

 そんな蒼太の発言を受けて花嫁達もまた、三者三様の答を口にするモノの、それを確認した蒼太は改めてそんな彼女達に頷いて応じると続けて、“中は真っ暗闇みたいだから全員、逸(はぐ)れない様にして戦おう!!!”と注意を告げた。

「一応、聞いておきたいんだけれども・・・。皆“暗闇戦闘”は出来るよね?」

「大丈夫よ!!!」

「平気ですわ!!!」

「勿論、鍛錬を積んでいるからな!!!」

 “なら後は”と蒼太が再び彼女達の言葉に頷きつつも応えた、“ある程度の段取りを決めておかないとな!!!”とそう言って。

「事はあの中に突入して内部を探るだけじゃない、“オレール・ポドワン”の身柄の確保と“ラウル”の救出とを熟(こな)さなくてはならないんだ。特に“ラウル”が捕らえられている以上、敵はいよいよとなったら彼を人質に迫ってくるかも知れないから、その事に対する対策も立てておかないと・・・!!!」

「それだけじゃ、無いわね・・・」

 するとそんな夫の声へと耳を傾けていたメリアリアが何やら思案している顔となって彼の前へと一歩、進み出る。

「ちょっと疑問に思ったんだけれども・・・。“ラウル”さん達だって“暗闇戦闘”は心得ていた筈なのに、彼は為す術も無く敵に捕らわれてしまった。と言う事は、相手は余程気配を殺すのが上手なのか。それとも集団で待ち伏せをして一気に彼に襲い掛かったのか・・・!!!」

「・・・・・っ!!?」

「それだけじゃあ、無いぞ!!!」

 そこまで彼女の言葉を聞いていたオリヴィアが、何事かハッとした表情となり声高に、そして短く叫んだ。

「“敵”は暗闇の中でも此方の動きを察知出来る、と言う事か!!?」

 “或いはね・・・”とメリアリアが尚も考えを纏めながらもオリヴィアの発言に頷いて見せるモノの、その事は蒼太にも非常に気掛かりな事だったのだ、何故ならば。

 彼はここにいる間中、つまりは今もそうなのであるモノの落ち着いて意識を研ぎ澄ませて行けば、細かい居場所までは察知出来なくともそれでもやはり、地下で蠢く人々の気配をハッキリと察知出来ていた訳なのであり、だからこそ“ラウル”達も当然、それを感じ取る事が出来ていた筈だと踏んでいたのであった、それなのに・・・。

「・・・・・」

(もしかして。何らかの理由があって“ラウル”達には感じられていなかったのか?いいや、そんな筈は無いだろう。彼等だって手練れの筈だ、恐らくは途中までは連中の気配を察知していたんだろうけれども。しかし・・・!!!)

 “となると”と蒼太は思った、相手はやはり何某かの手段を用いて此方の動きを読んでいた、と言う事になるのであり、しかもメリアリアの言っていた通りで気配を殺す技術にも相当に長けている、と言わざるを得ないがしかし、それについては蒼太にも色々と思い当たる節があった。

「・・・皆聞いてくれ。先日のポールさんが誘拐されかけた事件で僕達が戦った“エグモント”に付いてなんだけれども」

 青年が彼女達に話し始めるモノの彼と対峙したあの時、エグモントは合気道の技を蒼太に仕掛ける直前までをも殺気を押し殺す事が出来ていたのであり、また反対に蒼太も蒼太で相手を殺さない様にと実力をセーブして手心を加えていた為に結果として相手との間で意識の中での壮絶な鬩ぎ合いである、動きの“読み合い”が起きていた訳である。

 その時は蒼太の方がより鋭く、かつ正確に相手の出方、本質を見抜いて剣を振るった為に打ち勝つ事が出来ていたのであったがもし万が一、一歩でも彼がエグモントの動きや心理を見誤っていたのならば結果はどうなっていたのかは解らなかったのであってまさにギリギリの接所即ち、本当に紙一重の勝利だったと言わざるを得ない状況であったのだ。

「エグモントは“スペツナズ”と言うイワン雷帝国の特殊部隊出身の男だった、そこで“殺人スキル”を磨いたんだろうけれども・・・。ハウシェプストの奴等にもそう言った“影の実行部隊”があっただろう?」

「・・・・・っ!!?」

「“カインの子供達”・・・っ!!!」

「以前の戦いで、今も本部の最下層に捕らわれている連中かっ!!?」

 アウロラとオリヴィアの言葉に“そうだ”と頷くと、蒼太は合点が行った様な面持ちとなり彼女達に向けて告げ始めた。

「恐らくは・・・。“カインの子供達”には養成機関があるんだよ、僕達に“セラフィム”があったようにね?それで多分、この中にいる連中はそうした“訓練場”の様な場所で鍛えられていた奴等なんだろう。そう考えれば色々と辻褄も合って来る・・・!!!」

「・・・・・っ!!?」

「・・・・・っ!!!」

「・・・要するに。ただの一般信者達では無い、と言う訳だな?」

「ああ!!!」

 “そう言う事になるね”と蒼太は応えると続けて言った、“中にいるのはカインの子供達とまではいかなくとも、それなりに実力のある面々と見て間違い無いだろう”と。

「それもただ単に、己の気配を消す事が上手なだけじゃ無いぞ?相手に技を掛ける直前まで、攻撃を掛ける直前まで自らの殺気を押さえ込める事が出来る程の腕前を持っている、と言う事になる!!!」

「・・・・・っ!!!」

「そんな、それって・・・!!!」

「だとしたなら此方もそれ専用の装備を用意してから突入しなくてはならなくなるが・・・!!!」

「だけどそれには時間が無い・・・!!!」

 アウロラとオリヴィアの言葉に蒼太が再び難しそうな顔となり、そう応じた。

「何しろ相手はこの世を引っ繰り返そうとしているテロリスト、いいやハッキリと言ってしまえば“狂信者”共だ。時間を掛ければ確かに装備は整うだろうが“ラウル”がどんな目に遭わせられるか、解ったもんじゃない!!!」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「現状の装備のままで、突入を果たすしか無いけれど・・・。いっそ僕だけで行ってこようか?」

「それはダメよ!!!」

「そうです蒼太さん、危険過ぎます!!!」

「行くならば4人で固まって行くべきだ。そうすればリスクの分散にもなるし、お互いに何があっても協力し合えるからな!!!」

「ううーん・・・!!!」

 自らが発したその言葉に、揃ってダメ出しをされてしまった蒼太が困った様な面持ちとなってメリアリア達を見渡してみると、皆とても心配そうな表情を浮かべて此方を見ていた、・・・まるで“無茶をしないで”とでも言わんばかりの心色を、その双眸に色濃く浮かべて。

「行くなら、4人全員で行った方が良いわ!!!」

「そうですわよ蒼太さん、1人で無茶はなさらないで!!?」

「もう、他人じゃ無いんだからね!!?」

 再び花嫁達からそう告げられると蒼太はこんな時だと言うのに、それでもやっぱり嬉しくて照れ臭くて、思わずじんわりとしてしまっていた、そうなのだ、この子達とはもう運命共同体なのだ、固い絆で結ばれている夫婦同士であるのだから。

「みんな、有り難う。・・・それじゃあ改めて、僕と一緒に行ってくれるか?」

「勿論よ!!!」

「はいです!!!」

「当たり前でしょう!!?」

 三人の声に面映ゆい色をその面持ちに浮かべたままで頷くと、蒼太は改まって今後の段取りと何かあった場合の対処の方々を彼女達と話し合い、そしてその直後にー。

 自分達の装備を確認しつつも、後は“今、この瞬間に”意識を静かに集中させつつカフェバー、“ル・ジャルダン・ティエリー”の裏口から店の地下へと突入していった。
ーーーーーーーーーーーーーー
 最後の部分でちょっとだけ出て来てしまいましたが。

 オリヴィアちゃんは時々、気分が激昂すると少女の様な口振りや仕草が現れて来ます。

 これはそれだけ蒼太君に心を寄せると同時に許しているからであり、そんな彼の前だからこそ出てしまう本性であり本心なのです(普段の騎士然とした彼女とは一線を画すモノです)。

 ではメリアリアちゃんやアウロラちゃんはどんな変化をするのか、と言えばそれはまだ秘密です(でもちょいちょい出ちゃってはいるんですけどね)。
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