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第三章 のっぺらぼう
咲夜の推理
しおりを挟む「あら、長太郎、戻ったの」
咲夜はからくり扉から現れた男を見上げた。
ちょうど桧山が借りてくれた貸し本を読んでいたところだった。
「あの坊主、まだ桧山の部屋に居た」
長太郎には珍しく、言いつけるようなことを言うので、なんだかおかしくて、へえ、と咲夜は笑った。
「ねえ、今日、覗き女の話を聞いたわ。
なんで詳しく教えてくれなかったの?」
「何故、俺に言う。
俺が知るはずもない」
咲夜は本を閉じて言った。
「一つ目の話の障子にだけ穴が空いていた。
二つ目以降は空いてない。
二つ目以降の覗き女の話は、一つ目の話を聞いて妄想を膨らませた女が見たものか。
或いは、霊」
長太郎は、またしょうもないことをという顔をしながら言う。
「二つ目の覗き女は、仙田しか見ていない」
と新造の名を上げた。
「増田の代わりに客の相手をしていて、布団に引きずり込まれそうになったときに見たそうだ。
客は見えていないから、仙田が自分から逃れるために言ったのかと思ったそうだ」
なるほど、と咲夜は頷く。
「三つ目は八兵衛が見た。
女が廊下に立ち、部屋を覗いていた。
声をかけようとすると、逃げた。
部屋の中に居た連中は見ていない」
「すると、三つ目は、単に穴を空ける前に見咎められたから空いてないということも考えられるわけよね」
と言うと、長太郎は何故か渋い顔をする。
「それは誰の部屋だったの?」
長太郎の告げた名前を聞いて、咲夜は或る事実を確信した。
「八兵衛さんは、どんな女を見たと言ったの?」
「……町人風の女だそうだ」
「それはこの吉原では異様ね。
生きてウロウロしてたら、目立つわよね。
ただ、外に出れば、この桜の季節にはわからないけど」
「咲夜、もう大概に――」
「一人目は生きた女だった。
二人目は霊。
桂が言ってた。
仙田は霊が見えるらしいわね。
遊女で見えるものは多いけど。
だから、客にはその姿が見えなかった。
三人目も霊。
八兵衛さんも見えるんでしょう」
そう。
覗かれた女が問題なのだ。
その女に霊が見えるかどうか。
それで決まる。
「そして、覗き女が不寝者の八兵衛さんに捕まったと聞かないということは」
「ふっと女は消えたそうだからな」
「……三人目の話じゃないわ。
それは霊だと言ったでしょう?」
長太郎、と咲夜は呼びかける。
「最初に部屋を覗いていた女は誰?」
「何故、俺に訊く」
「あんたが逃がしたからよ。
今、言ったでしょう?
外を素人の女がうろついていても、今の時期はおかしくない。
でも、遊郭の中では違う。
一階の入り口で左衛門が客を見張っているけど、ずっとじゃない。
隙をついて、町の女が入り込んだ。
でも、誰にもバレずにまた抜け出すのは、なかなか困難だと思うわ。
それに、穴を空けて覗いていて、見つかったんでしょう?
一瞬、怯えて出遅れても、客の男は仙田の手前、強がって、誰だと障子を開けたりしたはず。
不案内な此処で、その女はどうやって逃げたのかしら。
客は騒いだでしょうね。
恐らくその状況で、あんたたち不寝者に見つからずに逃げるのは無理。
三人目の覗き女を見た八兵衛さんはベラベラ女のことを喋っている。
ならば、誰にも語らず、最初の女を逃がしたのはあんたよ」
長太郎は溜息をついて言った。
「暇なんだな、咲夜」
「……暇なのよ」
と咲夜は素直に認める。
「似たような話をあの男が桧山にしようとしていた。
そのあと、迫られてうやむやになっていたがな」
「だから、なんでわざわざそういう不愉快な話をするのよ」
「不愉快か」
まあ、なんとなくね、と咲夜は流す。
「で、誰なの? その女」
「なんでお前に答えなきゃならん」
「不忍の出会い茶屋から、あんたが女の人と出てきたって話があるんだけど」
「お前に関係ないだろう」
「逃がしてやったその女じゃないの?」
「だったら、どうする」
「どうもしないわよ。
私は言いつけたりしないわ。
だって、あんたとは違うからっ」
そう嫌味まじりにわめいてやると、子どもか、という顔で長太郎が見ていた。
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