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第二章 覗き女
首斬り役人から買った物
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或る日、咲夜はからくり扉を訪れた周五郎にそれを見せた。
「周五郎様、周五郎様。
面白いものをもらったんですよ」
と言って。
「面白いもの?」
これです、と咲夜はいそいそと包みを広げてみせる。
うわっ、と周五郎は声を上げた。
中から、ごろん、と女のものらしき小指が転がり出て来たからだ。
「本物? それ」
「偽物じゃないんですか?
桂が今日、買ってきたんですよ」
桂というのは、桧山が面倒を見ている新造だ。
彼女は咲夜の存在を知っているので、話し相手として口をきくことを左衛門に許されている。
「いやあ、本物に見えるんだけど」
苦笑いして、周五郎はそう言う。
「うちの祖父もたくさん持ってたよ、そんなの」
ええっ、と咲夜は指を拾いかけた手を止めた。
吉原の遊女たちは、自分の愛が本物であることを証明するために、指を切って客に捧げていた。
もちろん、本物の自分の指を切っていたら、何本あっても足りはしない。
新粉細工の偽物の指や、首斬り役人から、死罪になった女の指を買って、客に渡していたのだ。
客はもちろん偽物とわかっていて、それを受け取る。
そして、周囲に見せびらかし、自慢するのだ。
「もう吉原には居ない女たちの指が幾つもあるみたいだよ。
もうどれが誰のかわからないとか薄情なことを祖父は言ってて。
吉原嫌いの父やお福が……」
そこで、周五郎は言葉を止めた。
お福というのが、どうも、周五郎の嫁の名らしかった。
「……厭な顔して、見てた」
そこでやめるのもかえってまずいと思ったのか、周五郎はちゃんとその話を終わらせた。
「それ、桂が首斬りの山田から買ったのなら、本物だよ。
精巧な偽物もあるけどね」
「……あげます」
「いらないよ」
「あげます」
と咲夜は、絶対に自分のものではない指を周五郎に押しつけようとする。
持っているのも怖かったからだ。
はいはい、と笑って周五郎は受け取ってくれた。
人のいい周五郎はそれを律儀にしまいながら言ってくる。
「でも、どうしてみんな指を欲しがるのかな。
その女のものではないのにね。
だから、私はどうせもらうのなら、髪がいいな」
周五郎はそう美しい顔で笑ってみせる。
「髪ならきっと本物だろう?」
「じゃあ、今から切りましょうか」
「えっ、いや、いいよ」
行動の早い咲夜が今すぐにも切りそうだったからだろうか。
周五郎は慌ててそう言う。
いつも咲夜の髪を切っている長太郎が側に居たら、
なに勝手なことを言ってるんだ。
結う加減が変わるだろうが、と言っていたかもしれないが。
だが、咲夜は周五郎に訴える。
「でも、私、周五郎様に何かして差し上げたいんです。
周五郎様のお陰で、私は客をとらないでいられるから。
ああでも、髪なんかより、お菓子とかの方がいいですかね?」
そんな子どものようなことを言う咲夜に周五郎はまた笑った。
「何もいらないよ。
咲夜と話しているだけで、私は楽しいから」
この桃源郷で浮世の憂さも忘れられる、と周五郎は言ってくれた。
「ああでも、そうだね。
ほんの少し髪をくれたら、嬉しいね」
「いいですよ」
女の命の髪をあっさり咲夜は差し出した。
周五郎には、女としての命を助けてもらっているようなものだ。
そんなこと、おやすい御用だ。
「長太郎」
咲夜は長太郎を呼ぶ。
長太郎は、また面倒臭いことを、という顔をしながら、鋏を持ってきた。
周五郎が咲夜の髪を切ると、長太郎が用意した小奇麗な袋にそれを入れ、周五郎に渡す。
周五郎はそれを大事に懐にしまい、持ち帰ったようだった。
「周五郎様、周五郎様。
面白いものをもらったんですよ」
と言って。
「面白いもの?」
これです、と咲夜はいそいそと包みを広げてみせる。
うわっ、と周五郎は声を上げた。
中から、ごろん、と女のものらしき小指が転がり出て来たからだ。
「本物? それ」
「偽物じゃないんですか?
桂が今日、買ってきたんですよ」
桂というのは、桧山が面倒を見ている新造だ。
彼女は咲夜の存在を知っているので、話し相手として口をきくことを左衛門に許されている。
「いやあ、本物に見えるんだけど」
苦笑いして、周五郎はそう言う。
「うちの祖父もたくさん持ってたよ、そんなの」
ええっ、と咲夜は指を拾いかけた手を止めた。
吉原の遊女たちは、自分の愛が本物であることを証明するために、指を切って客に捧げていた。
もちろん、本物の自分の指を切っていたら、何本あっても足りはしない。
新粉細工の偽物の指や、首斬り役人から、死罪になった女の指を買って、客に渡していたのだ。
客はもちろん偽物とわかっていて、それを受け取る。
そして、周囲に見せびらかし、自慢するのだ。
「もう吉原には居ない女たちの指が幾つもあるみたいだよ。
もうどれが誰のかわからないとか薄情なことを祖父は言ってて。
吉原嫌いの父やお福が……」
そこで、周五郎は言葉を止めた。
お福というのが、どうも、周五郎の嫁の名らしかった。
「……厭な顔して、見てた」
そこでやめるのもかえってまずいと思ったのか、周五郎はちゃんとその話を終わらせた。
「それ、桂が首斬りの山田から買ったのなら、本物だよ。
精巧な偽物もあるけどね」
「……あげます」
「いらないよ」
「あげます」
と咲夜は、絶対に自分のものではない指を周五郎に押しつけようとする。
持っているのも怖かったからだ。
はいはい、と笑って周五郎は受け取ってくれた。
人のいい周五郎はそれを律儀にしまいながら言ってくる。
「でも、どうしてみんな指を欲しがるのかな。
その女のものではないのにね。
だから、私はどうせもらうのなら、髪がいいな」
周五郎はそう美しい顔で笑ってみせる。
「髪ならきっと本物だろう?」
「じゃあ、今から切りましょうか」
「えっ、いや、いいよ」
行動の早い咲夜が今すぐにも切りそうだったからだろうか。
周五郎は慌ててそう言う。
いつも咲夜の髪を切っている長太郎が側に居たら、
なに勝手なことを言ってるんだ。
結う加減が変わるだろうが、と言っていたかもしれないが。
だが、咲夜は周五郎に訴える。
「でも、私、周五郎様に何かして差し上げたいんです。
周五郎様のお陰で、私は客をとらないでいられるから。
ああでも、髪なんかより、お菓子とかの方がいいですかね?」
そんな子どものようなことを言う咲夜に周五郎はまた笑った。
「何もいらないよ。
咲夜と話しているだけで、私は楽しいから」
この桃源郷で浮世の憂さも忘れられる、と周五郎は言ってくれた。
「ああでも、そうだね。
ほんの少し髪をくれたら、嬉しいね」
「いいですよ」
女の命の髪をあっさり咲夜は差し出した。
周五郎には、女としての命を助けてもらっているようなものだ。
そんなこと、おやすい御用だ。
「長太郎」
咲夜は長太郎を呼ぶ。
長太郎は、また面倒臭いことを、という顔をしながら、鋏を持ってきた。
周五郎が咲夜の髪を切ると、長太郎が用意した小奇麗な袋にそれを入れ、周五郎に渡す。
周五郎はそれを大事に懐にしまい、持ち帰ったようだった。
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