上 下
119 / 132
魔界編(本編)

171.アリス・フォートランド⑥

しおりを挟む
 石の棺が並ぶ部屋には、それ以上何も無かった。入り口側の廊下とは反対に、同じく一本道の廊下を発見する。棺に向かって一礼して、部屋を後にした。
 廊下は真っ直ぐ伸びている。俺は歩きながら、日記に書かれていた内容を思い返し、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。

「彼女が使った魔道書は、今はどこにあるんだろうか」

「日記に書いてあった魔道書ですか?」

「ああ。自分の魂を具現化する魔道書、そんなものが実在するなら、放ってはおけないだろ」

「そうですね」

 もしも危険な思想を持つ誰かに渡っていれば、最悪の事態を招いてしまうかもしれない。

「いや……もう手遅れかもな」

「どういうことですか?」

「……おそらく魔道書は、トーラスが所持している」

 アリスは一瞬だけ驚いたように反応したが、すぐに落ち着いた表情に戻った。彼女も予感していたのだ。エバンの日記は、トーラスに魔道書の存在が露見したと記して終わっていた。そして、大量に並べられて石の棺……。日記はそのうちの一つから見つかっている。

「あの日記の最後を見る限りでは、私もそう考えるのが妥当だと思います。ですが心配する必要はないのでは?」

「どうしてそう思う」

「日記の出来事が起こったのは、今よりずっと昔のことです。たとえトーラスが奪っていたとしても、もう亡くなられているはずです」

「それはどうかな」

「えっ」

「アリスは覚えてるか? 前に黒魔法について説明したこと」

 王都で貴族と戦った時に、俺は黒魔法について彼女達に語った。
 アリスはその時のことを思い返す。
 黒魔法メティスマキナは、魂のあり方を変質させる魔法である。この魔法によって変質した魂は、この世の理から外れてしまう。死という概念からも解き放たれるのだ。
 俺の説明を思い出したアリスは、信じがたい可能性に気付く。

「まさか――」

 俺はこくりと頷き、続けて口にする。

「もしもトーラスが生み出した魔法が、俺達の知る黒魔法と同じなら、彼もまた理から外れてしまっている。つまり、不死と不老……二つの力を手にしているかもしれないんだ」

 アリスの頬を冷たい汗が流れ落ちる。ごくりと息をのみ、考えてしまった。もしかすると――

「この先に……」

「いるかもしれないな」

 大罪人トーラスが、遺跡の奥に潜んでいるかもしれない。彼らの残した日記から、その可能性が高まった。俺は怯えるアリスを先導するように先へと進んだ。
 廊下の突き当りまで到達する。壁には鉄で作られた扉が設けられていた。俺はトラップがないことを確認してから、扉に手をかけた。金属と石がすれる音をたてながら、重たい扉が開かれる。
 石で囲まれた部屋に、大きな黒い枠が壁に取り付けられていた。高さは人間二人分くらいで、幅はその半分程度である。

「なんだこれ、門か?」

 黒い枠組みは、大理石のような光沢を放つ特殊な石で造られていた。よく見ると、ルーン文字のようなものが刻まれている。何かしらの魔道具であることは間違いなさそうである。

「見たところ稼動していないようですが」

「魔力は感じられないでありますなぁ~」

 ムウが後ろ足で立ち上がり、黒い部分に触れている。
 どうしようかと考えている俺に、アリスがこう提案した。

「魔力を注いでみては?」

「そうだな」

 俺は黒い枠に右手を触れ、魔力を注ぎこんでみた。

「……駄目だな。魔力は流れるけど、起動する気配が全くない。たぶんこれは……」

 俺は黒い枠をぐるりと見回した。所々に傷やひびが入っている。それを確認して眉をひそめる。

「やっぱり、壊れてるみたいだな」

 これだけ年月が経過していれば当然か。
 アリスが俺に尋ねる。

「どうされますか?」

「う~ん……」

 俺は黒い枠を眺めながら考えた。
 遺跡の構造と進んできたルートからして、おそらくここが最深部だ。この黒い枠が、どこかへ通じる門なのは間違いない。問題はどこへ通じていて、何が待っているのかということだ。起動の方法なんて、わざわざ悩む必要もない。

「虎穴にいらずんば……かな」

 俺は壊れた黒い枠に右手をかざした。

「【回帰魔法:クロノスベール】」

 壊れてしまっているのなら、こうやって時間を戻してしまえば良いのだ。特殊な魔道具だろうとなんだろうと、経過した時間を戻せば治るのさ。
 だから言っただろ、悩む必要なんて無いって。

「これで起動できるだろ」

 時間が巻き戻ったことで、傷やひびは消えてなくなった。

「結構戻すのに時間かかったな」

「さすがですね」

 アリスがそう言った。俺は微笑んで「まぁな」と答えた。
 続けて右手で黒枠に触れ、もう一度魔力を流し込む。すると黒枠に刻まれた文字が青く光り、枠の中に紫色の幕が張られた。ぶぉーんという振動音によく似た音が鳴っている。

「起動したでありますなぁ」

「ああ、これで先に進める」

「……」

 アリスは浮かない表情をしている。
 この先に、自分の先祖から生まれた怪物がいるかもしれない。彼女のうちには恐れが生まれていた。
 そのことに気付いた俺は、アリスの頭にぽんと手を置いた。

「レイ様?」

「大丈夫だ。何があっても俺がいる」

「……そうでしたね」

 アリスは微笑んで答えた。
 そうして俺達は、起動した門へ身を投じる。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

試される愛の果て

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42,019pt お気に入り:2,294

悪役令嬢は国一番の娼婦を目指したい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:3,167

公達は淫らな美鬼を腕に抱く

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:122

秘密の聖女(?)異世界でパティスリーを始めます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:4,831

【クラス転移】復讐の剣

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

転移先で世直しですか?いいえただのお散歩です

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:535

俺はモブなので。

BL / 連載中 24h.ポイント:2,179pt お気に入り:6,537

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。