9 / 58
第一章 幽霊花魁
桧山の願い
しおりを挟むなにも答えない自分に咲夜が言う。
「意外にやさしい人ね、お坊様。
私にもわかるわ。
何故、桧山姉さんが貴方を呼んだのか」
桧山が殺してくれ、と言った『幽霊花魁』はほんとうに階段下の霊のことなのか。
霊を成仏させてくれと頼んだと見せかけて、別のことを俺に頼んできたのではないのか?
自分のことをお糸から聞いたという桧山が俺に期待したのは、霊を祓う能力の方ではない可能性がある。
「貴方はかなりの手練れだとお糸が言っていたそうね。
桧山姉さんもそれを知っていた。
姉さんが殺したかった幽霊花魁は、霊じゃなくて、私の方じゃない?」
自分が呑み込んだ言葉を咲夜はすべて吐き出してきた。
「……桧山にお前を殺したい理由があるのか?」
咲夜は少しだけ、道具屋で見せたような子どもっぽい顔にかえり、うーん、と唸って見せる。
「まあ、心当たりはないでもないわ。
でも、それで殺されるとか、今更って感じもするわね」
「何が原因だ」
桧山に狙われる理由、と那津は訊いたが、咲夜は軽く笑って言ってくる。
「それ話したら、生きて帰れないわよ、お坊様。
ところで、どうやって、桧山姉さんを買うほどのお金を工面したの?」
「隆次が貸してくれたんだ」
ああ、なるほどね、と咲夜は頷く。
桧山と同じく、あの道具屋の何処にそんな金があったのか、と不思議がることもなく。
「そうなの。
兄さまが。
貴方が何かを動かしてくれそうだったからかしらね」
私たちはもう、この中にはまり込んでて動けないから。
そう咲夜は言った。
「隆次はお前の兄ではないんだったよな?」
「そう。
血の繋がりはないわ。
でも、もうずっと、見守ってくれているから」
そんな言い方を咲夜はした。
「左衛門が俺を此処に近づけまいとしたのは、桧山がお前を狙っていると知ったからなのか?」
「さあ、そこはわからないわ。
彼には貴方に此処に近づいて欲しくない別の理由もあるからね」
幽霊花魁のことを桧山が俺に頼んでいたと知って、左衛門は俺にもう来ないよう言ったんだったな。
咲夜と桧山のゴタゴタ以外の理由があるとしたら。
それはもしかしたら、『生きていない幽霊花魁』のことで、妓楼の外の人間に探られたくないなにかがあるということなのではないか?
そう思い至ったとき、咲夜が自分を追い払おうとした。
「さあ、もう帰った方がいいんじゃないの? お坊様。
此処は魔窟よ。
その肩にのっている幽霊花魁以外の霊までのっかってくるわよ」
ああ、此処では生きた女の方が怖いか、と言って咲夜は笑う。
まあ、あまり長居しても悪いかと思い、立ち上がりかけたが、足を止めた。
「咲夜、お前、ふらふら外を出歩いているようだが、一人で吉原周辺をうろつくなよ。
辻斬りが出るそうだから」
「ああ、聞いたわ。
揚屋町の誰かも斬られたらしいわよ。
えーと、肘だったかな」
肘、なんだってまた、そんなところを。
斬り損ねたのだろうか、と那津が思っていると、咲夜は誰かから得たらしい噂話を披露してくれる。
「頭巾を被った着流しの男に、夜道でやられたみたいよ。
巾着を振って抵抗したら、逃げてったみたい」
巾着でねえ、と思いながら、
「お前には供の者が居るんだったな。
手練か?」
と那津は訊く。
「まあ、そうね。
拷問から殺しまで、なんでも請《う》け負える人よ」
いや、そこまでの奴でなくていい……と思ったのだが。
悪に対抗するには、こちらも悪である方が確実だったりもする。
そのくらいの迫力がなければ、斬り負けるからだ。
「じゃあ、外に出たときは、必ずそいつと動け」
「なに隆次兄さまみたいなこと言ってるの」
と咲夜は笑う。
そのとき、咲夜の背後から気配を感じた。
咲夜も自分の視線に気づいたように振り返る。
彼女の後ろにある襖の隙間から、うっすら隣の部屋が見えた。
その暗がりが、こちらから窺えるように。
恐らく、あちらからも見えている。
そっと近づいてみたが、咲夜は止めなかった。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
仇討浪人と座頭梅一
克全
歴史・時代
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。
旗本の大道寺長十郎直賢は主君の仇を討つために、役目を辞して犯人につながる情報を集めていた。盗賊桜小僧こと梅一は、目が見えるのに盗みの技の為に盲人といして育てられたが、悪人が許せずに暗殺者との二足の草鞋を履いていた。そんな二人が出会う事で将軍家の陰謀が暴かれることになる。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる