友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

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三章L:暫時、言を繰るえ

十三話:見たくなくても目に入る

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 「正しくは、『リンさん以外には』です……」

 カノコさんは言う。
 魔術はその場に居合わせた誰の目にも見えず、リンだけがそれを視認できていたということだ。次々に嫌な予感が込み上げてくる。
 カノコさんは続けた。   


 「順を追って説明しますね? まず孤児院の子供たち十人が先日、魔王軍幹部のツメクにさらわれました。一晩のうちに、すっかり居なくなってしまったんです……手紙をひとつ残して」

 「オレはその夜中に怪しい人影を見たんだ。あまりに速かったから気のせいだと思ったんだ。あんなに人間が早く動けるはずがない。あの時早とちりでも何でもしていれば……怖い思いをさせずに済んだってのに……」


 アングラはそう言って頭を掻きむしった。
 そういえば「さらわれてたから……」とか言っていた子もいた。あれは本当だったって訳か。

 
  「手紙には一週間後、私の身と引き換えに交換すると書かれていました。それまで絶対に誰一人として孤児院の外に出してはいけない……とも。しかし、彼はそれを破ったのです」


 カノコさんは横たわる修道士を見て言った。


 「子供たちの一人が、砂糖が欲しいと言いました。 私は止めたのですが彼は外へ出たのです。彼が出ていってから教えられました。
 彼らは居なくなるであろう私のために……ケーキを焼こうとしていたんです。本当に……優しい方で……」

 ついぞ彼のケーキは食られませんでしたが、とカノコさんはうつむいて言った。


 「それで『ツメク』からの報復はなかったんですか?」

 「ありました。その日の晩にここが襲撃されたんです」

「なるほど、壁の焦げや窓の割れはそのためですか」

 「ええ。子供たちはここに彼が入れていてくれましたので、アングラに守っていてもらいました。
 私とリンさん、ステラさんがツメクの元に向かうと……リンさんはツメクと戦い始めたのです」

 「……なるほど」


 リンがあっさり勝ったのだろうと勝手に思っていたが、カノコさんの様子を見るにどうやら違いそうだ。
 
  
 「その戦い、最初はリンさんの一方的な攻勢でした。このまま勝ってしまうのではというくらい……」


 カノコさんは深呼吸してから、


 「その後……戻ってきたリンさんには見えない何かが刺さっていました。 左肩と、左胸。 胸の方は確実に心臓を貫いていました」


 そう言った。
 俺は放心していた。目も口も開けていたと思う。それすら曖昧なほど、驚いていた。あのリンが人を殺したことですら驚きすぎて未だ実感がないと言うのに、今度は心臓を貫通? 冗談であって欲しい。そんなことを言う人でもないが。
 さらにカノコさんは続ける。


 「ですが、さらに驚くべきはステラさんです。彼女は魔術を使っていたらしいのです。ツメクの兵士を一人残らず、吹き飛ばしたのです。 私には、手伸ばすと同時に人がすごい勢いで吹っ飛ぶという構図しか見えませんでした」 


 カノコさんはしゃがんで、頭を抱える。まるで修道士に語りかけるように、カノコさんは口を開く。
 

 「常軌を逸脱した状況、我々の教えに反する姿形。
 その存在の全てが、彼に言わせたのですよ『この冒涜者どもが』と。 きっと……これが原因です。なぜかは分かりませんが、理由を探そうにもこれくらいしかありません。それだけ皆から好かれる良い人なんです……」


  カノコさんは修道士の手を握り、一言。


「それに、彼の発言が間違っていたとは私も思いません」

 「なぜです?」

「リンさんには、ヒールが効きませんでしたから」
    
「──っ!?」


 先程まで押し黙っていたゼラは震える口を開いた。
 
 
 「な、何言ってるのよ……マザー? ……ヒールは神の力を使っているに過ぎないのよね? 効く効かないだなんて人には制御出来ないって!!
 そう、アタシに教えてくれたじゃない! どんな悪人だろうと神は許されるし、その力が失われるようなことはまずないって! 効かなくなるだなんて脅しに過ぎないって──!!」


 そう言いながら、座り込んでいるカノコさんの胸ぐらを掴む。
 カノコさんは静かに頭を横に振り、ゼラを抱き寄せた。


 「……残念ですが、彼は神に見放されました。それが何よりの証拠です。彼はきっと……あなたの知る『リンさん』ではもう無いのです」
 
  
  ゼラの足から力が抜ける。膝をつき、カノコさんの胸に顔を埋めた。ゼラの背中が小さく見える。あんなに俺といがみ合っていたあのゼラがあるだけに、その姿はか細く見えた。

 
  「嘘よ……きっとあの人は……リンさんは……!  全部つまんないジョークだったとしても、今言ってくれたんなら許すわ。
 嘘だって……言ってちょうだい……ねぇ……」

 
 噛み締めるように、絞り出すようにゼラは言う。
 弱々しく震えるゼラを、俺は歯を食いしばって見ていることしか出来なかった。
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