2 / 14
1 睡蓮の沼
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
「美しい花ですね、カルロッタ」
「っ!」
沼に咲く睡蓮を見ていたパオラ・ロマナが、不意に私に話し掛けてきた。私は身を震わせ息を止めた。もう少しで、私の右手はパオラの背中に届く。
「カルロッタ?」
「ひっ!」
パオラがゆっくりと背後を振り返る。私は小さな悲鳴を上げて後退りした。可愛らしい笑みを浮かべて、パオラが首を傾げて私を見つめる。
パオラがなぜ生きているの?
底無し沼に沈めたのに。浮かび上がるはずのなかった遺体。手のひらに握りしめられた私のボタン。死を待つ牢獄生活。
「カルロッタ、顔色が悪いよ?」
「だ、大丈夫・・」
「そう?」
不思議そうに私を見つめるパオラが、再び睡蓮の沼に視線を戻す。背を向けるパオラの姿に恐怖を感じて、私の体は震えだしていた。この場から離れないと駄目だ。パオラを突き落とせば、私は破滅する。
断罪され斧で頸をはねられる。
「ねえ、この花の名は何ですか?」
「・・睡蓮」
「すいれん?そう、綺麗な花だね。カルロッタに呼び出された時は、正直ちょっとドキドキしちゃった。だって、カルロッタの婚約者を、僕が奪ってしまったから。カルロッタに、復讐されるかと思ってた」
「まさか、そんなこと・・しないよ」
「じゃあ・・僕とアデルバートの事を、カルロッタは認めてくれたんだね?」
「それは・・」
パオラが不意に沼の淵に座り込む。そして、睡蓮の花に向かって手を伸ばす。私はギクリとして体を強張らせた。
「すいれんの花を一輪持って帰りたいな。アデルバートに、愛を込めて手渡したい。んー、もう少しで手が届きそう!」
「危ないよ、パオラ!」
「大丈夫、大丈夫」
パオラがさらに沼に向かって身を乗り出す。そして、バランスを崩した。彼の右手が沼に沈む。私はその姿を見て顔面が蒼白になった。
このままパオラが沼に沈んだらどうなる?私が断罪される!あんな思いは二度と御免だ。
「パオラ!」
私はパオラの名を呼び駆け寄った。そして、沈みこむ彼の右腕を掴もうとした。だけど、すでにパオラの右手は沼から抜け出ていた。
パオラが嗤う。
パオラは自由になった両手で、私の体を力一杯沼に突き飛ばした。バランスを崩した私は、底無し沼に足を踏み入れていた。ズブズブと足が沈んでゆく。
「パオラ!?」
「やっぱり、カルロッタは邪魔なんだよね。アデルバートの婚約者が侯爵令息じゃ、男爵令息の僕には勝ち目がないからさぁ。このまま底無し沼に沈んで、行方不明になってくれる?」
「そんな!助けて、パオラ!」
「『カルロッタは庶民と駆け落ちした』と、僕が噂を流してあげる。アデルバートはショックを受けるだろうけど、大丈夫だよ。僕がこの身で慰めてあげるから。あははっ、足掻くと余計に沈んじゃうよ?さよなら、カルロッタ!」
パオラが楽しそうに嗤っている。立場が逆転した。だけど、私は沈むパオラを見て、嗤いはしなかったよ。
私は泣いたけど、パオラは嗤うんだね。
◆◆◆◆◆
「美しい花ですね、カルロッタ」
「っ!」
沼に咲く睡蓮を見ていたパオラ・ロマナが、不意に私に話し掛けてきた。私は身を震わせ息を止めた。もう少しで、私の右手はパオラの背中に届く。
「カルロッタ?」
「ひっ!」
パオラがゆっくりと背後を振り返る。私は小さな悲鳴を上げて後退りした。可愛らしい笑みを浮かべて、パオラが首を傾げて私を見つめる。
パオラがなぜ生きているの?
底無し沼に沈めたのに。浮かび上がるはずのなかった遺体。手のひらに握りしめられた私のボタン。死を待つ牢獄生活。
「カルロッタ、顔色が悪いよ?」
「だ、大丈夫・・」
「そう?」
不思議そうに私を見つめるパオラが、再び睡蓮の沼に視線を戻す。背を向けるパオラの姿に恐怖を感じて、私の体は震えだしていた。この場から離れないと駄目だ。パオラを突き落とせば、私は破滅する。
断罪され斧で頸をはねられる。
「ねえ、この花の名は何ですか?」
「・・睡蓮」
「すいれん?そう、綺麗な花だね。カルロッタに呼び出された時は、正直ちょっとドキドキしちゃった。だって、カルロッタの婚約者を、僕が奪ってしまったから。カルロッタに、復讐されるかと思ってた」
「まさか、そんなこと・・しないよ」
「じゃあ・・僕とアデルバートの事を、カルロッタは認めてくれたんだね?」
「それは・・」
パオラが不意に沼の淵に座り込む。そして、睡蓮の花に向かって手を伸ばす。私はギクリとして体を強張らせた。
「すいれんの花を一輪持って帰りたいな。アデルバートに、愛を込めて手渡したい。んー、もう少しで手が届きそう!」
「危ないよ、パオラ!」
「大丈夫、大丈夫」
パオラがさらに沼に向かって身を乗り出す。そして、バランスを崩した。彼の右手が沼に沈む。私はその姿を見て顔面が蒼白になった。
このままパオラが沼に沈んだらどうなる?私が断罪される!あんな思いは二度と御免だ。
「パオラ!」
私はパオラの名を呼び駆け寄った。そして、沈みこむ彼の右腕を掴もうとした。だけど、すでにパオラの右手は沼から抜け出ていた。
パオラが嗤う。
パオラは自由になった両手で、私の体を力一杯沼に突き飛ばした。バランスを崩した私は、底無し沼に足を踏み入れていた。ズブズブと足が沈んでゆく。
「パオラ!?」
「やっぱり、カルロッタは邪魔なんだよね。アデルバートの婚約者が侯爵令息じゃ、男爵令息の僕には勝ち目がないからさぁ。このまま底無し沼に沈んで、行方不明になってくれる?」
「そんな!助けて、パオラ!」
「『カルロッタは庶民と駆け落ちした』と、僕が噂を流してあげる。アデルバートはショックを受けるだろうけど、大丈夫だよ。僕がこの身で慰めてあげるから。あははっ、足掻くと余計に沈んじゃうよ?さよなら、カルロッタ!」
パオラが楽しそうに嗤っている。立場が逆転した。だけど、私は沈むパオラを見て、嗤いはしなかったよ。
私は泣いたけど、パオラは嗤うんだね。
◆◆◆◆◆
10
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説
耳が聞こえない公爵令息と子爵令息の幸せな結婚
竜鳴躍
BL
マナ=クレイソンは公爵家の末っ子だが、耳が聞こえない。幼い頃、自分に文字を教え、絵の道を開いてくれた、母の友達の子爵令息のことを、ずっと大好きだ。
だが、自分は母親が乱暴されたときに出来た子どもで……。
耳が聞こえない、体も弱い。
そんな僕。
爵位が低いから、結婚を断れないだけなの?
結婚式を前に、マナは疑心暗鬼になっていた。
悩ましき騎士団長のひとりごと
きりか
BL
アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。
ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。
『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。
ムーンライト様にも掲載しております。
よろしくお願いします。
僕はお人形を愛でる
mios
BL
幼い頃に魔封じの塔に幽閉されていた王子が亡くなって、5年たち、その塔が焼失したが、中から数体の遺体が現れた。
遺体を調べると、ある事実が見えてきて…
お人形遊びが好きな王子と、その兄が自由になる話。
兄目線の話……☆
弟目線の話……★
※病んでる時に書いたので若干暗め。
短編ですが、ちょい長めになりそうです。
兄大好きな弟が兄の精神を壊しにかかります。
Rタグありませんが行為の場合※つけます。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる