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魔法学園編(本編)
110.夜の路地裏
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歓迎の宴は続いている。
騎士達は日頃の疲れを忘れ、酒を飲み笑っている。
そんな中を抜けながら、一通りあいさつを終えてフレンダが戻ってくる。
席にはマッケンが一人残っていた。
「おっ、戻ったかのか。フレンダ」
「はい」
「その様子だと、あいさつは済んだようだね」
「はい。皆さんお優しい方ばかりでした」
「そうかそうか! それは良かったよ。それにしても驚いた……まさか増援に君が来るなんてね」
マッケンは酒の入ったグラスを置き、憂いを纏わせて言った。
「もちろん知っているのだろう? ここが君の……」
マッケンは最後まで言いきる途中でフレンダの表情を見た。
そうして話すのを止めた。
彼女の表情を見て、言う必要が無いと分かったからだ。
この時マッケンの眼に映ったフレンダは、ガラス細工のように繊細で儚い表情をしていた。
しばらく二人の間にだけ静寂が訪れる。
「マッケン隊長、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「隊長は騎士団での父をご存知でしょうか?」
「もちろんだとも。何を隠そう私は、テスカトルさんの後輩だったからね? あの人には本当にお世話になったよ」
マッケンは遠い過去を思い出しながら、置いたグラスに再び手を伸ばした。
そのまま中に入った酒を一気に飲み干すと、続けてこう語りだす。
「あの人は……まさに騎士の鏡のような人だったよ。剣の腕も振舞い方も全て、その全てが騎士だった。当時、団長と並んで皆の憧れであり目標でもあった」
フレンダは幼き日の記憶を呼び起こす。
何度も見た父の背中を……
憧れたその背中を思い出す。
今はもう会えないけれど、記憶の中で生き続ける背中を追って、彼女はここまで辿り着いたのだ。
「フレンダ、君の父は最期まで騎士として生き、騎士として人々を守り抜いた誇り高い男だ。私は君を心から歓迎している。どうか、テスカルトさんにも負けない騎士になってくれ」
マッケンの言葉を聞いた時、彼女の頭にはレイブの言葉が過ぎった。
パレード警備の最中、彼に言われた一言。
あの言葉をきっかけに、彼女は自分にとって最高の騎士を目指す決意ができたのだ。
父への憧れは今なお抱いている。
しかしそれでも、彼女はもう迷いはしないだろう。
自分の理想とは違っているかもしれないけれど、きっと正解の形は一つではない。
だから彼女は、マッケンの目を真っ直ぐ見て答えた。
「はい」
マッケンが優しく笑う。
宴も終盤に差し掛かってきた。
胸に抱えた話を終えた二人は、ふとある事に気づく。
「そういえば、レイブ君はどこに?」
「ん? ああ、彼なら君が席を立った後どこかへ行ったよ」
「ずいぶん遅いですね?」
「そうだな。夜の街に繰り出して、ナンパでもしているのかもしれん」
「まさか。彼はそんなタイプじゃないですよ」
「それはどうかな?」
「え?」
「あくまで私の勘だが……存外に食えない男だぞ? あれは―――」
夜の街を月明かりが照らす。
余分な街頭は無く、窓からこぼれる光すらない。
まだ夜はこれからという時間にもかかわらず、誰一人明かりを灯していないのだろうか?
そもそも人は住んでいないのかもしれない。
そう思えるほど暗く、恐ろしいほどに静かだった。
そんな夜の街を、レイブは一人歩く。
人通りの少ない道を歩き、さらに人が行き交わない路地へと入る。
しばらく歩いていくと、ふと前方に人の気配が感じられる。
月明かりのみの路地は人の顔すら見えないほど暗く、慣れていなければ障害物にぶつからないように歩く事も難しい。
その影響で目の前に立っている人物の顔はよく見えない。
ただ相手もこちらに気づいた様で、ゆっくりと振り向いた。
「あら? 貴方は今朝の……」
前方に立つ人物から声が発せられる。
声色は女性で、どこかで聞いたことのあるものだった。
「確かレイブさんだったかしら?」
女性は彼の名前を言い当てる。
この暗い路地で彼の顔を見分けた。
そして女性は彼がレイブの事を知っている。
同じく彼も、この女性に事を知っている。
フレンダと共に街を巡回している時、不注意からぶつかってしまった女性だ。
記憶に新しい分よく覚えている。
「珍しい事もあるものね? こんな場所でまた会うなんて。迷ってしまったのかしら?」
女性は彼が新任の騎士だから、きっとそうなのだろうと聞いた。
でなければ、こんな人通りも少なく暗い路地を歩いているわけが無い。
そう。
こんな場所を歩いているのは不自然なのだ。
この女性も含めて……
「いいえ違いますよ。俺は貴方を探していたんです」
「私を?」
「ええ」
「どうして?」
「街であった時の事が忘れられなくて、もう一度会いたいと思ったからですよ」
女性はくすっと笑う。
「あらあら、面白い冗談をいうのね? 本当は迷ってしまったのでしょう? 恥ずかしがらなくてもいいわ。私が案内してあげましょう」
からかわれたのをあしらう様に、女性は笑いながらそう言った。
そしてレイブの方へ近寄っていく。
「冗談ではないですよ。本当に忘れられなかったんです。あんな独特の魔力は久しぶりに感じたので」
女性はピタリと止まった。
笑顔で引き上げられた口角が下がる。
代わりに今度はレイブが笑う。
「お尋ねしましょう。この街になんの用ですか? 魔女さん」
騎士達は日頃の疲れを忘れ、酒を飲み笑っている。
そんな中を抜けながら、一通りあいさつを終えてフレンダが戻ってくる。
席にはマッケンが一人残っていた。
「おっ、戻ったかのか。フレンダ」
「はい」
「その様子だと、あいさつは済んだようだね」
「はい。皆さんお優しい方ばかりでした」
「そうかそうか! それは良かったよ。それにしても驚いた……まさか増援に君が来るなんてね」
マッケンは酒の入ったグラスを置き、憂いを纏わせて言った。
「もちろん知っているのだろう? ここが君の……」
マッケンは最後まで言いきる途中でフレンダの表情を見た。
そうして話すのを止めた。
彼女の表情を見て、言う必要が無いと分かったからだ。
この時マッケンの眼に映ったフレンダは、ガラス細工のように繊細で儚い表情をしていた。
しばらく二人の間にだけ静寂が訪れる。
「マッケン隊長、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「隊長は騎士団での父をご存知でしょうか?」
「もちろんだとも。何を隠そう私は、テスカトルさんの後輩だったからね? あの人には本当にお世話になったよ」
マッケンは遠い過去を思い出しながら、置いたグラスに再び手を伸ばした。
そのまま中に入った酒を一気に飲み干すと、続けてこう語りだす。
「あの人は……まさに騎士の鏡のような人だったよ。剣の腕も振舞い方も全て、その全てが騎士だった。当時、団長と並んで皆の憧れであり目標でもあった」
フレンダは幼き日の記憶を呼び起こす。
何度も見た父の背中を……
憧れたその背中を思い出す。
今はもう会えないけれど、記憶の中で生き続ける背中を追って、彼女はここまで辿り着いたのだ。
「フレンダ、君の父は最期まで騎士として生き、騎士として人々を守り抜いた誇り高い男だ。私は君を心から歓迎している。どうか、テスカルトさんにも負けない騎士になってくれ」
マッケンの言葉を聞いた時、彼女の頭にはレイブの言葉が過ぎった。
パレード警備の最中、彼に言われた一言。
あの言葉をきっかけに、彼女は自分にとって最高の騎士を目指す決意ができたのだ。
父への憧れは今なお抱いている。
しかしそれでも、彼女はもう迷いはしないだろう。
自分の理想とは違っているかもしれないけれど、きっと正解の形は一つではない。
だから彼女は、マッケンの目を真っ直ぐ見て答えた。
「はい」
マッケンが優しく笑う。
宴も終盤に差し掛かってきた。
胸に抱えた話を終えた二人は、ふとある事に気づく。
「そういえば、レイブ君はどこに?」
「ん? ああ、彼なら君が席を立った後どこかへ行ったよ」
「ずいぶん遅いですね?」
「そうだな。夜の街に繰り出して、ナンパでもしているのかもしれん」
「まさか。彼はそんなタイプじゃないですよ」
「それはどうかな?」
「え?」
「あくまで私の勘だが……存外に食えない男だぞ? あれは―――」
夜の街を月明かりが照らす。
余分な街頭は無く、窓からこぼれる光すらない。
まだ夜はこれからという時間にもかかわらず、誰一人明かりを灯していないのだろうか?
そもそも人は住んでいないのかもしれない。
そう思えるほど暗く、恐ろしいほどに静かだった。
そんな夜の街を、レイブは一人歩く。
人通りの少ない道を歩き、さらに人が行き交わない路地へと入る。
しばらく歩いていくと、ふと前方に人の気配が感じられる。
月明かりのみの路地は人の顔すら見えないほど暗く、慣れていなければ障害物にぶつからないように歩く事も難しい。
その影響で目の前に立っている人物の顔はよく見えない。
ただ相手もこちらに気づいた様で、ゆっくりと振り向いた。
「あら? 貴方は今朝の……」
前方に立つ人物から声が発せられる。
声色は女性で、どこかで聞いたことのあるものだった。
「確かレイブさんだったかしら?」
女性は彼の名前を言い当てる。
この暗い路地で彼の顔を見分けた。
そして女性は彼がレイブの事を知っている。
同じく彼も、この女性に事を知っている。
フレンダと共に街を巡回している時、不注意からぶつかってしまった女性だ。
記憶に新しい分よく覚えている。
「珍しい事もあるものね? こんな場所でまた会うなんて。迷ってしまったのかしら?」
女性は彼が新任の騎士だから、きっとそうなのだろうと聞いた。
でなければ、こんな人通りも少なく暗い路地を歩いているわけが無い。
そう。
こんな場所を歩いているのは不自然なのだ。
この女性も含めて……
「いいえ違いますよ。俺は貴方を探していたんです」
「私を?」
「ええ」
「どうして?」
「街であった時の事が忘れられなくて、もう一度会いたいと思ったからですよ」
女性はくすっと笑う。
「あらあら、面白い冗談をいうのね? 本当は迷ってしまったのでしょう? 恥ずかしがらなくてもいいわ。私が案内してあげましょう」
からかわれたのをあしらう様に、女性は笑いながらそう言った。
そしてレイブの方へ近寄っていく。
「冗談ではないですよ。本当に忘れられなかったんです。あんな独特の魔力は久しぶりに感じたので」
女性はピタリと止まった。
笑顔で引き上げられた口角が下がる。
代わりに今度はレイブが笑う。
「お尋ねしましょう。この街になんの用ですか? 魔女さん」
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