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ガリア帝国編
メリアリア・カッシーニ編1
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「もしもし?今晩は。お家の様子はどうかしら?」
「あっ!?メリーッ!!」
連絡先を交換した、その日の夜に。
電話が掛かってきて誰からか、と思って出てみるとメリアリアからだった、彼女はあの後心配になって結局、蒼太の家へと電話を掛けてみたのである。
「昼間にね?蒼太のおじさんとおばさんが酷い人だって聞いたから、ちょっと心配になっちゃって。それで電話をしてみたの!!!今平気?」
「うん、平気。僕は基本、夜はフリーだからね!!」
「ぷっ。何それ、一端(いっぱし)ね!!」
ちょっと勢い付いて見せた蒼太に対してメリアリアが思わず吹き出してしまっていた、何故だろうか、本当に他愛も無い会話なのに、しかも今日、本格的にお話しをしたばかりだと言うのに彼とのこうしていると心が和んだ。
「なんでもないなら、よかったわ。あなた、“毎日戦場にいるみたいだ”って言っていたから気になっちゃって・・・」
「うーん、でもあの言葉は嘘じゃ無いんだよ、メリー。昨日なんか、新しい技だって言って、剣術の稽古をさせられたんだ!!」
「それは・・・!!でも稽古だったら仕方が無いんじゃないかしら?私も魔法の稽古の最中に指先を火傷した事があったし。怪我は付きものよ!!!」
「メリーでも、怪我をするの?」
蒼太がビックリしていると、メリアリアは“当たり前じゃない”とでも言わんばかりに溜息を付いては蒼太に告げた。
「だからね?蒼太。蒼太も頑張って?今日、蒼太の手を握った時にビックリしちゃったもん、蒼太の力、凄い強くて逞しかったから!!!」
「本当!!?」
「勿論よ。私、嘘は嫌いなの。あなたは立派な男の子だわ、今日だって私の話にちゃんと耳を傾けてくれていたし。“凄い優しい子なんだな”っ、て思ったよ!!?」
「・・・優しいのは、メリーの方だよ」
と蒼太はまた少し、暗い声で呟いた。
「僕はただ、自分があれが正しい事だって、メリーの事、“凄い子なんだ”と思ったよ?だってあんなに大切な事を、いっぱいいっぱい知っているんだもの!!!」
「もう・・・っ。蒼太ったら、オーバーだわ!!!」
とメリアリアが些か、電話口の向こう側で照れながら応えた。
「私はまだ、そう言うことを知っているだけよ、体現出来ているわけではないわ・・・」
「・・・“タイゲン”って?」
「ちゃんと勉強して自分のモノにするってこと、教えの通りに生きることよ?」
「メリーもまだ、“タイゲン”出来てないの?」
「ええ、そうよ?それをするためにはいっぱいいっぱい修業して勉強もして。うんとうーんと良い子にならないとね!!?」
「メリーはもう、充分良い子になってるじゃないか!!!」
と蒼太は再び本当の事を告げたのであるが、自分の家庭内環境における愚痴を真正面から聞いてくれて、本当に心配をしてくれたのは、メリアリアが一番最初の人だったのだ、だから。
「メリーはもう充分優しくて、強い人になってるよ!!!」
「有り難う、そう言ってもらえると嬉しいわ!!!」
とメリアリアが明るい声でそう告げた。
「でも蒼太だって優しいわ。まだ小さいのにキチンと私の話を聞いてくれて、理解しようとしてくれていたもの!!!」
「それはだって、メリーの話している内容が“正しい事だ”って何となく解ったからだよ、“物事の本質は心にこそある”って父さんも言っていたし・・・。僕もなんだか、それが本当なんだなって感じるんだ!!!」
「・・・あなたのお父さん。良いこと言うわね?そんなに悪い人では、無いんじゃないかしら?」
「ううーん。悪人ではないと、思うんだけど・・・」
「悪人って・・・。蒼太、あなたは自分の御両親を、そんな風に言ってはいけないわ!!!」
「ううーん、でもメリーは訓練の最中の、お父さんの怖さを知らないからなぁ!!!」
「あらっ!!?そんなの!!!」
とメリアリアは告げた、“家だって、同じですからね!!?”とそう言って。
「蒼太。訓練、頑張ってよ。私より強くなってくれるんでしょ!!?」
「うん、僕。メリーよりもうんと強くなる!!!お父さんよりも強くなって、いつかきっと、打ち負かしてやるんだ!!!」
「そうよ、その意気だわ!!!」
とメリアリアはそう告げて頷くと、蒼太に言った。
「・・・でも。本当にもし、辛くてどうしようも無くなっちゃったら。その時はちゃんと言ってね?」
「うん、有り難う。メリーッ!!!」
「それじゃあね?お休みなさい・・・」
「お休み、メリー・・・!!!」
そう言って、メリアリアは電話を切った、“大した事が無いと良いけれど”と、それが心底心配だった、しかしあの少年がオーバーな事を言うとは思わなかったから、彼の家の鍛錬は本当にキツくて苦しいのだろうと理解してはいるのだが、その一方で。
今日、少年と手を握り合った際に、ビックリしたのは本当だった、少年が思いっ切り手を握った訳では無かったけれども、それでも、かなりの力をその身に宿し蓄えている事は理解できた、それだけ厳しい訓練を課されて来ているのだろうモノの、それを乗り越えてきているあの少年の根性とガッツは大したモノだと思っていたのだ。
それに加えて。
あの立ち上がる時に差し出された、少年の手の暖かさ、優しさは初めて彼女に“人の温もり”を教えてくれた、それまでの男子と言うモノは基本、自分の事を茶化すかバカにするだけの存在であり、間違っても側に立って話を聞いてくれたり、その手を握ってエスコートしてくれるような人間性の欠片は無かったし、それになによりかによりの話としては、“人の心を大切にする”と言う物事の本質にして基本中の基本、最重要な話をしている最中にそれを決して認めようとせずに、貶(けな)したり踏み躙って行くような輩が、彼女は我慢が出来ない位に大嫌いだったのである。
(例えお友達であってもそんな人達なんかと話したくないし、話す価値も無いわ!!!)
少女はそう思っていたのであるが、しかしあの少年は違っていた、心に何の衒いも無く、裏表も計算も無くて、ただただひたすら迸る純粋さのままに、こちらの話を必死になって理解しよう、聞こうとしてくれていたのであり、彼女を自然と一人の女性、人間として扱ってくれていたのだ。
(不思議な子・・・)
メリアリアは家に帰ってからも暫くは、あの年下の少年の事が頭から離れなかった、彼の声、彼の表情、話をするときの何気ない仕草、その全てが代え難い程に貴重で眩しくてドキドキとして頭から離れなくなってしまった。
(あの子といると不思議と安心出来るというよりは何処か懐かしくてなんだかとっても、とっても・・・!!!)
そう思ってメリアリアは、しかし途方にくれるのだがこの時の彼女にはまだ、その先の感覚がキチンと言葉に出来なかった、それは心の底の底の底の底、その更に奥深い領域から沸き上がってくる、自分で自分をどうにかしてしまいそうになる程の、想像を絶するまでに強くて激しい、確かなる衝動。
それを覚え始めた彼女は自分で自分を滅茶苦茶にしてしまいたくて、同じ位に蒼太の事を滅茶苦茶にしてしまいたくて、そしてその上で二人で一つになりたくて、滅茶苦茶になってしまいたくてどうしようもならなくなってしまって。
そしてメリアリアは頭を抱えて悶絶するのであるモノの、それよりもなによりも、彼女を一番、戸惑わせたのはあの時、互いに見つめ合った瞬間に、彼女が確信したある直感だった、何の気も無しに、少女は一瞬でこう理解したのである、即ち。
“大きくなったら自分はこの人と結婚するんだ”と。
最初は“なんだろう?”と思った、だけどそれを否定する感覚は全く浮かんでこなかった、むしろ極々自然の内に、その思いが自分の心の中に、ストンと落ちていったのである。
だから彼女は蒼太に告げたのであった、“大きくなったら結婚してあげる”と、“だから頑張って?”とそう言って。
「・・・・・」
(あの子が私の、“運命の人”なのかなぁ・・・!!!)
そう考えるとメリアリアはまたドキドキとして来てしまっていた、胸が激しく高鳴って来ては、中々寝付けなくなってしまうがしかし、それでも頑張って何とか床に着いた夜、彼女は不思議な夢を見たのである、それは何時の時代かは解らないけれども、大理石やコンクリートで形作られている、荘厳で雄大な大昔の街並みであって、その中央部分を走っている大通りのような場所を、恐らくは東方系だろう、長く伸びた漆黒の癖っ毛に黒曜石の瞳をもった、肌の浅黒い異国の青年に手を引かれた大人の自分がゆっくりと楽しそうにあるいて行く、と言うモノだったのであるが、しかし。
隣にいる青年は誰だろう?この気配も雰囲気も、自分は何処かで知っている、そうだ、彼が誰かを知っているのだ、しかし名前が出て来ない、いいや知っているのだ、あれはそうだ、蒼太だ!!!
そう思った刹那に彼女は布団から飛び起きた、汗をビッショリと掻いていて、鼓動が早く脈を打つがしかし、そんな事は関係なかった、彼女は素晴らしい体験をしたのである、夢の中の、ほんの僅かな間だったとは言えども、彼女は人を“愛おしく思う”と言う事を実感したのであり、それがどれだけ幸福で、掛け替えの無いモノなのか、と言う事に気が付いてしまったのである。
(ビックリした、今のって何?私と、蒼太・・・っ?だけど一体、何時の時代の・・・?ううん、それよりあの感覚。“人を愛おしく思う”あの感じ、愛しい人と思い思われ合うあの喜び。凄い満たされる、凄く有り難い!!!)
胸に手を当てて、自身の脈拍を落ち着かせようと試みる傍ら、メリアリアは心の底から暖かい気持ちになれて、とても満ち足りた心持ちになれた、しかもそれが蒼太と呼ばれるあの少年との間に為された事に、揺るぎない安堵を感じて嬉しくて嬉しくて堪らなくなってしまってしまうがそうなのだ、この時既に、彼女の心の中には蒼太がいたのであり、彼女自身はまだ気付いていなかったのかも知れないモノのあの2歳年下の少年に確かな思いを、暖かさを抱いていたのである。
(あの子。やっぱりちょっと気になる・・・!!!)
そう思いつつもメリアリアは、1階に降りては台所へ行き、食器棚の中からコップを取り出すと流し台へと足を運んでは蛇口を捻って水を出すが、それをなみなみと注いだコップに口を付けると一気に飲み干して行くモノの、この時彼女はもう少し、否、もっともっと蒼太の事を知りたいと思うようになっていた、自然とあの少年に対する興味が湧いていったのである。
「あした。ちょっと蒼太のクラスに行ってみようかな・・・?」
“様子も気になるし”と一人でそう呟くとメリアリアはコップを洗って水で濯(ゆす)ぐと自分のベッドへと戻っては、今度こそ本当に就寝してしまっていった。
明けて次の日。
クラスは二人の話で持ちきりとなっていた、曰く、メリアリアとあの子が手を取り合ってお花を眺めていた、二人が楽しそうに話をしていた、最後にキスまでした、と言う類いの話題まで出回っている様である、メリアリアはそれを聞いて“どうして皆ってそうなのかしら!!?”と思わず頭を抱えるモノの、しかし。
「メリアリア、お前らキスしたって本当かよ!?」
「二人で抱き合って将来を誓い合ったって本当なの!?」
「キスってどんな味がするの?やっぱりレモン?それともイチゴ!?」
「うるさいわねっ、もうっ!!!」
相次ぐクラスメイト達からの斜め上を行く質問の雨霰に、最初は無視を決め込んだり、大人しく返していたメリアリアだったがその内に余りのしつこさに段々と腹が立って来た、彼女はまだ、別に蒼太と抱き合ってもいなければキスもしていないのである(ただし“結婚の約束”と言う、それ以上の事はやったが)。
「貴方達、いい加減にしつこいわ。私が蒼太と何をしたって、どんなお話しをしたって良いじゃない!!!」
「いや。まあ別に良いんだけどさ?」
「だってあのメリアリアがだぜ?フツーに考えておかしいって言うか・・・!!」
「なんかやっぱり、みんな興味を持っちゃうのよね。どうしても!!」
「・・・・・・っ!!!」
尚も囃し立てて来るクラスメイト達に“もういいわっ!?”とだけ告げるとメリアリアは颯爽と、ツインテールを揺らしながらも自身の教室を後にした、目指すは年中組のクラスであり、もっと言ってしまえば綾壁蒼太、その人である。
「・・・・・」
(蒼太のクラスって確か・・・。F棟の1階にある、“桃組”だったわよね?)
彼の事を思うと自然と歩調が軽いモノとなるモノの、二年前まで自身が足繁く通っていた、この懐かしい教室は廊下側と窓際に別れていて窓際のガラス冊子からはそのまま、中庭へと出ることが出来る仕様となっていたのであって、そんなクラスの前まで来た時の事である、ザワザワと騒がしい教室の中から一人の少年が姿を現したのだった。
「あ・・・っ!!!」
「メリーッ!!!」
とその姿を見た瞬間、メリアリアはまた嬉しくて嬉しくて仕方が無くなってしまっていた、まだ小さな胸がドキドキとして高鳴りを覚え、昨日の真夜中の時のように鼓動が早く脈を打つ。
「蒼太っ!!!」
「よかった、今ちょうどメリーの所に行こうかなって思ってたんだ!!!」
そう言うと蒼太は優しい感じのする笑顔でニッコリと微笑んだ、その眩しさ、その笑み、その暖かさに、メリアリアは本当に救われた気がしたのである。
「蒼太、良かった?蒼太は何かされてない?」
「何かって?何を?僕は別になんともないよ?」
「良かった、もうっ。本当に・・・!!!」
“心配だったんだからね!!?”と、メリアリアが蒼太の手を握りながらそう告げた、彼女は自分と同じように、蒼太が噂と嘲笑の的になっているのではないか、と考えて正直、気が気じゃ無かったのだ。
だからそう言う事が無かった、と知った時に、心底安心してホッとなった、“救われた”と感じて安堵の溜息を付いたのである、しかし。
「どうしたの?メリー、メリーは教室で、何かあったの?」
「う、ううんっ。なんでもない、なんでも無いわ!!!」
とツインテールの右片方を弄くりながらも、メリアリアは蒼太に心配を掛けまいとして敢えて虚栄を張った、本当はなんでも無い所の騒ぎでは無くて、教室中の話題の種になってしまっていたのであるが、取り敢えず蒼太の方はなんでも無かった、と知ってホッとしたのも事実であったモノの、そんな彼等の前に。
「あっ、いたいた!!」
「やっぱりここに来てたんだ!?」
蒼太がキョトンとしていると、メリアリアの後方からひと組の男の子と女の子のペアが近付いてきた、メリアリアのクラスメイトのアシルとアレットである。
二人は悪い人間では無かったが野次馬根性が中々に強くてそのコンタクトの仕方も執拗かつしつこかったから、入学から既に、何某かの話題に昇った数名の人物(大抵は女の子だったが)を“突撃取材”しては追い込みを掛けて泣かし、その事が元で教師陣からよく叱られていたのだ。
「ねえねえメリアリア。教えて教えて?その子は貴女のなんなのよ、どう言う関係なのかしらっ!?」
「やっぱり将来を誓い合った仲とか!?なんかあるじゃん、そう言うの・・・」
「・・・・・っ!!!」
「・・・・・っ!!?」
“行きましょ?蒼太”と言ってはメリアリアが二人を無視して蒼太の手を取り、ツカツカと歩き出そうとした時だ。
「ねぇねぇメリアリア。その子って昨日の子だよね?」
「ねぇ君。君はこのお姉さんの事をどう思っているの?好きなの?ねぇねぇ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
こちらの都合も考えずに、グイグイと集(たか)って来る二人と迷惑そうに、それでいて申し訳なさそうにしているメリアリアとを交互に見詰めている内に、いくら小さい蒼太にも事情がよくよく飲み込めて来た、要するにこの人達はメリアリアが放っておいて欲しいのに、無理矢理に押し掛けて来ては“なんなの、なんなの?”としつこい位に捲し立てて、大切にしている人の秘密を聞き出そうとする“悪い奴ら”なのだ。
「メリー、こっち!!」
「あ・・・っ!!」
「あ、ちょっと!!」
「いや、逃がさねぇって!!」
蒼太はメリアリアの手を握りしめたまま、勢い良く走り出した、と言っても彼は最初から闇雲に走り回っていたのでは決して無かった、そのまま自分達の教室の中に入ってガラスの冊子で仕切られているスライド式のドアを開けては中庭へと出てそこから渡り廊下を渡り、E棟の1階にある幼年部の職員室を目指すのである。
その上しかも、メリアリアの様子を見つつ、彼女に無理が無い程度に足の力を加減しながら走るようにしていたのであったが当然の事ながら、アシルとアレットもまた、このスクープをモノにしようと本当は入ってはいけない他学年の他所のクラスに平然と入り込んでは二人の追跡を開始した。
「はあはあっ、待てよ、待てって!!」
「はあはあっ。ね、ねぇっ、ちょっとぐらい、教えてくれても良いじゃない!!」
(ちくしょうっ。アイツ、なんて足の速さだ!!)
(あれでまだ4歳だっていうの?早すぎでしょ!?)
二人は尚も追い縋って来るモノの、それでも中々距離を詰められないでいた、彼等二人は取り立てて運動神経に秀でている訳では無かったモノの、それよりもなによりも、まだ4歳の蒼太が上級生二人から巧みに逃げ回っている事実の方がよっぽど凄い事なのであるがそれでも、“このままでは埒が明かない”と感じた蒼太は走りながら呪文を生成すると、それを即座に二人に向かってぶっ放した。
「ラフィカッ!!」
「うわあぁぁっ!?」
「きゃあぁぁっ!!」
その瞬間、猛烈な旋風が巻き起こって二人を包み、身動きを取れ無くさせるがそれを見たメリアリアは“凄いわっ!!!”と素直に蒼太を賞賛した。
「風の魔法が、使えるのね!!?」
「あれ、ラフィカッて言うんだ。弱い魔法だけど足止め位にはなるよ!!!」
走りながら魔法の解説をする蒼太であったが、そんな少年に手を引かれつつもメリアリアは思わずクスりとしてしまった、“頼もしいじゃない”と彼女は思った、今日のこの一件と言い、昨日のエスコートの件と言い、彼は本当に大切なモノがなんなのか、と言うことが良く解っているのだ、と感じたのである。
それだけではない。
小さいながらに自分を必死に守ろうとしてくれるその心意気、そして力強く握られた手の温もり、感触とに、メリアリアはいつのまにかに彼に全幅の信頼を置いてしまっている自分がいる事に気が付いて、ホッとしている自分がいる事に気が付いて、それがなんだかとっても朗らかしくて、誇らしくて、自分でもどうしよう無い位にまで喜びの余りに堪らず胸がいっぱいいっぱいになってしまっていたのだ。
そして。
“この瞬間が、永遠に続けば良い”と、そう願ってしまっている自分がいる事にも気が付いて、こうやって二人で一緒にいることが、森羅万象世界中を、その三千大千世界の全てを手を繋いだまま駆け抜けて行く事が、なんだか途轍もなく尊くて、掛け替えのモノのように覚えてとっても心が満たされて行くのを感じたのである。
しかし。
「着いた!!」
「先生!!」
「貴方達は・・・?」
「何事ですか?一体・・・!!」
そんな二人だけの時間は程なく終わりを迎え、変わって市井(しせい)の時が動き始めた、朝のミーティングの最中に乱入して来た予期せぬ訪問者達からしかし、事の次第を聞かされた教諭達は“ハアァァッ!!”と思わず溜息を付いた、そうして。
「ごめんなさいね?でも良く言ってくれたわ、この件は私達の方でも皆に良く言っておきます!!」
「貴方達ももう帰りなさい、もう直ぐ授業が始まりますからね・・・!!」
「はい、先生。解りました!!!」
「どうも有り難う御座いました!!!」
優しくしかし、力強く声を掛けてくれた教諭達に心の底から感謝の意を示すと、二人は連れたって、それぞれの教室へと向けて歩みを進めて行った。
職員室に駆け込んだ事で流石にもう、あの二人も諦めたらしくて引き返したのであろう、その姿はおろか、気配すらも掴めなくなっていた。
「有り難う、蒼太。助かったわ!!!」
「あれ位、全然大した事じゃないよ。それよりメリー、あれで本当に大丈夫?あの人達、随分としつこそうだったけど・・・!!」
「うん、もう平気よ。蒼太が守ってくれたから!!!」
そう言うとメリアリアは笑顔でまたお礼を言ったのだった、“有り難う”とそう告げて。
「だけど凄いわね、蒼太。私、本当にビックリしちゃったわ。だってこんなに小さな内から、魔法まで使えるだなんて!!!」
「あれは初歩的な魔法だから、練習すればすぐ使えるようになるよ、それにちゃんと威力も抑えたしね!!」
「出力の加減が出来るのね!?」
とメリアリアはまた感心してしまっていた、魔法だけでは無い、彼の判断力と行動力、そしてなによりその冷静さにであるモノの、今回の事は、結果としては、早めに教諭達へと提言出来た事は正解だったと思う。
蒼太は自分より小さいくせに、自分よりしっかりとしているな、とメリアリアは本気で目を見張っていた、一見無茶苦茶だけど合理的で一番、最良の行動を咄嗟の判断で下す事が出来るのは、凄い事だと感じていたのだ。
「メリー、何かあったら直ぐに言ってね?僕だったら何時でも力になるから!!」
「まあっ!!」
とその言葉に、メリアリアは心底嬉しそうに、そして優しく微笑みながら頷いて応えた。
「優しいね、蒼太。凄く嬉しい!!」
「僕は、優しくなんか、無いよ」
“普通だから・・・”と蒼太は若干、それでも照れ気味にそう応えるモノの、正直に言って彼は嬉しかったのである、自分がちゃんと人様の役に立つことが出来た事、それがなによりかにより出来たばかりのお友達の、それも将来を誓い合った女の子の役に立てたのである、男として嬉しくなかろう筈は無かったが、しかし。
「でもメリー、本当に無理はしないでよ?メリー、いざとなったら本気で無茶をしそうで恐いなぁっ!!!」
「あらっ!?」
とツインテールの髪の毛を掻き上げながらメリアリアがそれに応える。
「そ、そんな事はないわ?私、無茶なんてしないもの。誰かさんと違ってね!!!」
「僕、無茶なんてしてないよ!!?」
「はいはい、そう言う事にしといてあげる。それじゃあね?蒼太。帰りにまた会いましょう!!?」
「うん、解った。またねメリーッ!!!」
そう言って途中までやって来ると、二人はそれぞれの教室へと向けて歩を進め始めるモノの、この時の事が元で、教諭達から厳しく注意を受けたアシルとアレットの“突撃取材”は流石になりを潜め、また級友達も少なくとも“表立っては”彼等の噂話をする事は手控えるようになったのであるモノの、しかし。
「あの二人、絶対に仲いいよね?」
「やばっ。メリアリアってば年下狙いなわけ?」
「だけどあの王子君、やるじゃん。アシルとアレットを撃退するなんて!!」
「あの二人でも追い付けなかった所か、魔法まで使えるらしいよ!?」
とクラス中、密かにメリアリアと蒼太の(どちらかと言えば主に蒼太個人の)武勇伝で持ち切りとなってしまい、メリアリアは友人達数名からまでも、蒼太との関係に付いて生暖かい目で見られるようになってしまって来たのは言うまでもない。
「ねえ蒼太」
「なに?メリー・・・」
しかしそんな噂話等どこ吹く風で、二人は放課後、仲良く連れたって帰路に付いた、蒼太の家とメリアリアのそれとは割かし近くであったために、彼等は並んで色々な事を話し合った、家の事、家族の事、勉強の事、友人関係の事等をである。
「ええっ!?メリーってあのカッシーニ家の人だったの!!?」
「あら、そうよ?言って無かったかしら?」
「う~ん、確かに“カッシーニ”ってどっかで聞いた事あるな、とは思っていたけど・・・!!!」
何の気なしに話題に昇った実家に関するそれの時に、メリアリアの口から出された名前と住所を聞いた際に、蒼太は思わず驚いて尋ね返すが確かに彼の家の近所には“カッシーニ”と書かれている、巨大な敷地と門構えを誇っている貴族の館があって、その中央部分にはこれまた立派な邸宅が存在しており蒼太はその前を通る度に“お城か!?”と何度となく見返して来たモノであったのである。
(どんな人が、住んでいるんだろう・・・!!?)
ずっとそんな風に思っていた蒼太であったが、まさかその張本人が直ぐ隣にいたなんて!!!
「メ、メリー、あのさ。やっぱり休日とかって朝からコーヒーを飲んだりするの?」
「ぷっ。なにそれ、コーヒーなんて今時、誰でも飲むじゃない!!?」
「いや、あの。だからね。なんて言ったら良いのかな。なんかこう優雅に飲むって言うか・・・!!!」
「うう~ん?私にはよく解らないけれど。でも確かにお父さん達はそんな感じで飲んでいるかも!!?」
“そうだわ!!?”とメリアリアが思い立ったように叫んだ、“今度あなたをお家に招待してあげる!!!”とそう告げて。
「蒼太には、助けてもらってばかりだし・・・。それにお父さん達にも紹介してあげたいわ!!?」
「い、いいよ?メリー。だって僕、まだ礼儀作法なんて解らないし、それに貴族の嗜みだとか、全然覚えてもいないんだよ?」
「あらっ!!?」
とその言葉を聞いたメリアリアがクルリと蒼太へ向き直る。
「あのね、蒼太。あなた仮にも男の子でしょう?」
「・・・う、うん。まあ、そうだけど」
「だったら仮にもレディである私からの招待を、無下に断ったりしてはいけないわ。それが貴族の嗜みよ!!?って言うよりも、そんなの一般常識でしょっ、絶対にダメッ!!!」
「う、うん。解った、解ったから・・・っ!!!」
この後も何かと“男の子は女の子を優しくエスコートしなければならない”だの“男の子は女の子に恥を掻かせてはいけない”だの、“それが思いやりってものなのよ?”と言った言葉をマシンガントークのように早口で繰り返し繰り返し捲し立てられて、蒼太はクラクラになってしまっていた、そして。
「じ、じゃあ今度の週末はどう?土曜日は学校、ないでしょ?その日だったら遊びに行けるよ?」
「・・・よろしいわ!!!」
彼女の家の門前に到着する頃にはつい、そう頷いてしまっていたのであるが、そんな年下のボーイフレンドに対して満足げに頷くとメリアリアは“それじゃあ今度の土曜日の朝10時に待ってるからね!!?”とそう告げて、門の中へと入って行った。
「・・・・・」
(ど、どうしよう。とんでもない約束をしてしまった、でも。だけど・・・!!!)
他ならぬメリアリアとの約束である、“言ったからには守らないと”と蒼太は内心でそう呟くと、取り敢えず帰ったらこの事を、両親に報告しようと考えていた、今日は水曜日だから、まだあと3日はあるはずだ、先ずはお父さん達に話を聞いて、それから“食事のマナー”や“礼儀作法”を教わらなくてはならなかった。
(お父さん達、確か前に“レストラン”に行った事があるって言っていたし・・・。食事の作法だとか、一般的なマナーとかは、絶対に知っているよな?後は何とか調べられれば良いんだけれども・・・!!!)
何をするにも一生懸命でクソ真面目な蒼太はこの難問にも真っ正面から全力で取り組もうとしており、そしてそう言った本人の姿勢がメリアリアをして余計に幸福の渦中へと彼女自身を叩き込んでは喜びで悶絶させる事になるのだと言う事を、蒼太はまだ気が付いていなかった。
「あっ!?メリーッ!!」
連絡先を交換した、その日の夜に。
電話が掛かってきて誰からか、と思って出てみるとメリアリアからだった、彼女はあの後心配になって結局、蒼太の家へと電話を掛けてみたのである。
「昼間にね?蒼太のおじさんとおばさんが酷い人だって聞いたから、ちょっと心配になっちゃって。それで電話をしてみたの!!!今平気?」
「うん、平気。僕は基本、夜はフリーだからね!!」
「ぷっ。何それ、一端(いっぱし)ね!!」
ちょっと勢い付いて見せた蒼太に対してメリアリアが思わず吹き出してしまっていた、何故だろうか、本当に他愛も無い会話なのに、しかも今日、本格的にお話しをしたばかりだと言うのに彼とのこうしていると心が和んだ。
「なんでもないなら、よかったわ。あなた、“毎日戦場にいるみたいだ”って言っていたから気になっちゃって・・・」
「うーん、でもあの言葉は嘘じゃ無いんだよ、メリー。昨日なんか、新しい技だって言って、剣術の稽古をさせられたんだ!!」
「それは・・・!!でも稽古だったら仕方が無いんじゃないかしら?私も魔法の稽古の最中に指先を火傷した事があったし。怪我は付きものよ!!!」
「メリーでも、怪我をするの?」
蒼太がビックリしていると、メリアリアは“当たり前じゃない”とでも言わんばかりに溜息を付いては蒼太に告げた。
「だからね?蒼太。蒼太も頑張って?今日、蒼太の手を握った時にビックリしちゃったもん、蒼太の力、凄い強くて逞しかったから!!!」
「本当!!?」
「勿論よ。私、嘘は嫌いなの。あなたは立派な男の子だわ、今日だって私の話にちゃんと耳を傾けてくれていたし。“凄い優しい子なんだな”っ、て思ったよ!!?」
「・・・優しいのは、メリーの方だよ」
と蒼太はまた少し、暗い声で呟いた。
「僕はただ、自分があれが正しい事だって、メリーの事、“凄い子なんだ”と思ったよ?だってあんなに大切な事を、いっぱいいっぱい知っているんだもの!!!」
「もう・・・っ。蒼太ったら、オーバーだわ!!!」
とメリアリアが些か、電話口の向こう側で照れながら応えた。
「私はまだ、そう言うことを知っているだけよ、体現出来ているわけではないわ・・・」
「・・・“タイゲン”って?」
「ちゃんと勉強して自分のモノにするってこと、教えの通りに生きることよ?」
「メリーもまだ、“タイゲン”出来てないの?」
「ええ、そうよ?それをするためにはいっぱいいっぱい修業して勉強もして。うんとうーんと良い子にならないとね!!?」
「メリーはもう、充分良い子になってるじゃないか!!!」
と蒼太は再び本当の事を告げたのであるが、自分の家庭内環境における愚痴を真正面から聞いてくれて、本当に心配をしてくれたのは、メリアリアが一番最初の人だったのだ、だから。
「メリーはもう充分優しくて、強い人になってるよ!!!」
「有り難う、そう言ってもらえると嬉しいわ!!!」
とメリアリアが明るい声でそう告げた。
「でも蒼太だって優しいわ。まだ小さいのにキチンと私の話を聞いてくれて、理解しようとしてくれていたもの!!!」
「それはだって、メリーの話している内容が“正しい事だ”って何となく解ったからだよ、“物事の本質は心にこそある”って父さんも言っていたし・・・。僕もなんだか、それが本当なんだなって感じるんだ!!!」
「・・・あなたのお父さん。良いこと言うわね?そんなに悪い人では、無いんじゃないかしら?」
「ううーん。悪人ではないと、思うんだけど・・・」
「悪人って・・・。蒼太、あなたは自分の御両親を、そんな風に言ってはいけないわ!!!」
「ううーん、でもメリーは訓練の最中の、お父さんの怖さを知らないからなぁ!!!」
「あらっ!!?そんなの!!!」
とメリアリアは告げた、“家だって、同じですからね!!?”とそう言って。
「蒼太。訓練、頑張ってよ。私より強くなってくれるんでしょ!!?」
「うん、僕。メリーよりもうんと強くなる!!!お父さんよりも強くなって、いつかきっと、打ち負かしてやるんだ!!!」
「そうよ、その意気だわ!!!」
とメリアリアはそう告げて頷くと、蒼太に言った。
「・・・でも。本当にもし、辛くてどうしようも無くなっちゃったら。その時はちゃんと言ってね?」
「うん、有り難う。メリーッ!!!」
「それじゃあね?お休みなさい・・・」
「お休み、メリー・・・!!!」
そう言って、メリアリアは電話を切った、“大した事が無いと良いけれど”と、それが心底心配だった、しかしあの少年がオーバーな事を言うとは思わなかったから、彼の家の鍛錬は本当にキツくて苦しいのだろうと理解してはいるのだが、その一方で。
今日、少年と手を握り合った際に、ビックリしたのは本当だった、少年が思いっ切り手を握った訳では無かったけれども、それでも、かなりの力をその身に宿し蓄えている事は理解できた、それだけ厳しい訓練を課されて来ているのだろうモノの、それを乗り越えてきているあの少年の根性とガッツは大したモノだと思っていたのだ。
それに加えて。
あの立ち上がる時に差し出された、少年の手の暖かさ、優しさは初めて彼女に“人の温もり”を教えてくれた、それまでの男子と言うモノは基本、自分の事を茶化すかバカにするだけの存在であり、間違っても側に立って話を聞いてくれたり、その手を握ってエスコートしてくれるような人間性の欠片は無かったし、それになによりかによりの話としては、“人の心を大切にする”と言う物事の本質にして基本中の基本、最重要な話をしている最中にそれを決して認めようとせずに、貶(けな)したり踏み躙って行くような輩が、彼女は我慢が出来ない位に大嫌いだったのである。
(例えお友達であってもそんな人達なんかと話したくないし、話す価値も無いわ!!!)
少女はそう思っていたのであるが、しかしあの少年は違っていた、心に何の衒いも無く、裏表も計算も無くて、ただただひたすら迸る純粋さのままに、こちらの話を必死になって理解しよう、聞こうとしてくれていたのであり、彼女を自然と一人の女性、人間として扱ってくれていたのだ。
(不思議な子・・・)
メリアリアは家に帰ってからも暫くは、あの年下の少年の事が頭から離れなかった、彼の声、彼の表情、話をするときの何気ない仕草、その全てが代え難い程に貴重で眩しくてドキドキとして頭から離れなくなってしまった。
(あの子といると不思議と安心出来るというよりは何処か懐かしくてなんだかとっても、とっても・・・!!!)
そう思ってメリアリアは、しかし途方にくれるのだがこの時の彼女にはまだ、その先の感覚がキチンと言葉に出来なかった、それは心の底の底の底の底、その更に奥深い領域から沸き上がってくる、自分で自分をどうにかしてしまいそうになる程の、想像を絶するまでに強くて激しい、確かなる衝動。
それを覚え始めた彼女は自分で自分を滅茶苦茶にしてしまいたくて、同じ位に蒼太の事を滅茶苦茶にしてしまいたくて、そしてその上で二人で一つになりたくて、滅茶苦茶になってしまいたくてどうしようもならなくなってしまって。
そしてメリアリアは頭を抱えて悶絶するのであるモノの、それよりもなによりも、彼女を一番、戸惑わせたのはあの時、互いに見つめ合った瞬間に、彼女が確信したある直感だった、何の気も無しに、少女は一瞬でこう理解したのである、即ち。
“大きくなったら自分はこの人と結婚するんだ”と。
最初は“なんだろう?”と思った、だけどそれを否定する感覚は全く浮かんでこなかった、むしろ極々自然の内に、その思いが自分の心の中に、ストンと落ちていったのである。
だから彼女は蒼太に告げたのであった、“大きくなったら結婚してあげる”と、“だから頑張って?”とそう言って。
「・・・・・」
(あの子が私の、“運命の人”なのかなぁ・・・!!!)
そう考えるとメリアリアはまたドキドキとして来てしまっていた、胸が激しく高鳴って来ては、中々寝付けなくなってしまうがしかし、それでも頑張って何とか床に着いた夜、彼女は不思議な夢を見たのである、それは何時の時代かは解らないけれども、大理石やコンクリートで形作られている、荘厳で雄大な大昔の街並みであって、その中央部分を走っている大通りのような場所を、恐らくは東方系だろう、長く伸びた漆黒の癖っ毛に黒曜石の瞳をもった、肌の浅黒い異国の青年に手を引かれた大人の自分がゆっくりと楽しそうにあるいて行く、と言うモノだったのであるが、しかし。
隣にいる青年は誰だろう?この気配も雰囲気も、自分は何処かで知っている、そうだ、彼が誰かを知っているのだ、しかし名前が出て来ない、いいや知っているのだ、あれはそうだ、蒼太だ!!!
そう思った刹那に彼女は布団から飛び起きた、汗をビッショリと掻いていて、鼓動が早く脈を打つがしかし、そんな事は関係なかった、彼女は素晴らしい体験をしたのである、夢の中の、ほんの僅かな間だったとは言えども、彼女は人を“愛おしく思う”と言う事を実感したのであり、それがどれだけ幸福で、掛け替えの無いモノなのか、と言う事に気が付いてしまったのである。
(ビックリした、今のって何?私と、蒼太・・・っ?だけど一体、何時の時代の・・・?ううん、それよりあの感覚。“人を愛おしく思う”あの感じ、愛しい人と思い思われ合うあの喜び。凄い満たされる、凄く有り難い!!!)
胸に手を当てて、自身の脈拍を落ち着かせようと試みる傍ら、メリアリアは心の底から暖かい気持ちになれて、とても満ち足りた心持ちになれた、しかもそれが蒼太と呼ばれるあの少年との間に為された事に、揺るぎない安堵を感じて嬉しくて嬉しくて堪らなくなってしまってしまうがそうなのだ、この時既に、彼女の心の中には蒼太がいたのであり、彼女自身はまだ気付いていなかったのかも知れないモノのあの2歳年下の少年に確かな思いを、暖かさを抱いていたのである。
(あの子。やっぱりちょっと気になる・・・!!!)
そう思いつつもメリアリアは、1階に降りては台所へ行き、食器棚の中からコップを取り出すと流し台へと足を運んでは蛇口を捻って水を出すが、それをなみなみと注いだコップに口を付けると一気に飲み干して行くモノの、この時彼女はもう少し、否、もっともっと蒼太の事を知りたいと思うようになっていた、自然とあの少年に対する興味が湧いていったのである。
「あした。ちょっと蒼太のクラスに行ってみようかな・・・?」
“様子も気になるし”と一人でそう呟くとメリアリアはコップを洗って水で濯(ゆす)ぐと自分のベッドへと戻っては、今度こそ本当に就寝してしまっていった。
明けて次の日。
クラスは二人の話で持ちきりとなっていた、曰く、メリアリアとあの子が手を取り合ってお花を眺めていた、二人が楽しそうに話をしていた、最後にキスまでした、と言う類いの話題まで出回っている様である、メリアリアはそれを聞いて“どうして皆ってそうなのかしら!!?”と思わず頭を抱えるモノの、しかし。
「メリアリア、お前らキスしたって本当かよ!?」
「二人で抱き合って将来を誓い合ったって本当なの!?」
「キスってどんな味がするの?やっぱりレモン?それともイチゴ!?」
「うるさいわねっ、もうっ!!!」
相次ぐクラスメイト達からの斜め上を行く質問の雨霰に、最初は無視を決め込んだり、大人しく返していたメリアリアだったがその内に余りのしつこさに段々と腹が立って来た、彼女はまだ、別に蒼太と抱き合ってもいなければキスもしていないのである(ただし“結婚の約束”と言う、それ以上の事はやったが)。
「貴方達、いい加減にしつこいわ。私が蒼太と何をしたって、どんなお話しをしたって良いじゃない!!!」
「いや。まあ別に良いんだけどさ?」
「だってあのメリアリアがだぜ?フツーに考えておかしいって言うか・・・!!」
「なんかやっぱり、みんな興味を持っちゃうのよね。どうしても!!」
「・・・・・・っ!!!」
尚も囃し立てて来るクラスメイト達に“もういいわっ!?”とだけ告げるとメリアリアは颯爽と、ツインテールを揺らしながらも自身の教室を後にした、目指すは年中組のクラスであり、もっと言ってしまえば綾壁蒼太、その人である。
「・・・・・」
(蒼太のクラスって確か・・・。F棟の1階にある、“桃組”だったわよね?)
彼の事を思うと自然と歩調が軽いモノとなるモノの、二年前まで自身が足繁く通っていた、この懐かしい教室は廊下側と窓際に別れていて窓際のガラス冊子からはそのまま、中庭へと出ることが出来る仕様となっていたのであって、そんなクラスの前まで来た時の事である、ザワザワと騒がしい教室の中から一人の少年が姿を現したのだった。
「あ・・・っ!!!」
「メリーッ!!!」
とその姿を見た瞬間、メリアリアはまた嬉しくて嬉しくて仕方が無くなってしまっていた、まだ小さな胸がドキドキとして高鳴りを覚え、昨日の真夜中の時のように鼓動が早く脈を打つ。
「蒼太っ!!!」
「よかった、今ちょうどメリーの所に行こうかなって思ってたんだ!!!」
そう言うと蒼太は優しい感じのする笑顔でニッコリと微笑んだ、その眩しさ、その笑み、その暖かさに、メリアリアは本当に救われた気がしたのである。
「蒼太、良かった?蒼太は何かされてない?」
「何かって?何を?僕は別になんともないよ?」
「良かった、もうっ。本当に・・・!!!」
“心配だったんだからね!!?”と、メリアリアが蒼太の手を握りながらそう告げた、彼女は自分と同じように、蒼太が噂と嘲笑の的になっているのではないか、と考えて正直、気が気じゃ無かったのだ。
だからそう言う事が無かった、と知った時に、心底安心してホッとなった、“救われた”と感じて安堵の溜息を付いたのである、しかし。
「どうしたの?メリー、メリーは教室で、何かあったの?」
「う、ううんっ。なんでもない、なんでも無いわ!!!」
とツインテールの右片方を弄くりながらも、メリアリアは蒼太に心配を掛けまいとして敢えて虚栄を張った、本当はなんでも無い所の騒ぎでは無くて、教室中の話題の種になってしまっていたのであるが、取り敢えず蒼太の方はなんでも無かった、と知ってホッとしたのも事実であったモノの、そんな彼等の前に。
「あっ、いたいた!!」
「やっぱりここに来てたんだ!?」
蒼太がキョトンとしていると、メリアリアの後方からひと組の男の子と女の子のペアが近付いてきた、メリアリアのクラスメイトのアシルとアレットである。
二人は悪い人間では無かったが野次馬根性が中々に強くてそのコンタクトの仕方も執拗かつしつこかったから、入学から既に、何某かの話題に昇った数名の人物(大抵は女の子だったが)を“突撃取材”しては追い込みを掛けて泣かし、その事が元で教師陣からよく叱られていたのだ。
「ねえねえメリアリア。教えて教えて?その子は貴女のなんなのよ、どう言う関係なのかしらっ!?」
「やっぱり将来を誓い合った仲とか!?なんかあるじゃん、そう言うの・・・」
「・・・・・っ!!!」
「・・・・・っ!!?」
“行きましょ?蒼太”と言ってはメリアリアが二人を無視して蒼太の手を取り、ツカツカと歩き出そうとした時だ。
「ねぇねぇメリアリア。その子って昨日の子だよね?」
「ねぇ君。君はこのお姉さんの事をどう思っているの?好きなの?ねぇねぇ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
こちらの都合も考えずに、グイグイと集(たか)って来る二人と迷惑そうに、それでいて申し訳なさそうにしているメリアリアとを交互に見詰めている内に、いくら小さい蒼太にも事情がよくよく飲み込めて来た、要するにこの人達はメリアリアが放っておいて欲しいのに、無理矢理に押し掛けて来ては“なんなの、なんなの?”としつこい位に捲し立てて、大切にしている人の秘密を聞き出そうとする“悪い奴ら”なのだ。
「メリー、こっち!!」
「あ・・・っ!!」
「あ、ちょっと!!」
「いや、逃がさねぇって!!」
蒼太はメリアリアの手を握りしめたまま、勢い良く走り出した、と言っても彼は最初から闇雲に走り回っていたのでは決して無かった、そのまま自分達の教室の中に入ってガラスの冊子で仕切られているスライド式のドアを開けては中庭へと出てそこから渡り廊下を渡り、E棟の1階にある幼年部の職員室を目指すのである。
その上しかも、メリアリアの様子を見つつ、彼女に無理が無い程度に足の力を加減しながら走るようにしていたのであったが当然の事ながら、アシルとアレットもまた、このスクープをモノにしようと本当は入ってはいけない他学年の他所のクラスに平然と入り込んでは二人の追跡を開始した。
「はあはあっ、待てよ、待てって!!」
「はあはあっ。ね、ねぇっ、ちょっとぐらい、教えてくれても良いじゃない!!」
(ちくしょうっ。アイツ、なんて足の速さだ!!)
(あれでまだ4歳だっていうの?早すぎでしょ!?)
二人は尚も追い縋って来るモノの、それでも中々距離を詰められないでいた、彼等二人は取り立てて運動神経に秀でている訳では無かったモノの、それよりもなによりも、まだ4歳の蒼太が上級生二人から巧みに逃げ回っている事実の方がよっぽど凄い事なのであるがそれでも、“このままでは埒が明かない”と感じた蒼太は走りながら呪文を生成すると、それを即座に二人に向かってぶっ放した。
「ラフィカッ!!」
「うわあぁぁっ!?」
「きゃあぁぁっ!!」
その瞬間、猛烈な旋風が巻き起こって二人を包み、身動きを取れ無くさせるがそれを見たメリアリアは“凄いわっ!!!”と素直に蒼太を賞賛した。
「風の魔法が、使えるのね!!?」
「あれ、ラフィカッて言うんだ。弱い魔法だけど足止め位にはなるよ!!!」
走りながら魔法の解説をする蒼太であったが、そんな少年に手を引かれつつもメリアリアは思わずクスりとしてしまった、“頼もしいじゃない”と彼女は思った、今日のこの一件と言い、昨日のエスコートの件と言い、彼は本当に大切なモノがなんなのか、と言うことが良く解っているのだ、と感じたのである。
それだけではない。
小さいながらに自分を必死に守ろうとしてくれるその心意気、そして力強く握られた手の温もり、感触とに、メリアリアはいつのまにかに彼に全幅の信頼を置いてしまっている自分がいる事に気が付いて、ホッとしている自分がいる事に気が付いて、それがなんだかとっても朗らかしくて、誇らしくて、自分でもどうしよう無い位にまで喜びの余りに堪らず胸がいっぱいいっぱいになってしまっていたのだ。
そして。
“この瞬間が、永遠に続けば良い”と、そう願ってしまっている自分がいる事にも気が付いて、こうやって二人で一緒にいることが、森羅万象世界中を、その三千大千世界の全てを手を繋いだまま駆け抜けて行く事が、なんだか途轍もなく尊くて、掛け替えのモノのように覚えてとっても心が満たされて行くのを感じたのである。
しかし。
「着いた!!」
「先生!!」
「貴方達は・・・?」
「何事ですか?一体・・・!!」
そんな二人だけの時間は程なく終わりを迎え、変わって市井(しせい)の時が動き始めた、朝のミーティングの最中に乱入して来た予期せぬ訪問者達からしかし、事の次第を聞かされた教諭達は“ハアァァッ!!”と思わず溜息を付いた、そうして。
「ごめんなさいね?でも良く言ってくれたわ、この件は私達の方でも皆に良く言っておきます!!」
「貴方達ももう帰りなさい、もう直ぐ授業が始まりますからね・・・!!」
「はい、先生。解りました!!!」
「どうも有り難う御座いました!!!」
優しくしかし、力強く声を掛けてくれた教諭達に心の底から感謝の意を示すと、二人は連れたって、それぞれの教室へと向けて歩みを進めて行った。
職員室に駆け込んだ事で流石にもう、あの二人も諦めたらしくて引き返したのであろう、その姿はおろか、気配すらも掴めなくなっていた。
「有り難う、蒼太。助かったわ!!!」
「あれ位、全然大した事じゃないよ。それよりメリー、あれで本当に大丈夫?あの人達、随分としつこそうだったけど・・・!!」
「うん、もう平気よ。蒼太が守ってくれたから!!!」
そう言うとメリアリアは笑顔でまたお礼を言ったのだった、“有り難う”とそう告げて。
「だけど凄いわね、蒼太。私、本当にビックリしちゃったわ。だってこんなに小さな内から、魔法まで使えるだなんて!!!」
「あれは初歩的な魔法だから、練習すればすぐ使えるようになるよ、それにちゃんと威力も抑えたしね!!」
「出力の加減が出来るのね!?」
とメリアリアはまた感心してしまっていた、魔法だけでは無い、彼の判断力と行動力、そしてなによりその冷静さにであるモノの、今回の事は、結果としては、早めに教諭達へと提言出来た事は正解だったと思う。
蒼太は自分より小さいくせに、自分よりしっかりとしているな、とメリアリアは本気で目を見張っていた、一見無茶苦茶だけど合理的で一番、最良の行動を咄嗟の判断で下す事が出来るのは、凄い事だと感じていたのだ。
「メリー、何かあったら直ぐに言ってね?僕だったら何時でも力になるから!!」
「まあっ!!」
とその言葉に、メリアリアは心底嬉しそうに、そして優しく微笑みながら頷いて応えた。
「優しいね、蒼太。凄く嬉しい!!」
「僕は、優しくなんか、無いよ」
“普通だから・・・”と蒼太は若干、それでも照れ気味にそう応えるモノの、正直に言って彼は嬉しかったのである、自分がちゃんと人様の役に立つことが出来た事、それがなによりかにより出来たばかりのお友達の、それも将来を誓い合った女の子の役に立てたのである、男として嬉しくなかろう筈は無かったが、しかし。
「でもメリー、本当に無理はしないでよ?メリー、いざとなったら本気で無茶をしそうで恐いなぁっ!!!」
「あらっ!?」
とツインテールの髪の毛を掻き上げながらメリアリアがそれに応える。
「そ、そんな事はないわ?私、無茶なんてしないもの。誰かさんと違ってね!!!」
「僕、無茶なんてしてないよ!!?」
「はいはい、そう言う事にしといてあげる。それじゃあね?蒼太。帰りにまた会いましょう!!?」
「うん、解った。またねメリーッ!!!」
そう言って途中までやって来ると、二人はそれぞれの教室へと向けて歩を進め始めるモノの、この時の事が元で、教諭達から厳しく注意を受けたアシルとアレットの“突撃取材”は流石になりを潜め、また級友達も少なくとも“表立っては”彼等の噂話をする事は手控えるようになったのであるモノの、しかし。
「あの二人、絶対に仲いいよね?」
「やばっ。メリアリアってば年下狙いなわけ?」
「だけどあの王子君、やるじゃん。アシルとアレットを撃退するなんて!!」
「あの二人でも追い付けなかった所か、魔法まで使えるらしいよ!?」
とクラス中、密かにメリアリアと蒼太の(どちらかと言えば主に蒼太個人の)武勇伝で持ち切りとなってしまい、メリアリアは友人達数名からまでも、蒼太との関係に付いて生暖かい目で見られるようになってしまって来たのは言うまでもない。
「ねえ蒼太」
「なに?メリー・・・」
しかしそんな噂話等どこ吹く風で、二人は放課後、仲良く連れたって帰路に付いた、蒼太の家とメリアリアのそれとは割かし近くであったために、彼等は並んで色々な事を話し合った、家の事、家族の事、勉強の事、友人関係の事等をである。
「ええっ!?メリーってあのカッシーニ家の人だったの!!?」
「あら、そうよ?言って無かったかしら?」
「う~ん、確かに“カッシーニ”ってどっかで聞いた事あるな、とは思っていたけど・・・!!!」
何の気なしに話題に昇った実家に関するそれの時に、メリアリアの口から出された名前と住所を聞いた際に、蒼太は思わず驚いて尋ね返すが確かに彼の家の近所には“カッシーニ”と書かれている、巨大な敷地と門構えを誇っている貴族の館があって、その中央部分にはこれまた立派な邸宅が存在しており蒼太はその前を通る度に“お城か!?”と何度となく見返して来たモノであったのである。
(どんな人が、住んでいるんだろう・・・!!?)
ずっとそんな風に思っていた蒼太であったが、まさかその張本人が直ぐ隣にいたなんて!!!
「メ、メリー、あのさ。やっぱり休日とかって朝からコーヒーを飲んだりするの?」
「ぷっ。なにそれ、コーヒーなんて今時、誰でも飲むじゃない!!?」
「いや、あの。だからね。なんて言ったら良いのかな。なんかこう優雅に飲むって言うか・・・!!!」
「うう~ん?私にはよく解らないけれど。でも確かにお父さん達はそんな感じで飲んでいるかも!!?」
“そうだわ!!?”とメリアリアが思い立ったように叫んだ、“今度あなたをお家に招待してあげる!!!”とそう告げて。
「蒼太には、助けてもらってばかりだし・・・。それにお父さん達にも紹介してあげたいわ!!?」
「い、いいよ?メリー。だって僕、まだ礼儀作法なんて解らないし、それに貴族の嗜みだとか、全然覚えてもいないんだよ?」
「あらっ!!?」
とその言葉を聞いたメリアリアがクルリと蒼太へ向き直る。
「あのね、蒼太。あなた仮にも男の子でしょう?」
「・・・う、うん。まあ、そうだけど」
「だったら仮にもレディである私からの招待を、無下に断ったりしてはいけないわ。それが貴族の嗜みよ!!?って言うよりも、そんなの一般常識でしょっ、絶対にダメッ!!!」
「う、うん。解った、解ったから・・・っ!!!」
この後も何かと“男の子は女の子を優しくエスコートしなければならない”だの“男の子は女の子に恥を掻かせてはいけない”だの、“それが思いやりってものなのよ?”と言った言葉をマシンガントークのように早口で繰り返し繰り返し捲し立てられて、蒼太はクラクラになってしまっていた、そして。
「じ、じゃあ今度の週末はどう?土曜日は学校、ないでしょ?その日だったら遊びに行けるよ?」
「・・・よろしいわ!!!」
彼女の家の門前に到着する頃にはつい、そう頷いてしまっていたのであるが、そんな年下のボーイフレンドに対して満足げに頷くとメリアリアは“それじゃあ今度の土曜日の朝10時に待ってるからね!!?”とそう告げて、門の中へと入って行った。
「・・・・・」
(ど、どうしよう。とんでもない約束をしてしまった、でも。だけど・・・!!!)
他ならぬメリアリアとの約束である、“言ったからには守らないと”と蒼太は内心でそう呟くと、取り敢えず帰ったらこの事を、両親に報告しようと考えていた、今日は水曜日だから、まだあと3日はあるはずだ、先ずはお父さん達に話を聞いて、それから“食事のマナー”や“礼儀作法”を教わらなくてはならなかった。
(お父さん達、確か前に“レストラン”に行った事があるって言っていたし・・・。食事の作法だとか、一般的なマナーとかは、絶対に知っているよな?後は何とか調べられれば良いんだけれども・・・!!!)
何をするにも一生懸命でクソ真面目な蒼太はこの難問にも真っ正面から全力で取り組もうとしており、そしてそう言った本人の姿勢がメリアリアをして余計に幸福の渦中へと彼女自身を叩き込んでは喜びで悶絶させる事になるのだと言う事を、蒼太はまだ気が付いていなかった。
応援ありがとうございます!
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