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第5章

第119話 決断

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「まずいな……」

「そうですね……」

 山にある樹の枝に乗り、そこから見下ろす景色に、限は苦々し気に呟き、レラも同意する。
 2人からすると、完全に予定外の状況になっているためだ。

「もう少し手こずると思っていたんだが……」

「連戦連勝状態ですね……」

 アデマス王国の王家を滅ぼし、王都が乗っ取った後、重蔵はすぐさま王都周辺の領地の奪取に動いた。
 そこで活躍したのは敷島の者たちだ。
 彼らの迅速な行動により、王都周辺も一ヶ月もしないうちに制圧するに至った。
 良照に隠れてどうやったのかは分からないが、いつの間にか大半の敷島人を掌握していたらしい。
 その者たちを王都周辺の領主の近くに刺客として送り込んでいたため、激しく戦うこともなくあっさりと奪取できたようだ。
 限たちの予定外はその後からだ。
 国の主要都市を奪われた南の貴族たちは、北から逃げ延びた貴族と共に王国奪取を計ったが、敷島の者たちを主力とする敷齋王国の軍に敗退を続けていた。
 敷島の者たちが一騎当千の実力を有していると言っても、数に勝るのはアデマス王国の貴族たちの方だ。
 もう少し拮抗した戦いになると思っていたのだが、敷斎王国兵が精強なため、前線の後退を余儀なくされている状況だ。

「敷斎側の兵の強さはおかしくありませんか?」

「あぁ」

 敷斎側とアデマス側の戦いを見て、レラは疑問に思ったことを限へと問いかける。
 それに対し、限は頷きつつ返答する。
 アデマス側が負け続きになっている最大の理由は、敷島以外の兵たちの戦力だ。
 敷島の者たちが強いのは想定の範囲内だが、それ以外の兵が、とてもかき集めたとは思えないレベルの強さをしているのだ。

「……恐らくだが、その理由にはオリアーナの奴が関わっているはずだ」

「あの女が……」

 敷島以外の兵が強い理由。
 限にはその心当たりがあった。
 敷斎側には、オリアーナというマッドサイエンティストが付いている。
 彼女が協力している以上、敷島以外の兵がまともな人間ではない可能性が出てくる。
 そう考えると、たしかに敷斎側の兵の強さに納得できるが、オリアーナによって人体実験された経験があるレラは、その名前が出たことで顔を顰めた。
 殺気が湧き、限の前だというのに思わず裏の顔が出てしまいそうだった。

「奈美子とか言う女が使っていた薬と同様の物でしょうか?」

「あの兵たちを見る限りそうだろう」

 限の元許嫁だった奈美子。
 敷斎兵たちの肉体を見る限り、レラが戦った時に美奈子が使用していた強化薬と同じ反応をしているように思える。
 そのことから、限はレラが言うように同じような薬を使用しているのだと判断した。

「しかし、どうしてあの魔物に変える薬を使わないのでしょう?」

 オリアーナは、帝国にいた時に人間を魔物化する薬を使用していた。
 その薬でも充分に戦力として使用できるはず。
 それなのに、人間をそのまま強化する薬を作り上げた理由がレラには分からない。

「あんな奴の考えなんて分からないが、魔物になる薬を使えばたしかに強力な戦力になる。しかし、それと同時に思考回路まで魔物と同様のものになってしまう。人間としての思考を残したうえで、強化する薬を作り出したんじゃないか?」

 オリアーナが何を目的として生物兵器の研究を続けているのか分からないため、限はあくまでも自分の考えを述べる。
 人間を魔物に変えて兵器として使用する。
 しかし、力任せに暴れる明けの魔物では、知能を利用する人間を相手にすると不利になる。
 その弱点を補うことを考え、人間の思考回路のまま使用できる薬を作り出した音ではないだろうか。

「……研究者としての美学とでも言いたいのでしょうか?」

「さあな……」

 より強い生物を自分の手で作り出す。
 オリアーナはそんな考えでも持っているのだろうか。
 研究者なら、みんな同じような考えを持っているのだろうか。
 何にしても、限たちには理解できない考えだ。

「あの薬を使用した兵が今後増えるでしょうね……」

「あぁ……」

 重蔵とオリアーナ。
 相変わらず人を人とも思わない連中だ。
 敷島以外の兵というのは、敵だった兵を奴隷化し、その奴隷兵に薬物を使用している。
 敷斎側は、領地を奪い取れば奪い取るほど、薬物によって強化する験体が増えることになる。
 時間をかければ薬物強化した兵が増え、限が手を出す機会が減り、危険度は増していくことになる。

「……どうなさいますか?」

 少しの間をおいてレラは問いかける。
 小さな島の一族でしかなかった相手が、今では小規模とは言え国になってしまった。
 更に、薬物によるとは言え強力な兵を相手にしなければならなくなったこの状況は、いくら限でも少し危険かもしれない。
 それが分かった上で、限が今後どう行動するのか知りたかった。

「このままアデマス側の貴族たちがやられようと、俺としてはどうでもいい……」

 限としては、元々アデマス王国の貴族に興味がない。
 このまま一掃されようと、なんの感慨もわかないだろう。
 むしろ、その貴族たちがいつまでも弱いせいで王が敷島の戦力に頼らざるを得なくなり、増長することに繋がったわけだから、現在の負け続きの状況に陥っていることを恨むなら、これまでの怠惰な自分たちのせいだと思うべきだ。

「だが、あいつらの好きにさせるのは気に入らない」

「……では?」

 アデマスの貴族たちが殲滅されるということは、父の重蔵が指揮する敷斎側が完全にアデマス王国を奪い取ったということになる。
 自分を人体実験地獄の研究所に送り込んだ張本人である父と、その実験をおこなったオリアーナの思い通りに事が進むのは不愉快極まりない。
 アデマス側の貴族が一掃される前に、何としても敷斎側を止める必要がある。

「……予定外の状況だが、アデマス側に潜り込む」

「了解しました」

 今後の行動を聞かれた限は、少し思案した後、返答する。
 放置していたら、手を出す機会を逸する。
 今回の内乱には手を出さず、長期的な計画を立てて攻めるという考えも出来るが、それだけ重蔵やオリアーナを好きにさせるということになる。
 限としては、先ほども言ったようにそれが許せないのだろう。
 敷島の者たちに合わせて薬物強化兵間でいる敷斎側を止めることは限と言えども危険なため、レラとしては何かしら状況が変化するのを待った方が良いのではないかと考えた。
 しかし、これまで限の指示に従って行動し、結果として成功を収めてきたことから、今回もそれに従うことにした。

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