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第一章 幽霊花魁
扇花屋の秘密
しおりを挟むいい香りが漂うその部屋は、まるで桧山の部屋のようだった。
一流の調度品が揃っている。
二部屋もとってあるのは、此処に閉じ込められているらしい咲夜が、不自由ないようにだろうか。
なんにせよ、一介の遊女にしてはいい扱いだ、と那津は思った。
「どうぞ、座って」
素っ気なく座布団を勧めたあとで、咲夜は寛いだように脇息に寄りかかる。
遊女というより、何処ぞの姫のような雰囲気だった。
「桧山姉さんに、もう来なくていいって言われたんでしょう?
なにしに来たの?」
「いきなり此処で終わりだと言われて納得できるか。
第一、金だけもらって、俺は何もしていない」
「口止め料と手切れ金みたいなものでしょ。
これ以上、関わるなってことよ。
なのに、もらった金以上の金を払って、此処に来るとか、ほんとうに変わってるわね」
呆れたように咲夜は言うが、ちょっと楽しそうにも見えた。
だが、此処へ来た理由は、今、咲夜に語ったことだけではない。
あの日、此処で見た咲夜が、毎晩、金持ちの男に買われて表に出てこないという、生きている方の『幽霊花魁』の正体なのではないか。
そう思い、ずっと気になっていたのだ。
こうして隠し部屋まで見せてくれた咲夜は話してくれる気があるのだろうと思い、もう一度、確認する。
「咲夜。
お前が幽霊花魁なんだな?」
階段下以外でも多数目撃されている幽霊花魁。
その正体は咲夜だと那津は踏んでいた。
ま、たぶんね、と咲夜は認める。
「私がそう名乗ってるわけじゃないんだけど。
私と――
今は貴方の後ろに居る階段下の霊がそう言われているのよ」
そう言いながら、咲夜は那津の後ろを見た。
「此処に隠れ住んでいるお前を見た奴を誤摩化すために、そんな噂を広めたのか」
「こっちが作った噂じゃないわ。
いつの間にかそういう話が出来てたのよ。
左衛門はそれを利用しただけ」
「お前は何故、こんなところに閉じ込められている」
「世間の噂そのままよ。
私は或るお金持ちに囲われているのよ。
毎晩、買っておいて、その人が来ないだけ」
「それはまた、酔狂な男だな」
「そうねえ。
まあ、来るときもあるんだけど。
なんだか私に触れるのが怖いらしいわ。
私が普通の遊女になってしまいそうで」
いや、普通の女かな、と咲夜は言い直す。
「私なんて、最初から普通の人間よ。
あの人が勝手に、私の中になにか違うものを見てるだけ」
咲夜は引手茶屋にあったのと同じような、意匠を凝らしたびいどろの行灯に視線を向ける。
高価な蝋燭の灯りに照らし出された咲夜の横顔には、外で見る彼女とは違う、大人びた影があった。
「ねえ、本当はなにしに来たの?
ただ、依頼が途中で終わって納得できなかったからってわけじゃないんじゃないの?」
そんな咲夜の問いに、那津は答えなかった。
それを口にしていいのかわからなかったからだ。
「当ててあげましょうか?
貴方は疑問に思っている。
何故、桧山姉さんがその辺の実績ある坊主ではなく、貴方を呼んだのか。
何故、幽霊花魁を始末してくれと姉さんが頼んだと知って、左衛門が貴方にもう来ないよう言ったのか」
左衛門、と咲夜はまた楼主を呼び捨てた。
ちょっとした侮蔑が感じられたが、心底嫌っている風にも見えないのは、同じ吉原の地で生きる者同士だろうか。
二人は同じ闇を抱えているように見える。
「で、此処へ来て、その謎は解けたの?」
外で見るのとはまったく違う大人びた妖しい笑みを浮かべ、咲夜はそう訊いてきた。
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