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ガリア帝国編
メリアリア・カッシーニ編2
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それからー。
三日が過ぎて、アッという間に日にちは約束の土曜日となった、この間、蒼太は自身の両親から食事や招かれた側のマナーに付いて粛々と説明を受けたモノの、その大半は初めての招待と言う(それも“可愛い”と思っている女の子からの)緊張の前にぶっ飛んでしまっていたのだ。
ただ一応、“早食いはするな”、“犬食いはするな”、“ナイフやフォークは人に向けるな”、等という基本的なそれの他には“ナプキンを付けたり外したりするタイミング”だとかそのやり方、“食事が終わったらナプキンはそのまま畳まずにテーブルの上に放置”、“ナイフとフォークは重ねて4時20分の角度に置く”、等の作法を叩き込まれはしたのであるが、所詮は付け焼き刃である、一晩過ぎる頃にはもう忘れてしまっていたのであった。
第一。
(家、和食なんだよなぁ。基本的にはいつも・・・!!)
と蒼太は思うが確かにその通りであった、清十郎と楓の方針で大抵、蒼太は実家で和食三昧の日々であり、ガリアに住んでいながらフレンチがでる事なんて稀であった。
だが一応、和食の心構えのようなモノは叩き込まれていたのだ、曰く、“ガツガツ食べるな”、“一口一口、食物に感謝をして食べろ”、“食事を共にするお客様を大切にしろ”、“人に不快な振る舞いはするな”等々である。
だからそれで良いのであれば、まだ何とかなりそうなのだが果たしてどうなることやら、等と考えて蒼太はしかし、それでもやるだけのことはやったと覚悟を決めて彼は改めて当日に臨もうとしていたのであった。
幸い、スーツは一ヶ月前の、セラフィムの入学式において着たモノがあったから、それで何とか間に合ったのだが問題はプレゼントである、貴族から招待を受けたのであるからには、何某かのお土産を持っていくのが礼儀では無いか、と言う話となったのであり、しかし出発にまで日が無いために今回はお菓子を用意する事にしたのだ。
蒼太の母である楓が得意なお菓子であった“桜のマドレーヌ”を、それも出来うる限りの最高級品の材料の数々を使って作り、持たせてくれたのである、それが精一杯だったのだ。
「でも良いのかな?メリーは“こっちが招待したんだから、手ぶらで来てくれればいい”って言ってくれてたけれども・・・!!」
「そう言う訳には行かないでしょう?人様のお家にお伺いするのだから、何か持っていかなくてはね・・・」
息子の癖っ毛を整えてやりながら、楓はそう告げると“これで良しっ!!”と言って身形をすっかり整えてくれた挙げ句に、清十郎共々家を出て見えなくなるまで見送ってくれた。
(う、うわあぁぁ~っ。緊張して来たなあぁぁ・・・っ!!!)
家を出て曲がり角を幾つか曲がり、カッシーニ邸へと近付くにつれて蒼太は自分の気が張っていくのがハッキリと感じられた、心臓がドキドキと脈を打ち、体の動きがややたどたどしいモノとなるモノの、しかし。
(約束の時間まで、あと10分か・・・。確かマナーではこう言う時は、わざと15分くらい遅れて行くのが礼儀らしいけれど・・・。でもメリー、きっと待っててくれてるだろうし。もういいや、このまま行っちゃえ!!!)
「あっ、蒼太!!!」
「メリーッ!!?」
そんな彼が時計と睨めっこをしつつも門の前まで来た時だった、なんとそこにはメリアリア本人がスカートがフリルになっているピンク色のキッズドレスに紅いリボンの髪飾り、足下は高級ブーツを履いた姿で出迎えに出て来てくれており、門の鉄格子の隙間から腕を伸ばしては一刻も早く蒼太に触れようと試みる。
「蒼太っ。ああ、蒼太!!!」
「ええっ!!?わざわざ出迎えに、出て来てくれてたの!!?」
「当たり前じゃない!!!」
と驚くと同時に感動までする蒼太の言葉に、メリアリアは語気を強めてこう応える。
「だって、今日は蒼太が来てくれる日だったんだからっ!!!!!」
「・・・・・っ。で、でも僕の為にわざわざ」
「全然、そんなの関係無いよ。それに、誘ったのは私だし・・・!!!」
そう言うとメリアリアは少し顔を赤らめたまま俯きがちになってしまい、何やら恥ずかしそうに、だけどとっても嬉しそうにゴニョゴニョと口元で呟いていた。
「・・・・・?」
「な、なんでも・・・っ。でも嬉しいわっ。こんなに早くに来てくれたなんてっ!!!」
「当たり前じゃないかメリー、だって君から招待されたんだから・・・!!!」
「・・・・・っっっ❤❤❤❤❤も、もうっ、蒼太ったら。いつの間にかそんなにお世辞が上手になったのかしらっっっ!!!!!」
「お世辞なんかじゃ、ないよ?僕、そう言うのあんまり得意じゃ無いし。それにメリー、そう言うのあんまり好きじゃ無いでしょ?」
「❤❤❤❤❤❤❤」
蒼太からのその言葉に、メリアリアは顔を真っ赤になるまで赤らめさせてははにかませて一瞬、照れたように俯くとまた顔を上げて自身の自慢の幼馴染(ボーイフレンド)の事を見るが、その瞳は瞳孔が開き切り、自分の大好きな少年の事をもっとよく見ようといつもより多く光を反射してキラキラと輝いていた、その姿を見た時に。
「・・・・・っ!!!!!」
(か、可愛いメリーッ。すっごくっ!!!)
蒼太はメリアリアの事をハッキリと、“お姫様みたいだ”とそう思った、それ程までにこの時の彼女は可憐で可愛く、尚且つ高貴な気品に満ち溢れていたのである。
「・・・・・???ど、どうしたの?蒼太。そんなに私の事を、じっと見つめて」
「う、うん。あのね?正直に言って良い?」
「・・・・・っ、なぁに?蒼太。なんでも言って?なんでも聞くよ?」
「うん、あのね・・・。僕、メリーの事・・・!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
「お姫様みたいだって思ったよ?だって今日のメリー、凄い可愛いっ。ううん、いつも可愛いけど、今日はもっともっと可愛いよ、凄い綺麗だよ、メリーッ!!!」
「・・・・・っっっ❤❤❤❤❤❤❤」
“蒼太っ!!!”とメリアリアは、バラの花糖蜜のような甘くて芳醇な香りを漂わせながら蒼太の手を掴んできた、そして直ぐに衛兵に“早く門を開けなさい!!!”と言い放つと彼等が施錠を解除して封緘が解き放たれるとその隙間から脱兎の如く走り出しては蒼太に思いっ切り飛び付いて、キツくその体を密着させては両腕でしっかりと抱き締めた。
「蒼太っ、蒼太蒼太蒼太蒼太蒼太蒼太蒼太っ。蒼太あああぁぁぁぁぁっっっ❤❤❤❤❤❤❤」
「うわ、わっ!!?」
と余りにも突然の出来事に、流石の蒼太も身動きが取れずにただ為すがままとなるモノの、密着しているメリアリアの体からは良い匂いがして、軽くて暖かくて柔らかくて、思わず胸が高鳴っては頭がクラクラとしてきてしまう。
そしてそれはメリアリアも同じであった、初めて感じる少年の体温や体の感触に、心臓がバクバクと脈を打ち、頭の中が嬉しさでどうにかなりそうなほどにグチャグチャになってしまうがしかし、それとは反対にその胸の内はこれ以上無いほどに満たされ尽くしており、自分がしたかったのは“これ”なんだ、欲しかったのは“これ”なんだと、彼にますます強く深くしがみ付いたまま、暫くの間は決して離そうとはしなかった。
だけど。
「お、お嬢様。ここでは人目も御座いますし・・・」
「お父上もお母上も、見ておられますぞ?」
との衛兵からの言葉に渋々、抱擁を解いて体を離した、・・・物凄く切な気な表情を、少年に対して向けたまま。
「・・・・・」
「・・・・・っ!!!!!」
“行きましょう?”とやや寂し気な面持ちのままでそう告げると彼の手を引いて両親の前まで蒼太を引っ張って連れて来た。
「パパ、ママ。この子が昨日話した男の子よ?私のことを守って助けてくれたのよ?」
「そうか、君が・・・」
“蒼太君か!!”と告げると一人の壮年の男性が前に進み出て来るモノの、年の頃は四十代前半といったところか、髭を蓄えふくよかなその顔にはしかし、暖かなインテリジェンスと優しさとが滲み出ており、“信用して良い人だ”と一目で蒼太には見て取れた。
「私はメリアリアの父親で“ダーヴィデ”と言う者だよ、こっちは妻の“ベアトリーチェ”だ。聞けば娘が、一度ならずも世話になったそうで大変に感謝をしているよ?どうかこれからも一緒に遊んであげて欲しいっ!!!どうかお願いだからね・・・」
「この子は信用して良い子さね!!!」
とダーヴィデがそこまで話し終えた時だった、変わって妻のベアトリーチェが開口一番、そう告げるモノの、ダーヴィデが名士とするならば、こちらは気っ風の良い女主人、と言った感じの雰囲気、様相を醸し出しており、どちらかと言うのならば貴族の夫人と言うよりも、“豪快な女将さん”と言った方が正しいのかも知れなかった。
「真っ直ぐな子だよこの子は。そしてとても勇敢な子だ、将来は立派な戦士になるだろうね、女泣かせの良い男になるよぉっ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・っ!!!!!」
“本当に!?ママ!!”とメリアリアが嬉しそうにベアトリーチェに尋ねると彼女は暖かな笑顔を浮かべて“ああ”と頷いた、“間違いないよ”とそう言って。
「現にもう、家の娘を泣かしてくれたみたいだしね。手が早いねぇ、全くこの子は!!あっはっはっはっはっはっは・・・っ!!!」
「ち、違います。そんな事・・・!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
そう告げるとベアトリーチェは大笑いを始めてしまい、戸惑いながらも何事かを口にし掛けた蒼太の言葉を聞き入れてはくれなかったが、一方でそんな少年を見つめるメリアリアの瞳は確かに熱く潤んでいて、頬もやや紅潮していた、これでは蒼太が泣かしたのと全く変わらずに何の反論も出来なかったのである。
「ゴホンッ。ま、まあとにかく。歓迎するよ、蒼太君。今日は家で一日ゆっくりと過ごして行っておくれよ?」
「は、はい。おじさ・・・っ、じゃなかった。ダーヴィデ伯爵、ベアトリーチェ夫人。どうかよろしくお願い致します!!!」
「はは、良いんだよ、蒼太君。おじさんでもいいよ、確かに君から見たなら私達はおじさんとおばさんだろうからな、あははははははははは・・・っ!!!」
「あ~っはっはっはっはっはっは・・・っ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
そう言って夫婦揃って一頻り大笑いをした後で、ダーヴィデは“後で君の分も、娘の部屋に食事を運ばせるからね?”とそう告げて、夫人共々先に屋敷へと戻っていった。
帰り際、メリアリアに“お家の中を案内してあげなさい”、“ただし禁止区域には入らないように”と言い渡して行ったが“どう言う事なの?”と蒼太が不思議に思いつつもメリアリアに尋ねると、“お家の中で遊んで良いって事よ!!”とメリアリアは蒼太に応えた、“私の部屋以外にも行っても良いって!!!”とそう続けて。
(良かったわ。パパもママも蒼太の事を、信用してくれたみたい・・・!!!)
とメリアリアは両親の態度に心底、安堵したモノを感じていた、それというのは通常、貴族の家においては家族と言えども大人と子供は別々に過ごす事が基本的なマナーとなっており、子供が自由に家の中を走り回れるのは“キッズタイム”と呼ばれている時間内だけだったからである。
ではそれ以外はどうしていたのか、と言えばそれは(勉強や訓練の場合は別としても)終日ずっと自分に宛がわれた部屋である“キッズルーム”で過ごす事が主な日課になっていたのであって、メリアリアもご多分に漏れずにその規則を忠実に守っていたのであるモノの(と言うよりも守らざるを得なかった)、この時彼女は“禁止区域以外ならば”家の中の何処に行っても良い”と言う“御墨付き”を特に一家の家長たるダーヴィデから直接もらえた訳であって、それもしかも蒼太の為に案内しろ、と言うのである、“この人間は信じられる”と言う者に対して以外は絶対にそれは、言い渡される事の無い確かな台詞だったのであり、こと信頼関係においてはこれで、強烈なまでの太鼓判を押してもらえたのに他ならなかった。
(やっぱり。この子には不思議な力がある、ううん。そんなモノじゃ無い、きっととっても純粋な子なんだわ、裏や表があったり、何かを計算してやるような子じゃ無いんだ、パパ達はそれを見抜いたんだ。だからこの子には“家の中を見せても良い”って言ったんだわ!!!)
メリアリアはそう思うとまた嬉しくて嬉しくてどうしようもなくなってしまっていた、やっぱりこの子は誰よりも真面目で優しくて暖かくて。
そしてとっても勇敢な子なんだと、改めて再認識するモノの、そんな少年の一面を知っている彼女はだから、それとは真逆のやや困惑気味な表情で自分を見つめている蒼太の顔を見た瞬間に思わず可愛らしさを覚えてもう一度、ギュッと全身で抱き付いては体を強く密着させる。
「あ・・・っ!!!」
「・・・・・っっっ!!!!!」
そんな彼女の行動に、また戸惑ってしまって、蒼太はまたもや暫くの間は為すがままにされるモノの、やがて自分からも彼女の体に腕を回して少し強めに抱き締めてみた。
「・・・・・」
「・・・・・っ!!!」
蒼太の取ったその行動に、メリアリアは一瞬“ビクッ”と反応したモノの、直ぐに彼の腕に、体に、力にその身を馴染ませるかのようにして全身から硬直が抜けていき、やがては完全に彼へと己を委ね切り、むしろ自分からも“もっとこのままこうしていたい”、“もっと蒼太を感じていたい”とでも言うかのようにグッ、グッと体を強く押し付けるようにして迫り寄って来る。
一頻り、そうやって抱き締めあうとー。
メリアリアの体から力みが抜けて行き、それを合図に蒼太もまた自らの気勢を緩めてどちらともなく抱擁を解いて行った。
僅かな距離で照れ笑いを浮かべつつも見つめ合い、もう一度ちょっとだけ抱き締め合うと、今度こそ体を離してはメリアリアは蒼太の手を取り、“こっち”と言いつつ自身の屋敷へと案内して行くモノの、その途上で。
蒼太はあることに気が付いた、“見えない壁”と言うか、幾重にも張り巡らされた“何か”を擦り抜けたような感覚がしたかと思ったら突然、メリアリアの屋敷が近くなるに連れて何だかそれまで味わった事も無い程の清々しくて光に満ち溢れているエネルギーが地の底深くから遙かな天上へと向けて迸っており、それに伴って自らの気力、活力が、充実して来るのを感じたのである。
「・・・・・っ!!!!!」
(な、何だろう?今のは。何かの結界か何かかな?だとしても一体、何のための・・・。いや、それよりも!!!)
蒼太は改めて目を見張った、“ひょっとしてここって風穴なのか!?”と、“その上に屋敷を建てているのか”と。
(そっか、そう言う事だったんだ。それなら確かにカッシーニ家が発展する訳だ・・・!!)
蒼太は思うがそれと言うのはこの世には大地を流れる大いなる気の流れである龍脈と地脈とが存在していて、その二つが一遍に吹き出しているポイントこそが所謂(いわゆる)“風穴”と呼ばれている地点なのであるモノの、こう言う場所は古来からパワースポットと呼ばれており、神社仏閣等が建てられては大地の力に神々や御仏の加護を加えて世に噴出させて広めさせ、その力で以て世界や人々の平安、幸福なるを願う聖地として崇め奉られて来たのであった。
また古代から続く名家の中にはその力を自分のモノとして取り入れては栄達して来た所も多く、故に大抵、王侯貴族のある館等はそう言った場所の上に建てられている事が、常と言っても良かったのであるモノの、しかし。
(た、だけど確かに凄い力だ。“感覚の目”で見てみると地中から巨大な光の柱が雲を貫いて空の天辺にまで立っているのが良く解る、だけどさっきまでは解らなかった、この屋敷に入って暫くしてから漸く気が付いたんだけれども、これは一体・・・!!?)
“そうか!!!”とそこまで考え至った時に、蒼太は思った、“さっきの結界はこれを隠すためのモノだったのか!!!”と。
勿論、それだけではないだろう、それ以外にも結界は幾種類にも渡って張り巡らされていた筈であり、例えば邪な者や人物が入って来ないようにする為のモノだったり、入ってきた存在が正か邪かを見極める為のモノだったり、そう言う“防御用”のそれらが数枚程、重なり合って配置されていたに違いなく、その為に蒼太は壁のような厚みを感じて些か困惑したのであろう事が伺える。
(信じられない、ここは元々何も無い、“雑木林”だったって言うけどさ。それをカッシーニの人々は一瞬で見破ったんだ、そして自分達のモノとした。でもそれだけじゃない、吹き出した力が屋敷を巡回した後で、ちゃんと空に向かって解き放たれるように、即ち世の中へと放出されるように組んである!!!)
“独り占めはしてないんだ”と、この時の蒼太ではそこまで感じるのが限界だったのであるモノの、もし大人になった彼が感覚を集中させれば、その屋敷の更に奥深くに奉戴されている、凄まじいまでの神力を秘めた何某かの存在に気が付くことが出来た筈であり、それこそがフォンティーヌ家(ハーズィ)の誇る“ガイアの青石”と対を為す、“黄金の光輝玉”、または“光輝玉の金剛石”と呼ばれている太古の昔にカッシーニ家(ハーズィ)の先祖達が神から授けられし神宝(かんたから)の一つである、と言う事にまで直感を働かせる事が出来ていた筈であったが。
子供の時の蒼太にはまだ、そこまでの能力はとても無く、また知識や予測が及ぶ範囲にも限界があった為にその全てを正確に見通すこと自体が非常なまでに困難と言わざるを得なかったのであって、それが故に彼はこの大秘宝の存在をうっかり見過ごし続けて来たのであった。
それに加えて。
「ね、ねぇ、メリー。メリーのお家って、結構大っきくない?」
「あら、そうかしら?私にとっては普通の屋敷でしか無いけれど・・・!!」
と上機嫌なメリアリアはそう軽く応えたのみであったモノの、後のフォンティーヌ家の館ほどでは無いにしてでもカッシーニ家の邸宅もそれなりの巨大さ、荘厳さを誇っていたのであって、イタリアのカゼルタ宮殿を思わせる、ロココ調の造形美を醸し出させていた。
実際はそれよりも何分の一程度の面積、体積しか存在してはいなかったモノの、それでも子供の頃の蒼太にしてみれば“城”と見間違う程の巨大さであったに違いなく、それが徐々に迫って来る様は圧巻の一言以外の何ものでも無かったのである。
「・・・・・っ!!!!!」
(す、凄いっ。僕ん家なんて問題じゃ無いくらいに広くて大きい。しかもなにこれっ。手摺りも階段も廊下もピカピカ、チリ一つ落ちていない!!!)
外見だけでは無い、中に入って蒼太はまた驚いてしまうが、そこは中央では無くて隅に階段を配置しておりそこから上階へと上がる仕組みとなっていたモノの、その前の廊下にズラリと並んだメイドさん達の列に吹き抜けになっている天上の、恐ろしい程の巨大で絢爛たるシャンデリア。
それが反射するほど磨き上げられた床や手摺りに触れても埃など全く付く事の無い程にまで、完璧に磨き上げられた壁やドア、そしてノブに取っ手。
シミ一つないレッドカーペットが遙かな彼方まで延々と続いており、カッシーニ家の持ち合わせている財力と権勢とをよくよく物語っていたのだ。
「「「お帰りなさいませお嬢様」」」」
「みんな有り難う、この子が私のボーイフレンドの蒼太よ?よろしくね!!!」
「よ、よろしくお願い致します、皆様!!!」
「「「よろしくお願い致します、蒼太様!!」」」
と、自分達から見れば遥かに年上のメイドさん達から一斉にお辞儀をされてしまった蒼太はお客様にも関わらずについつい敬語で挨拶をしてしまうモノの(しかも会釈では無くて敬礼をしてしまっていた)、そんな彼の態度が“可愛い”と感じたのであろう、メイドさん達の中には下を向きながら“クスクス”、“可愛い”と言った声が聞こえて来た。
「後でお部屋にお食事と、アフタヌーンティーをお運びするようにと、旦那様より仰せつかっておりますお嬢様。お食事は何時くらいにお召しになられますか?」
「十二時でいいわ、家族と一緒の時間に出して?蒼太もいつも、その位に食べているのよね?」
「う、うん。それくらいに・・・」
「アフタヌーンティーは、3時をちょっと回ってからでいいわ。ちょうどデザートが欲しくなる時刻だと思うから!!」
「畏まりました、お嬢様」
それだけ告げるとメリアリアは蒼太の手を引き、“行きましょ、蒼太!!!”と言っては自分の部屋へと向かって幼馴染(ボーイフレンド)の手を引いてスタスタと歩を進めて行った。
「もうっ、蒼太ったら。蒼太はお客様なんだからね?もっと堂々としていなくちゃ、ダメよっ!!!」
「う、うん。解ってはいるんだけど。でもやっぱりちょっと、あんなに大勢の人に頭を下げられると、緊張しちゃうって言うか・・・!!!」
「あらっ!!?」
とそれを聞いたメリアリアはツインテールをフワリと揺らせて蒼太へと向き直る。
「蒼太は将来、私と結婚してくれるんでしょう?」
「う、うん。勿論そうだけど・・・!!!」
「だったらこれ位の事には慣れてくれないとね?ねぇ知ってる?家よりももっと大きな“フォンティーヌ”って言う家(ハーズィ)があるのよ?そこはね、“フォンテーヌブロー宮殿”をモデルにしたような、凄い立派なお家なんですって。メイドの数も執事の数も、そして財産も家よりも多いって聞いたわ?そこの御令嬢は私やあなたよりももっと小さな女の子なんですって。その子だって皆の前でちゃんと振る舞えているんだから、蒼太にだって出来る筈だわ!!!」
「う、うん。僕頑張る・・・っ!!!でもみんな僕達より年上なんだよ?」
「あらっ、そんな事は関係ないわ。みんなそれが仕事だからやってくれているのだし。それに楽しんでやってくれているもの、少なくとも嫌々この職に就いている人は、人のことを敬ったり歓迎出来ないような人は、家のメイド達の中には一人もいないわ!!!」
とメリアリアは小さな胸を張ってそう応えた、“みんな優しくて心ある人達よ!!?”とそう告げて。
「みんな人と関わる事が好きでこの仕事に就いている訳だし。それに家はちゃんと“完全週休二日制”、“保険制度充実”、“理不尽な早出残業一切無し”、その上“三食昼寝付き”よ?御給金だって他の貴族の館に比べてかなり高い方なんだから!!!」
“もし仮に”とメリアリアが続けた、“労働条件で家とタメを張れるのは先に述べたフォンティーヌ家か、フェデラー家くらいのモノだわ?”とそう言って。
「パパ達が言うにはね。“この二つの家の当主は良心的で人格も立派だから、これからも隆盛するだろう”って言う事だったわ!!」
「そんなの」
と蒼太は言った、“ダーヴィデさんも同じだよ”と。
「その人がなんで“立派な人か解るのか”って言ったら、“その人自身が立派だからだ”って、父さんが言ってたもん、僕もそう思うよ!?」
“それに”と蒼太は続けた、“さっきあった時に、凄い優しくて信用できる人だと思った”と。
「だからきっと、カッシーニ家だって、メリアリアだってもっともっと幸せになれると思うよ!!?」
「有り難う、蒼太!!!」
と少し照れ臭そうにしながらも、それでもメリアリアは嬉しそうにはにかみつつ、この幼馴染の少年の言葉に頷いて見せた。
「私もね、やっぱり実家の事は大好きだし。それにパパ達だって立派だと思うから、そう言ってもらえると嬉しいわ。だけどやっぱり」
とメリアリアが続けた、“優しい人には優しい人って解るのね?”と“蒼太、あなたの事よ?”とそう言って、しかし。
今度はその言葉を聞いた蒼太が下を向いてはモジモジしてしまっていた、彼には“自分は普通の事をしているだけだ”と言う意識しか無くて、特別に誰かに対して優しくしている自覚は無いのだ。
(“優しさ”って何なんだろう・・・?)
そんな事を考える蒼太であったがしかし、ではメリアリアに対してはどうか?と言えばそれは、“この人は大切な人だ、だから傷一つ付けさせたくない”と、彼は大真面目にそう願っていたのであって、それに加えて基本的には“困っている人は放っておけない”、“出来る限りで何とかしてあげたい”と言う、彼の持つ人格的真髄が併せて発揮されていた、と言うのが本当の所だったのである。
だけどメリアリアにとってはそれでも嬉しくて嬉しくて仕方が無かった、自分がカッシーニ家の人間だから助けた、だとか可愛かったから助けた、等というような、彼の行動が計算に基づくような代物等では決して無く、彼自身の純粋なる真心の発露である事が、堪らなく嬉しかったのであって、そしてそんな蒼太だったからこそメリアリアもまた強く心惹かれたのであり、ダーヴィデ達も自然と信頼を置くことが出来たのだ。
「ねぇ蒼太?」
「何?メリー・・・」
「今日はね、二人でいっぱいいっぱい遊びたいな。帰りは送っていってくれるそうだから、二人で時間いっぱいまで遊びましょうね?」
「えっ。帰りって送っていってくれるの?」
「ええっ?何を言っているの?わざわざ来ていただいたのだから、帰りは送って行って差し上げるのが普通でしょう?」
とそれを聞いたメリアリアはむしろ驚いたような顔を見せつつ一旦足を止めては蒼太に向き直ると同時に、不思議そうな面持ちとなって彼に尋ねた。
「蒼太だって大切な人には、何かしてあげたい、報いてあげたいって思うでしょう?それと一緒よ!!!」
「う、うん。それはそうなんだけど・・・!!」
「解ってくれているようで、何よりだわ!!?」
蒼太のその様子を見たメリアリアは満足げに頷いて応えた。
「ましてやあなたは今回は、私が呼び出したんだもの。だったら帰りくらいはせめて、私達の手で、ううん、なにより私の手で送って行ってあげたいの!!!」
“それに”とメリアリアは続けて言った、“自分で勝手に呼び付けておいて、自分で勝手に帰れだなんて、それはとっても非常識で、礼儀の無い人達のやる事だわ!!”と、“そんな心無い振る舞いをするような私達では決して無いわ!!”と語気を強めてそう告げて。
「だからね?蒼太。蒼太は何も気にする事は無いのよ?あなたはここで私といっぱいいっぱい遊んで、そして時間になったら送らせてちょうだい?私、少しでも蒼太と一緒にいたいの・・・っ。ああっ!!」
“そうだわ!?”とそこまで話を進めた時に、メリアリアは何事かを閃いたかのようにこう言った、“なんなら泊まって行ったって良いんだからね!!?”とそう告げて。
「でも着替えとか持ってきて無いのよね?今から誰か人をやって取りに行ってもらえば・・・。いや、でも一晩くらいだったら別に・・・!!」
「あ、あのね?あの、あの。それも勿論、そうなんだけれどもっ。だけどね?メリー、そう言う事じゃ無くってさ!!!」
「・・・・・?」
蒼太からの言葉を聞いて、改めてキョトンとしてしまうメリアリアに対して蒼太がキチンと説明を開始した、曰く“普通は遊びに来た方が、挨拶をして帰るモノだからね?”と、“だから送っていってくれるだなんて、思ってもみなかった事だったから!!!”と。
「あはははっ、そうなんだ!!!」
と蒼太からその話を聞いたメリアリアはまた意外そうな顔をみせて、だけど心底面白そうに満面の笑みを浮かべては笑いながらそれに応じた。
「でも安心してね?家はそんな事は絶対にしないわ、招待したからには必ず出迎えるし、帰るときは家まで送る。これが人の心って言うモノよ!!?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“メリーは王妃様にでも、なれたら良かったのにな”と蒼太は内心で密かに思った、“それかもしくは宿屋の女の子にでも生まれたら、きっと看板娘になっただろうに”と。
「・・・ど、どうかしたの?人の顔を見て黙ってしまって」
「ううん。メリー、王妃様か宿屋の娘にでもなれたら良かったのになって思っただけ!!だって人を大事にするって事を、もてなすって事を知っている人だと思ったから・・・」
「・・・・・っ。も、もうっ。なによそれ!!!」
“恥ずかしいじゃない!!!”とメリアリアは顔を真っ赤にしつつも、それでも俯き加減でそう応えた、蒼太からそんな風に言われた事は嬉しかった、彼女も彼女でまさか自分が“人を大事にする”、“もてなす”等と言うような、大切な心構えが出来ていたとは、夢にも思っていなかったのだ。
それを自分が密かに“良いな”と思っている少年に言ってもらえた、“褒められた”、“認められた”と言う事実と認識とが彼女の中で“確かる暖かさ”となって少女の心の底の底の底の底、その更に奥深い領域にまでじんわりと染み渡って行くモノの、それが今度は堪らない程の喜びとなって“霊性なる根源”の、その央芯中枢部分から迸って来たのである。
「も、もう。蒼太ったら、褒めすぎだわっ。私なんてまだまだだわ、間違ってもそんなに大した者なんかでは、決して無いもの!!!」
「そんな事は無いよメリー、メリーは本当に優しい人だよ?だからもっと自身を持って良いと思う!!!」
「う、うう・・・っ!!!」
メリアリアは照れ臭さとこそばゆさのあまり、顔を真っ赤にさせてまた俯いてしまっていた、そしてー。
それを誤魔化そうとするかのように再び歩みを進め始めたのであるモノの正直に言って、蒼太にそう言ってもらえる事はこれ以上無い位にまで滅茶苦茶嬉しい、嬉しいのだがしかし、それと同時に“自分なんかがそんなに大した者なんかでは無いわ”、とおこがましく思えてしまい、ついつい謙遜してしまった、要するに含羞(がんしゅう)を覚えたのだ。
「でも蒼太、有り難う。正直に言ってとっても嬉しいわ。あなたにそう言ってもらえたなら、私、私・・・っ!!!」
と、メリアリアが何事かを言おうとした時だった。
「あ・・・っ!!!」
「ん・・・っ!!?」
メリアリアがある部屋の前まで来た時に、その足がピタリと止まるがそこの扉の前には“メリアリア”と言う名前の他に“キッズルーム(子供部屋)”と書かれていたドア飾りが掛けられていたのだ。
「・・・・・」
「・・・・・っ!!!!!」
メリアリアはそれを何の気無しに、一方の蒼太は少しドキドキしながら眺めていた、彼はまだ、同じ年頃の女の子の部屋になど、入った事が無かったのである、その上。
「・・・・・」
(メ、メリーの部屋って。どうなってるのかな?)
しかも相手はただの女子等とは訳が違う、自分が真面目に“大切にしたい”と思っている女の子の部屋である、期待が膨らむと同時に鼓動が早く胸を打つのは仕方が無い事であった。
しかし。
「じゃあ、開けるね?」
「う、うん・・・!!」
そう促されて思わず首を縦に振った先で、蒼太の目に飛び込んで来たもの。
それはピンク色のコテコテな、いかにも女の子、と言うような部屋では決して無かった、そこにあったのはターコイズブルーを基調とした落ち着きのある空間にレース付きカーテンの付いたベッド、大きくて立派なオーディオ機器に化粧台、幾つかの大きな収納棚に、そして玩具の入った収納箱だ。
蒼太はてっきり女の子の部屋と聞いてはファンシーなグッズで溢れかえっているのでは無いか、等と勝手に想像を働かせ過ぎていたのであるが、どうやらそれは完全に当てが外れたようであり、ベッドの両脇には一応、クマさんとウサギさんのヌイグルミがおかれているだけの、極めて質素な空間が目の前には広がっていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“な、何とか言いなさいよ!!?”と告げるメリアリアに対して蒼太が応えた、“僕の部屋と一緒だね?”と。
「えっ!?」
「いや、家もこんな感じだからさ。でもメリーのお部屋って凄い片付いているんだね?清々しくて過ごしやすくって。それに、それに・・・!!!」
「・・・・・?」
(なんだろう?物凄く甘い香りがする!!!)
“メリーの匂いだ!!!”と、殆ど反射的に蒼太は思った、この甘くて高貴なバラの花糖蜜のエッセンスな香りは間違いなく彼女のそれであると、蒼太は一瞬で見抜いていたのだ、それと同時に。
これはきっとこの部屋の、と言うよりもむしろ、“メリアリアその人の匂いなんだろう”、と蒼太は考えるに至るモノの、きっとメリーがこの部屋で寝たり起きたりしている内に、知らず知らずの間にその体臭や汗の匂いが部屋全体に染み込んで行ったものに違いないと、彼は幼心にそう理解して、するとなんだかとっても自分が恥ずかしいことをしているような気分になって、思わず顔が真っ赤になって行ってしまった。
「・・・・・。どうして赤くなってるの?」
「うううっ!!?何でも無いったら何でも無いっ!!!」
「・・・そう。ならいいのだけれど」
“変な蒼太”と告げるとメリアリアはそれでも彼の手を離すこと無く彼を誘導して中へ入ると内側から鍵を掛けては部屋の中央までやって来る、そうしてー。
「そうだわ!!?」
“ねえ蒼太!!!”と何かを思い付いたかのように明るい笑顔でそう叫ぶと、続いて蒼太に向き直り、唐突にこう告げた、“まずはダンスを教えてあげるね!!?”とそう言って。
「ええっ!?ダ、ダンスッて言っても僕、ダンスなんて踊れないよ!!?」
「だから教えてあげるってば!!?ほら、お姉ちゃんに任せなさい!!!」
言うが早いかどうしてよいのか解らずに呆然としている蒼太を他所に、部屋の隅に設置されていたオーディオ機器のスイッチを弄くって電源を入れると選曲ボタンで“ワルツ”を選ぶと蒼太の所に帰って来た。
「メ、メリー、僕、ダンスなんて踊れないよ!!?」
「大丈夫よ、私の言うとおりに踊ってね?さあ私の手を取って・・・」
メリアリアはウットリとした口調でそう告げると少年の目の前に手を差し出すモノの、どうして良いのか解らない蒼太はそれでもとにかく手を取って、メリアリアの言う通りに必死に踊る事にした、彼女はこれを楽しみにしてくれているのである、それならばそれに応じてあげたいと、彼は本心からそう思っていたのである。
「最初はゆっくりでいいから。まずは足のステップから覚えてね・・・!!!」
メリアリアが言い終わる頃には曲が始まってしまっていた、蒼太は必死で足を運ぶが中々思うように踊れない、それでも彼は諦めなかったし、いじけなかった、へこたれなかった。
むしろ、“メリアリアを喜ばせてあげよう”と必死になってステップを覚えて行った。
やがてー。
3回も繰り返す内に、蒼太は曲がり形にも全体的な流れを掴んで足捌きをモノにする事が出来るようになったのである。
「上手じゃない、蒼太。まだ4歳なのに凄いね!!!」
「メリーが、教えてくれたからだよ。どうも有り難うメリー!!!」
「ううん、そんな事ないよ。それじゃあねぇ、次はねぇ・・・!!!」
とメリアリアは新しく楽曲を選曲し始めて行った、今度はメヌエットだ、本当はもっとワルツを踊りたいのだが、お楽しみは後にとっておいた方が良い。
それにしても。
(蒼太ったら、やるじゃない!?まさかもうワルツを覚えるなんて!!私だって一端(いっぱし)に踊れるようになるまでは、5回は練習したって言うのに!!!)
メリアリアはそう思うと同時になんだか嬉しくなって来た、何故ならこの少年はちゃんと自分に向き合ってくれていて、尚且つ最後まで付き合ってくれているからだ、普通ならばいきなりダンスをやる、等と言ったら途中で嫌になってもおかしくないのに、蒼太は愚痴一つ言わずにステップを覚えて、僅か3回の踊りを踊った後にはもうその基本形を自分の中へと確立させてしまっている、見事な運動神経と観察能力、及び集中力と言わざるを得ない。
(この子はやっぱり優しい子。私に一生懸命に付き合ってくれて、私を喜ばせようと必死になってくれている、それも何の裏表も衒いも無く・・・!!!)
共にメヌエットを踊りながら、メリアリアは思わず胸が熱くなった、純粋に“楽しい”と思った、人と一緒にいる事が、“楽しい”と思えた事は、親以外では彼が初めてだった気がする。
「次はもう1回、ワルツを踊りましょう?蒼太!!!」
「うん、いいよ。一緒にいっぱい踊ろうね!!!」
「・・・・・っ。うんっ❤❤❤❤❤❤❤」
自身の発したその言葉に、真心で応えてくれた少年に、あの衝動を、自分で自分でどうにかしてしまいたくなる衝動をまた覚えてしまったメリアリアは堪らなくなってダンスの最中だと言うのに彼にしっかりとしがみ付いた。
その突然の抱擁に、最初はビックリしていた蒼太だったが、すぐに自身もしっかりと、何も言わずに彼女のことを抱き締め返してくれて来た、タンゴの曲が流れる中を、二人は何も言わずにただただその場で無言で抱き合い、立ち尽くし続けていた、彼等に聞こえていたのはしかし、メヌエットの穏やかだが、耳に響き渡るような調べ等では決して無かった、二人が共有していたもの、それは。
互いの温もりと体の感触、体臭に息遣い、そしてー。
トクントクンと脈を打つ、重なり合った自分と相手の心音ただそれだけだたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ちなみに“出迎え”、“見送り”と言っても普通は玄関ホールまでの事です、メリアリアちゃんみたいに門の所までボーイフレンドを迎えに来る、と言うことは中々しません(彼女だってそれまでしたことはありませんでした)。
また結局、この日蒼太君はお泊まりをしてしまいました(で、明けてお昼くらいまでお世話になって夕方に、メリアリア共々自動車で家まで送って行ってもらいました)。
そしてこの日以降度々、蒼太君はダンス以外にも食事のマナーや館にお呼ばれした際のしきたり、また舞踏会での決まり事などをメリアリアからレクチャーされる事となるのですが。
その辺りの事はまた、後半で出て来る事になろうかと思われます。
敬具。
ハイパーキャノン。
三日が過ぎて、アッという間に日にちは約束の土曜日となった、この間、蒼太は自身の両親から食事や招かれた側のマナーに付いて粛々と説明を受けたモノの、その大半は初めての招待と言う(それも“可愛い”と思っている女の子からの)緊張の前にぶっ飛んでしまっていたのだ。
ただ一応、“早食いはするな”、“犬食いはするな”、“ナイフやフォークは人に向けるな”、等という基本的なそれの他には“ナプキンを付けたり外したりするタイミング”だとかそのやり方、“食事が終わったらナプキンはそのまま畳まずにテーブルの上に放置”、“ナイフとフォークは重ねて4時20分の角度に置く”、等の作法を叩き込まれはしたのであるが、所詮は付け焼き刃である、一晩過ぎる頃にはもう忘れてしまっていたのであった。
第一。
(家、和食なんだよなぁ。基本的にはいつも・・・!!)
と蒼太は思うが確かにその通りであった、清十郎と楓の方針で大抵、蒼太は実家で和食三昧の日々であり、ガリアに住んでいながらフレンチがでる事なんて稀であった。
だが一応、和食の心構えのようなモノは叩き込まれていたのだ、曰く、“ガツガツ食べるな”、“一口一口、食物に感謝をして食べろ”、“食事を共にするお客様を大切にしろ”、“人に不快な振る舞いはするな”等々である。
だからそれで良いのであれば、まだ何とかなりそうなのだが果たしてどうなることやら、等と考えて蒼太はしかし、それでもやるだけのことはやったと覚悟を決めて彼は改めて当日に臨もうとしていたのであった。
幸い、スーツは一ヶ月前の、セラフィムの入学式において着たモノがあったから、それで何とか間に合ったのだが問題はプレゼントである、貴族から招待を受けたのであるからには、何某かのお土産を持っていくのが礼儀では無いか、と言う話となったのであり、しかし出発にまで日が無いために今回はお菓子を用意する事にしたのだ。
蒼太の母である楓が得意なお菓子であった“桜のマドレーヌ”を、それも出来うる限りの最高級品の材料の数々を使って作り、持たせてくれたのである、それが精一杯だったのだ。
「でも良いのかな?メリーは“こっちが招待したんだから、手ぶらで来てくれればいい”って言ってくれてたけれども・・・!!」
「そう言う訳には行かないでしょう?人様のお家にお伺いするのだから、何か持っていかなくてはね・・・」
息子の癖っ毛を整えてやりながら、楓はそう告げると“これで良しっ!!”と言って身形をすっかり整えてくれた挙げ句に、清十郎共々家を出て見えなくなるまで見送ってくれた。
(う、うわあぁぁ~っ。緊張して来たなあぁぁ・・・っ!!!)
家を出て曲がり角を幾つか曲がり、カッシーニ邸へと近付くにつれて蒼太は自分の気が張っていくのがハッキリと感じられた、心臓がドキドキと脈を打ち、体の動きがややたどたどしいモノとなるモノの、しかし。
(約束の時間まで、あと10分か・・・。確かマナーではこう言う時は、わざと15分くらい遅れて行くのが礼儀らしいけれど・・・。でもメリー、きっと待っててくれてるだろうし。もういいや、このまま行っちゃえ!!!)
「あっ、蒼太!!!」
「メリーッ!!?」
そんな彼が時計と睨めっこをしつつも門の前まで来た時だった、なんとそこにはメリアリア本人がスカートがフリルになっているピンク色のキッズドレスに紅いリボンの髪飾り、足下は高級ブーツを履いた姿で出迎えに出て来てくれており、門の鉄格子の隙間から腕を伸ばしては一刻も早く蒼太に触れようと試みる。
「蒼太っ。ああ、蒼太!!!」
「ええっ!!?わざわざ出迎えに、出て来てくれてたの!!?」
「当たり前じゃない!!!」
と驚くと同時に感動までする蒼太の言葉に、メリアリアは語気を強めてこう応える。
「だって、今日は蒼太が来てくれる日だったんだからっ!!!!!」
「・・・・・っ。で、でも僕の為にわざわざ」
「全然、そんなの関係無いよ。それに、誘ったのは私だし・・・!!!」
そう言うとメリアリアは少し顔を赤らめたまま俯きがちになってしまい、何やら恥ずかしそうに、だけどとっても嬉しそうにゴニョゴニョと口元で呟いていた。
「・・・・・?」
「な、なんでも・・・っ。でも嬉しいわっ。こんなに早くに来てくれたなんてっ!!!」
「当たり前じゃないかメリー、だって君から招待されたんだから・・・!!!」
「・・・・・っっっ❤❤❤❤❤も、もうっ、蒼太ったら。いつの間にかそんなにお世辞が上手になったのかしらっっっ!!!!!」
「お世辞なんかじゃ、ないよ?僕、そう言うのあんまり得意じゃ無いし。それにメリー、そう言うのあんまり好きじゃ無いでしょ?」
「❤❤❤❤❤❤❤」
蒼太からのその言葉に、メリアリアは顔を真っ赤になるまで赤らめさせてははにかませて一瞬、照れたように俯くとまた顔を上げて自身の自慢の幼馴染(ボーイフレンド)の事を見るが、その瞳は瞳孔が開き切り、自分の大好きな少年の事をもっとよく見ようといつもより多く光を反射してキラキラと輝いていた、その姿を見た時に。
「・・・・・っ!!!!!」
(か、可愛いメリーッ。すっごくっ!!!)
蒼太はメリアリアの事をハッキリと、“お姫様みたいだ”とそう思った、それ程までにこの時の彼女は可憐で可愛く、尚且つ高貴な気品に満ち溢れていたのである。
「・・・・・???ど、どうしたの?蒼太。そんなに私の事を、じっと見つめて」
「う、うん。あのね?正直に言って良い?」
「・・・・・っ、なぁに?蒼太。なんでも言って?なんでも聞くよ?」
「うん、あのね・・・。僕、メリーの事・・・!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
「お姫様みたいだって思ったよ?だって今日のメリー、凄い可愛いっ。ううん、いつも可愛いけど、今日はもっともっと可愛いよ、凄い綺麗だよ、メリーッ!!!」
「・・・・・っっっ❤❤❤❤❤❤❤」
“蒼太っ!!!”とメリアリアは、バラの花糖蜜のような甘くて芳醇な香りを漂わせながら蒼太の手を掴んできた、そして直ぐに衛兵に“早く門を開けなさい!!!”と言い放つと彼等が施錠を解除して封緘が解き放たれるとその隙間から脱兎の如く走り出しては蒼太に思いっ切り飛び付いて、キツくその体を密着させては両腕でしっかりと抱き締めた。
「蒼太っ、蒼太蒼太蒼太蒼太蒼太蒼太蒼太っ。蒼太あああぁぁぁぁぁっっっ❤❤❤❤❤❤❤」
「うわ、わっ!!?」
と余りにも突然の出来事に、流石の蒼太も身動きが取れずにただ為すがままとなるモノの、密着しているメリアリアの体からは良い匂いがして、軽くて暖かくて柔らかくて、思わず胸が高鳴っては頭がクラクラとしてきてしまう。
そしてそれはメリアリアも同じであった、初めて感じる少年の体温や体の感触に、心臓がバクバクと脈を打ち、頭の中が嬉しさでどうにかなりそうなほどにグチャグチャになってしまうがしかし、それとは反対にその胸の内はこれ以上無いほどに満たされ尽くしており、自分がしたかったのは“これ”なんだ、欲しかったのは“これ”なんだと、彼にますます強く深くしがみ付いたまま、暫くの間は決して離そうとはしなかった。
だけど。
「お、お嬢様。ここでは人目も御座いますし・・・」
「お父上もお母上も、見ておられますぞ?」
との衛兵からの言葉に渋々、抱擁を解いて体を離した、・・・物凄く切な気な表情を、少年に対して向けたまま。
「・・・・・」
「・・・・・っ!!!!!」
“行きましょう?”とやや寂し気な面持ちのままでそう告げると彼の手を引いて両親の前まで蒼太を引っ張って連れて来た。
「パパ、ママ。この子が昨日話した男の子よ?私のことを守って助けてくれたのよ?」
「そうか、君が・・・」
“蒼太君か!!”と告げると一人の壮年の男性が前に進み出て来るモノの、年の頃は四十代前半といったところか、髭を蓄えふくよかなその顔にはしかし、暖かなインテリジェンスと優しさとが滲み出ており、“信用して良い人だ”と一目で蒼太には見て取れた。
「私はメリアリアの父親で“ダーヴィデ”と言う者だよ、こっちは妻の“ベアトリーチェ”だ。聞けば娘が、一度ならずも世話になったそうで大変に感謝をしているよ?どうかこれからも一緒に遊んであげて欲しいっ!!!どうかお願いだからね・・・」
「この子は信用して良い子さね!!!」
とダーヴィデがそこまで話し終えた時だった、変わって妻のベアトリーチェが開口一番、そう告げるモノの、ダーヴィデが名士とするならば、こちらは気っ風の良い女主人、と言った感じの雰囲気、様相を醸し出しており、どちらかと言うのならば貴族の夫人と言うよりも、“豪快な女将さん”と言った方が正しいのかも知れなかった。
「真っ直ぐな子だよこの子は。そしてとても勇敢な子だ、将来は立派な戦士になるだろうね、女泣かせの良い男になるよぉっ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・っ!!!!!」
“本当に!?ママ!!”とメリアリアが嬉しそうにベアトリーチェに尋ねると彼女は暖かな笑顔を浮かべて“ああ”と頷いた、“間違いないよ”とそう言って。
「現にもう、家の娘を泣かしてくれたみたいだしね。手が早いねぇ、全くこの子は!!あっはっはっはっはっはっは・・・っ!!!」
「ち、違います。そんな事・・・!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
そう告げるとベアトリーチェは大笑いを始めてしまい、戸惑いながらも何事かを口にし掛けた蒼太の言葉を聞き入れてはくれなかったが、一方でそんな少年を見つめるメリアリアの瞳は確かに熱く潤んでいて、頬もやや紅潮していた、これでは蒼太が泣かしたのと全く変わらずに何の反論も出来なかったのである。
「ゴホンッ。ま、まあとにかく。歓迎するよ、蒼太君。今日は家で一日ゆっくりと過ごして行っておくれよ?」
「は、はい。おじさ・・・っ、じゃなかった。ダーヴィデ伯爵、ベアトリーチェ夫人。どうかよろしくお願い致します!!!」
「はは、良いんだよ、蒼太君。おじさんでもいいよ、確かに君から見たなら私達はおじさんとおばさんだろうからな、あははははははははは・・・っ!!!」
「あ~っはっはっはっはっはっは・・・っ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
そう言って夫婦揃って一頻り大笑いをした後で、ダーヴィデは“後で君の分も、娘の部屋に食事を運ばせるからね?”とそう告げて、夫人共々先に屋敷へと戻っていった。
帰り際、メリアリアに“お家の中を案内してあげなさい”、“ただし禁止区域には入らないように”と言い渡して行ったが“どう言う事なの?”と蒼太が不思議に思いつつもメリアリアに尋ねると、“お家の中で遊んで良いって事よ!!”とメリアリアは蒼太に応えた、“私の部屋以外にも行っても良いって!!!”とそう続けて。
(良かったわ。パパもママも蒼太の事を、信用してくれたみたい・・・!!!)
とメリアリアは両親の態度に心底、安堵したモノを感じていた、それというのは通常、貴族の家においては家族と言えども大人と子供は別々に過ごす事が基本的なマナーとなっており、子供が自由に家の中を走り回れるのは“キッズタイム”と呼ばれている時間内だけだったからである。
ではそれ以外はどうしていたのか、と言えばそれは(勉強や訓練の場合は別としても)終日ずっと自分に宛がわれた部屋である“キッズルーム”で過ごす事が主な日課になっていたのであって、メリアリアもご多分に漏れずにその規則を忠実に守っていたのであるモノの(と言うよりも守らざるを得なかった)、この時彼女は“禁止区域以外ならば”家の中の何処に行っても良い”と言う“御墨付き”を特に一家の家長たるダーヴィデから直接もらえた訳であって、それもしかも蒼太の為に案内しろ、と言うのである、“この人間は信じられる”と言う者に対して以外は絶対にそれは、言い渡される事の無い確かな台詞だったのであり、こと信頼関係においてはこれで、強烈なまでの太鼓判を押してもらえたのに他ならなかった。
(やっぱり。この子には不思議な力がある、ううん。そんなモノじゃ無い、きっととっても純粋な子なんだわ、裏や表があったり、何かを計算してやるような子じゃ無いんだ、パパ達はそれを見抜いたんだ。だからこの子には“家の中を見せても良い”って言ったんだわ!!!)
メリアリアはそう思うとまた嬉しくて嬉しくてどうしようもなくなってしまっていた、やっぱりこの子は誰よりも真面目で優しくて暖かくて。
そしてとっても勇敢な子なんだと、改めて再認識するモノの、そんな少年の一面を知っている彼女はだから、それとは真逆のやや困惑気味な表情で自分を見つめている蒼太の顔を見た瞬間に思わず可愛らしさを覚えてもう一度、ギュッと全身で抱き付いては体を強く密着させる。
「あ・・・っ!!!」
「・・・・・っっっ!!!!!」
そんな彼女の行動に、また戸惑ってしまって、蒼太はまたもや暫くの間は為すがままにされるモノの、やがて自分からも彼女の体に腕を回して少し強めに抱き締めてみた。
「・・・・・」
「・・・・・っ!!!」
蒼太の取ったその行動に、メリアリアは一瞬“ビクッ”と反応したモノの、直ぐに彼の腕に、体に、力にその身を馴染ませるかのようにして全身から硬直が抜けていき、やがては完全に彼へと己を委ね切り、むしろ自分からも“もっとこのままこうしていたい”、“もっと蒼太を感じていたい”とでも言うかのようにグッ、グッと体を強く押し付けるようにして迫り寄って来る。
一頻り、そうやって抱き締めあうとー。
メリアリアの体から力みが抜けて行き、それを合図に蒼太もまた自らの気勢を緩めてどちらともなく抱擁を解いて行った。
僅かな距離で照れ笑いを浮かべつつも見つめ合い、もう一度ちょっとだけ抱き締め合うと、今度こそ体を離してはメリアリアは蒼太の手を取り、“こっち”と言いつつ自身の屋敷へと案内して行くモノの、その途上で。
蒼太はあることに気が付いた、“見えない壁”と言うか、幾重にも張り巡らされた“何か”を擦り抜けたような感覚がしたかと思ったら突然、メリアリアの屋敷が近くなるに連れて何だかそれまで味わった事も無い程の清々しくて光に満ち溢れているエネルギーが地の底深くから遙かな天上へと向けて迸っており、それに伴って自らの気力、活力が、充実して来るのを感じたのである。
「・・・・・っ!!!!!」
(な、何だろう?今のは。何かの結界か何かかな?だとしても一体、何のための・・・。いや、それよりも!!!)
蒼太は改めて目を見張った、“ひょっとしてここって風穴なのか!?”と、“その上に屋敷を建てているのか”と。
(そっか、そう言う事だったんだ。それなら確かにカッシーニ家が発展する訳だ・・・!!)
蒼太は思うがそれと言うのはこの世には大地を流れる大いなる気の流れである龍脈と地脈とが存在していて、その二つが一遍に吹き出しているポイントこそが所謂(いわゆる)“風穴”と呼ばれている地点なのであるモノの、こう言う場所は古来からパワースポットと呼ばれており、神社仏閣等が建てられては大地の力に神々や御仏の加護を加えて世に噴出させて広めさせ、その力で以て世界や人々の平安、幸福なるを願う聖地として崇め奉られて来たのであった。
また古代から続く名家の中にはその力を自分のモノとして取り入れては栄達して来た所も多く、故に大抵、王侯貴族のある館等はそう言った場所の上に建てられている事が、常と言っても良かったのであるモノの、しかし。
(た、だけど確かに凄い力だ。“感覚の目”で見てみると地中から巨大な光の柱が雲を貫いて空の天辺にまで立っているのが良く解る、だけどさっきまでは解らなかった、この屋敷に入って暫くしてから漸く気が付いたんだけれども、これは一体・・・!!?)
“そうか!!!”とそこまで考え至った時に、蒼太は思った、“さっきの結界はこれを隠すためのモノだったのか!!!”と。
勿論、それだけではないだろう、それ以外にも結界は幾種類にも渡って張り巡らされていた筈であり、例えば邪な者や人物が入って来ないようにする為のモノだったり、入ってきた存在が正か邪かを見極める為のモノだったり、そう言う“防御用”のそれらが数枚程、重なり合って配置されていたに違いなく、その為に蒼太は壁のような厚みを感じて些か困惑したのであろう事が伺える。
(信じられない、ここは元々何も無い、“雑木林”だったって言うけどさ。それをカッシーニの人々は一瞬で見破ったんだ、そして自分達のモノとした。でもそれだけじゃない、吹き出した力が屋敷を巡回した後で、ちゃんと空に向かって解き放たれるように、即ち世の中へと放出されるように組んである!!!)
“独り占めはしてないんだ”と、この時の蒼太ではそこまで感じるのが限界だったのであるモノの、もし大人になった彼が感覚を集中させれば、その屋敷の更に奥深くに奉戴されている、凄まじいまでの神力を秘めた何某かの存在に気が付くことが出来た筈であり、それこそがフォンティーヌ家(ハーズィ)の誇る“ガイアの青石”と対を為す、“黄金の光輝玉”、または“光輝玉の金剛石”と呼ばれている太古の昔にカッシーニ家(ハーズィ)の先祖達が神から授けられし神宝(かんたから)の一つである、と言う事にまで直感を働かせる事が出来ていた筈であったが。
子供の時の蒼太にはまだ、そこまでの能力はとても無く、また知識や予測が及ぶ範囲にも限界があった為にその全てを正確に見通すこと自体が非常なまでに困難と言わざるを得なかったのであって、それが故に彼はこの大秘宝の存在をうっかり見過ごし続けて来たのであった。
それに加えて。
「ね、ねぇ、メリー。メリーのお家って、結構大っきくない?」
「あら、そうかしら?私にとっては普通の屋敷でしか無いけれど・・・!!」
と上機嫌なメリアリアはそう軽く応えたのみであったモノの、後のフォンティーヌ家の館ほどでは無いにしてでもカッシーニ家の邸宅もそれなりの巨大さ、荘厳さを誇っていたのであって、イタリアのカゼルタ宮殿を思わせる、ロココ調の造形美を醸し出させていた。
実際はそれよりも何分の一程度の面積、体積しか存在してはいなかったモノの、それでも子供の頃の蒼太にしてみれば“城”と見間違う程の巨大さであったに違いなく、それが徐々に迫って来る様は圧巻の一言以外の何ものでも無かったのである。
「・・・・・っ!!!!!」
(す、凄いっ。僕ん家なんて問題じゃ無いくらいに広くて大きい。しかもなにこれっ。手摺りも階段も廊下もピカピカ、チリ一つ落ちていない!!!)
外見だけでは無い、中に入って蒼太はまた驚いてしまうが、そこは中央では無くて隅に階段を配置しておりそこから上階へと上がる仕組みとなっていたモノの、その前の廊下にズラリと並んだメイドさん達の列に吹き抜けになっている天上の、恐ろしい程の巨大で絢爛たるシャンデリア。
それが反射するほど磨き上げられた床や手摺りに触れても埃など全く付く事の無い程にまで、完璧に磨き上げられた壁やドア、そしてノブに取っ手。
シミ一つないレッドカーペットが遙かな彼方まで延々と続いており、カッシーニ家の持ち合わせている財力と権勢とをよくよく物語っていたのだ。
「「「お帰りなさいませお嬢様」」」」
「みんな有り難う、この子が私のボーイフレンドの蒼太よ?よろしくね!!!」
「よ、よろしくお願い致します、皆様!!!」
「「「よろしくお願い致します、蒼太様!!」」」
と、自分達から見れば遥かに年上のメイドさん達から一斉にお辞儀をされてしまった蒼太はお客様にも関わらずについつい敬語で挨拶をしてしまうモノの(しかも会釈では無くて敬礼をしてしまっていた)、そんな彼の態度が“可愛い”と感じたのであろう、メイドさん達の中には下を向きながら“クスクス”、“可愛い”と言った声が聞こえて来た。
「後でお部屋にお食事と、アフタヌーンティーをお運びするようにと、旦那様より仰せつかっておりますお嬢様。お食事は何時くらいにお召しになられますか?」
「十二時でいいわ、家族と一緒の時間に出して?蒼太もいつも、その位に食べているのよね?」
「う、うん。それくらいに・・・」
「アフタヌーンティーは、3時をちょっと回ってからでいいわ。ちょうどデザートが欲しくなる時刻だと思うから!!」
「畏まりました、お嬢様」
それだけ告げるとメリアリアは蒼太の手を引き、“行きましょ、蒼太!!!”と言っては自分の部屋へと向かって幼馴染(ボーイフレンド)の手を引いてスタスタと歩を進めて行った。
「もうっ、蒼太ったら。蒼太はお客様なんだからね?もっと堂々としていなくちゃ、ダメよっ!!!」
「う、うん。解ってはいるんだけど。でもやっぱりちょっと、あんなに大勢の人に頭を下げられると、緊張しちゃうって言うか・・・!!!」
「あらっ!!?」
とそれを聞いたメリアリアはツインテールをフワリと揺らせて蒼太へと向き直る。
「蒼太は将来、私と結婚してくれるんでしょう?」
「う、うん。勿論そうだけど・・・!!!」
「だったらこれ位の事には慣れてくれないとね?ねぇ知ってる?家よりももっと大きな“フォンティーヌ”って言う家(ハーズィ)があるのよ?そこはね、“フォンテーヌブロー宮殿”をモデルにしたような、凄い立派なお家なんですって。メイドの数も執事の数も、そして財産も家よりも多いって聞いたわ?そこの御令嬢は私やあなたよりももっと小さな女の子なんですって。その子だって皆の前でちゃんと振る舞えているんだから、蒼太にだって出来る筈だわ!!!」
「う、うん。僕頑張る・・・っ!!!でもみんな僕達より年上なんだよ?」
「あらっ、そんな事は関係ないわ。みんなそれが仕事だからやってくれているのだし。それに楽しんでやってくれているもの、少なくとも嫌々この職に就いている人は、人のことを敬ったり歓迎出来ないような人は、家のメイド達の中には一人もいないわ!!!」
とメリアリアは小さな胸を張ってそう応えた、“みんな優しくて心ある人達よ!!?”とそう告げて。
「みんな人と関わる事が好きでこの仕事に就いている訳だし。それに家はちゃんと“完全週休二日制”、“保険制度充実”、“理不尽な早出残業一切無し”、その上“三食昼寝付き”よ?御給金だって他の貴族の館に比べてかなり高い方なんだから!!!」
“もし仮に”とメリアリアが続けた、“労働条件で家とタメを張れるのは先に述べたフォンティーヌ家か、フェデラー家くらいのモノだわ?”とそう言って。
「パパ達が言うにはね。“この二つの家の当主は良心的で人格も立派だから、これからも隆盛するだろう”って言う事だったわ!!」
「そんなの」
と蒼太は言った、“ダーヴィデさんも同じだよ”と。
「その人がなんで“立派な人か解るのか”って言ったら、“その人自身が立派だからだ”って、父さんが言ってたもん、僕もそう思うよ!?」
“それに”と蒼太は続けた、“さっきあった時に、凄い優しくて信用できる人だと思った”と。
「だからきっと、カッシーニ家だって、メリアリアだってもっともっと幸せになれると思うよ!!?」
「有り難う、蒼太!!!」
と少し照れ臭そうにしながらも、それでもメリアリアは嬉しそうにはにかみつつ、この幼馴染の少年の言葉に頷いて見せた。
「私もね、やっぱり実家の事は大好きだし。それにパパ達だって立派だと思うから、そう言ってもらえると嬉しいわ。だけどやっぱり」
とメリアリアが続けた、“優しい人には優しい人って解るのね?”と“蒼太、あなたの事よ?”とそう言って、しかし。
今度はその言葉を聞いた蒼太が下を向いてはモジモジしてしまっていた、彼には“自分は普通の事をしているだけだ”と言う意識しか無くて、特別に誰かに対して優しくしている自覚は無いのだ。
(“優しさ”って何なんだろう・・・?)
そんな事を考える蒼太であったがしかし、ではメリアリアに対してはどうか?と言えばそれは、“この人は大切な人だ、だから傷一つ付けさせたくない”と、彼は大真面目にそう願っていたのであって、それに加えて基本的には“困っている人は放っておけない”、“出来る限りで何とかしてあげたい”と言う、彼の持つ人格的真髄が併せて発揮されていた、と言うのが本当の所だったのである。
だけどメリアリアにとってはそれでも嬉しくて嬉しくて仕方が無かった、自分がカッシーニ家の人間だから助けた、だとか可愛かったから助けた、等というような、彼の行動が計算に基づくような代物等では決して無く、彼自身の純粋なる真心の発露である事が、堪らなく嬉しかったのであって、そしてそんな蒼太だったからこそメリアリアもまた強く心惹かれたのであり、ダーヴィデ達も自然と信頼を置くことが出来たのだ。
「ねぇ蒼太?」
「何?メリー・・・」
「今日はね、二人でいっぱいいっぱい遊びたいな。帰りは送っていってくれるそうだから、二人で時間いっぱいまで遊びましょうね?」
「えっ。帰りって送っていってくれるの?」
「ええっ?何を言っているの?わざわざ来ていただいたのだから、帰りは送って行って差し上げるのが普通でしょう?」
とそれを聞いたメリアリアはむしろ驚いたような顔を見せつつ一旦足を止めては蒼太に向き直ると同時に、不思議そうな面持ちとなって彼に尋ねた。
「蒼太だって大切な人には、何かしてあげたい、報いてあげたいって思うでしょう?それと一緒よ!!!」
「う、うん。それはそうなんだけど・・・!!」
「解ってくれているようで、何よりだわ!!?」
蒼太のその様子を見たメリアリアは満足げに頷いて応えた。
「ましてやあなたは今回は、私が呼び出したんだもの。だったら帰りくらいはせめて、私達の手で、ううん、なにより私の手で送って行ってあげたいの!!!」
“それに”とメリアリアは続けて言った、“自分で勝手に呼び付けておいて、自分で勝手に帰れだなんて、それはとっても非常識で、礼儀の無い人達のやる事だわ!!”と、“そんな心無い振る舞いをするような私達では決して無いわ!!”と語気を強めてそう告げて。
「だからね?蒼太。蒼太は何も気にする事は無いのよ?あなたはここで私といっぱいいっぱい遊んで、そして時間になったら送らせてちょうだい?私、少しでも蒼太と一緒にいたいの・・・っ。ああっ!!」
“そうだわ!?”とそこまで話を進めた時に、メリアリアは何事かを閃いたかのようにこう言った、“なんなら泊まって行ったって良いんだからね!!?”とそう告げて。
「でも着替えとか持ってきて無いのよね?今から誰か人をやって取りに行ってもらえば・・・。いや、でも一晩くらいだったら別に・・・!!」
「あ、あのね?あの、あの。それも勿論、そうなんだけれどもっ。だけどね?メリー、そう言う事じゃ無くってさ!!!」
「・・・・・?」
蒼太からの言葉を聞いて、改めてキョトンとしてしまうメリアリアに対して蒼太がキチンと説明を開始した、曰く“普通は遊びに来た方が、挨拶をして帰るモノだからね?”と、“だから送っていってくれるだなんて、思ってもみなかった事だったから!!!”と。
「あはははっ、そうなんだ!!!」
と蒼太からその話を聞いたメリアリアはまた意外そうな顔をみせて、だけど心底面白そうに満面の笑みを浮かべては笑いながらそれに応じた。
「でも安心してね?家はそんな事は絶対にしないわ、招待したからには必ず出迎えるし、帰るときは家まで送る。これが人の心って言うモノよ!!?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“メリーは王妃様にでも、なれたら良かったのにな”と蒼太は内心で密かに思った、“それかもしくは宿屋の女の子にでも生まれたら、きっと看板娘になっただろうに”と。
「・・・ど、どうかしたの?人の顔を見て黙ってしまって」
「ううん。メリー、王妃様か宿屋の娘にでもなれたら良かったのになって思っただけ!!だって人を大事にするって事を、もてなすって事を知っている人だと思ったから・・・」
「・・・・・っ。も、もうっ。なによそれ!!!」
“恥ずかしいじゃない!!!”とメリアリアは顔を真っ赤にしつつも、それでも俯き加減でそう応えた、蒼太からそんな風に言われた事は嬉しかった、彼女も彼女でまさか自分が“人を大事にする”、“もてなす”等と言うような、大切な心構えが出来ていたとは、夢にも思っていなかったのだ。
それを自分が密かに“良いな”と思っている少年に言ってもらえた、“褒められた”、“認められた”と言う事実と認識とが彼女の中で“確かる暖かさ”となって少女の心の底の底の底の底、その更に奥深い領域にまでじんわりと染み渡って行くモノの、それが今度は堪らない程の喜びとなって“霊性なる根源”の、その央芯中枢部分から迸って来たのである。
「も、もう。蒼太ったら、褒めすぎだわっ。私なんてまだまだだわ、間違ってもそんなに大した者なんかでは、決して無いもの!!!」
「そんな事は無いよメリー、メリーは本当に優しい人だよ?だからもっと自身を持って良いと思う!!!」
「う、うう・・・っ!!!」
メリアリアは照れ臭さとこそばゆさのあまり、顔を真っ赤にさせてまた俯いてしまっていた、そしてー。
それを誤魔化そうとするかのように再び歩みを進め始めたのであるモノの正直に言って、蒼太にそう言ってもらえる事はこれ以上無い位にまで滅茶苦茶嬉しい、嬉しいのだがしかし、それと同時に“自分なんかがそんなに大した者なんかでは無いわ”、とおこがましく思えてしまい、ついつい謙遜してしまった、要するに含羞(がんしゅう)を覚えたのだ。
「でも蒼太、有り難う。正直に言ってとっても嬉しいわ。あなたにそう言ってもらえたなら、私、私・・・っ!!!」
と、メリアリアが何事かを言おうとした時だった。
「あ・・・っ!!!」
「ん・・・っ!!?」
メリアリアがある部屋の前まで来た時に、その足がピタリと止まるがそこの扉の前には“メリアリア”と言う名前の他に“キッズルーム(子供部屋)”と書かれていたドア飾りが掛けられていたのだ。
「・・・・・」
「・・・・・っ!!!!!」
メリアリアはそれを何の気無しに、一方の蒼太は少しドキドキしながら眺めていた、彼はまだ、同じ年頃の女の子の部屋になど、入った事が無かったのである、その上。
「・・・・・」
(メ、メリーの部屋って。どうなってるのかな?)
しかも相手はただの女子等とは訳が違う、自分が真面目に“大切にしたい”と思っている女の子の部屋である、期待が膨らむと同時に鼓動が早く胸を打つのは仕方が無い事であった。
しかし。
「じゃあ、開けるね?」
「う、うん・・・!!」
そう促されて思わず首を縦に振った先で、蒼太の目に飛び込んで来たもの。
それはピンク色のコテコテな、いかにも女の子、と言うような部屋では決して無かった、そこにあったのはターコイズブルーを基調とした落ち着きのある空間にレース付きカーテンの付いたベッド、大きくて立派なオーディオ機器に化粧台、幾つかの大きな収納棚に、そして玩具の入った収納箱だ。
蒼太はてっきり女の子の部屋と聞いてはファンシーなグッズで溢れかえっているのでは無いか、等と勝手に想像を働かせ過ぎていたのであるが、どうやらそれは完全に当てが外れたようであり、ベッドの両脇には一応、クマさんとウサギさんのヌイグルミがおかれているだけの、極めて質素な空間が目の前には広がっていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“な、何とか言いなさいよ!!?”と告げるメリアリアに対して蒼太が応えた、“僕の部屋と一緒だね?”と。
「えっ!?」
「いや、家もこんな感じだからさ。でもメリーのお部屋って凄い片付いているんだね?清々しくて過ごしやすくって。それに、それに・・・!!!」
「・・・・・?」
(なんだろう?物凄く甘い香りがする!!!)
“メリーの匂いだ!!!”と、殆ど反射的に蒼太は思った、この甘くて高貴なバラの花糖蜜のエッセンスな香りは間違いなく彼女のそれであると、蒼太は一瞬で見抜いていたのだ、それと同時に。
これはきっとこの部屋の、と言うよりもむしろ、“メリアリアその人の匂いなんだろう”、と蒼太は考えるに至るモノの、きっとメリーがこの部屋で寝たり起きたりしている内に、知らず知らずの間にその体臭や汗の匂いが部屋全体に染み込んで行ったものに違いないと、彼は幼心にそう理解して、するとなんだかとっても自分が恥ずかしいことをしているような気分になって、思わず顔が真っ赤になって行ってしまった。
「・・・・・。どうして赤くなってるの?」
「うううっ!!?何でも無いったら何でも無いっ!!!」
「・・・そう。ならいいのだけれど」
“変な蒼太”と告げるとメリアリアはそれでも彼の手を離すこと無く彼を誘導して中へ入ると内側から鍵を掛けては部屋の中央までやって来る、そうしてー。
「そうだわ!!?」
“ねえ蒼太!!!”と何かを思い付いたかのように明るい笑顔でそう叫ぶと、続いて蒼太に向き直り、唐突にこう告げた、“まずはダンスを教えてあげるね!!?”とそう言って。
「ええっ!?ダ、ダンスッて言っても僕、ダンスなんて踊れないよ!!?」
「だから教えてあげるってば!!?ほら、お姉ちゃんに任せなさい!!!」
言うが早いかどうしてよいのか解らずに呆然としている蒼太を他所に、部屋の隅に設置されていたオーディオ機器のスイッチを弄くって電源を入れると選曲ボタンで“ワルツ”を選ぶと蒼太の所に帰って来た。
「メ、メリー、僕、ダンスなんて踊れないよ!!?」
「大丈夫よ、私の言うとおりに踊ってね?さあ私の手を取って・・・」
メリアリアはウットリとした口調でそう告げると少年の目の前に手を差し出すモノの、どうして良いのか解らない蒼太はそれでもとにかく手を取って、メリアリアの言う通りに必死に踊る事にした、彼女はこれを楽しみにしてくれているのである、それならばそれに応じてあげたいと、彼は本心からそう思っていたのである。
「最初はゆっくりでいいから。まずは足のステップから覚えてね・・・!!!」
メリアリアが言い終わる頃には曲が始まってしまっていた、蒼太は必死で足を運ぶが中々思うように踊れない、それでも彼は諦めなかったし、いじけなかった、へこたれなかった。
むしろ、“メリアリアを喜ばせてあげよう”と必死になってステップを覚えて行った。
やがてー。
3回も繰り返す内に、蒼太は曲がり形にも全体的な流れを掴んで足捌きをモノにする事が出来るようになったのである。
「上手じゃない、蒼太。まだ4歳なのに凄いね!!!」
「メリーが、教えてくれたからだよ。どうも有り難うメリー!!!」
「ううん、そんな事ないよ。それじゃあねぇ、次はねぇ・・・!!!」
とメリアリアは新しく楽曲を選曲し始めて行った、今度はメヌエットだ、本当はもっとワルツを踊りたいのだが、お楽しみは後にとっておいた方が良い。
それにしても。
(蒼太ったら、やるじゃない!?まさかもうワルツを覚えるなんて!!私だって一端(いっぱし)に踊れるようになるまでは、5回は練習したって言うのに!!!)
メリアリアはそう思うと同時になんだか嬉しくなって来た、何故ならこの少年はちゃんと自分に向き合ってくれていて、尚且つ最後まで付き合ってくれているからだ、普通ならばいきなりダンスをやる、等と言ったら途中で嫌になってもおかしくないのに、蒼太は愚痴一つ言わずにステップを覚えて、僅か3回の踊りを踊った後にはもうその基本形を自分の中へと確立させてしまっている、見事な運動神経と観察能力、及び集中力と言わざるを得ない。
(この子はやっぱり優しい子。私に一生懸命に付き合ってくれて、私を喜ばせようと必死になってくれている、それも何の裏表も衒いも無く・・・!!!)
共にメヌエットを踊りながら、メリアリアは思わず胸が熱くなった、純粋に“楽しい”と思った、人と一緒にいる事が、“楽しい”と思えた事は、親以外では彼が初めてだった気がする。
「次はもう1回、ワルツを踊りましょう?蒼太!!!」
「うん、いいよ。一緒にいっぱい踊ろうね!!!」
「・・・・・っ。うんっ❤❤❤❤❤❤❤」
自身の発したその言葉に、真心で応えてくれた少年に、あの衝動を、自分で自分でどうにかしてしまいたくなる衝動をまた覚えてしまったメリアリアは堪らなくなってダンスの最中だと言うのに彼にしっかりとしがみ付いた。
その突然の抱擁に、最初はビックリしていた蒼太だったが、すぐに自身もしっかりと、何も言わずに彼女のことを抱き締め返してくれて来た、タンゴの曲が流れる中を、二人は何も言わずにただただその場で無言で抱き合い、立ち尽くし続けていた、彼等に聞こえていたのはしかし、メヌエットの穏やかだが、耳に響き渡るような調べ等では決して無かった、二人が共有していたもの、それは。
互いの温もりと体の感触、体臭に息遣い、そしてー。
トクントクンと脈を打つ、重なり合った自分と相手の心音ただそれだけだたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ちなみに“出迎え”、“見送り”と言っても普通は玄関ホールまでの事です、メリアリアちゃんみたいに門の所までボーイフレンドを迎えに来る、と言うことは中々しません(彼女だってそれまでしたことはありませんでした)。
また結局、この日蒼太君はお泊まりをしてしまいました(で、明けてお昼くらいまでお世話になって夕方に、メリアリア共々自動車で家まで送って行ってもらいました)。
そしてこの日以降度々、蒼太君はダンス以外にも食事のマナーや館にお呼ばれした際のしきたり、また舞踏会での決まり事などをメリアリアからレクチャーされる事となるのですが。
その辺りの事はまた、後半で出て来る事になろうかと思われます。
敬具。
ハイパーキャノン。
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