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魔界編(本編)
173.アリス・フォートランド⑧
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トーラスが右腕をゆっくりと持ち上げ、掌を下に向けたまま魔力を高める。禍々しいオーラが身を包み、呪いのような言葉を口にする。
「蘇れ――私の従僕たち」
地面が盛り上がり、人の手が突き抜ける。死体が自らの力で土を掘り起こし、地上へと帰還していく。腐った肉体は魔力で繋ぎとめられ、言葉を発する力は無く、命令者の言う通りに動く人形となった。
「お前も……その魔法を使うのか」
トーラスが使用した魔法は、死霊魔法ネクロマンスである。死者の魂を使役する魔法。発動条件がいくつも存在する。
俺は道中でみつけた棺を思い出した。あそこには、入っているべき死体が一つもなかった。目の前で蘇ったゾンビ達には、研究者に似た服装の者がいる。つまり、彼らこそトーラスと戦い敗れた彼の同胞達だった。トーラスは同胞を裏切り殺しただけでなく、死後の魂すら使役していたのだ。
俺の中で怒りが膨れ上がっていく。アリスとムウも同じように、胸の中で煮えたぎるような感情が湧いていた。
「ムウ、アリスを守ってくれ」
「いいえ、私も戦います。戦わせてください」
「……わかった。無茶するなよ」
「はい」
「我輩が援護するでありますよ!」
「お願いいたします」
ムウは白銀の鎧騎士へと姿を変えた。アリスも両手にナイフを構える。俺は聖剣を召喚して右手に握り、ゾンビ達の奥に立つトーラスを睨んだ。
「行くがいい」
ゾンビ達がノソノソと動き始める。
「行くぞ!」
「はい!」
「了解であります!」
掛け声の直後に走り出す。
俺は聖剣を振りぬき、一直線に駆け抜ける。動きが遅いゾンビなど意に返さず、真っ直ぐにトーラスへと向かう。
ムウは鎧騎士の姿で戦っていた。俺と同じ聖剣の贋作を振り回し、野生の獣のように立ち振る舞う。
アリスも俺達に負けてはいない。俺に鍛えられた戦い方、転移と空間把握を武器に戦い抜く。のろまなゾンビには、彼女の動きをとらえることはできない。
それぞれに一騎当千の戦いを見せる中、最初に俺がトーラスの足元へと接近する。徐々にゾンビを増やしているようだが、俺はその速さを上回っていた。
「とったぞ、トーラス!!」
俺は聖剣を水平に振りぬいた。手加減はしていない。タイミングも完璧だった。にもかかわらず――
消えた!?
トーラスはそこにはいなかった。刃で斬り裂いた感覚も無く、痛みに耐えるような声も聞えない。まるで最初から空を斬っていたような感覚だった。
どこだ――
俺は目と身体をまわして探した。意外とすぐに見つけることはできた。しかし見つけた彼はずっと先、百メートル以上も離れた場所に立っている。
あんなところに!? 空間転移……いや、魔法を使った感じはしなかったぞ。だったら最初から幻影だったのか。いいやそれも無い。今の俺が幻影と本体を間違えるはずがない。だとしたら――
「確かめてみるか」
俺は再びトーラスに向かっていく。途中アリスとムウの方を確認した。二人ともちゃんと戦えているようだった。これなら大丈夫だと感じて、俺はトーラスへ視線を戻す。
複数体のゾンビが地中からわき上がってくる。それを斬り倒しながら突き進み、トーラスへと切先を向けた。
斬れる!!
同じように聖剣を振りぬいた。今度こそ当たるという確信をもって攻撃する。しかしまたも攻撃は当たらなかった。
「――またか」
トーラスの姿が消えている。
二度目を経て俺は理解した。トーラスは移動しているわけではない。そもそも動いてすらいない。しかし次の瞬間立っている場所が変わっている。そう……彼は移動したのではなく、自らの位置を変えただけなのだ。
トーラスは別の場所に立っていた。俺は身体の向きを変えようとする。
「――!?」
足をつかまれたような感覚がした。足元を見ると、地中から腕が伸びて俺の足首を掴んでいた。その一瞬をついて、トーラスが眼前に急接近した。回避が間に合わないと判断した俺は、魔法で時間を止めることを選択する。
【時空間魔法:クロノスタシス】
時は止まり、自分だけが動ける時間が生まれる――……はずだった。
トーラスは大鎌を構えている。その手は止まることなく、俺の身体へと振り下ろされた。
「ぐっ……」
大鎌は俺の右肩に深い傷をおわせた。咄嗟に聖剣の力を解放して、衝撃波を生み出しトーラスと地中から伸びる手を弾き飛ばした。
「主殿!」
「レイ様!!」
「大丈夫だ! そっちに集中しろ!」
心配する二人に、俺は強く言い放った。
本当に大丈夫、これくらいの傷ならすぐに治せる。俺はクロノスヴェールを自らに使用した。時間をまき戻す魔法、どんな傷でも元通りにすることができる。
だが、今回は別だった。
「傷が……」
治らない。
魔法は発動している。しかし効果が発揮されない。通常の回復魔法を試してみたが、同様に効果が無かった。激しい痛みと流れる血が止まらない。俺は若干の焦りを感じた。そして同時に疑問に対する回答を見つけた。
「その表情……。どうやら気付いたようだね」
「……」
トーラスは魂を具現化する魔法書を所持している。彼はその力をすでに使っていたのだ。彼は自らの魂を、一つの世界として具現化させていた。
つまり、この空間こそ彼の魂そのものだったのだ。
「蘇れ――私の従僕たち」
地面が盛り上がり、人の手が突き抜ける。死体が自らの力で土を掘り起こし、地上へと帰還していく。腐った肉体は魔力で繋ぎとめられ、言葉を発する力は無く、命令者の言う通りに動く人形となった。
「お前も……その魔法を使うのか」
トーラスが使用した魔法は、死霊魔法ネクロマンスである。死者の魂を使役する魔法。発動条件がいくつも存在する。
俺は道中でみつけた棺を思い出した。あそこには、入っているべき死体が一つもなかった。目の前で蘇ったゾンビ達には、研究者に似た服装の者がいる。つまり、彼らこそトーラスと戦い敗れた彼の同胞達だった。トーラスは同胞を裏切り殺しただけでなく、死後の魂すら使役していたのだ。
俺の中で怒りが膨れ上がっていく。アリスとムウも同じように、胸の中で煮えたぎるような感情が湧いていた。
「ムウ、アリスを守ってくれ」
「いいえ、私も戦います。戦わせてください」
「……わかった。無茶するなよ」
「はい」
「我輩が援護するでありますよ!」
「お願いいたします」
ムウは白銀の鎧騎士へと姿を変えた。アリスも両手にナイフを構える。俺は聖剣を召喚して右手に握り、ゾンビ達の奥に立つトーラスを睨んだ。
「行くがいい」
ゾンビ達がノソノソと動き始める。
「行くぞ!」
「はい!」
「了解であります!」
掛け声の直後に走り出す。
俺は聖剣を振りぬき、一直線に駆け抜ける。動きが遅いゾンビなど意に返さず、真っ直ぐにトーラスへと向かう。
ムウは鎧騎士の姿で戦っていた。俺と同じ聖剣の贋作を振り回し、野生の獣のように立ち振る舞う。
アリスも俺達に負けてはいない。俺に鍛えられた戦い方、転移と空間把握を武器に戦い抜く。のろまなゾンビには、彼女の動きをとらえることはできない。
それぞれに一騎当千の戦いを見せる中、最初に俺がトーラスの足元へと接近する。徐々にゾンビを増やしているようだが、俺はその速さを上回っていた。
「とったぞ、トーラス!!」
俺は聖剣を水平に振りぬいた。手加減はしていない。タイミングも完璧だった。にもかかわらず――
消えた!?
トーラスはそこにはいなかった。刃で斬り裂いた感覚も無く、痛みに耐えるような声も聞えない。まるで最初から空を斬っていたような感覚だった。
どこだ――
俺は目と身体をまわして探した。意外とすぐに見つけることはできた。しかし見つけた彼はずっと先、百メートル以上も離れた場所に立っている。
あんなところに!? 空間転移……いや、魔法を使った感じはしなかったぞ。だったら最初から幻影だったのか。いいやそれも無い。今の俺が幻影と本体を間違えるはずがない。だとしたら――
「確かめてみるか」
俺は再びトーラスに向かっていく。途中アリスとムウの方を確認した。二人ともちゃんと戦えているようだった。これなら大丈夫だと感じて、俺はトーラスへ視線を戻す。
複数体のゾンビが地中からわき上がってくる。それを斬り倒しながら突き進み、トーラスへと切先を向けた。
斬れる!!
同じように聖剣を振りぬいた。今度こそ当たるという確信をもって攻撃する。しかしまたも攻撃は当たらなかった。
「――またか」
トーラスの姿が消えている。
二度目を経て俺は理解した。トーラスは移動しているわけではない。そもそも動いてすらいない。しかし次の瞬間立っている場所が変わっている。そう……彼は移動したのではなく、自らの位置を変えただけなのだ。
トーラスは別の場所に立っていた。俺は身体の向きを変えようとする。
「――!?」
足をつかまれたような感覚がした。足元を見ると、地中から腕が伸びて俺の足首を掴んでいた。その一瞬をついて、トーラスが眼前に急接近した。回避が間に合わないと判断した俺は、魔法で時間を止めることを選択する。
【時空間魔法:クロノスタシス】
時は止まり、自分だけが動ける時間が生まれる――……はずだった。
トーラスは大鎌を構えている。その手は止まることなく、俺の身体へと振り下ろされた。
「ぐっ……」
大鎌は俺の右肩に深い傷をおわせた。咄嗟に聖剣の力を解放して、衝撃波を生み出しトーラスと地中から伸びる手を弾き飛ばした。
「主殿!」
「レイ様!!」
「大丈夫だ! そっちに集中しろ!」
心配する二人に、俺は強く言い放った。
本当に大丈夫、これくらいの傷ならすぐに治せる。俺はクロノスヴェールを自らに使用した。時間をまき戻す魔法、どんな傷でも元通りにすることができる。
だが、今回は別だった。
「傷が……」
治らない。
魔法は発動している。しかし効果が発揮されない。通常の回復魔法を試してみたが、同様に効果が無かった。激しい痛みと流れる血が止まらない。俺は若干の焦りを感じた。そして同時に疑問に対する回答を見つけた。
「その表情……。どうやら気付いたようだね」
「……」
トーラスは魂を具現化する魔法書を所持している。彼はその力をすでに使っていたのだ。彼は自らの魂を、一つの世界として具現化させていた。
つまり、この空間こそ彼の魂そのものだったのだ。
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