仙年恋慕

鴨セイロ

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1章

32.兆し sideエドヴァルド

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「なーんで、返信が来ないんだよ!」

 朝一の人もまばらなギルドのカフェテラスに、携帯端末を握りしめた俺の悲痛な声が響いた。

「先輩ねぇ、馬鹿力なんだから端末握りつぶしちゃいますよ~?」

 そんな俺を、朝日で丸眼鏡の銀縁を光らせたマイロが窘める。

「だってお前、この前たまたまハルア地区でイオに会ったって言っただろ?」

「はぁ」

「っで、イオの家で一緒に飯食って酒飲んで良い感じで解散して、そのあと数日はソレなりに試験の事や、前と変わらない他愛無い雑談的なやり取りをしてたのに! 突然! まったく! 音沙汰が無くなるなんておかしいよな!?」

 俺は小さなテーブルを挟み、対面に座るマイロに前のめりで同意を求める。

「そんなん僕に分かるわけないでしょ。大体、たまたま言いますけどアレでしょ? 先輩がイオリ君恋しさに偶然でも会えないかなーって、わざわざハルア地区くんだりまで赴いたんと違いますか?」

 マイロは俺からスイッと距離をとり、湯気の立つコーヒーを啜りながら俺をあしらう。

「ぐっ、仕方ないだろ。 俺の試験準備を邪魔しない様にって気を遣ってくれてるアイツに、こっちから気軽に声かけるのは気が引けたんだよ」

「……あぁ。そこら辺ご自分から仕掛けたのに、見事なまでの滑り具合でしたもんねぇ~」

「ぐぬ」

 俺より歳が上と言う事や、付き合いの長さからの気安さもありマイロは俺に対しては中々に手厳しい。
 そこまでしみじみと言わなくともと俺が言葉を詰まらせていれば、マイロは構わず続ける。

「エド先輩ってホント呆れるほど恋愛下手というか、駆け引き下手というか、今まで容姿や肩書きだけで何とかなっちゃってたツケが回ってきたと言うか、昇級試験の準備なんかとっくに完了してるくせに、イオリ君に対しては特に関係変化の過程にこだわって、下手な嘘をつくからややこしくなったんですよ?」

「う゛っ。お、俺はただ……」

 俺はただ、イオに恋愛対象として意識されたかっただけで、変にこだわったつもりはないつもりだ。しかし、結果的に以前よりギクシャクしてしまったのは認めるしかない。

「はぁ、自分でもそんな事わかってるさ……」

「ホゥ、素直でよろしい」

 ぐったりとテーブルに突っ伏す俺の頭の上に、マイロは追い打ちをかけるようにコンっと空になったコーヒーカップを乗せた。

 こいつ、完全に面白がってやがる……


 ***


 先日の邂逅から、俺はてっきり今後イオとの関係は良い方向に進むとばかり思っていた。しかし――

 ある日を境に、携帯端末で取り合っていたメッセージが段々と返って来なくなり。ついには既読スルーされるようになってしまった。
 試験を理由に距離を置いてみた時でさえギルドに行けば顔を見る事はあったのに、最近ではギルドですれ違うこともなく、流石におかしいと思わざるおえなかった。

 これは、もしかしなくても意図して避けられているのではないかと俺でなくとも勘ぐるだろう。
 そこで思い立ったら吉日と、マイロの付き合いで参加した数日間の王都での依頼から戻ったその足で、朝一からギルドに張ることにしたのだ。

「と、言いますか。何故に僕まで付き合わなければならないのかと」

「だってお前、俺とイオのこと応援するって言ったろ? それにサティ―リアに俺の情報を売った事、不問にしてやったろ?」

「そりゃ~友人たちの幸せのため応援はしますよ。ですが、遠征帰りの早朝とは言ってないです! まぁ個人情報の件は申し訳なかったですが、アレにはソレなりに真面目な理由があったんですよ。それにね、僕は先輩が応援に来る一週間前からアジトを張り込んでたんです!」

 運ばれてきた二杯目のコーヒーを、太陽がまぶしいとぼやきながら口に含むマイロの目の下は、確かに隈がうっすら見える。

「んー、それくらいなら余裕だが……マイロって持久力ないのか?」

「僕は先輩ほど無尽蔵な体力はないんです!」

 そんなやり取りをしているうちに、ギルドは少しづつ賑やかになってきた。

 とは言っても、早朝からギルドに顔を出す者は下級ハンターや新米ハンターが多いため、俺たちの知り合いはまず見かけない。
 これは、下級に多い採取依頼に日帰りで達成出来るモノが多いためである。
 下級、新米ハンターは危険な獣やモンスターと遭遇しやすい日没後行動を避け早朝に出発し、夕暮れ前には街に戻ってくるのが定番だ。

「昔は上級も下級も関係なく、朝一で掲示板に張り出される割の良い依頼を取りに来たよなぁ」

「ですね。最近は携帯端末から依頼を抑えられるので、こんな朝っぱらからギルドに顔を出すことなんて殆ど無くなりましたね」

 早い者勝ちで依頼を取り合った日々を思い出し「便利な時代になったなぁ」などと感慨深く話しながら人の流れを眺めていると、眠たそうな顔をしたイオがふらりと現れた。

「ビンゴ!」

「行ってらっしゃい」

 テーブルにマイロを置いて、俺は受付に向かう栗毛の後ろ姿をゆったりと追った。

 依頼受注の手続きをするイオの後ろにそっと立つと、受付嬢と目が合う。しかし、俺が人差し指を口に当てるジェスチャーをすれば彼女は涼しい顔で職務に戻る。さすがはプロと言うべきか。

 イオは少し肌寒い季節になったためか、いつもは肘までたくし上げている赤いジャケットの袖を伸ばしているのだが、もともとオーバーサイズのそれはイオが普通に着ると手の甲まで隠れてしまい、そのちょこっと出た指先で受付の端末操作をしている姿に思わずにやけそうになる。本人に言ったら『成人の男にそれは無い』と嫌な顔をされそうだが、正直かわいい。

「ーーはい、これにて登録は完了です。お怪我の無いよう頑張ってください!」

 受付嬢の決め台詞が終わったところで、俺は後ろからイオに声をかけた。

「今受けたのって下級の依頼か?」

「ひわっ! なっなっなっ、エド!? 何でこんな時間にいるんだ?」

 受付嬢が操る端末の表示から依頼の等級に目星をつけて尋ねると、イオはビクッと肩を跳ね上げギギギと油の切れた仕掛け人形のような不自然さで振り返った。
 俺はその反応を見て、やはり避けられていたのだなと確信する。それにしたって、ここまであからさまに動揺されるとそれなりに傷つくのだが……。

「何でって、さっき出先からマーナムに戻って受付に報告して、そのままカフェでマイロと話し込んでたんだよ」

 返信をちっとも寄越さない、どっかの誰かさんが来ないかなーと一縷の望みに期待して張っていた事はもちろん伏せた。

「あっ、遠征行ってたんだ。エドは昇級に必要な実績は大丈夫そうなのか?」

「あぁ、ぼちぼちだよ」

 俺を気遣いながらも、どことなく目を泳がせるイオと話しながら人を避けカフェ側に寄ると、イオはテラスからこちらを見ていたマイロに気づき軽く手を振る。マイロめ嬉しそうにしよってからに。

 俺はイオの不自然な反応には気づかないフリで、ごく自然な調子で探りを入れる。

「今日はこの前言ってた人間トリオちゃんと出るのか?」

 イオの家に呼ばれた際に、人間のハンター仲間が薬の材料を集めている話や、遠征の時の餓狼族がマーナムに拠点を移した等の本人から聞いた話を振る。内容的にはメイリンからの情報と大差はなかったのだが、イオから直接聞いた事によってこうして気軽に話題に出せる訳だ。

「そっ、人間だけでマーナムの東の森林地帯で一日中薬草採取」

 まぁ下級の採取依頼なら人間だけで十分だろう。
 これで餓狼族の野郎も付いて行くなどという話なら、俺も誰にも有無を言わせず付いて行くところだった。

「へぇ、しかし薬草採取を一日中はきついなぁ」

「本当それ、腰にくるんだよな」

 俺が言わんとしたことを察したイオは、腰をトントンと叩いてみせた。
 イオがまだ駆け出しの頃、イオのハンターランクを上げるべくメイリンと共に薬草採取に一日中付き合った日々が思い出され俺も思わず苦笑する。

「帰りは遅いのか?」

「あぁ、シリトとアンラが幻想光虫ルシアクトを見たいらしくて、採取の帰りに皆で森の池に行ってその後、途中の停留所にある流行りの定食屋に寄るから、戻るのは夜半になると思う」

 それとなく夜の予定も探るが、今夜は予定ありと知り俺は小さく肩を落とす。
 だが話をしているうちに落ち着きを取り戻したらしいイオは、ようやっと俺の顔をまともに見たので今日の所はそれで良しとしよう。

「そっか、気をつけろよ」

「分かってるって、どんな時でもイレギュラーがある。って話だろ?」

 俺がイオに出会った頃に、口を酸っぱくして言い聞かせた小言を復唱して見せたので、ヨシヨシと頭を撫でるとイオは「髪グシャグシャになる!」と照れ臭そうに口を尖らせた。
 その反応に、今は何故か避けられてはいるが嫌われた訳ではないと感じ取り、俺は内心めちゃくちゃ胸をなでおろした。

 しかしイオと幻想光虫かー、羨ましいぞ人間トリオちゃんよ。

 幻想光虫は晩秋の森林地帯の水辺でしか見られない珍しい虫なのだが、夕暮れ時に水辺を飛び交う姿が幻想的で、カップルで見ると末長く幸せになる等の伝承がある。
 今まで付き合っていた彼女たちにも見に行かないかとよく誘われたが、気が乗らなくて結局一度も見に行かなかったんだよな……。

 まぁ、今はそれより……水辺か。

「ふむ……イオ、お手」

「?」

 俺が手のひらを差し出すと、イオは不思議そうな顔をしながらも素直に自分の利き手をポンと置いた。俺はその手を取って自分の口元に寄せる。

『水の精霊よ、この者の旅路に我が授かりし汝等の加護を分け与えたまえ』

 守護の呪文を唱え、俺はイオの指先に契約印キスを落とした。

「略式だから数日しか持たないが俺の加護を貸してやる。秋の終わりの水辺は死者の魂や、冬眠前の魔物も集まりやすいから気休め程度には――」

 しっかりと守護の紋が浮いた指先を確認し視線を上げると、イオが目を見開いて俺の顔を凝視していた。

「ん、イオ?」

「へっ!? あっいややや、俺は!」

 名を呼ぶとイオはハッとして、俺に取られたままだった手を勢い良く引っこ抜き自分の背に隠す。

「えっとだな、エドが、こう言う事をだな」

 イオはしどろもどろになりながら段々と顔を下げるが、完全に下を向いた拍子に栗色の髪がふわりと揺れその赤く染まった耳が覗いた。

「イオ、耳赤い」

「なっなんでもない! から!」

 イオは俺の言葉に更に耳を赤くして、声を裏返した。

 今までキスくらい何度だってして来たし『こういう事は彼女にしろよな』と、うんざり顔で言われることはあっても、こんな態度を取られたことは今までになかった。
 俺は見た事もないイオの反応に驚き、少々惚けてしまったが、同時に頭ではイオのこの態度の理由こたえを予測した。

 いや、こんな分かりやす過ぎる反応の意味するところなど、古今東西どこの文化圏でだって同じだろう。

「お前、もしかして――」

「きゃー! エドくんみーつけ!」

 瞬間、俺とイオの間に流れたそこはかとなく甘いような空気はギルド内に響き渡る甲高い声に切り裂かれ、ドーンという衝撃と共に俺の腕に馴染みのある柔らかいモノが押し付けられた。

「エド君がこんな時間にいるなんて珍しいのね!」

 俺が、俺がどれ程この瞬間を待っていたかなど知る由もないのだから仕方ない……そう頭では理解しつつも、流石にこのタイミングで出てくる奴があるか!?
 しかし、イオの前では良い奴で居たい俺は自制心を総動員して、腕に絡みつく兎獣人の女性――サティーリアに笑いかける。

「おはようサティ、今、俺、イオと話してるから用があるなら後にしてくれるか?」

 若干、頬が引きつったかもしれないが、俺はなんとか繕い本命の男に向き直――

「!」

 俺はソレを見た。

 出会ったあの日からいつも変わらず美しいペリドットの瞳が、俺の腕にまとわりつく者へ向けた視線。
 一瞬のことだったが、俺には確かに見て取れた。そう、あの棘を含む視線は――


 イオが俺に絡んできた女に、嫉妬している?


 頭の中でそう結論が出た瞬間、背筋をゾクゾクとしたモノが這い上がる。

「あっ、俺は、その」

「「イオリさーん!」」

 イオは俺の視線に気が付くと、我に返ったようにたじろぎ何事かを口にしようとしたが、ギルドの入り口から手を振っているオレンジ色の髪をした二人の人間に名を呼ばれ、出かかった言葉を飲み込むようにして口を閉じてしまった。

 先程から今日はちょいと間が悪い。

「あっ、はーい! いま行くー! じゃあ……俺、行くわ。せっかく話かけてくれたのにごめんな」

 振り返りオレンジ髪の二人に返事をしてから、俺に向き直ったイオはほんの少し眉を下げて物言いたげな気な顔をしていたが、結局何を言うこともなく、俺に張り付いたままのサティーリアにも律儀に会釈をし立ち去った。
 途中テラスから歩いて来たマイロに肩を叩かれつつ、いつの間にか黒髪が一人増えた人間たちの輪に加わる。

 俺はそんなイオの後ろを姿を見送りながら、思わず上がりそうになった口角を手で押さえた。

「エド君、どーうしたの?」

 サティーリアが上目遣いで尋ねてくるともう駄目だった。

「ふっコホン、いや何でもない」

 こみ上げてくる感情を咳払いで誤魔化しながら、俺はサティーリアに笑いかける。

 この数日の間にイオに何があったかは分からないが、どうやら俺は避けられていたのではなく、めちゃくちゃ意識されていた様で……

 つまり。元々、好かれてはいたが、いつまでたってもオトモダチ止まりだったイオの中の俺への好意がやっと、恋愛感情に発展してくれたとみて、これは間違いない!!

「先輩ってば何て気持ちの悪い顔をしているんですか」

「ふははっ! マイロ、猛禽は目が良いんだから見えてたろ?」

 こちらに歩いて来たマイロにジト目で言われるが、結局耐えられなかった俺は笑ってしまう。
 だってあの反応、分かりやす過ぎる! 何て可愛い奴なのだろうか!

「うーん、どうでしょう。赤くなってたのは可愛かったですが、すれ違った時は何だか声を掛けずにはいられない雰囲気でしたよ」

「まぁあいつの事だ、色々と戸惑ってるとか考え過ぎてるとかだろ?」

 マイロにおざなりに返していると、待ち合わせていた仲間が来たらしいサティ―リアが「じゃあまたねエドくん」と言って去って行った。珍しくデートだ何だと言わずあっさり去った彼女に俺は上機嫌で手を振る。

「そうですかねぇ、僕は追いかけてちゃんとフォロー入れた方が良いと思いますよ?」

 サティ―リアの後姿を目で追いながら、いつになく渋い顔で話すマイロに、俺は分かった分かったと適当に相槌を打つ。

「大丈夫だって、後はもう時間の問題だって」

「そうですかねぇ」

「お前なぁ、こういう時は素直に祝うモノだぞ!」

「えー、その浮かれ顔腹立つんですが」

「何でだよ!」

 この時の俺は本当に大馬鹿者で、確証のない未来に浮かれ、視野が狭くなっていた。だから、マイロの呆れ顔にもこれで良いのだと笑い飛ばすことができた。

 こうして愚かな俺は、マイロの言う通りにイオを追いかけなかった事を、この後に何年も後悔することになるのだ。
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