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酔っ払いの左衛門

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女中に案内された二階の座敷は、料理屋の中で最上の部屋だった。散花と弥太郎は顔を見合わせ苦笑いする。

「店の者が慌てるわけだ。この部屋の調度品って最高級品ばかりだから、酔っ払いに暴れられては気が気でなかっただろうな。でも、今は静かだな?」

「確かにそうだね。」

襖は閉じられていても、座敷で人が暴れていれば物音はする。だが、声も物音も聞こえない。散花は跪座すると座敷に向かって声を掛けた。

「失礼致します。指名いただいた散花です。遅くなり申し訳ございません」

『おお、散花さん待っていましたよ!』

返ってきた声は散花には馴染みのあるもので、どうやら料理屋の主が若旦那の相手をしている様だ。散花が引手に手を添える前に襖が開き、料理屋の旦那が現れた。

「料理屋の旦那さん、お久しぶりです」

「散花さん、久しぶりやね。桔梗屋の若旦那の相手をしてもらえるか?酒が回ってあの通り潰れてしもうてるけど‥‥」

料理屋の主の招きで座敷に上がると、部屋のど真ん中で若旦那の左衛門が寝転がっていた。散花は慌てて左衛門の元に向かうが、弥太郎が先回りして様子を伺う。

「寝てるみたいや‥‥どうする、散花?」
「ええ?」

散花は左衛門のそばで跪くと体を軽く揺すって声を掛ける。

「左衛門様、お待たせしました。散花です。若旦那さん、大丈夫ですか?」

散花の声掛けに左衛門が少し唸って反応を示す。そして、ゆっくりと目を開き散花を視界に捉える。

「‥‥菊乃」

小さく漏れた言葉は散花の姉の名であった。散花が否定しようとしたが、突然左衛門に抱き寄せられる。

「菊乃‥‥ようやく迎えに来てくれたんか?一人で逝くとは‥‥ひどい女や。」

左衛門の言葉に散花の胸は痛む。やはり、姉は死んでしまった。そんな姉を心から愛した男が目の前ににいる。

「菊乃‥‥」

左衛門の切ない声が、散花の心に傷を入れる。


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