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終章 色のない花火
終焉
しおりを挟むあんたにとっても悪い話じゃないだろう。
そんな道信の言葉を思い出しながら、強い風雨の中でも華やかな吉原の通りを歩いていた那津だったが。
扇花屋で使いっ走りをしている男がびしょ濡れのまま走ってきて見世に駆け込むのが見えた。
なんだ? と思い、那津は見世に戻ってみる。
「渋川屋の船、五隻が難破したらしいですっ」
飛び込んだ男は左衛門にそう報告していた。
なんでも、新しい店舗のために大量の品を乗せていたのだという。
そうか、と内所から出てきた左衛門が頷く。
「最近、店がうまくいってなかったらしいから。
此処で取り返そうと、南蛮渡来の高価な品を大量に仕入れていたようだが。
沈んだのはその船か」
「なんでも、その計画を強引に推し進めていたのは若旦那で……」
そのあとの言葉はよく聞こえなかった。
階段上に居る咲夜に気づいたからだ。
咲夜は表情もなく、ただぼんやりと左衛門たちの話を聞いているようだった。
まだ雨の止まない通りを、咲夜は楼主の部屋から眺めていた。
吉原の遊女を買い続けるために、無茶な経営をした渋川屋の若旦那は店を出されたと、知らせが届くか届かないかのうちに、もう咲夜の隠し部屋は窓を打ちつけた木も剥がされ、普通の遊女部屋に変わろうとしていた。
目の前に端座している左衛門が言う。
「咲夜。
いや、二代目明野。
こうなったからには、お前を今までのようには置いてはおけないよ」
はい、と咲夜は左衛門の前で両手をつく。
わかっていた気がする。
いつか、こんな日が来ること――。
それにしても、薄情なもんだな、と思っていた。
まだ船は沈んだばかりなのに。
だが、まあ、これが吉原だ。
外からは店の遊女たちの笑い声が聞こえていた。
私もいずれ、あそこに混ざるのだろうか。
そう思いながら、咲夜は顔を通りに向けた。
外に既に見慣れた顔の坊主が番傘を差し、立っていた。
「遊女になるのか」
外に出ると、那津はそう訊いてきた。
「私は最初から遊女よ。
ただひとりの客に買われていたから、それを忘れそうになっていただけ。
それとも、貴方が客になってくれる?」
那津は黙っている。
彼に、毎日来るほどの金はないだろう。
咲夜は少し笑ってみせる。
「……姉さんが願ったように。
私も吉原一の遊女を目指してみようかしら」
此処に居る、その意味を見出すために。
「向いてないだろ」
那津は、そうぼそりと言った。
今の俺には何も出来ない……か。
咲夜と別れ、花菖蒲を植える準備がはじまっている往来を那津が歩いていると、何処かの店に行った帰りらしい桧山と出逢った。
「先にお行き」
と桧山は連れていた新造たちを行かせる。
桧山は今はない桜を見上げるように顔を上げた。
やわらかな雨を受けながら、傘を差した桧山の姿は美しい。
恋人の死体を前に、うっかり隆次が見惚れてしまうのもわかる気がした。
「花は咲いて枯れるけれど、また来年には美しい花を咲かすだんす。
人もそうして、何度も生まれ変わったりするのかもしれないだすね。
遊女の生まれ変わるときは年季が明けるときだんすが。
そこは地獄か極楽か……」
桧山は、ふっと笑い、
「本当に人が生まれ変われると言うのなら。
たまには貴方とも一緒になってみたいものだんすね」
そう軽い調子で来世を語る。
そんな風に軽やかに生きていければな、とうっかり思ってしまったが。
悟り尽くしたような彼女の心にも、深い葛藤があるのを知っていた。
『那津様。
幽霊花魁を。
あの女を殺してくださいーー』
「桧山」
そう呼びかけると、はい? と彼女はこちらを見る。
吉原一の花魁らしい、艶やかな笑顔だった。
今から咲夜が向かおうとしている闇の中にありながらも、晴れやかな笑顔だった。
そうできる彼女を素直に尊敬するーー。
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