上 下
120 / 179
第5章

第120話 噂

しおりを挟む
「があっ!!」「ぐあっ!!」

 アデマス王国の貴族たちによる連合軍。
 その兵たちにより、1人また1人と敷斎側の兵が城壁から落とされて行く。

「しつこい!!」

 アデマス側の兵が敷斎側の兵を叩き落としても、彼らは何度も這い上がってくる。
 そのしぶとさに、落とす側の兵たちは思わず愚痴る。

「くっ! まずいな……」

 高所から落とされても、1度や2度では薬により強化された肉体は壊れない。
 奴隷紋を付けられている彼らは、命令に従って死ぬまで攻め続けるしかないのだろう。
 そんな敷斎兵を止め続けることは難しく、城壁の上にいるアデマス兵たちは抑えきれなくなってきた。

「城門も時間の問題だぞ!」

 敷斎側は、城壁からの侵入を試みると共に、攻城兵器により城門の破壊をおこなって来ている。
 そちらも兵たちが攻撃することで抑えていたのだが、限界が近付いて来ていた。

「退避するぞ!」

「了解!」

 城門の限界が近いと知ると、アデマス兵たちはすぐさま階段を駆け下り、近くに配備していた馬へと乗りこみ、そのまま南へ向けて走らせた。
 まるで予定通りの行動と言うように、兵たちは迅速に動く。
 そして、兵たちが城壁から砦内に入り、城門が壊される頃には砦の南門までたどり着いていた。

「……よし! 今だ!」

 南門から馬に乗ったアデマス兵が飛び出す。
 そして、全ての兵が砦内から脱出した様子を確認した最後尾の兵が、ある方向に向かって合図を送る。

“ズドーーーンッ!!”

 合図を受けたのは、先に南門から脱出していた魔法師団だ。
 魔法師団の彼らは、待っていたと言わんばかりに魔法を発動させる。
 それにより、敵の侵入した砦全体が爆発を起こし、巨大な噴煙を巻き上げた。

「馬車を発車させろ!」

 設置した魔法陣を発動させるだけとはいえ、魔法師団の者たちは魔力を使い切ることになった。
 そのため、魔力の消費による疲労で、多くの者が気を失う。
 彼らがこうなることは承知済み。
 そのため、他の兵は倒れた彼らをテキパキと荷台に乗せ、すぐさま馬車を発車させた。

「……本当にこれで良いのかよ」

 砦内に入り込んだ大量の敷斎側の兵たち。
 いくら薬で強化していようとも、あれだけの爆発に呑み込まれては、ただでは済まないはず。
 もしも生き残れたとしたら、運が良いとしか言いようがない。
 しかし、彼らも元はアデマス王国の人間で、敷斎側の手によって奴隷化されて指示に従っていただけに過ぎない。
 そんな彼らを砦ごと吹き飛ばすなんて、やはり心が痛む。
 巨大な噴煙を巻き上げる砦に、指揮をしていた男は思わず呟いた。





「閉門!!」

 爆破した砦から南西にしばらく進み、アデマス兵たちは別の砦へと辿り着いた。
 逃げてきた兵が全員砦内に入ると、砦の門が閉められる。

「ご苦労でしたな。リンドン殿」

「ありがとうございます。ラトバラ様」

 少しして、砦内のアデマス王国貴族たちが会議室に集合する。
 そして、一番上座に座る男性ことラトバラ公爵が、逃走してきた指揮官の男性ことリンドン伯爵に、作戦成功の労いの言葉をかける。
 王都近くを領地としているため、公爵家・侯爵家の者たちはすぐさま敷島の者たちによって潰されていった。
 その中でも、ラトバラ公爵だけは王都の異変に逸早く気付き、逃走を計ったことで難を逃れた。
 今や王家の血を引くのは彼と彼の息子だけ。
 彼らを旗頭として、アデマス側は戦っている。

「………………」

「……どうした? 作戦成功したにおかかわらず、表情が優れないな」

「いや……」

 敵を大量に倒すことに成功したというのに、リンドン伯は表情が暗い。
 それを見て、ラトバラはその理由を問いかける。
 それに対し、リンドンは言いにくそうに頭を左右に振った。

「……気持ちはわかる。攻めてくるのは敷島の奴らに奴隷されたアデマス王国の者たち。そんな彼らを殲滅しなければならないのだからな……」

「ラトバラ様……」

 ラトバラは、リンドンが思っていることをズバリ言い当てる。
 何故なら、彼自身も同じ思いをしているからだ。
 敵を砦ごと破壊するという無残な策を講じたが、本当はそんなことしたくはない。
 出来れば、敷島の人間だけを始末してこの戦いに勝利したい。

「彼らのことが気になるのは分かる。しかし、彼らを倒さない限り敷島の連中を相手にする事も出来ん」

「はい……」

 無理やり奴隷にし、薬で強化して戦わせる。
 敷島の者たちは、そんな事を平気でやる連中だ。
 強化奴隷兵の彼らを倒さない限り、後方に控える敷島の者たちには届かない。
 アデマス王国の復興が最終目標の自分たちは、どんな方法を取ってでも敷島の者たちを殲滅しなければならない。
 そのためには、彼らを犠牲にする事を我慢するしかない。

「これで奴らはなかなか攻め込んで来られないでしょう。しかし、あのは本当なのでしょうか?」

 敷島の者たちを殲滅するためには、彼らに奴隷兵として利用されているアデマスの者たちを倒さなければならない。
 今回のことで敵は同じ目に遭わないよう慎重になり、無理やり攻め込んでくるようなことはなくなるだろう。
 そうやって、攻め込ませなくするために、リンドンたちは砦ごとの破壊をおこなったのだ。
 このような方法を取ったのは、リンドンが言うようにある噂が根底にあるからだ。

「我々も真偽のほどは定かではない。だが、あの噂に縋るしか勝機が見い出せないのが現状だ」

 今回の作戦は、この砦に攻め込ませないようにして時間を稼ぐためだ。
 兵たちの中で流れるある噂。
 それを信じて時間を稼げば勝機がある。
 確証の無い噂に頼らなければならないなんて、兵たちとしてもいまいち士気が上がらないだろうが、噂が本当ならこちらが一気に攻勢に出られる。
 ラトバラたちアデマス側は、噂を信じて時間を稼ぎ、勝機が訪れるのを待つしかなかった。

「……うまくいったようですね」

「あぁ」

 ラトバラたちが会議をしている中、鎧を身に纏った2人の兵が砦内を歩いていた。
 そして、周りに人がいないことを確認した2人は、小さい声で会話を始めた。

「アデマス側は我々が流した信じているようだ」

「えぇ」

 噂を流したのは彼らだ。
 流した噂は彼らが意図した通りにアデマス王国側の上層部にまで届き、その噂を元にした戦いへと移行していった。
 思い通りの結果になっていることに、鎧に身を包んだ2人。
 限とレラはその場を後にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

序盤で殺される悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう〜主人公がキレてるけど気にしません

そらら
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役貴族に転生した俺。 貴族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な公爵家の令息。 序盤で王国から追放されてしまうざまぁ対象。 だがどうやら前世でプレイしていたスキルが引き継がれているようで、最強な件。 そんで王国の為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインは渡さないぞ!?」 「俺は別に構わないぞ? 王国の為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「すまないが、俺には勝てないぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング40位入り。1300スター、3800フォロワーを達成!

【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話

下菊みこと
恋愛
九歳差の年の差のカップルがいかにしてくっついたかってお話です。 主人公は婚約者に大切にしてもらえません。彼には病弱な幼馴染がいて、そちらに夢中なのです。主人公は、ならば私もと病弱な第三王子殿下のお世話係に立候補します。 ちょっと短編と設定が違う部分もあります。 小説家になろう様でも投稿しています。

もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。 しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。 英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。 顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。 ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。 誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。 ルークに会いたくて会いたくて。 その願いは。。。。。 とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。 他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。 本編完結しました!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...