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運命が連れ去られました

そこは私が訊きたいです

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「ラーメンかおすしーっ」

「天ぷらか餃子」

「ワイン、ボトルで」

「なんにも喉を通らないわ。
 お水ちょうだい、あかり」

 全員の注文に、カウンターの中に立つあかりは、

 ラーメン、寿司、天ぷらと来たから、次は、舞妓サン、富士山と続くかと思った……、
と思いながら、この辺りの店の出前のメニューを見る。

 なんか外国の人が観光に来て喜ぶものばっかり頼むな、前半の二人。

 日向と青葉さん。

 ……なんだかんだで、よく似ている、この親子、と思っていた。

「ワインはピザ屋さんなら、持ってきてくれますよ」
と寿々花に言いながら、真希絵によく冷えたペットボトルからついだ水を出す。

「じゃあ、ピザとワインで。
 ピザはみんなで食べてちょうだい。

 私は、もう軽く食べてきたから」
と寿々花は言った。

 ほろ酔いで、いい気分で歩いていたのに、今の騒動で一気に酔いがさめたようだった。

 そのあと、ラーメン屋さんにラーメンと餃子を頼み、お寿司屋さんにお寿司と天ぷらを頼んだ。

「あ、あかり、お父さんの分も出前、頼んでおいて」
と言われたので、あかりと両親のは、日替わり弁当を近所のお弁当屋さんに頼む。

「この辺、フードデリバリーサービスのエリア外なんですけど。
 いろんな店から出前とれるから助かるんですよねー」

 そんなことを言う自分を青葉がじっと見つめている。

 あんな告白のあとなのに、テキパキしすぎていることを不審に思っているようだった。

 いやもう、何十回とこうなったときのシミュレーションしてるもんな、と思う。

 っていうか、この人も動転してるわりには、しっかり、
「天ぷらか餃子」
とか言ってるし。

 日向は店の隅のおじいさん人形と遊びはじめたので。

 注文の品がそろうまでの間、あかりは青葉に今までの事情を説明することにした。

 大吾に、俺だと思え、と言われた、あのオーロラの写真を見せると、青葉は驚愕していたが。

 この人、なんかズレてるから、オーロラの美しさに驚愕してるのかもな、とあかりは疑う。

 今までいろいろと信じられないようなことばかり、ありすぎたからな……。

 そう思ったとき、
「青葉さん、私を責めないでよ」
と寿々花が言い出した。

「だって、あなたの記憶はないし。
 なにが本当かわからなかったんですもの。

 ねえ、真希絵さん」
といきなり、話を振られ、え? は、はあ……と真希絵は曖昧な返事をする。

「あなただって、息子さんの記憶がなくなって。

 いきなり、見たこともない女が現れて、息子さんと付き合ってました、とか言ってごらんなさい」

「それは……遺産争いになって、殺人事件になりますね」
と深刻な顔で真希絵は言う。

 待ってください、お母さん。

 何故、いきなりの遺産争い。

 誰が死んだんですか……。

 そして、我が家に争うほどの遺産はありません。

 真希絵は昼の二時間ドラマの見過ぎだった。

「でしょうっ?
 だから、私はあかりさんを遠ざけたのよ。

 なのに、この人、妊娠してたもんだから、日向が生まれちゃって」

「ぐらんまー。
 まーちゃん。

 この人、喉渇いたってー」
と日向が店の隅であのおじいさんの人形を抱えて笑う。

 祖母二人は、それだけで笑顔になり、もうこっちの話はどうでもよくなったらしい。

「あらあら、ここに水があるわよ」

「日向、それ売り物でしょう。
 水こぼさないで」
と言いながら、二人ともそちらに行ってしまう。

 今、重大な告白のシーンですよ、お二人ともっ、と思ったが。

 孫が絡むとなにもかもそっちのけになってしまう二人のせいで。

 あかりは青葉と二人、カウンターに取り残された。

「……よくわからないが、日向は俺とお前の子なのか」

「そうですね」

「ちょっと待ってくれ。
 頭がついてってない」

「でしょうね」

「なんで俺はこの店にたまたま飛び込んできたんだ!?」

「そこは私が訊きたいです」

「きのう、ぼく、さかだちできたよー」

「あらー、すごいわねー」

「日々、精進なさい、日向」

 後ろの人たちは、ほんとうにもう我々の葛藤などどうでもいいようだ。

「店長あかり、俺は――」
と青葉が顔を上げたとき、あかりは言った。

「いいんです。
 もうすべて過去のことですから」

「え」

「何度も私、自分に言い聞かせたんです。
 私が愛した青葉さんはもういないんだって。

 現に今もあなたはあのときのこと、思い出せないんでしょう?

 あの青葉さんは、きっと幻だったんですよ。
 あの一週間にしか存在しない人だったんです」

「俺は……」

「ずっとずっと言い聞かせてきたので。
 私の中の青葉さんは、もう死にました」
 


 ……思い出す前に殺されてしまった、昔の俺。

 突然すぎて、まだ、感傷にもひたれていないし、謝罪もできていないのに。

「青葉さんは死にました」
とあかりは繰り返す。

 あかりはかたくなだった。

 ずっともう、青葉さんはいないんだと心に言い聞かせ、ひとりで頑張ってきた弊害だった。

 そういえばこいつ、今の俺のことは、青葉さんとは呼んでないな、と青葉は青ざめる。

「青葉さんは死にました」
と繰り返すあかりのせいで、青葉の頭の中では、見たこともないフィンランドのあかりの部屋で、自分が倒れていて。

 その周りに、事件現場で死体の周りに引いてあるような白い線が引いてあった。

 あかりは言う。

「『お前は誰だ』は仕方ないかなと思いました。
 記憶がないんですから。

 でも、別人のように冷たい目で私を見たんです」

「いや、だから、それは別人だからだろ」

 自分はあかりと会っていないから、それは大吾のはずだ。

 っていうか、あいつ、あかりをそんな目に遭わせておいて、今、しゃあしゃあと、あかりにつきまとっているのか。

 すごい神経だな。

 見習いたい……。

「そうだったんですけど。
 もうともかく、その頃の私はパニックで。

 そこへやってきた青葉さんっぽい青葉さんが追い討ちをかけるように、あんな冷たい態度をとるから」

 いや、だから、大吾だ、それは。

「あなたがここに車で突っ込んできたあと、私と会ったことがあるかと訊いたら、ないと言いました。

 私と会って、『お前は誰だ』と言ったはずなのに。

 だから、記憶がないまま、お母さんに連れてこられて会ったけど。

 なんだかわからない妙な女に会ってしまった、と思って記憶から消去したのかと思ってました」

 俺、どんなろくでなしだよ……。

「まあ、ほんとうに短い間でしたからね、青葉さんといたの。
 その短い期間で、私は妊娠してしまいましたが」
とあかりはそう遠くもない過去を振り返る。

「短い期間、か。
 じゃあ、日向のことさえなければ、俺のことなんて忘れていたのか?」

 不安になって、青葉はそう訊いてみる。

「いや、それはないと思いますけど」

 あかり、と身を乗り出し、真剣に謝罪しようと思ったその瞬間、逃げ腰に身を引いたあかりが言った。

「あなたと私の青葉さんは違います」

 まだ死んでんのか、お前の中の俺……。

「私の青葉さんは、あなたに連れ去られました。
 私のことをなんにも知らないあなたに――」

「……あかり」

 そのとき、後ろから日向の声がした。

「そうだ。
 これ、よめるようになったよっ」

 日向が走ってカウンターの中に入るのを二人の祖母は目を細めて見ている。

 愛らしい日向が『あいうえおポスター』を手に戻るのを見ながら、青葉は言った。

「……よくここまで立派に育ててくれたな」

「私ひとりの力ではありません。
 私は日向と暮らすことは禁じられていたし。

 ほとんどお母さんたちが――」

「てぃりんの『てぃ』!」

 小さなアンティークテーブルにポスターを広げた日向がポスターを指差しながら言う。

「キリンの『キ』では……」
とあかりがそちらを見ながら呟いていた。

「しまむらの『し』!」

「しまうまでは……」
と青葉が呟く。

 立派に育てられたはずの日向は笑顔で言った。

「ゆかんの『ゆ』!」

「日向、やかんでしょ」
とあかりに言われ、日向は、えー、ゆかんだよーという顔をする。

 あかりは日向の元に行き、ポスターを指差し、言った。

「日向、これは、な~に?」

「わかんないの『わ』!」

「逆ギレか……」
と呟くあかりに、笑ってしまった。

 でもちょっと泣きそうになる。

「それと、こっち、しまうまさんの絵が描いてあったでしょ。
 しまうまの『し』だよ。

 まあ、しまむらでもいいけど……」

「しまうま、道であんまり見ないよね」

「あんまり見ないって、いつ見たの……」

 ……はは、と笑いながら、青葉は思う。

 もっと日向が小さなときから。

 ずっと、この二人を見ていたかったな、と――。

 日向が、
「『かえる』の『あ』!」
と『あ』の字を指差し、ありえないことだが、寿々花が手を叩いて誉めていた。

 いや、そこは訂正してやれ……と思いながらも、みんな変わっていくんだな、と青葉は思った。

 ……いや、消えてしまったらしい俺への愛に関しては、変わって欲しくなかったんだが、とあかりを見る。


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