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魔界編(本編)
171.アリス・フォートランド⑥
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石の棺が並ぶ部屋には、それ以上何も無かった。入り口側の廊下とは反対に、同じく一本道の廊下を発見する。棺に向かって一礼して、部屋を後にした。
廊下は真っ直ぐ伸びている。俺は歩きながら、日記に書かれていた内容を思い返し、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。
「彼女が使った魔道書は、今はどこにあるんだろうか」
「日記に書いてあった魔道書ですか?」
「ああ。自分の魂を具現化する魔道書、そんなものが実在するなら、放ってはおけないだろ」
「そうですね」
もしも危険な思想を持つ誰かに渡っていれば、最悪の事態を招いてしまうかもしれない。
「いや……もう手遅れかもな」
「どういうことですか?」
「……おそらく魔道書は、トーラスが所持している」
アリスは一瞬だけ驚いたように反応したが、すぐに落ち着いた表情に戻った。彼女も予感していたのだ。エバンの日記は、トーラスに魔道書の存在が露見したと記して終わっていた。そして、大量に並べられて石の棺……。日記はそのうちの一つから見つかっている。
「あの日記の最後を見る限りでは、私もそう考えるのが妥当だと思います。ですが心配する必要はないのでは?」
「どうしてそう思う」
「日記の出来事が起こったのは、今よりずっと昔のことです。たとえトーラスが奪っていたとしても、もう亡くなられているはずです」
「それはどうかな」
「えっ」
「アリスは覚えてるか? 前に黒魔法について説明したこと」
王都で貴族と戦った時に、俺は黒魔法について彼女達に語った。
アリスはその時のことを思い返す。
黒魔法メティスマキナは、魂のあり方を変質させる魔法である。この魔法によって変質した魂は、この世の理から外れてしまう。死という概念からも解き放たれるのだ。
俺の説明を思い出したアリスは、信じがたい可能性に気付く。
「まさか――」
俺はこくりと頷き、続けて口にする。
「もしもトーラスが生み出した魔法が、俺達の知る黒魔法と同じなら、彼もまた理から外れてしまっている。つまり、不死と不老……二つの力を手にしているかもしれないんだ」
アリスの頬を冷たい汗が流れ落ちる。ごくりと息をのみ、考えてしまった。もしかすると――
「この先に……」
「いるかもしれないな」
大罪人トーラスが、遺跡の奥に潜んでいるかもしれない。彼らの残した日記から、その可能性が高まった。俺は怯えるアリスを先導するように先へと進んだ。
廊下の突き当りまで到達する。壁には鉄で作られた扉が設けられていた。俺はトラップがないことを確認してから、扉に手をかけた。金属と石がすれる音をたてながら、重たい扉が開かれる。
石で囲まれた部屋に、大きな黒い枠が壁に取り付けられていた。高さは人間二人分くらいで、幅はその半分程度である。
「なんだこれ、門か?」
黒い枠組みは、大理石のような光沢を放つ特殊な石で造られていた。よく見ると、ルーン文字のようなものが刻まれている。何かしらの魔道具であることは間違いなさそうである。
「見たところ稼動していないようですが」
「魔力は感じられないでありますなぁ~」
ムウが後ろ足で立ち上がり、黒い部分に触れている。
どうしようかと考えている俺に、アリスがこう提案した。
「魔力を注いでみては?」
「そうだな」
俺は黒い枠に右手を触れ、魔力を注ぎこんでみた。
「……駄目だな。魔力は流れるけど、起動する気配が全くない。たぶんこれは……」
俺は黒い枠をぐるりと見回した。所々に傷やひびが入っている。それを確認して眉をひそめる。
「やっぱり、壊れてるみたいだな」
これだけ年月が経過していれば当然か。
アリスが俺に尋ねる。
「どうされますか?」
「う~ん……」
俺は黒い枠を眺めながら考えた。
遺跡の構造と進んできたルートからして、おそらくここが最深部だ。この黒い枠が、どこかへ通じる門なのは間違いない。問題はどこへ通じていて、何が待っているのかということだ。起動の方法なんて、わざわざ悩む必要もない。
「虎穴にいらずんば……かな」
俺は壊れた黒い枠に右手をかざした。
「【回帰魔法:クロノスベール】」
壊れてしまっているのなら、こうやって時間を戻してしまえば良いのだ。特殊な魔道具だろうとなんだろうと、経過した時間を戻せば治るのさ。
だから言っただろ、悩む必要なんて無いって。
「これで起動できるだろ」
時間が巻き戻ったことで、傷やひびは消えてなくなった。
「結構戻すのに時間かかったな」
「さすがですね」
アリスがそう言った。俺は微笑んで「まぁな」と答えた。
続けて右手で黒枠に触れ、もう一度魔力を流し込む。すると黒枠に刻まれた文字が青く光り、枠の中に紫色の幕が張られた。ぶぉーんという振動音によく似た音が鳴っている。
「起動したでありますなぁ」
「ああ、これで先に進める」
「……」
アリスは浮かない表情をしている。
この先に、自分の先祖から生まれた怪物がいるかもしれない。彼女のうちには恐れが生まれていた。
そのことに気付いた俺は、アリスの頭にぽんと手を置いた。
「レイ様?」
「大丈夫だ。何があっても俺がいる」
「……そうでしたね」
アリスは微笑んで答えた。
そうして俺達は、起動した門へ身を投じる。
廊下は真っ直ぐ伸びている。俺は歩きながら、日記に書かれていた内容を思い返し、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。
「彼女が使った魔道書は、今はどこにあるんだろうか」
「日記に書いてあった魔道書ですか?」
「ああ。自分の魂を具現化する魔道書、そんなものが実在するなら、放ってはおけないだろ」
「そうですね」
もしも危険な思想を持つ誰かに渡っていれば、最悪の事態を招いてしまうかもしれない。
「いや……もう手遅れかもな」
「どういうことですか?」
「……おそらく魔道書は、トーラスが所持している」
アリスは一瞬だけ驚いたように反応したが、すぐに落ち着いた表情に戻った。彼女も予感していたのだ。エバンの日記は、トーラスに魔道書の存在が露見したと記して終わっていた。そして、大量に並べられて石の棺……。日記はそのうちの一つから見つかっている。
「あの日記の最後を見る限りでは、私もそう考えるのが妥当だと思います。ですが心配する必要はないのでは?」
「どうしてそう思う」
「日記の出来事が起こったのは、今よりずっと昔のことです。たとえトーラスが奪っていたとしても、もう亡くなられているはずです」
「それはどうかな」
「えっ」
「アリスは覚えてるか? 前に黒魔法について説明したこと」
王都で貴族と戦った時に、俺は黒魔法について彼女達に語った。
アリスはその時のことを思い返す。
黒魔法メティスマキナは、魂のあり方を変質させる魔法である。この魔法によって変質した魂は、この世の理から外れてしまう。死という概念からも解き放たれるのだ。
俺の説明を思い出したアリスは、信じがたい可能性に気付く。
「まさか――」
俺はこくりと頷き、続けて口にする。
「もしもトーラスが生み出した魔法が、俺達の知る黒魔法と同じなら、彼もまた理から外れてしまっている。つまり、不死と不老……二つの力を手にしているかもしれないんだ」
アリスの頬を冷たい汗が流れ落ちる。ごくりと息をのみ、考えてしまった。もしかすると――
「この先に……」
「いるかもしれないな」
大罪人トーラスが、遺跡の奥に潜んでいるかもしれない。彼らの残した日記から、その可能性が高まった。俺は怯えるアリスを先導するように先へと進んだ。
廊下の突き当りまで到達する。壁には鉄で作られた扉が設けられていた。俺はトラップがないことを確認してから、扉に手をかけた。金属と石がすれる音をたてながら、重たい扉が開かれる。
石で囲まれた部屋に、大きな黒い枠が壁に取り付けられていた。高さは人間二人分くらいで、幅はその半分程度である。
「なんだこれ、門か?」
黒い枠組みは、大理石のような光沢を放つ特殊な石で造られていた。よく見ると、ルーン文字のようなものが刻まれている。何かしらの魔道具であることは間違いなさそうである。
「見たところ稼動していないようですが」
「魔力は感じられないでありますなぁ~」
ムウが後ろ足で立ち上がり、黒い部分に触れている。
どうしようかと考えている俺に、アリスがこう提案した。
「魔力を注いでみては?」
「そうだな」
俺は黒い枠に右手を触れ、魔力を注ぎこんでみた。
「……駄目だな。魔力は流れるけど、起動する気配が全くない。たぶんこれは……」
俺は黒い枠をぐるりと見回した。所々に傷やひびが入っている。それを確認して眉をひそめる。
「やっぱり、壊れてるみたいだな」
これだけ年月が経過していれば当然か。
アリスが俺に尋ねる。
「どうされますか?」
「う~ん……」
俺は黒い枠を眺めながら考えた。
遺跡の構造と進んできたルートからして、おそらくここが最深部だ。この黒い枠が、どこかへ通じる門なのは間違いない。問題はどこへ通じていて、何が待っているのかということだ。起動の方法なんて、わざわざ悩む必要もない。
「虎穴にいらずんば……かな」
俺は壊れた黒い枠に右手をかざした。
「【回帰魔法:クロノスベール】」
壊れてしまっているのなら、こうやって時間を戻してしまえば良いのだ。特殊な魔道具だろうとなんだろうと、経過した時間を戻せば治るのさ。
だから言っただろ、悩む必要なんて無いって。
「これで起動できるだろ」
時間が巻き戻ったことで、傷やひびは消えてなくなった。
「結構戻すのに時間かかったな」
「さすがですね」
アリスがそう言った。俺は微笑んで「まぁな」と答えた。
続けて右手で黒枠に触れ、もう一度魔力を流し込む。すると黒枠に刻まれた文字が青く光り、枠の中に紫色の幕が張られた。ぶぉーんという振動音によく似た音が鳴っている。
「起動したでありますなぁ」
「ああ、これで先に進める」
「……」
アリスは浮かない表情をしている。
この先に、自分の先祖から生まれた怪物がいるかもしれない。彼女のうちには恐れが生まれていた。
そのことに気付いた俺は、アリスの頭にぽんと手を置いた。
「レイ様?」
「大丈夫だ。何があっても俺がいる」
「……そうでしたね」
アリスは微笑んで答えた。
そうして俺達は、起動した門へ身を投じる。
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