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三・五章R:惨事、現に狂え
十話:再会は悲劇とともに
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「ひゅっひゅっひゅっ……さすがは騎士さま。初めまして……いえ、お久しぶりにございますね? 少し、この老婆めにお時間をいただけますかな?」
にじり寄る、フードを被った老婆。すかさずリンは腰の剣に手をかけ──られない。
「……? ……!?」
それどころか表情ひとつ動かせない。声すら出せない。全てが止まってしまった中、老婆だけが歩いていた。
「ひゅっひゅっひゅっ……少し『止まって』いてもらいますぞ」
リンは動かない。
「そうじゃった、そうじゃった……口は開けてもらわねばなりますまい……っと!」
老婆は指を鳴らす。
「──ぶはぁ!! はぁ……はぁ……お前っ誰だ……!」
「ムゥ……分かりませぬか? 」
「……あいにく魔術を使える知り合いはそんなにいないよ」
リンは不機嫌そうにそう言った。老婆はわざとらしく首を傾げる。
「はて? ……とある殿方との逢瀬を見られたはずだが」
「──お前か」
リンは目を見開いて青筋を浮かべた。その指が、首が足が、痙攣するように動きながら可動域を取り戻していく。リンの体表面には歪んだ空間が幕のように張り付いている。それを全身にほとばしる魔力で引きちぎっているのだ。
その証左に、リンの体は真っ黒に変色していた。
「お前が……ローレルをっ!!! よくも誑かしたなッ!!」
鬼のような形相で、突き破ってくる。両手の指は鋭く尖り、目は赤く輝く。かろうじて繋ぎ止められているその猛獣を、老婆は悠長に眺めていた。
「今に……見ていろ……。 お前を引き裂いてやる……」
「そこまで魔力を使っておいてなお正気とは。なるほど……良い力ですのう。その上、転用もうまい。全身に魔力をまとって身一つで空間を切られようとは……末恐ろしい戦闘センス。本当についさっき使えるようになったとは思えない応用ぶりですなぁ」
ゆっくりと近づきながら、まじまじと観察し続ける。その最中も尚、リンの眼光は老婆に向けられていた。老婆はリンの体に青白く光る手をかざす。そして張り付く膜を何層にも重ね、退いた。
「おお、恐ろしい。三層ではもう持ちそうもありませんので、もう十層重ねさせていただきました」
そう言って、フードの下からニヤけた口元を見せた。リンの怒りはますます苛烈さを増し、その十層すら今に貫こうという勢いだった。老婆は少しも慌てず、少し離れてからリンに聞いた。
「時に、騎士さま。何をお悩みになられているのですか?」
リンは抜けようとする力を一切緩めずに答える。
「 私に悩みなどない! 私には聖剣を引き抜きっ……ステラの儀式を見届ける! そして……魔王を殺すッッ!! そんな使命が山のようにあるんだ! 悩んでなんていられるかァァァ!!」
「……それで?」
「は?」
想像もしなかった返答に、リンの力が抜ける。
「その後は? どうなさるおつもりなのです」
「その……あと……」
「あなた様は今や国を失踪した身。背国者としておわれております。とても……国には戻れますまい」
「そういえば……そうだった……」
「その上です。ローレル様には、お亡くなりになられたあなた様のお母様にお父様を殺害した容疑すらかけられております。帰っても無実を証明できなければ、二人揃って投獄でしょう」
ほくそ笑む老婆に対し、リンは目を丸くして拳を下ろした。
「……今、なんて言った? お母様とお父様が……亡くなった……だって?」
「えぇ……そうですとも……ひゅっひゅっひゅっ……あなた様が一番ご存知なはずです」
「知らない……! そんなの知らないっ!」
リンは丸く縮こまり、頭を抱える。いくら聞かないようにしようとも老婆の引き笑いは響き続けた。
にじり寄る、フードを被った老婆。すかさずリンは腰の剣に手をかけ──られない。
「……? ……!?」
それどころか表情ひとつ動かせない。声すら出せない。全てが止まってしまった中、老婆だけが歩いていた。
「ひゅっひゅっひゅっ……少し『止まって』いてもらいますぞ」
リンは動かない。
「そうじゃった、そうじゃった……口は開けてもらわねばなりますまい……っと!」
老婆は指を鳴らす。
「──ぶはぁ!! はぁ……はぁ……お前っ誰だ……!」
「ムゥ……分かりませぬか? 」
「……あいにく魔術を使える知り合いはそんなにいないよ」
リンは不機嫌そうにそう言った。老婆はわざとらしく首を傾げる。
「はて? ……とある殿方との逢瀬を見られたはずだが」
「──お前か」
リンは目を見開いて青筋を浮かべた。その指が、首が足が、痙攣するように動きながら可動域を取り戻していく。リンの体表面には歪んだ空間が幕のように張り付いている。それを全身にほとばしる魔力で引きちぎっているのだ。
その証左に、リンの体は真っ黒に変色していた。
「お前が……ローレルをっ!!! よくも誑かしたなッ!!」
鬼のような形相で、突き破ってくる。両手の指は鋭く尖り、目は赤く輝く。かろうじて繋ぎ止められているその猛獣を、老婆は悠長に眺めていた。
「今に……見ていろ……。 お前を引き裂いてやる……」
「そこまで魔力を使っておいてなお正気とは。なるほど……良い力ですのう。その上、転用もうまい。全身に魔力をまとって身一つで空間を切られようとは……末恐ろしい戦闘センス。本当についさっき使えるようになったとは思えない応用ぶりですなぁ」
ゆっくりと近づきながら、まじまじと観察し続ける。その最中も尚、リンの眼光は老婆に向けられていた。老婆はリンの体に青白く光る手をかざす。そして張り付く膜を何層にも重ね、退いた。
「おお、恐ろしい。三層ではもう持ちそうもありませんので、もう十層重ねさせていただきました」
そう言って、フードの下からニヤけた口元を見せた。リンの怒りはますます苛烈さを増し、その十層すら今に貫こうという勢いだった。老婆は少しも慌てず、少し離れてからリンに聞いた。
「時に、騎士さま。何をお悩みになられているのですか?」
リンは抜けようとする力を一切緩めずに答える。
「 私に悩みなどない! 私には聖剣を引き抜きっ……ステラの儀式を見届ける! そして……魔王を殺すッッ!! そんな使命が山のようにあるんだ! 悩んでなんていられるかァァァ!!」
「……それで?」
「は?」
想像もしなかった返答に、リンの力が抜ける。
「その後は? どうなさるおつもりなのです」
「その……あと……」
「あなた様は今や国を失踪した身。背国者としておわれております。とても……国には戻れますまい」
「そういえば……そうだった……」
「その上です。ローレル様には、お亡くなりになられたあなた様のお母様にお父様を殺害した容疑すらかけられております。帰っても無実を証明できなければ、二人揃って投獄でしょう」
ほくそ笑む老婆に対し、リンは目を丸くして拳を下ろした。
「……今、なんて言った? お母様とお父様が……亡くなった……だって?」
「えぇ……そうですとも……ひゅっひゅっひゅっ……あなた様が一番ご存知なはずです」
「知らない……! そんなの知らないっ!」
リンは丸く縮こまり、頭を抱える。いくら聞かないようにしようとも老婆の引き笑いは響き続けた。
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