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第三章 のっぺらぼう
よく似た男と襲われた女
しおりを挟む道具屋を出て歩いていると、雇っているならず者たちと話している小平と出会った。
少し離れた位置から那津は呼びかける。
「小平。
……小平。
小平」
振り向かないので、足許の小石を拾って軽く投げた。
しかし、さすがにそこは、まさかの町と言われる江戸の同心、振り返らずに受け止める。
あのときぬかったのは、やはり、単に斬るかどうか迷っていたからなのだろう。
「なんの用だっ」
「誰ですか、こいつ。
小平様に石を投げるなんて」
とならず者のひとりが言う。
小平は、にやりと笑い、
「あのときの与力様だよ」
と言った。
ああ、と言った連中の表情が変わる。
「普段はこういう怪しい坊主のような風体をして、人目を憚っていらっしゃる。
隠密与力の忠信様だ。
世間的には死んだことになっているから、気をつけて物を言え」
さっき、その忠信様の父親らしき人物にあったんだが、と那津が思ったとき、
「男を取り逃がしてしまいやして、申し訳ございやせん」
と男たちは改まった調子で謝ってきた。
その中のひとりが少し考える風な顔をして言う。
「……忠信様。
そういや、以前、お名前、伺ったことがありやすね」
小平~っ、と那津は睨む。
本人を知ってる奴が居るじゃないかっ、と思ったのだ。
だが、その男も話に聞いたことがあるというだけで、忠信自身のことはよく知らないようだった。
「確か、小平様がお父様の後を継いで、同心になられる前に亡くなられたような」
それで、小平とは面識がなかったのか、と思いながら、那津は彼らに頼む。
「すまないが。
辻斬りの話、俺はすべてを知ってるわけじゃないんで、詳しく教えてもらえないだろうか」
へえ、とひとりが腰低く話し出した。
「最初は吉原に物見遊山に行った女のひとりが襲われたんですよ。
みんなで帰ってる途中、茶屋を眺めていて遅れて、人気のないところで手を切られたらしいです」
「手? 腕じゃなかったのか?」
「えーと、確か、手でしたよ。
次の女は手首辺りを。
その次は、こう、肘の辺りを」
と男は己れの肘を曲げ、触ってみせた。
「こうして改めて聞いてみると、段々、切られる位置が上がってってるな」
と小平が言う。
「場所が移動してってるから、『腕』とひとまとめに語られているわけか。
出来れば、正確な場所を知りたいんだが」
「そうですねえ。
最初の女以外ははっきりすると思いますよ」
那津の言葉に男は困ったようにそう答えた。
「なんで最初の女は駄目なんだ?」
「いえね、田舎から見物に来た娘だったんで」
と言いながら、男は小平を見る。
小平は渋い顔をしながら、教えてくれた。
「確か手の甲をやられてたと聞いた気がするな。
三番目の娘以外はうちの管轄じゃないから、それまでの事件はよく知らんのだが」
みなそれぞれが自分の知っている話を語り、丁寧に頭を下げて去っていった。
そんな彼らを見送りながら、那津は言った。
「なんだか申し訳ないな。
あいつら、俺を忠信様だと思ってるんだろう?」
なりすまして立場を利用しているようで、落ち着かない、と那津は言ったが、小平は笑って流す。
「なあに、あいつらがお前にペコペコするのは、お前が与力だからじゃないぞ。
お前の剣さばきを見たからだ」
小平は自分が褒められたかのように得意げだった。
そんな小平の様子をちょっと可愛らしく感じながらも、那津は言った。
「小平」
「うん?」
「お前、今日、道具屋に行って、物言いたげな顔をしていたらしいな」
小平は黙っている。
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