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魔界編(本編)
172.アリス・フォートランド⑦
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私は間違ってなどいない。
常に正しく、最善の選択をしてきたはずだ。だから失敗などありえない。私の考えは全て正解で、正義である。なのに――
「お前にはついていけないよ」
「一人でやればいいさ」
「トーラス、あなたは間違っているわ!」
暗闇で立ちつくす一人のトーラスに、たくさんの方向から声が飛び交う。聞えてくるのは全て否定や非難の声である。男は黙って聞いている。次第に限界に向かえ、歯軋りの音が大きくなる。
「黙れ!!」
全ての声を掻き消すほどの怒声が、暗闇の中を響き渡る。
静かになった暗闇で、トーラスは一人考えにふける。
何が間違っているのいうんだ。私は常に正解を導き出してきた。なぜお前たちにはそれがわからない。
トーラスは悩み続けた。
そしてある時気付いてしまった。
「……そうか。私が特別なのか」
暗闇の中で、トーラスの心の暗闇だけが晴れていく。
「そうだ……そうだとも! 私は常に正解を導き出せる。それが特別でなければなんだというんだ。ようやくわかったぞ。奴らのような凡人には、私の高貴な考えがわかるはずもない!」
理解されなかったトーラスは、そうして悟ってしまったのである。自分が、特別な存在だということを――
遺跡最深部にあった門を、俺達は潜った。最初に右腕を紫色の膜へ入れた瞬間、鳥肌が立つような冷たさを感じた。一瞬躊躇しそうになった俺だが、意を決して飛び込んだ。アリスとムウも後ろから続く。
門は異界へと繋がっていた。潜った先には、遺跡とは異なる景色が広がっている。灰色の大地に飛び交う砂と、夥しい数の墓がたっている。空は淀んだ薄紫色をしていて、光源はないが見通せるほど明るい。
アリスが周囲を見渡し、眉を潜めて呟く。
「墓地……でしょうか」
応答を期待しての呟きではなかったが、無反応が気になって、アリスはふと俺の顔を見た。
「レイ様?」
この時の俺は、とても恐い顔をしていた。何かを警戒して、ずっと先に視線を向けたまま身構えていた。そんな俺の視線を辿るように、アリスも前へ目お向ける。
そうして視界に入った存在に、彼女は戦慄した。
そこには、人ではない何かが立っていた。
「……」
アリスは恐ろしさに絶句する。
ボロボロのローブで腐敗した肌を隠し、白い髪が腰まで伸びている。生気は感じられず、見た目では性別すら分からない。辛うじて人の形はしているが、漂う雰囲気がそうではないと告げている。一見して蘇ったゾンビに似ているが、身にまとう魔力が異常なほど巨大で重く感じられる。
異様で異常な何かが、墓地の真ん中で立っていた。
「……これはこれは、随分久しぶりの来客だね」
俺達に気付いたその人物は、閉じていた目を開き、続けて口も開いた。発せられた声から男であることがわかる。この時点で俺は、彼が誰なのか理解した。俺だけではなく、アリスとムウも半信半疑な予想を浮かべていた。
俺はアリス達の疑問を解消するように、彼にこう問いかけた。
「お前が……トーラス・グレイ・フォートランドだな」
「いかにも」
男は即答した。
半信半疑が確信に変わったことで、アリスは明確な敵意の視線をトーラスに向ける。トーラスはそれに気付いたが、あえて触れることなく俺に質問する。
「そういう君は誰かな?」
「俺はレイブ・アスタルテ、魔術師だ」
「レイブ……聞いたことの無い名だ。ずっと外に出ていないし当然か……」
俺は会話をしながら千里眼を使い、トーラスの状態を観察した。
「そうか……トーラスあんた、リッチになったのか」
リッチとは、元々人間だった存在が、自らの意志でアンデットとなった姿である。トーラスは自身で生み出した魔法を使い、人であること捨てたのだ。俺の千里眼で見た限りでは、間違いなくリッチに分類される。
しかし彼は、俺の言葉に対して首を横に振った。
「違うよ。私を低俗なアンデットと一緒にしないでもらおう。私は生と死の概念を超越し、すべての魂をし刑する事ができる……もっと上位の存在。そう、私こそ不死王と呼ばれるに相応しい存在だ」
「お前ごときが不死王を名乗るなんて――」
「どうして仲間を犠牲にしたのですか」
俺とトーラスの会話に割って入ってきたのは、これまで無言でいたアリスだった。彼女は恐怖を感じながらも、力強い目と声でトーラスに問いかけた。
トーラスはアリスの容姿を眺めて理解する。
「君はもしかして、私と同じ一族の末裔か……。やはり生き残りがいたか」
「答えてください。どうしてあたなは……」
「魔法を完成させるために、生贄が必要だったからだよ。そんな事、わざわざ聞かなくてもわかると思うが」
トーラスはなんの悪びれもなく答えた。さも常識のように語った姿に、アリスは怒りを通り過ぎて呆れてしまう。そして同時に、もはやリッチになる以前から、人としての軸がずれていたのだと感じた。
呆れて言葉も出ないアリスに代わり、俺が怒りを乗せた言葉を言い放つ。
「わからないよ。いいや、わかりたくもない。トーラス、あんたは間違いだらけだ」
「わざわざ説教をしにきたのかな? 一応言っておくが、私はここから出るつもりはない。もう、外の世界には飽きてしまっているからね……。そんな私の下へ、君達は一体何をしにきたのかな?」
トーラスの問いに、俺達はすぐ返すことができなかった。
元々目的があってここへ来たわけではない。単なる寄り道に過ぎなかったはずが、気付けばこんな場所までたどり着いてしまった。悪巧みをしているのであれば止める理由にはなる。しかし彼は、この空間から出るつもりはないと言っている。その言葉に嘘が無いことは、俺の眼が証明してしまっていた。
ならばこのまま帰るか? その選択肢はありえない。たとえさっきの言葉が真実だとしても、多くの罪を重ねた彼を、このまま野放しにはできない。
そう考えた俺は、一つの理由に思い当たった。
「エバン・フォートランド……」
トーラスが僅かに反応を見せる。
「彼女が作った魔道書……お前が持っているんだろう?」
エバンの日記を読んだ後、魔道書の在り処が気になった。一番可能性が高い所有者が、トーラスだということも予想していた。
トーラスはニヤリと笑う。俺はその顔を見て、彼が所持していると確信した。
「それは、お前が持っていていい物じゃない。返してもらおうか」
「返さないといったら?」
「力ずくで取り返す」
俺は鋭い目つきでトーラスを睨みつけた。トーラスは不敵な笑みを浮かべたまま、俺と視線を合わせている。周囲の空気が、一気に冷えていくような感覚が感じられた。
常に正しく、最善の選択をしてきたはずだ。だから失敗などありえない。私の考えは全て正解で、正義である。なのに――
「お前にはついていけないよ」
「一人でやればいいさ」
「トーラス、あなたは間違っているわ!」
暗闇で立ちつくす一人のトーラスに、たくさんの方向から声が飛び交う。聞えてくるのは全て否定や非難の声である。男は黙って聞いている。次第に限界に向かえ、歯軋りの音が大きくなる。
「黙れ!!」
全ての声を掻き消すほどの怒声が、暗闇の中を響き渡る。
静かになった暗闇で、トーラスは一人考えにふける。
何が間違っているのいうんだ。私は常に正解を導き出してきた。なぜお前たちにはそれがわからない。
トーラスは悩み続けた。
そしてある時気付いてしまった。
「……そうか。私が特別なのか」
暗闇の中で、トーラスの心の暗闇だけが晴れていく。
「そうだ……そうだとも! 私は常に正解を導き出せる。それが特別でなければなんだというんだ。ようやくわかったぞ。奴らのような凡人には、私の高貴な考えがわかるはずもない!」
理解されなかったトーラスは、そうして悟ってしまったのである。自分が、特別な存在だということを――
遺跡最深部にあった門を、俺達は潜った。最初に右腕を紫色の膜へ入れた瞬間、鳥肌が立つような冷たさを感じた。一瞬躊躇しそうになった俺だが、意を決して飛び込んだ。アリスとムウも後ろから続く。
門は異界へと繋がっていた。潜った先には、遺跡とは異なる景色が広がっている。灰色の大地に飛び交う砂と、夥しい数の墓がたっている。空は淀んだ薄紫色をしていて、光源はないが見通せるほど明るい。
アリスが周囲を見渡し、眉を潜めて呟く。
「墓地……でしょうか」
応答を期待しての呟きではなかったが、無反応が気になって、アリスはふと俺の顔を見た。
「レイ様?」
この時の俺は、とても恐い顔をしていた。何かを警戒して、ずっと先に視線を向けたまま身構えていた。そんな俺の視線を辿るように、アリスも前へ目お向ける。
そうして視界に入った存在に、彼女は戦慄した。
そこには、人ではない何かが立っていた。
「……」
アリスは恐ろしさに絶句する。
ボロボロのローブで腐敗した肌を隠し、白い髪が腰まで伸びている。生気は感じられず、見た目では性別すら分からない。辛うじて人の形はしているが、漂う雰囲気がそうではないと告げている。一見して蘇ったゾンビに似ているが、身にまとう魔力が異常なほど巨大で重く感じられる。
異様で異常な何かが、墓地の真ん中で立っていた。
「……これはこれは、随分久しぶりの来客だね」
俺達に気付いたその人物は、閉じていた目を開き、続けて口も開いた。発せられた声から男であることがわかる。この時点で俺は、彼が誰なのか理解した。俺だけではなく、アリスとムウも半信半疑な予想を浮かべていた。
俺はアリス達の疑問を解消するように、彼にこう問いかけた。
「お前が……トーラス・グレイ・フォートランドだな」
「いかにも」
男は即答した。
半信半疑が確信に変わったことで、アリスは明確な敵意の視線をトーラスに向ける。トーラスはそれに気付いたが、あえて触れることなく俺に質問する。
「そういう君は誰かな?」
「俺はレイブ・アスタルテ、魔術師だ」
「レイブ……聞いたことの無い名だ。ずっと外に出ていないし当然か……」
俺は会話をしながら千里眼を使い、トーラスの状態を観察した。
「そうか……トーラスあんた、リッチになったのか」
リッチとは、元々人間だった存在が、自らの意志でアンデットとなった姿である。トーラスは自身で生み出した魔法を使い、人であること捨てたのだ。俺の千里眼で見た限りでは、間違いなくリッチに分類される。
しかし彼は、俺の言葉に対して首を横に振った。
「違うよ。私を低俗なアンデットと一緒にしないでもらおう。私は生と死の概念を超越し、すべての魂をし刑する事ができる……もっと上位の存在。そう、私こそ不死王と呼ばれるに相応しい存在だ」
「お前ごときが不死王を名乗るなんて――」
「どうして仲間を犠牲にしたのですか」
俺とトーラスの会話に割って入ってきたのは、これまで無言でいたアリスだった。彼女は恐怖を感じながらも、力強い目と声でトーラスに問いかけた。
トーラスはアリスの容姿を眺めて理解する。
「君はもしかして、私と同じ一族の末裔か……。やはり生き残りがいたか」
「答えてください。どうしてあたなは……」
「魔法を完成させるために、生贄が必要だったからだよ。そんな事、わざわざ聞かなくてもわかると思うが」
トーラスはなんの悪びれもなく答えた。さも常識のように語った姿に、アリスは怒りを通り過ぎて呆れてしまう。そして同時に、もはやリッチになる以前から、人としての軸がずれていたのだと感じた。
呆れて言葉も出ないアリスに代わり、俺が怒りを乗せた言葉を言い放つ。
「わからないよ。いいや、わかりたくもない。トーラス、あんたは間違いだらけだ」
「わざわざ説教をしにきたのかな? 一応言っておくが、私はここから出るつもりはない。もう、外の世界には飽きてしまっているからね……。そんな私の下へ、君達は一体何をしにきたのかな?」
トーラスの問いに、俺達はすぐ返すことができなかった。
元々目的があってここへ来たわけではない。単なる寄り道に過ぎなかったはずが、気付けばこんな場所までたどり着いてしまった。悪巧みをしているのであれば止める理由にはなる。しかし彼は、この空間から出るつもりはないと言っている。その言葉に嘘が無いことは、俺の眼が証明してしまっていた。
ならばこのまま帰るか? その選択肢はありえない。たとえさっきの言葉が真実だとしても、多くの罪を重ねた彼を、このまま野放しにはできない。
そう考えた俺は、一つの理由に思い当たった。
「エバン・フォートランド……」
トーラスが僅かに反応を見せる。
「彼女が作った魔道書……お前が持っているんだろう?」
エバンの日記を読んだ後、魔道書の在り処が気になった。一番可能性が高い所有者が、トーラスだということも予想していた。
トーラスはニヤリと笑う。俺はその顔を見て、彼が所持していると確信した。
「それは、お前が持っていていい物じゃない。返してもらおうか」
「返さないといったら?」
「力ずくで取り返す」
俺は鋭い目つきでトーラスを睨みつけた。トーラスは不敵な笑みを浮かべたまま、俺と視線を合わせている。周囲の空気が、一気に冷えていくような感覚が感じられた。
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