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第三章 のっぺらぼう

のっぺらぼう

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「おい、桧山はどうだった」

 吉原の帰り、那津が道具屋の前を通ると、隆次が声をかけてきた。

「どうもこうもいつも通りだが。
 やけに桧山を気にするな」
と言うと、そういうわけじゃない、と言いながら、隆次は台の上の本に視線を落としていた。

「……覗き女が扇花屋に出るそうだぞ」

 知っているのかもしれないが、そう教えてやると、隆次は、

「いろいろと忙しいな、あの見世は」

 幽霊花魁に、辻斬りに覗き女に、のっぺらぼうか、と言う。

「辻斬りとのっぺらぼうは関係ないだろう」

 どうかな、と隆次は言う。

「辻斬りはともかく、のっぺらぼうは関係あるかもしれないぞ」

「どういう意味だ」

「あの小平とかいう同心。
 どうも昔、見たことがある気がするんだ」

 隆次はもちろん、小平を以前から知っていたようなのだが、面と向かって話してから、何かが気になるようだった。

「昔?」

「……吉原に居た頃だな」

 顎に手をやり、隆次は考え込む。

「あの男、吉原は苦手だと言っていた」

「そんなの俺も苦手だ」
と言うと、隆次は笑い、

「そんな男はお前くらいだ」
と言った。

「美しい場所だ、吉原は。
 なにもかも偽物だからこそ、美しい」
と遠い昔を思い起こすように隆次は目を細めていた。

 恐らく、明野の居た頃の吉原を思い出しているのだろう。

「桧山以外にも一流の遊女は居るぞ。
 お前もたまには遊びに行ってこい。

 吉田屋の愉楽ゆらくとか。
 ちょっと気が強すぎて、桧山に喧嘩を売るのが玉にきずだが」

「あの桧山にか?」

 本当に吉原は恐ろしいところだと那津が思ったとき、側を通っていた何処ぞの御隠居らしき男が少し行って戻ってきた。

 那津の顔をしみじみと眺める。

「おや、うちの息子がこんなところに」
と呟く男に、

 いや、違うと思うが、あんた、誰だ……と那津は思っていた。

「いやあんたの方が若いな。
 うちの息子は今、失踪中でねえ。

 何処かで殺されたのかもしれねえや」

 そう言い、男は行ってしまった。

「もしや、あれは……」

「忠信様とやらの親じゃねえのか」
と呟く隆次と見送る。



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