社内で秘密の恋が始まる

美桜羅

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8*雫サイド*

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段々と人の声が目立つようになり、食い入るように見つめていたファイルからまるで誰かに見つからないようにと願っていそうな仕草で目を挙げた。

目の前の壁に掛けられている時計は終業である午後5時を示している。

早い人はもう鞄を手に出口の方へ向かって歩き出していて、私はようやく張り詰めていた緊張から解放された感じがした。

…お、おわった…

今日は本当に長い1日だった。

ミスをしないようにとずっと気を張っていた。

集中が切れた途端に隣から聞こえる、パソコンのキーボードを叩き続ける音に背中を押されるようにして緊張感が増し続けたのだった。

…まぁ、今日は今松永さんがどんな仕事をしているのかがずらっと書いてあるファイルを読んでいただけだから、ミスも何もないのだけれど。

そんなことはわかっているのだが、松永さんのパソコンを見る真剣な目を見ているとそんな風に思えてしまうのである。

終業だと安心した途端、なんだかお腹がすいてきた。

いつもは3時ぐらいにちょこちょこと甘いものをつまむのだが、今日はとてもじゃないけどそんなことを思い出すような余裕は微塵もなかった。

…5時だしな。
帰りたい。
帰って美味しいものを食べてゆっくりしたい。
…だけど…

チラッと横目で、相変わらずキーボードを叩く手を止めるそぶりのない松永さんを見る。

なんか…初日からすぐに帰ったらやる気ないって思われそう…

気付いてください、と祈りながらじっと松永さんを見てみたが案の定気づかない。

…よし、今日は松永さんがどれくらいにいつも帰ってるのかを把握するためにも私も一緒に残ろう。

そう決意を固めた私は、松永さんに向けていた視線をゆっくりとファイルに戻した。





「…あれ」

その声に気付いてゆっくりと顔を上げると、松永さんが私をみていた。

「あ、終わりましたか?」

「うん、終わったけど…。
何してるの?」

「あ、いや、なんか話しかけるタイミング逃しちゃって…。
松永さんも頑張ってるから私も頑張ろうと思って…」

はは、なんて笑って見せると松永さんは少し眉を寄せた。

…っえ
なんかまずかっただろうか。
むしろ邪魔だったのだろうか。

「声をかけてくれてよかったのに。
見てごらん、周りにもう誰もいないよ。」

私がおそるおそる周りを確認すると、本当だ、確かに誰もいない。 

「やっぱり先月社長が出した定時に帰宅命令が聞いてるんですかね…」

私がそう言うと松永さんは頬杖をつきながら答えた。

「うん、そうじゃない?
俺以外にだけど。」

その言葉に私は少し笑いながら
「そうですね」
と答えると、松永さんはそんな私をしばらく見てから目線を外しゆっくりと手を動かして身の回りを片付け始めた。

「…帰ろうか」

その言葉に私も、やっとかと嬉しい気持ちをどうにか顔に出さないようにと努めながらも、はい、と返事をして素早く片付けをする。

そんな私に松永さんは片付けをする手を止めないまま
「ご飯に行こう」
と言った。

「…っえ、」

「もちろん僕がご馳走する。
チョコレートのお礼もしたい。
そして何よりお腹がすいた。
付き合ってくれるとありがたい。」

私がその言葉に戸惑っていると、松永さんは少し微笑むように
「君もきっと気にいる店だ」
と言った。
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