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第6話
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1945年になった。日本軍はこの1年の軍拡でアメリカを超えれるほどの最新鋭部隊と武器。これで日米決戦をすれば勝てる。と首脳陣は考えていた。しかし、相手は量でゴリ押ししてくる可能性があった。だが、それは大丈夫だ。なぜなら、アメリカから宣戦布告した場合はイギリス、フランス、ドイツが日本側についてくれるからだ。日本には盾がいる。その事が1番大きな決断に繋がっていく。
アメリカは日本との戦争を始めようとしていた。口実をどうするかを悩んでいた。挑発をしそれにのってくれれば口実を作ることができる。
1945年3月4日、アメリカは日本を挑発に乗らせるため日本の小笠原諸島父島の南東 約10海里まで接近、日本は第四艦隊を派遣、忠告した。しかしアメリカは撤退せず。第四艦隊が約5000フィートまで近づいた時、突如アメリカ艦隊は発砲し巡洋艦愛宕、阿賀野、駆逐艦綾波、望月峯風が撃沈、戦艦金剛、比叡、巡洋艦最上、青葉、駆逐艦雪風、桃、竹が中破、数隻が小破した。このことを日本は父島沖事件として歴史に残ることとなった。第四艦隊はこの時金剛の1発しか撃っていない、しかも全く変なところに撃っていた。これをアメリカは反撃したとして本国に通達、これを口実にアメリカは戦争することにした。しかし、日本はこの事件を録画していた。
1945年6月11日、アメリカは父島沖事件の日本艦隊の発砲を口実に宣戦布告。7月24日、最初の海戦が起こった。7月28日アメリカ艦隊がサイパンに向かっている事を発見、日本の第六艦隊がサイパンに向け出港し7月31日にサイパン沖海戦が勃発。アメリカは最新鋭の第六四機動部隊であった。7:30に日本の偵察機が米艦隊を捕捉。8:00に第1次攻撃隊が発艦。8:10に米偵察機が日本艦隊を捕捉。8:40に第1次攻撃隊を発艦させた。先に日本の第1次攻撃隊が米艦隊を攻撃。戦艦モンタナを含む戦艦2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦6隻を撃沈、空母エンタープライズ、ホーネット、その他10隻小破を与えた。機体の損失はたった50機だった。一方アメリカの第1次攻撃隊は防空駆逐艦と零戦で7割を失った。戦果は重巡洋艦高雄、駆逐艦照月、涼月が中破、その他5隻ほどが小破しただけであった。
サイパン沖海戦は日本の勝利となった。その後2ヶ月は日本は海戦で1回も負けなかった。しかし、2ヶ月たった10月1日にマリアナ沖で日本の第三艦隊が敗北し空母雲龍、戦艦扶桑、霧島、榛名、巡洋艦利根、高雄、摩耶、駆逐艦4隻も撃沈してしまった。
大本営特殊造船室では、
「ついに始まったか、」
「ええ、そうらしいですね。」
「やはりアメリカはソ連と同盟を結んでいたな。」
「そうです。日本の海上封鎖によりソ連を援護出来ないからでしょう。どんなルートでもいいから支援ルートを作りたいんでしょう。」
「ああ、そうだ。」
「大本営はどのような考えだ?」
「それはもちろん、両方とも倒すって、
」
「やはり、しかし、昔よりもこの日本は強くなってる。支援もある。勝算は十分にあるぞ。」
10月20日に小室型2、3番艦が進水。また防空駆逐艦も10月までに合計10隻を進水させた。第六機動部隊は完璧な艦隊となってきた。
「あとは小室型4番艦と軽巡3隻と重巡2隻と対潜駆逐艦だな。」
「ええ、そうですね。これで完璧な艦隊が出来ると思うとワクワクしますね。」
「あとは船上員の腕だな。それがなきゃ旧式艦で凄腕しかいない艦と変わらないぐらいの戦力だ。それだと意味が無い。」
「戦争は勝っていますし訓練は十分にされると思いますよ」
実際、訓練は時間かけて最高の腕の船上員を作っている。敗戦前とは違い、海軍は質をしっかりと作っていた。それは陸軍も同じであり、そのおかげか敗戦は少なく、戦線は押している。
中ソ戦線はソ連側が押されて戦線が崩壊。一気に中国連合軍がなだれ込みソ連3分の1の領土を4ヶ月で占領した。太平洋では日本がアリューシャン列島、ハワイ諸島を占領、アメリカの太平洋の海軍力は一気に無くなった。フィリピンインドネシアも占領、オセアニアの島々も占領しアメリカのシベリアにも侵攻しアメリカはボロ負けをしていた。太平洋も大西洋も制海権をとられ何も出来なくなってしまった。イギリス、日本、メキシコ、フランスでアメリカ本土決戦の計画が始まった。またドイツ、イギリス、フランス、日本、中国でソ連作戦の話し合いも始まった。
1946年、アメリカは徹底抗戦作戦を発動。海軍、陸軍共に徹底抗戦に転じた。それでも海軍ではそもそも海軍力が無いため負け、陸軍も戦う場所がなかった。
5月15日にイギリス、フランスはアメリカに宣戦布告、日英仏でアメリカを侵攻し始めた。
最初の方は耐えていたアメリカだが圧倒的な火力の差で押されていき6ヶ月の経った1946年11月20日に西はニューヨークを占領、東はロサンゼルスを占領。さんかげうごの1947年2月5日に首都のワシントン・DCを占領、アメリカは降伏した。また、その6ヶ月後に東西で挟まれたソ連はスターリングラード、レーニングラード、ミンスクを占領されまた首都モスクワまで東はドイツ、西は中国軍が残り1キロまで攻めたところでソ連が降伏。こうして、対米ソ戦が終了した。
アメリカは日本との戦争を始めようとしていた。口実をどうするかを悩んでいた。挑発をしそれにのってくれれば口実を作ることができる。
1945年3月4日、アメリカは日本を挑発に乗らせるため日本の小笠原諸島父島の南東 約10海里まで接近、日本は第四艦隊を派遣、忠告した。しかしアメリカは撤退せず。第四艦隊が約5000フィートまで近づいた時、突如アメリカ艦隊は発砲し巡洋艦愛宕、阿賀野、駆逐艦綾波、望月峯風が撃沈、戦艦金剛、比叡、巡洋艦最上、青葉、駆逐艦雪風、桃、竹が中破、数隻が小破した。このことを日本は父島沖事件として歴史に残ることとなった。第四艦隊はこの時金剛の1発しか撃っていない、しかも全く変なところに撃っていた。これをアメリカは反撃したとして本国に通達、これを口実にアメリカは戦争することにした。しかし、日本はこの事件を録画していた。
1945年6月11日、アメリカは父島沖事件の日本艦隊の発砲を口実に宣戦布告。7月24日、最初の海戦が起こった。7月28日アメリカ艦隊がサイパンに向かっている事を発見、日本の第六艦隊がサイパンに向け出港し7月31日にサイパン沖海戦が勃発。アメリカは最新鋭の第六四機動部隊であった。7:30に日本の偵察機が米艦隊を捕捉。8:00に第1次攻撃隊が発艦。8:10に米偵察機が日本艦隊を捕捉。8:40に第1次攻撃隊を発艦させた。先に日本の第1次攻撃隊が米艦隊を攻撃。戦艦モンタナを含む戦艦2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦6隻を撃沈、空母エンタープライズ、ホーネット、その他10隻小破を与えた。機体の損失はたった50機だった。一方アメリカの第1次攻撃隊は防空駆逐艦と零戦で7割を失った。戦果は重巡洋艦高雄、駆逐艦照月、涼月が中破、その他5隻ほどが小破しただけであった。
サイパン沖海戦は日本の勝利となった。その後2ヶ月は日本は海戦で1回も負けなかった。しかし、2ヶ月たった10月1日にマリアナ沖で日本の第三艦隊が敗北し空母雲龍、戦艦扶桑、霧島、榛名、巡洋艦利根、高雄、摩耶、駆逐艦4隻も撃沈してしまった。
大本営特殊造船室では、
「ついに始まったか、」
「ええ、そうらしいですね。」
「やはりアメリカはソ連と同盟を結んでいたな。」
「そうです。日本の海上封鎖によりソ連を援護出来ないからでしょう。どんなルートでもいいから支援ルートを作りたいんでしょう。」
「ああ、そうだ。」
「大本営はどのような考えだ?」
「それはもちろん、両方とも倒すって、
」
「やはり、しかし、昔よりもこの日本は強くなってる。支援もある。勝算は十分にあるぞ。」
10月20日に小室型2、3番艦が進水。また防空駆逐艦も10月までに合計10隻を進水させた。第六機動部隊は完璧な艦隊となってきた。
「あとは小室型4番艦と軽巡3隻と重巡2隻と対潜駆逐艦だな。」
「ええ、そうですね。これで完璧な艦隊が出来ると思うとワクワクしますね。」
「あとは船上員の腕だな。それがなきゃ旧式艦で凄腕しかいない艦と変わらないぐらいの戦力だ。それだと意味が無い。」
「戦争は勝っていますし訓練は十分にされると思いますよ」
実際、訓練は時間かけて最高の腕の船上員を作っている。敗戦前とは違い、海軍は質をしっかりと作っていた。それは陸軍も同じであり、そのおかげか敗戦は少なく、戦線は押している。
中ソ戦線はソ連側が押されて戦線が崩壊。一気に中国連合軍がなだれ込みソ連3分の1の領土を4ヶ月で占領した。太平洋では日本がアリューシャン列島、ハワイ諸島を占領、アメリカの太平洋の海軍力は一気に無くなった。フィリピンインドネシアも占領、オセアニアの島々も占領しアメリカのシベリアにも侵攻しアメリカはボロ負けをしていた。太平洋も大西洋も制海権をとられ何も出来なくなってしまった。イギリス、日本、メキシコ、フランスでアメリカ本土決戦の計画が始まった。またドイツ、イギリス、フランス、日本、中国でソ連作戦の話し合いも始まった。
1946年、アメリカは徹底抗戦作戦を発動。海軍、陸軍共に徹底抗戦に転じた。それでも海軍ではそもそも海軍力が無いため負け、陸軍も戦う場所がなかった。
5月15日にイギリス、フランスはアメリカに宣戦布告、日英仏でアメリカを侵攻し始めた。
最初の方は耐えていたアメリカだが圧倒的な火力の差で押されていき6ヶ月の経った1946年11月20日に西はニューヨークを占領、東はロサンゼルスを占領。さんかげうごの1947年2月5日に首都のワシントン・DCを占領、アメリカは降伏した。また、その6ヶ月後に東西で挟まれたソ連はスターリングラード、レーニングラード、ミンスクを占領されまた首都モスクワまで東はドイツ、西は中国軍が残り1キロまで攻めたところでソ連が降伏。こうして、対米ソ戦が終了した。
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