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第一話 皐月

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「うっま!!」
 思わずつぶやいた。塩加減もちょうどいいうえに、エキゾチックなスパイスがめっちゃうまい。なんだこれ。孟さんはスパイス使いの星にでも生まれたのか。瞬く間に食べ終えてしまった。
「肉に香辛料をまぶして、一晩寝かせた。美味いだろう?」
 孟さんはドヤ顔でそう言うと、ニカッと歯を見せて笑った。勢いよく頷く。
 ……よし、俺と一緒に店だそう、孟さん! 大繁盛間違いなしだ! なんて。笑うと目が糸みたいに細くなる孟さんの笑顔は、店のポスターに載せてもいいくらいだ。
「羊……久しぶりだな」
 ぽつりと、俺の前に座った皐月が呟いた。
「懐かしいだろう? 俺たちの故郷では馴染みだが、こっちではあまり食わないな」
 孟さんが応える。俺たち……皐月と孟さんの故郷は同じなのか。
「羊、美味いっすよね! 俺、いや僕も大好きなんです」
 皐月と会話の糸口を作りたくて、勢い込んで言った。皐月は薄く笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。美味いね。とびきりのごちそうだったから、あまり食べられなかったけど」
「そうですよね! 僕も北海ど……いや、北のほうに旅行に行った時くらいしか食べませんが! 羊はねえ、薄く切ってダシでしゃぶしゃぶして食べるのが美味いですよ! ラムしゃぶっていうんですけど」
「ラムしゃぶ……?」
 皐月がきょとんとした顔で俺を見る。ラムって言葉もないだろうし、しゃぶしゃぶだってないだろう。でも孟さんならラムしゃぶを食べさせてくれそうな気がする! 美味いラムしゃぶが俺は食いたい。
「えっと、うちではですねえ、羊肉のことラムって呼んでたんです。えっと、確か……生まれてから1年以内の羊のことじゃなかったかな。まあそれは置いておいて、お湯に薄斬りの羊肉をくぐらせるんですよ。なにかダシが出るものをいれるとよりいいと思います、それを付けだれにつけて食べる。濃い味のタレがあいますね、僕は胡麻ダレが好きです」
「ほう。それは美味そうだな」
 料理人らしく孟さんが近づいてきた。興味津々といった感じだ。
「薄切り、できます? 肉を薄く切るのって大変でしょう?」
「雪柳、俺は物心着いた頃から料理をして育ってきた男だぞ、切れないものはない!」
「いいぞいいぞ!」
 キャッキャ話していると、ふふ、と皐月が笑った。
 ……笑うと案外かわいい。もともと整った顔だからそりゃそうだろう。どことなく薄幸な雰囲気が漂っている気がするのは、俺の気のせいか。
「ちょっと食べてみたいな」
「孟さん! 皐月さんもこう言ってるし、今度ぜひ!」
「ああ、もっと詳しく教えてくれ」
「もちろんです!」
 ここに来てから借りてきた猫みたいに過ごしていたけど、うまいものの話は万国共通だな。嬉しい気持ちで、俺は青菜炒めの皿に手を伸ばした。
 

 俺は料理のことも、この世界の調味料もよくわからないので、孟さんには味の雰囲気を説明した。俺の擬音を駆使した味の表現で、孟さんがどこまで理解してくれたかはわからない。けれどラムしゃぶへの夢は一歩近づいた気はする。
 午後はまたもや勉強の時間、と思いきや。俺は急に鶴天佑に呼ばれた。なにかやらかしたかなとビクビクしながら部屋に行く。彼の部屋は一階の奥にあり、一際頑丈そうな扉がついていた。
「雪柳です。参りました」
 扉の前で声を張り上げると、「おう」と返事がして扉が開いた。中から顔を出した鶴天佑に招かれて中へと入る。
 板の間の広い部屋だった。入ってすぐにしっかりした六角形のテーブルがあり、奥に執務机なのか、大きな座卓がある。端っこに大きな屏風が立てられているが、その向こうは寝室だろうか。
 特に華美でもなく、粗末でもない。楼主の部屋にしてはシンプルだ。
「失礼します」
 拱手して中にはいる。勧められるがままテーブルに着いた。心なしか、テーブルも椅子もなんだか低い気がする。
「お、雪柳。羊食ったろ」
 くんくんと鼻を鳴らして、いきなり鶴天佑が言った。
「あ……匂いますか?」
 思わず自分の袖を嗅ぐ。確かにちょっと臭う気もする。
「孟さん、歓迎の意を表すときに羊焼くんだよな。今日はお前の歓迎だったようだ」
 ははは、と白い歯を見せて笑いながら鶴天佑が言う。……やっぱいい人だな、孟さん。
 しかし何の用だろう。彼がお茶を入れてくれたので、ありがたくいただく。ジャスミン茶だろうか、口に含むとそんな感じの味がした。うまい。すると鶴天佑が思いだしたように言った。
「そういえば、今日町で程将軍に会ったぞ」
「程将軍……あ、真波さんですか!」
 この世界に来てはじめて優しくしてくれた人。すでに懐かしくて、思わず微笑んだ。
鶴天佑は、うん、と頷いて、「お前はどうしてるか気にしてた」と言った。なんていい人だ。
「だから俺が代わりに聞こうと思ってな。どうだ? ここの暮らしは」
 ……お。気をつかってくれるのか。いい上司だ。
「はい、頑張っています。先輩方もいいひとたちなので、いまのところはなんとか」
 ……って言っても二日目だけど。
「そうか……。秋櫻は面倒みてくれるか?」
「とてもよくしてくれます。皐月さんとも、羊の話で盛り上がれたし」
 ついさきほどの記憶がよみがえり、笑って言うと、ふと鶴天佑の表情が曇った。
「……皐月も、よくしてくれるか?」
「あ、はい。まともに話したのは、さっきが初めてですが」
「そうか……」
 一瞬表情を曇らせて、鶴天佑はすぐに話を変えた。
「……まあいい。体のほうはどうだ」
「体?」
 首を傾げる。この世界に来たときの事故のことだろうか。
「怪我のことなら、もう大丈夫そうです」
「そうか。……その。お前の母さんから、お前の身体をいたわってくれ、と言われたんでな」
「体を?」
 ……同じことを繰り返してしまった。なんだこの違和感。もちろん、母が息子の身体を心配することはわかるのだが。俺の頭の上にハテナマークが付いていることに気付いたのか、鶴天佑が言った。
「あのな。お前の母さんは、長らく俺の相談相手だった。主に占術でいろいろ教えてくれてな。ただ、どんな占術だったのかは、見せてもらえなかったから知らない。そしてお前にも、その術は受け継がれていると思うと言っていた。いつか力が芽生えるんじゃないかとな」
「えっ」
 思わず声が漏れた。力とは? なんだそれ、えっちなやつか? でもBLゲームの本編ではそんな力はなかったぞ。
「お前の母さんは、俺にとって年の離れた姉みたいなひとでな。占術の力もすごかったから、俺は随分世話になった。いま、俺は導き手を失って心細い気持ちなんだ。お前が母さんの力を受け継いでいたら、と思ってな。気が逸った。すまない」
「……いえ」
 なんだなんだ。俺には何かチートな力があるのか。転生ものは主人公にチートパワーがあるものが多いという。この世界の俺には美貌と性的魅力(!)しかないのかと思っていたが何かあるのか。きっとBL展開に関係ないから本編では削られたのだろう。
 しかしぶっちゃけ俺は性的魅力(!)でやっていくのは無理な気がする。それなら秘められた占術の力で別ルートを切り開くのはどうだろう。きっとシナリオライターは、BL展開に必要ないから隠し設定にしていたんだと思う。ならばむしろ話を変えてしまえばいい!
 そもそも、皆に平等に接すればBL展開にはならないはずだ。そして力を生かしてのし上がれば、BLのスーパー主人公以外の道が開けるのではないだろうか。何しろ俺には荷が重すぎる。
 目まぐるしく考えていると、鶴天佑が思い出したように「そうだ」と呟いた。
「お前、金持ってないらしいな。秋櫻が言っていた。とりあえずお前には日払いで払うから。これ、昨日と今日の分」
 ……なにやら小さな袋を渡された!  お金が入っているっぽい!
「あっ、ありがとうございます!」
 俺は俄然元気になって、鶴天佑に全力で拱手した。
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