66 / 90
三・五章R:惨事、現に狂え
十話:再会は悲劇とともに
しおりを挟む
「ひゅっひゅっひゅっ……さすがは騎士さま。初めまして……いえ、お久しぶりにございますね? 少し、この老婆めにお時間をいただけますかな?」
にじり寄る、フードを被った老婆。すかさずリンは腰の剣に手をかけ──られない。
「……? ……!?」
それどころか表情ひとつ動かせない。声すら出せない。全てが止まってしまった中、老婆だけが歩いていた。
「ひゅっひゅっひゅっ……少し『止まって』いてもらいますぞ」
リンは動かない。
「そうじゃった、そうじゃった……口は開けてもらわねばなりますまい……っと!」
老婆は指を鳴らす。
「──ぶはぁ!! はぁ……はぁ……お前っ誰だ……!」
「ムゥ……分かりませぬか? 」
「……あいにく魔術を使える知り合いはそんなにいないよ」
リンは不機嫌そうにそう言った。老婆はわざとらしく首を傾げる。
「はて? ……とある殿方との逢瀬を見られたはずだが」
「──お前か」
リンは目を見開いて青筋を浮かべた。その指が、首が足が、痙攣するように動きながら可動域を取り戻していく。リンの体表面には歪んだ空間が幕のように張り付いている。それを全身にほとばしる魔力で引きちぎっているのだ。
その証左に、リンの体は真っ黒に変色していた。
「お前が……ローレルをっ!!! よくも誑かしたなッ!!」
鬼のような形相で、突き破ってくる。両手の指は鋭く尖り、目は赤く輝く。かろうじて繋ぎ止められているその猛獣を、老婆は悠長に眺めていた。
「今に……見ていろ……。 お前を引き裂いてやる……」
「そこまで魔力を使っておいてなお正気とは。なるほど……良い力ですのう。その上、転用もうまい。全身に魔力をまとって身一つで空間を切られようとは……末恐ろしい戦闘センス。本当についさっき使えるようになったとは思えない応用ぶりですなぁ」
ゆっくりと近づきながら、まじまじと観察し続ける。その最中も尚、リンの眼光は老婆に向けられていた。老婆はリンの体に青白く光る手をかざす。そして張り付く膜を何層にも重ね、退いた。
「おお、恐ろしい。三層ではもう持ちそうもありませんので、もう十層重ねさせていただきました」
そう言って、フードの下からニヤけた口元を見せた。リンの怒りはますます苛烈さを増し、その十層すら今に貫こうという勢いだった。老婆は少しも慌てず、少し離れてからリンに聞いた。
「時に、騎士さま。何をお悩みになられているのですか?」
リンは抜けようとする力を一切緩めずに答える。
「 私に悩みなどない! 私には聖剣を引き抜きっ……ステラの儀式を見届ける! そして……魔王を殺すッッ!! そんな使命が山のようにあるんだ! 悩んでなんていられるかァァァ!!」
「……それで?」
「は?」
想像もしなかった返答に、リンの力が抜ける。
「その後は? どうなさるおつもりなのです」
「その……あと……」
「あなた様は今や国を失踪した身。背国者としておわれております。とても……国には戻れますまい」
「そういえば……そうだった……」
「その上です。ローレル様には、お亡くなりになられたあなた様のお母様にお父様を殺害した容疑すらかけられております。帰っても無実を証明できなければ、二人揃って投獄でしょう」
ほくそ笑む老婆に対し、リンは目を丸くして拳を下ろした。
「……今、なんて言った? お母様とお父様が……亡くなった……だって?」
「えぇ……そうですとも……ひゅっひゅっひゅっ……あなた様が一番ご存知なはずです」
「知らない……! そんなの知らないっ!」
リンは丸く縮こまり、頭を抱える。いくら聞かないようにしようとも老婆の引き笑いは響き続けた。
にじり寄る、フードを被った老婆。すかさずリンは腰の剣に手をかけ──られない。
「……? ……!?」
それどころか表情ひとつ動かせない。声すら出せない。全てが止まってしまった中、老婆だけが歩いていた。
「ひゅっひゅっひゅっ……少し『止まって』いてもらいますぞ」
リンは動かない。
「そうじゃった、そうじゃった……口は開けてもらわねばなりますまい……っと!」
老婆は指を鳴らす。
「──ぶはぁ!! はぁ……はぁ……お前っ誰だ……!」
「ムゥ……分かりませぬか? 」
「……あいにく魔術を使える知り合いはそんなにいないよ」
リンは不機嫌そうにそう言った。老婆はわざとらしく首を傾げる。
「はて? ……とある殿方との逢瀬を見られたはずだが」
「──お前か」
リンは目を見開いて青筋を浮かべた。その指が、首が足が、痙攣するように動きながら可動域を取り戻していく。リンの体表面には歪んだ空間が幕のように張り付いている。それを全身にほとばしる魔力で引きちぎっているのだ。
その証左に、リンの体は真っ黒に変色していた。
「お前が……ローレルをっ!!! よくも誑かしたなッ!!」
鬼のような形相で、突き破ってくる。両手の指は鋭く尖り、目は赤く輝く。かろうじて繋ぎ止められているその猛獣を、老婆は悠長に眺めていた。
「今に……見ていろ……。 お前を引き裂いてやる……」
「そこまで魔力を使っておいてなお正気とは。なるほど……良い力ですのう。その上、転用もうまい。全身に魔力をまとって身一つで空間を切られようとは……末恐ろしい戦闘センス。本当についさっき使えるようになったとは思えない応用ぶりですなぁ」
ゆっくりと近づきながら、まじまじと観察し続ける。その最中も尚、リンの眼光は老婆に向けられていた。老婆はリンの体に青白く光る手をかざす。そして張り付く膜を何層にも重ね、退いた。
「おお、恐ろしい。三層ではもう持ちそうもありませんので、もう十層重ねさせていただきました」
そう言って、フードの下からニヤけた口元を見せた。リンの怒りはますます苛烈さを増し、その十層すら今に貫こうという勢いだった。老婆は少しも慌てず、少し離れてからリンに聞いた。
「時に、騎士さま。何をお悩みになられているのですか?」
リンは抜けようとする力を一切緩めずに答える。
「 私に悩みなどない! 私には聖剣を引き抜きっ……ステラの儀式を見届ける! そして……魔王を殺すッッ!! そんな使命が山のようにあるんだ! 悩んでなんていられるかァァァ!!」
「……それで?」
「は?」
想像もしなかった返答に、リンの力が抜ける。
「その後は? どうなさるおつもりなのです」
「その……あと……」
「あなた様は今や国を失踪した身。背国者としておわれております。とても……国には戻れますまい」
「そういえば……そうだった……」
「その上です。ローレル様には、お亡くなりになられたあなた様のお母様にお父様を殺害した容疑すらかけられております。帰っても無実を証明できなければ、二人揃って投獄でしょう」
ほくそ笑む老婆に対し、リンは目を丸くして拳を下ろした。
「……今、なんて言った? お母様とお父様が……亡くなった……だって?」
「えぇ……そうですとも……ひゅっひゅっひゅっ……あなた様が一番ご存知なはずです」
「知らない……! そんなの知らないっ!」
リンは丸く縮こまり、頭を抱える。いくら聞かないようにしようとも老婆の引き笑いは響き続けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる