33 / 75
1章
33.あの日の帰りの事
しおりを挟む
朝靄が漂うまだ薄暗い街を、俺は駆け足で進む。
少し前まで赤や黄色に色づいていた街路樹は、今はもうその賑やかな葉を散らして見るからに寒々しい様相であった。
「はあぁぁぁ、絶対エドに変だと思われたよなぁ」
俺は先日の失態から、ここ数日の間に口癖になった台詞を白い息と共に吐き出す。
「アンラやルーイと話した事を、意識し過ぎちゃったんだよなぁ。おかげで変な夢見るし、ちょっと手にキスされた程度であんなに動揺するとか恥ずかしすぎだし、ホントどうかしてる」
増える独り言と反比例に走る速度は落ちて、俺はゆっくりと足を止めた。
冬の訪れを感じさせる冷たい空気に、かじかむ両手の指先を温めるように擦り合わせれば目に入るソレ。
右手中指の爪に刻まれた青い花の様な紋章は、先日エドが俺に貸してくれた水の精霊の加護だ。略式と言っていたので二、三日で消えるものと思っていたが、数日経った今も俺の指先を飾っている。
「今まで散々、そりゃもう口にだってされてたのに」
指先を見つめていると、俺の手を取りやたら様になった所作でキスをしたエドの伏せたまつ毛の長さまでを思い出してしまい、頬や耳は熱くなるし、心臓はやたら脈打ってしまう。
俺はそんな落ち着かない気持ちを、右の拳を握りながら抑え込む。
「はぁ……。どうにしろ今更だよな」
手に余る感情に落ちた溜息は思いのほか白く留まり、やがて静かに消えた。
***
シリトがカナトの子ども欲しさに、生体手術を受けた事が露見したあの日。
帰りの馬車の中は、なんとも言えない空気が満ちていた。
自分が原因でシリトが……と、責任を感じ神妙な顔をして膝を抱えるカナトの隣で、シリトは『カナトが気にする事じゃないっス』と言ったきり、痛み止めに飲まされた薬草の副作用で眠りこけていた。
そんな経験のない事態に、二人の向かいに座った俺がオロオロとしていると、にっちもさっちも行かない空気に飽きたらしいアンラが俺に話しかけてきた。
「イオリさん、イオリさん。さっきの話しの続きなんですけど」
「お、おう?」
「お二人がお付き合いしていないとしても、イオリさんはエドさんの事を好きじゃないんですか?」
「へ? あぁ~……まぁ、そりゃ好きだよ。良い奴だし、強いし、頼りになるし、頭良いし、うん。尊敬してる友達だよ」
アンラさんや、何も今その話題を蒸し返さなくてもぉ~と思わなくもなかったが、この微妙な空気の中、マーナムに着くまでずっと黙って居るよりはマシかと考え直した俺は、指を折りながらエドの尊敬しているところを上げた。しかし、アンラはどこか不服そうに隣に座る俺の顔を覗き込んで続ける。
「そーいう好きじゃなくて! イオリさんエドさんの恋人になりたいなーとかは無いんですか?」
「無いけど?」
「私はですね、エドさんの事を話してる時のイオリさんって、とーってもニコニコしてて可愛いから、お二人が親密な関係だって噂を聞いた時、すっごく納得したんです。だからかー! やっぱりかー! って」
「いや、俺の発言スルーしないでって、それに可愛いって言うのはアンラみたいな子のことを指す言葉だから」
確かにメイリンやエド、先輩ハンター方には後輩弄りの一環で可愛い扱いされるコトもあるが、自分より年下の本家本元可愛い女の子から出た「可愛い」発言に俺は思わず脱力する。
「エドさんの話をしてる時のイオリさん可愛いですもん! そんなイオリさんを見て、これは絶対にエドさんに恋してるだなって私は思いましたもん!」
「思いましたもんって……。俺とエドはただの友達だから」
「いえいえ! お友達は普通、痕が残るようなキスはしません! ぜーったいに脈ありですよイオリさん!」
アンラは拳を握って熱弁を振るう。が、この馬車には俺たち以外にも人間のご年配のご夫婦が同乗している事を忘れないで欲しい。
俺はどうどうと、ヒートアップしていくアンラを宥めながら声の音量を下げて話す。
「それはエドが俺を揶揄ってるだけ。それにホラ、エドは女の子専門で、沢山彼女作ってこの世の春を謳歌してるタイプだし、ハーフエルフだし、人間の俺とは恋愛観が合わないと言うか……」
話しながら俺は思い出す。
まだこの街に来たばかりの頃、暇を見つけては街を散策していたのだが何故だかタイミングが合うらしく、よくエドと彼女さんがデートしている姿を目撃した。
そして俺が見かける度にエドが連れてる女の子は変わっていたが、タイプは違えど揃いも揃って美人で可愛く、そして皆、胸が大きかった。
「うん、エドが俺を恋愛対象として見るとかないだろ」
「でもでも、エドさん彼女さんたちと別れたんですよね?」
俺が自分の胸にペタペタと手を当てているのを不思議そうにしながらも、アンラは攻め手を緩めてくれない。
「まぁ、ソレはそうなんだけど」
「ソレってつまり、そろそろ本気で伴侶を決めようって事じゃないですか。イオリさんは良いんですか? エドさん取られちゃっても」
「と、俺に言われましても」
エドが誰と結婚しようが、俺がとやかく言う立場では無い。
立場ではないのだが、確かにアンラの言う通り自慢の友達を取られる様で少し寂しいかなとは思う。
……いや、正直言えばかなり寂しい。
「イオリさん、今から大事なことを言うのでよく聞いてください」
ほんの少し俺がしんみりしていると、アンラは神妙な面持ちで俺の両肩に手を置いた。
「良いですか、誰かを好きになったら性別や種族なんてあって無い様なものなんです! だから、ご自分の気持ちに正直に、頭を固くしてはいけません! 現にうちのお兄ちゃんだって昔は女の子が大好きで――」
「こらこらアンラ、イオリをあまり困らせてはいけないよ」
アンラとは反対側の俺の隣でそれまで黙って聞き役に徹していたルーイが、再び熱を帯びてきたアンラの勢いに飲まれる俺を庇うように会話に割って入るが、スイッチの入ったアンラは止まらない。
「だって、乙女の感がココは押すべきと囁くんですー! イオリさん、エドさんに気持ちを伝えるなら一刻も早くですよ! どこの馬の骨かもわからん女に気を使って身を引くことなんか無いですからね!」
今度はルーイに制止をかけられる前にアンラは言いきって、スパァン! っと、活を入れる様に俺の両肩を力強く叩いた。
地味に痛い。
「ぜっ、善処します」
俺は年下の女の子に気圧されつつも、何とかそれだけを返した。
ちなみに一連の様子を眺めている同乗のご夫婦には「若い子たちは元気で良いわね~」と、微笑ましく成り行きを見守られていて、中々にお恥ずかしい状況だったりする。
俺は目が合ったご夫人に、騒がしくしている事を苦笑いで謝った。
「でも、イオリが本当にフリーなのなら僕が立候補しようかな」
ようやくアンラの勢いが落ち着いたところで、今度はルーイが口を開く。
「立候補?」
「うん、今まではハーフエルフの彼がいるからと少し遠慮していたんだけど……。ねぇイオリ、僕を伴侶にしない? 僕はここ数年ずっとフリーだったから結構身綺麗だし、イオリが僕との子を産んでくれたら嬉しいな」
そう言ってルーイはニコリと笑って俺を見る。
……てか、いま何を言ったんだこの人は?
ルーイからの唐突な振りに沈黙が訪れた馬車の中は、ガタガタと車輪が地面を走る音だけが響く。
「あ、あの~。 “こ”って、子どもの子ですか?」
耳から入ってきた情報を脳内で処理しかねている俺に変わってアンラが恐る恐る尋ねれば、ルーイは爽やかに答えてくれる。
「そう。イオリ、僕の子ども産まないかい?」
その回答に俺の思考は完全に停止した。
しかし次の瞬間、アンラが上げた「きゃぁ」と言う黄色い声に我に返る。
「はぁぁぁぁぁ!? こっこっこっこっ子って! いきなり何を言いだすんですか、ルーイさんまで俺を揶揄わないで下さい!」
「揶揄っていないよ、僕は最初からイオリが好きだからね。ずっとアピールはしていたつもりだよ?」
「なっ、なっ」
思わず敬語になって叫んだ俺に、ひたりと視線を合わせてくるルーイの今までとは違う直接的なアプローチに、鏡を見なくても顔が赤くなっただろう事が分かった。
「イオリ、すぐに返事は出さなくて良いから、少し考えてみてくれないかい?」
「……わ、分かりました」
絞り出すようにそれだけ言って、俺はルーイのまっすぐな視線から目を逸らす。
直ぐにアンラが何やらルーイに言い募っていたが、俺は先ほどのルーイの言葉が頭を回っていてそれどころでは無い。
子どもを産むって、俺が?
確かにそれが可能な世界だけど、自分がそんな事を言われるなんて想像したことも無かったし、付き合うでも結婚でもなくイキナリ子どもって、一足飛びが過ぎるって!
ってか、これがメイリンが前に言っていた古代種や獣人の間である、出来たら婚というやつなのか!?
「イオリさん、イオリさん、自分の気持ちに正直に、ですよ!」
「……あっ、あぁ」
アンラの気づかいのにじむ声に、俺は上の空で頷いた。
しかしだな、今までルーイの言葉を冗談半分に受け取っていた俺も悪いのかもしれないが、こう言う話は時と場所を選んで欲しい! 何せこちとら恋愛経験なんぞ一ミリも持ち合わせていないんだぞ!
……いや、ホントに。
自身の恋愛偏差値の低さに俺が落ち込みかけていると、正面に座るカナトが「お互い大変ですね」という声が聞こえそうな顔でこちらを見ていた。
結局、マーナムに着くまでの間、馬車の中には何ともいえない静けさと空気が満ちていて、馬車を降りる際に「素敵な彼氏ね」と同乗していたご婦人にウィンクされたが、否定する元気もない俺は、きっと引き攣っていただろう愛想笑いで誤魔化した。
そうして、馬車を降りた足でギルドで依頼完了報告をし解散したあと、俺は精神的な疲労から這々の体で家に帰り着き、風呂に入り、作り置きにしていたご飯を食べて、ルーイの事はまた明日考えようと早々にベッドに潜り込んだ。
――そしてある夢を見た。
柔らかな日差しの中で、絵本に出てきそうな切り株に腰かけた夢の中の俺は、俺の知らない言葉で歌う。
腕の中には、くるんとした金の髪が可愛らしい小さな赤ん坊がスヤスヤと寝息をたてていて――。
『**』
呼ばれて振り返ると、木漏れ日を背にした人影がゆっくりとこちらに近づいて来て、彼がこの子の父親なのだと夢の中の俺は知っていた。
彼はそのまま俺の横に座ると、何事かを俺に耳打ちする。
『********』
その言葉に夢の中の俺は、胸が温かくなる様なたまらない気持ちになって、そっと腕の中の我が子を抱きしめる。
それはとても幸せな、まるで映画のワンシーンの様な世界だった――。
翌朝、俺は目覚めと共にベッドの上でのたうち回った。
散々のたうち回った後、ヨロヨロと起き上がり夢の中の父親役の人物を改めて思い出すが、何度思い出してみても、どう記憶を否定してみても、やはりアレは――
「……エドだった」
少し前まで赤や黄色に色づいていた街路樹は、今はもうその賑やかな葉を散らして見るからに寒々しい様相であった。
「はあぁぁぁ、絶対エドに変だと思われたよなぁ」
俺は先日の失態から、ここ数日の間に口癖になった台詞を白い息と共に吐き出す。
「アンラやルーイと話した事を、意識し過ぎちゃったんだよなぁ。おかげで変な夢見るし、ちょっと手にキスされた程度であんなに動揺するとか恥ずかしすぎだし、ホントどうかしてる」
増える独り言と反比例に走る速度は落ちて、俺はゆっくりと足を止めた。
冬の訪れを感じさせる冷たい空気に、かじかむ両手の指先を温めるように擦り合わせれば目に入るソレ。
右手中指の爪に刻まれた青い花の様な紋章は、先日エドが俺に貸してくれた水の精霊の加護だ。略式と言っていたので二、三日で消えるものと思っていたが、数日経った今も俺の指先を飾っている。
「今まで散々、そりゃもう口にだってされてたのに」
指先を見つめていると、俺の手を取りやたら様になった所作でキスをしたエドの伏せたまつ毛の長さまでを思い出してしまい、頬や耳は熱くなるし、心臓はやたら脈打ってしまう。
俺はそんな落ち着かない気持ちを、右の拳を握りながら抑え込む。
「はぁ……。どうにしろ今更だよな」
手に余る感情に落ちた溜息は思いのほか白く留まり、やがて静かに消えた。
***
シリトがカナトの子ども欲しさに、生体手術を受けた事が露見したあの日。
帰りの馬車の中は、なんとも言えない空気が満ちていた。
自分が原因でシリトが……と、責任を感じ神妙な顔をして膝を抱えるカナトの隣で、シリトは『カナトが気にする事じゃないっス』と言ったきり、痛み止めに飲まされた薬草の副作用で眠りこけていた。
そんな経験のない事態に、二人の向かいに座った俺がオロオロとしていると、にっちもさっちも行かない空気に飽きたらしいアンラが俺に話しかけてきた。
「イオリさん、イオリさん。さっきの話しの続きなんですけど」
「お、おう?」
「お二人がお付き合いしていないとしても、イオリさんはエドさんの事を好きじゃないんですか?」
「へ? あぁ~……まぁ、そりゃ好きだよ。良い奴だし、強いし、頼りになるし、頭良いし、うん。尊敬してる友達だよ」
アンラさんや、何も今その話題を蒸し返さなくてもぉ~と思わなくもなかったが、この微妙な空気の中、マーナムに着くまでずっと黙って居るよりはマシかと考え直した俺は、指を折りながらエドの尊敬しているところを上げた。しかし、アンラはどこか不服そうに隣に座る俺の顔を覗き込んで続ける。
「そーいう好きじゃなくて! イオリさんエドさんの恋人になりたいなーとかは無いんですか?」
「無いけど?」
「私はですね、エドさんの事を話してる時のイオリさんって、とーってもニコニコしてて可愛いから、お二人が親密な関係だって噂を聞いた時、すっごく納得したんです。だからかー! やっぱりかー! って」
「いや、俺の発言スルーしないでって、それに可愛いって言うのはアンラみたいな子のことを指す言葉だから」
確かにメイリンやエド、先輩ハンター方には後輩弄りの一環で可愛い扱いされるコトもあるが、自分より年下の本家本元可愛い女の子から出た「可愛い」発言に俺は思わず脱力する。
「エドさんの話をしてる時のイオリさん可愛いですもん! そんなイオリさんを見て、これは絶対にエドさんに恋してるだなって私は思いましたもん!」
「思いましたもんって……。俺とエドはただの友達だから」
「いえいえ! お友達は普通、痕が残るようなキスはしません! ぜーったいに脈ありですよイオリさん!」
アンラは拳を握って熱弁を振るう。が、この馬車には俺たち以外にも人間のご年配のご夫婦が同乗している事を忘れないで欲しい。
俺はどうどうと、ヒートアップしていくアンラを宥めながら声の音量を下げて話す。
「それはエドが俺を揶揄ってるだけ。それにホラ、エドは女の子専門で、沢山彼女作ってこの世の春を謳歌してるタイプだし、ハーフエルフだし、人間の俺とは恋愛観が合わないと言うか……」
話しながら俺は思い出す。
まだこの街に来たばかりの頃、暇を見つけては街を散策していたのだが何故だかタイミングが合うらしく、よくエドと彼女さんがデートしている姿を目撃した。
そして俺が見かける度にエドが連れてる女の子は変わっていたが、タイプは違えど揃いも揃って美人で可愛く、そして皆、胸が大きかった。
「うん、エドが俺を恋愛対象として見るとかないだろ」
「でもでも、エドさん彼女さんたちと別れたんですよね?」
俺が自分の胸にペタペタと手を当てているのを不思議そうにしながらも、アンラは攻め手を緩めてくれない。
「まぁ、ソレはそうなんだけど」
「ソレってつまり、そろそろ本気で伴侶を決めようって事じゃないですか。イオリさんは良いんですか? エドさん取られちゃっても」
「と、俺に言われましても」
エドが誰と結婚しようが、俺がとやかく言う立場では無い。
立場ではないのだが、確かにアンラの言う通り自慢の友達を取られる様で少し寂しいかなとは思う。
……いや、正直言えばかなり寂しい。
「イオリさん、今から大事なことを言うのでよく聞いてください」
ほんの少し俺がしんみりしていると、アンラは神妙な面持ちで俺の両肩に手を置いた。
「良いですか、誰かを好きになったら性別や種族なんてあって無い様なものなんです! だから、ご自分の気持ちに正直に、頭を固くしてはいけません! 現にうちのお兄ちゃんだって昔は女の子が大好きで――」
「こらこらアンラ、イオリをあまり困らせてはいけないよ」
アンラとは反対側の俺の隣でそれまで黙って聞き役に徹していたルーイが、再び熱を帯びてきたアンラの勢いに飲まれる俺を庇うように会話に割って入るが、スイッチの入ったアンラは止まらない。
「だって、乙女の感がココは押すべきと囁くんですー! イオリさん、エドさんに気持ちを伝えるなら一刻も早くですよ! どこの馬の骨かもわからん女に気を使って身を引くことなんか無いですからね!」
今度はルーイに制止をかけられる前にアンラは言いきって、スパァン! っと、活を入れる様に俺の両肩を力強く叩いた。
地味に痛い。
「ぜっ、善処します」
俺は年下の女の子に気圧されつつも、何とかそれだけを返した。
ちなみに一連の様子を眺めている同乗のご夫婦には「若い子たちは元気で良いわね~」と、微笑ましく成り行きを見守られていて、中々にお恥ずかしい状況だったりする。
俺は目が合ったご夫人に、騒がしくしている事を苦笑いで謝った。
「でも、イオリが本当にフリーなのなら僕が立候補しようかな」
ようやくアンラの勢いが落ち着いたところで、今度はルーイが口を開く。
「立候補?」
「うん、今まではハーフエルフの彼がいるからと少し遠慮していたんだけど……。ねぇイオリ、僕を伴侶にしない? 僕はここ数年ずっとフリーだったから結構身綺麗だし、イオリが僕との子を産んでくれたら嬉しいな」
そう言ってルーイはニコリと笑って俺を見る。
……てか、いま何を言ったんだこの人は?
ルーイからの唐突な振りに沈黙が訪れた馬車の中は、ガタガタと車輪が地面を走る音だけが響く。
「あ、あの~。 “こ”って、子どもの子ですか?」
耳から入ってきた情報を脳内で処理しかねている俺に変わってアンラが恐る恐る尋ねれば、ルーイは爽やかに答えてくれる。
「そう。イオリ、僕の子ども産まないかい?」
その回答に俺の思考は完全に停止した。
しかし次の瞬間、アンラが上げた「きゃぁ」と言う黄色い声に我に返る。
「はぁぁぁぁぁ!? こっこっこっこっ子って! いきなり何を言いだすんですか、ルーイさんまで俺を揶揄わないで下さい!」
「揶揄っていないよ、僕は最初からイオリが好きだからね。ずっとアピールはしていたつもりだよ?」
「なっ、なっ」
思わず敬語になって叫んだ俺に、ひたりと視線を合わせてくるルーイの今までとは違う直接的なアプローチに、鏡を見なくても顔が赤くなっただろう事が分かった。
「イオリ、すぐに返事は出さなくて良いから、少し考えてみてくれないかい?」
「……わ、分かりました」
絞り出すようにそれだけ言って、俺はルーイのまっすぐな視線から目を逸らす。
直ぐにアンラが何やらルーイに言い募っていたが、俺は先ほどのルーイの言葉が頭を回っていてそれどころでは無い。
子どもを産むって、俺が?
確かにそれが可能な世界だけど、自分がそんな事を言われるなんて想像したことも無かったし、付き合うでも結婚でもなくイキナリ子どもって、一足飛びが過ぎるって!
ってか、これがメイリンが前に言っていた古代種や獣人の間である、出来たら婚というやつなのか!?
「イオリさん、イオリさん、自分の気持ちに正直に、ですよ!」
「……あっ、あぁ」
アンラの気づかいのにじむ声に、俺は上の空で頷いた。
しかしだな、今までルーイの言葉を冗談半分に受け取っていた俺も悪いのかもしれないが、こう言う話は時と場所を選んで欲しい! 何せこちとら恋愛経験なんぞ一ミリも持ち合わせていないんだぞ!
……いや、ホントに。
自身の恋愛偏差値の低さに俺が落ち込みかけていると、正面に座るカナトが「お互い大変ですね」という声が聞こえそうな顔でこちらを見ていた。
結局、マーナムに着くまでの間、馬車の中には何ともいえない静けさと空気が満ちていて、馬車を降りる際に「素敵な彼氏ね」と同乗していたご婦人にウィンクされたが、否定する元気もない俺は、きっと引き攣っていただろう愛想笑いで誤魔化した。
そうして、馬車を降りた足でギルドで依頼完了報告をし解散したあと、俺は精神的な疲労から這々の体で家に帰り着き、風呂に入り、作り置きにしていたご飯を食べて、ルーイの事はまた明日考えようと早々にベッドに潜り込んだ。
――そしてある夢を見た。
柔らかな日差しの中で、絵本に出てきそうな切り株に腰かけた夢の中の俺は、俺の知らない言葉で歌う。
腕の中には、くるんとした金の髪が可愛らしい小さな赤ん坊がスヤスヤと寝息をたてていて――。
『**』
呼ばれて振り返ると、木漏れ日を背にした人影がゆっくりとこちらに近づいて来て、彼がこの子の父親なのだと夢の中の俺は知っていた。
彼はそのまま俺の横に座ると、何事かを俺に耳打ちする。
『********』
その言葉に夢の中の俺は、胸が温かくなる様なたまらない気持ちになって、そっと腕の中の我が子を抱きしめる。
それはとても幸せな、まるで映画のワンシーンの様な世界だった――。
翌朝、俺は目覚めと共にベッドの上でのたうち回った。
散々のたうち回った後、ヨロヨロと起き上がり夢の中の父親役の人物を改めて思い出すが、何度思い出してみても、どう記憶を否定してみても、やはりアレは――
「……エドだった」
11
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。
※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです!
※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる