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第二章 覗き女

渋川屋の若旦那

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「どうしたの? 荒れてるね」

 渋川屋の若旦那、周五郎しゅうごろうの碁の相手をしていた咲夜は、いきなりそう言われ、は? と顔を上げた。

 あのお仕置き部屋の女たちが自分の未来のような気がして、気になってしまい、打つ手に乱れが生じていたようだった。

 すみません、と謝り、碁に集中しようとしたとき、周五郎が言った。

「そういえば、今日の花魁道中も荒れてたよ」

「えっ?」

「吉田屋の愉楽ゆらくと桧山が行き合わせて、愉楽が桧山に食ってかかってね」

 幾ら奇麗でも、ああいう手合いはいけないね、とおっとりとした口調で周五郎は言ってくる。

「吉田屋の愉楽ゆらくって、確か、桧山ひやま姉さんを目のかたきにしてるとかいう」

 今、この吉原では、此処、扇花屋の桧山と、吉田屋の愉楽のどちらが吉原一の花魁かと火花を散らしている真っ最中のようなのだ。

 愉楽って人のことはよく知らないけど、吉原一の花魁は桧山姉さんに決まってる、と咲夜は思っていた。

「なにを争ってるんだろうねえ。
 人には好みのというものがあるのだから。

 誰にとっても一番というものはないだろうにね」

 周五郎はそんな真っ当なことを言うが。

 双方の店は、そうやって、二人の争いを盛り上げて話題作りにしようとしているのだろう。

 そう咲夜は思っていた。

「しかし、何故、あの二人で吉原の頂点を争うんだろうねえ」

 不思議そうに呟いた周五郎は、

「顔だけなら、お前の方が奇麗だよね」

 照れもせずにそんなことを言ってきた。

 吉原に通ってくるわりには、粋な遊び人というわけでもなく。

 女たちに気の利いた褒め言葉を投げるでもない周五郎だが、時折、真面目な顔で褒めてくる。

 いや、褒めているのか、ただ淡々とやり手の商人らしく、分析しているのかよくわからないが……。

 とりあえず、

「あ、ありがとうございます」
と碁を打ちながら、咲夜は礼を言った。

 桧山姉さんに見られたら叱られそうだな、と思いながら。

 せっかく褒めてくれたのだから、もっと客の気を引くような受け答えをしないといけないのだろうが。

 自分は照れて目も合わせられず、ただ碁盤の目を見つめていることしかできない。

 完全に遊女失格だな、と咲夜は思っていたが。

 顔を上げると、周五郎はやさしく笑って自分を見ていた。

 そんな顔されると照れるんですけど、と思う咲夜に、周五郎は温厚な笑顔のままロクでもないことを言ってくる。

「あれはさ。
 近々、なにかあるよね」

 近々、なにがあるんですかね……?

 笑った周五郎に合わせるように、咲夜も笑ったが。

 なんか怖い……と思っていた。

 桧山と愉楽。

 吉原の二大花魁の大激突。

 なにかこう、嫌な予感しかしないんだが、と咲夜が思ったとき、周五郎がふと思い出したように言ってきた。

「咲夜、今日はなにか面白いものはないのかい?」

 その笑い顔に、なんのことを言われているのか気づき、

「……や、やめてくださいよ」
と咲夜は後退りかける。



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