上 下
145 / 365
第四部『キャンドール・コーブ』

パート5 処刑台にて

しおりを挟む
「ここに被告人、大樹寺雫の死刑を宣告する。被告の身勝手な行いと動機によって亡くなった人たちの心境を考え、また、被告自身に一切の弁解を行っていない事から、この判決は上等のものとする」
裁判長の出した判決に裁判所に集まっていた人間のみならずにテレビの目の前で大樹寺雫の判決を見守っていた他の人々も歓喜に沸いた。
ここに待ちに待った大衆の敵No. 1が裁かれる日が来たのである。
大樹寺雫は澄ました顔で判決や世間の人々の非難と憎しみに溢れた声を聞いていた。
雫は自分が捕らえられている間に行われた東京都知事選挙をめぐる争いや二階堂俊博の死亡事件の事も耳にはしていたが、自分の起こした事件はそれらの事件が被される程の大きな事件だったのだろう。
雫は裁判長から最後の一言を求められた際に自らに課せられた罰は妥当なものだと述べた上で、もう一度自分の考えを述べていく。
「裁判長……わたしはこの事件に関する全ては茶番だと思います。そもそも、これは勝者が敗者を一方的に責める裁判です。あなた方はわたしや教団に全ての罪を負わせる事によって、この世の全ての悪を除こうとしておられるのでしょう?」
「被告人、何が言いたいのですか?」
裁判長の問い掛けに雫は何処かを達観したような顔で話を続けていく。
「要するに、この裁判は無効だと仰りたいのです。政府を転覆させようとしたわたしに対し、法律という名を借りた復讐を行なっていると言いたいのです」
その言葉に裁判に出席していた元信者や被害者の会の会員、ならびに事件の遺族から罵声が飛び交う。
裁判長は木槌を叩き、周りの遺族達を抑えていく。
「裁判長、わたしは再び問います。わたしは何も間違った事はしておりません。何処かの卑劣な教祖のように精神疾患を装って逃げる気もなければ、記憶障害を装って答弁を逃れるつもりもありません。わたしは自分自身の計画が……毒ガスを撒かなければ民族の意識は変わらなかったと言う主張を曲げるつもりはありません」
裁判長は怒りを通り越し、目の前の僅か10代の少女に恐怖を覚えてしまう。
かつての教祖は裁判長から、遺族や被害者の人間達の元を振り向き、
「あなた達は楽しいですか?」
と、冷静な声で尋ねた。
被害者遺族や被害者の会の人間それに元信者は当然反発の言葉を述べたが、雫は自分の主張を述べ続けていく。
「たった一人の人間に全ての責任を押し付けるのは楽しいですか?とわたしは聞いているのです。確かに、わたしはあなた達のお子さんをお預かりし、十分な悟りを施そうとしました。ですが、お子さん達は残念ながら、悟りの域にはーー」
「黙れッ!いい加減に黙んねーとその面に百発叩き込んでやるぞ!」
歯を剥き出しにして唾も飛ばしかねない程の勢いで叫んだのは自分を逮捕した青い髪のボブショートの女性であった。
女性は人差し指を震わせながら叫ぶ。
「みんなテメェに騙されてただけだろうがッ!それを何だッ!この人達にも非があるみてーな言い方をしやがって!お前がどんな狂った思想を考えてようと勝手だがな、それを他人に押し付け、頭を空にしてゾンビみたいに操ってたんだッ!」
「論理的じゃないね。そんなヤクザみたいに怒られても、わたしは何も怖くないよ。何なら、本当にわたしには百発叩き込む?」
雫は手錠とMCMを掛けられた両手で自分の頬を指差しながら問い掛けた。
「ふざけんなッ!お前の勝手な考えのためにビルに集まった人間が何人死んだと思ってんだッ!お前は死んでも償いきれねーね事をしたんだッ!裁判長!あたしはこいつに星流しの刑を要求する!」
聡子の言葉に同調し、傍聴人達も野次を飛ばしていく。
「静粛にッ!静粛にッ!石井聡子さん!これ以上喋るようならば、あなたを退廷しますよ!」
裁判長が聡子に最後通告を行い、聡子が自分の席に座ろうとするのと大樹寺雫の護送を担当していた刑務官が血を浴びて倒れるのは殆ど同じタイミングであった。
刑務官が血を流すのと同時に、大樹寺雫はアナベル人形を発動させ、周りに飛ばしていく。
聡子はアナベル人形が大きな事件を巻き起こす前に、軽機関銃を取り出し、アナベル人形を撃っていく。
空中で爆発するアナベル人形は噴煙と大きな音を巻き起こしたものの幸いにして一人も人間を巻き込む事はなかった。
だが、煙が収まり、聡子が目を凝らすとそこに大樹寺雫の姿はない。
聡子は裁判長に慌てて声を掛け、刑務官達を探索に向かわせる。
テレビカメラは無傷であったために、この惨事はお茶の間に届けられる事になってしまう。
聡子が同じく席に座っていた絵里子に声を掛け、大樹寺雫を追う事を叫んだが、絵里子は黙って首を横に振る。
「ダメよ。恐らくわたし達じゃあ勝てないわ、大樹寺雫を連れ去ったのはそいつらなの」
聡子は視線を逸らし、俯く絵里子に対して胸ぐらを掴みかねない程の勢いで、彼女の目の前に迫り、
「ふざけんなよッ!大樹寺雫を逃してしまうかもしれねーんだぞッ!あんたはそれでもいいかのよ!?」
無言の絵里子の代わりに説明を引き継いだのは計算係にして白籠市のアンタッチャブル一の頭脳派である倉本明美であった。
明美は唇をギュッと結んで、
「だから、あたし達が今、追い掛けても無意味なんだよ!あいつらはあたし達が追い掛けても直ぐに撃退どころか返り討ちにできる魔法を持っているんだからッ!」
「返り討ちにできる魔法?何だよそりゃあ……」
聡子は言葉を失ってしまう。だが、明美は聡子のショックなど構いもせずに話を続けていく。
「うん、一ヶ月前の社長銃殺事件でわたし達はキャンドール・コーブの原因がチクバテレビにある事は突き止めたよね?けれど、その後のキャンドール・コーブは何処から流れているかは不明だったのを覚えてるでしょ?でも、その前に孝太郎さんがある人物を熱心に突き止めた所に、そのわたし達を返り討ちにできる魔法を持つ人物がキャンドール・コーブ計画の護衛をしている事を知ったんだッ!」
「誰なんだよ。そいつは……」
明美は聡子の目を真っ直ぐに捉えながら言った。
「ユニオン帝国竜騎兵隊隊長、シリウス・Aアーサー・ペンドラゴンだよ」
聡子はその言葉に言葉を失ってしまう。口から何とか言葉を出そうと試みたが、それでも出てこない。
明美は怯える聡子に構う事なく、自分の推理を続けていく。
「恐らく、チクバテレビの社長を殺したのもユニオン帝国竜騎兵隊だと思う……それで、孝太郎さんに何かを囁いて、法廷から逃したのが大樹寺雫だとすると、初めから、この裁判の日に何かを行おうとしているのは明らかだったと思う」
「それが、あの女の奪還だったって事か……」
聡子の言葉に絵里子は首を横に振り、
「いいえ、恐らくもっと恐ろしい事をしでかす筈よ。わたしの勘に過ぎないけれどね……」
絵里子は細い目で被告人の居なくなった法廷を見渡していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月とガーネット[下]

雨音 礼韻
SF
 西暦2093年、東京──。  その70年前にオーストラリア全域を壊滅させる巨大隕石が落下、地球内部のスピネル層が化学変化を起こし、厖大な特殊鉱脈が発見された。  人類は採取した鉱石をシールド状に改良し、上空を全て覆い尽くす。  隕石衝突で乱れた気流は『ムーン・シールド』によって安定し、世界は急速に発展を遂げた。  一方何もかもが上手くいかず、クサクサとしながらふらつく繁華街で、小学生時代のクラスメイトと偶然再会したクウヤ。  「今夜は懐が温かいんだ」と誘われたナイトクラブで豪遊する中、隣の美女から贈られるブラッディ・メアリー。  飲んだ途端激しい衝撃にのたうちまわり、クウヤは彼女のウィスキーに手を出してしまう。  その透明な液体に纏われていた物とは・・・?  舞台は東京からアジア、そしてヨーロッパへ。  突如事件に巻き込まれ、不本意ながらも美女に連れ去られるクウヤと共に、ハードな空の旅をお楽しみください☆彡 ◆キャラクターのイメージ画がある各話には、サブタイトルにキャラのイニシャルが入った〈 〉がございます。 ◆サブタイトルに「*」のある回には、イメージ画像がございます。  ただ飽くまでも作者自身の生きる「現代」の画像を利用しておりますので、70年後である本作では多少変わっているかと思われますf^_^;<  何卒ご了承くださいませ <(_ _)> [上巻]を未読でお越しくださいました貴重な皆様♡  大変お手数ですが完結済の『月とガーネット』[上]を是非お目通しくださいませ(^人^)  第2~4話まで多少説明の多い回が続きますが、解説文は話半分くらいのご理解で十分ですのでご安心くださいm(_ _)m  関連のある展開に入りましたら、その都度説明させていただきます(=゚ω゚)ノ  クウヤと冷血顔面w美女のドタバタな空の旅に、是非ともお付き合いを☆  (^人^)どうぞ宜しくお願い申し上げます(^人^)

コスモス・リバイブ・オンライン

hirahara
SF
 ロボットを操縦し、世界を旅しよう! そんなキャッチフレーズで半年前に発売したフルダイブ型VRMMO【コスモス・リバイブ・オンライン】 主人公、柊木燕は念願だったVRマシーンを手に入れて始める。 あと作中の技術は空想なので矛盾していてもこの世界ではそうなんだと納得してください。 twitchにて作業配信をしています。サボり監視員を募集中 ディスコードサーバー作りました。近況ボードに招待コード貼っておきます

復讐に燃えたところで身体は燃え尽きて鋼になり果てた。~とある傭兵に復讐しようと傭兵になってみたら実は全部仕組まれていた件

坂樋戸伊(さかつうといさ)
SF
平凡なシティの一市民として人生を送っていたはずだった杉屋 亮平の人生は、その日を境に一変した。 とある傭兵が平和を享受していただけのシティにおいてテロ行為を起こし、亮平は家族、友人、そして日常の全てを蹂躙された。 復讐を果たすための手段を模索していた亮平に、アリス=R=ルミナリスが接近。亮平のコーチング、マネジメントをすると 持ちかけられ、亮平はこれを了承。彼は自分から平穏を奪った傭兵を倒すべく、自分もFAV-汎用戦闘歩行車両-を使い、 そして復讐を果たすことを誓う。 しかし、それはある思惑によって引き起こされたことを彼は全く知らず、悪鬼羅刹に変わっていくのであった。 他方、市街地襲撃の依頼を受けた傭兵、荒川 尊史は、自分が傭兵であることに意味を見失っていた。 周りの物を何も見ず、頼らず、ただただ無為に時間を過ごし、怠惰に時間を過ごす日々。 見かねた女房役兼専属オペレーター、藤木 恵令奈が経済的な危機を訴えてきた。 そして、尊史と恵令奈は手ごろな依頼を受ける。 その依頼に眠る思惑がどういったものかも知らず。 交錯する幾つもの魂。 絡まり、もつれ合う彼らの運命の先に待つものは、悲願の達成なのか。 それとも、空虚な絶望か。 ※他小説投稿サイト(カクヨム様、小説家になろう様)にも投稿中

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』 という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。 それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。 そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。 まず、夫が会いに来ない。 次に、使用人が仕事をしてくれない。 なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。 でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……? そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。 すると、まさかの大激怒!? あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。 ────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。 と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……? 善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。 ────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください! ◆小説家になろう様でも、公開中◆

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

ディメンション・アクシデント

JUN
SF
 目つきと愛想の悪さから「殺し屋」と噂されて恐れられる篁文とズボラ女子の紗希は幼馴染。真の姿は自分だけが知っていればいいと、噂を虫除けに、厄介事に巻き込む日々。しかし今回の厄介事は、規模が違う。命と恋のピンチ!

モリウサギ

高村渚
キャラ文芸
完結済。警視庁捜査一課の刑事館那臣は『解決してはならない事件』に手を出し、懲戒免職寸前だった。そんなとき書店で偶然出会った謎の美少女森戸みはや。自らを『守護獣(まもりのけもの)』と呼ぶ彼女に那臣は『主人(あるじ)』として選ばれる。二人の奇妙な同居生活が始まった。次々と起こる女性殺害事件。被害者の女性は皆『オーディション』を受けるため誘い出され、殺害されていた。その影には因縁の相手、警察OBで国家公安委員長である河原崎勇毅、そしてその息子の河原崎尚毅の存在が……?「もう一度、奴らを追う」「主人の望むものすべてを捧げるのが守護獣ですから」那臣とみはや、そしてその仲間たちは河原崎親子の牙城を崩せるのか……?同人誌として6冊にわたり発行されたものに加筆修正しました。小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。なお、作中の挿絵も筆者が描いています。

処理中です...