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三神官編

王国動乱の行方

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ミーティア王国の地を踏むのは三ヶ月ぶりである。三ヶ月前に王女に追放を言い渡されて以来、二度と踏むとは思いもしなかったこの土地を私は再び踏んでいるのだ。

ただし、身元が割れないように顔はベールで隠している。その姿のまま私はまず王立孤児院へと向かったのだが、向かった先に孤児院は存在しなかった。
更地になっており、その姿を見て私は思わず唖然としてしまった。

その時、たまたま近くを通りかかった農家と思われる男性に孤児院のことを尋ねると、男性は衝撃の事実を私に告げたのであった。

「……孤児院が閉鎖?」

「あぁ、院長のノーブさんは城の地下牢に連れて行かれてね。ここにいた子供たちは別の孤児院に引き取られていったよ」

「じゃあ、討伐隊の面々は!?」

「討伐隊?なら、城の方に引き取られたよ。今頃はベテランの兵士たちに立派な兵士として鍛え上げているところだそうだ」

「ありがとうございます」

私は男性の呼び止める声も聞かずに城の方へと向かって駆け出す。
城で兵士として鍛え上げているのならば城に向かいさえすれば仲間たちには会えるはずだ。
私は食料の運搬に紛れ込み、城の中へと潜入したのである。

恐らく仲間たちがいるのは城の中にある駐屯所だろう。
私が物陰に隠れながら駐屯所を探していると、近くで叱責の声が聞こえた。
私が物陰から様子を窺うと、ベテランと呼ばれる兵士に虐められるポイゾの姿を見つけたのだ。

「貴様はどうしてそう態度が捻くれているのだッ!」

「……うるさい。捻くれているのはそっちの方だろ?」

「黙れッ!どうして貴様はそう一々口答えをするのだッ!そこに直れッ!」

兵士は槍の石突の箇所で執拗にポイゾを殴り続けていく。ポイゾは歯を食いしばりながらその攻撃に耐え続けていた。
兵士は腹に強烈な蹴りを喰らわらせて満足したのかそのまま背中を向けてその場を去っていく。
私は蹲るポイゾの元へと駆け寄り、ポイゾの腹を触ろうとしたが、ポイゾは慌てて私を払い除けた。

「クソッ!やめろ!それは同情ってやつなのかな?」

「違うよ。見てられなくて……」

「だったら、ぼくが殴られている時に助けに来てくれたらよかったんじゃあないのかな?」

相変わらず嫌味な性格だ。私はその問い掛けにモヤモヤとした思いを抱えた。
だが、ここで引き下がってはいけない。私はポイゾにこの三ヶ月の間に何があったのかとブレードがどこにいるのかを問い掛けた。
だが、ポイゾはブレードの言葉を聞いた瞬間に両目を大きく開いて私を睨んだ。

「ブレード?ブレードだと!?二度とその言葉を口にするなッ!」

「ちょっと、どうしたの?」

「あの男のせいでオレはこんな目に遭っているんだッ!」

ポイゾは私の胸ぐらを掴むと、そのまま勢いよく私を放り投げた。尻餅をつき、その痛さに涙を滲ませる私を見下ろしながらポイゾは低い声で告げた。

「いいか、二度とブレードなんて名前は口にするな」

ポイゾはそのまま踵を返して廊下を歩いていく。
まさか、『ブレード』という言葉でここまで彼を怒らせてしまうとは思わなかった。
タンプルに見せてもらった映像から見るにブレードがエンジェリオンとして復活したのはあの男に殺された直後だと思われるのだが、ブレードの復活と私が再び王国に舞い戻るまでに何があったのだろうか。

そんなことを考えながら廊下を歩いていたためか、荷物を運んでいる女性と正面からぶつかってしまった。

「あっ、すいません!大丈夫ですか!?」

私が慌てて女性の元に駆け寄ると、私は思わず言葉を失ってしまう。
というのも、その女性というのがマリアであったからだ。

「ま、マリア!?」

思わず声を上げる私。マリアも私が誰であるのかを理解したのだろう。私同様に声を上げる。

「ま、まさかとは思うけどハル!?」

私とマリアは再会を喜び、お互いに強く抱きしめ合う。
それからはポイゾから聞かせてもらえなかった三ヶ月の間の出来事を語ってもらえた。
マリアの話によれば、ブレードが蘇って帰ってきたのは私が国外追放の刑に処された翌日のことであったとされている。

私が国外追放の刑に処された後でブレードはいつもの爽やかな笑顔を浮かべて言ったのだ。
「ただいま!」と。
本人からは生死の境を彷徨ったというのに本人にの口から出てきた言葉はまるで、遊びから帰ってきたかのような軽い口調であったという。

「……それでもみんなは喜んだよ。また、ブレードと暮らせるんだと、私は今でも嬉しいよ。けどね……」

マリアは一瞬口をどもらせた後でブレードが帰ってきた後に何があったのかを語っていく。
なんと、ブレードが帰ってきた翌日に城からの役人が現れて孤児院の閉鎖を告げたのだ。
その際に討伐隊以外の孤児は他の孤児院に移され、討伐隊は城の兵士たちの元に編入されることが決まった。ブレードとノーブの逮捕も決まったとされた。

しかし、後になってブレードはある一定の時間にのみ出獄を許されたとされている。
それはかつての討伐隊の仲間と共に天使たちを倒す時間という蘇ったブレードの力を活用するものであった。

「そ、それってブレードが道具みたいになってるじゃん!ブレードはそれでいいの!?」

「表向きはブレードがそれを許容しているからね。でも、本心は心から今のこの国や女王の体制に満足はしていないと思う。私だってあんな性悪女大嫌いだし」

マリアは余程、女王に対する不満が溜まっていたらしい。堰を切ったように次々と私に彼女に対して不満を口に出していく。

彼女によれば女王は政治は側近任せで、普段はもっぱら宝石漁りやドレス漁り、それに舞踏会の準備などに明け暮れているらしい。その他にもマリアが語る話から女王は贅沢に次ぐ贅沢という一昔前の間違ったマリーアントワネット像そのままで暮らしているらしい。

他にも女王が政治を任せている相手も悪いらしく、国民の間では不満がいっぱいなのだという。

「というか、戦争中なのにも関わらず、よくあんな生活ができるよね!前の国王を見習ってほしいもんだよ!」

「……たった三ヶ月でここまで悪化するもんなんだね。私、ちょっと驚いたよ」

「そうだよ!大体、周りがいけないんだよ!あいつ、ちっとも仕事しないのに愛らしい女王が生まれるなんて持て囃してさッ!」

「じゃあさぁ、もうブレードを王様にしない?」

マリアは私の言葉が聞き取れなかったのか、聞き返した。
仕方がないのでもう一度同じ言葉を告げる。

「だからね。ブレードを王様にしないかって言ったの。私は」

今度はしっかりと聞こえるようにハッキリとした声で言った。
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