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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

駆除の現場を目撃したのはクイントン

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「まさか、イノケンティウスが殺されてしまうとはね」

イメルダが赤い蒸留酒の入ったグラスを片手に言った。

「叔母上ッ!これは一大事ですぞッ!ネオドラビア教の神であった教皇が殺されたとなってはネオドラビア教もその後始末に追われ、我々に力を貸す余裕などありますまい」

「……あの若造、卑怯な真似をせんみたいな顔をしているくせになかなか小賢しい真似をするじゃない」

イメルダの発した「若造」という蔑称がフィンのことを指し示すのはいうまでもあるまい。イメルダは怒りのあまりとうとう貴族として必要な王に対する礼儀まで忘れてしまったのだろう。これは今の時期において彼女ばかりではなく、彼女の派閥に属する貴族全員が同じような心境に至っていたといってもいい。
イメルダが得意げな表情を浮かべて酒を飲んでいた時だ。勢いよく扉が開かれ、彼女の夫であるプラフティー公爵が姿を現した。

「た、大変だッ!とうとう陛下がネオドラビア教完全撲滅に向けて動き始めたぞッ!」

教皇イノケンティウスの死後、フィンはネオドラビア教撲滅を掲げ、かつてネオドラビア教に人生を無茶苦茶にされたという騎士、アドニス・フォークを大将に任命し、大規模な討伐隊を編成させてから、その総本山へと兵を向けたのであった。
もし、教皇イノケンティウスが健在であったのならば討伐隊とネオドラビア教とはそれなりの勝負を交わしていたに違いない。

だが、教皇というカリスマを失ったネオドラビア教は今や風前の灯といっても良い。教皇死後における今後の方針がの勢まとまらないうちの進軍であるので、ネオドラビア教はたまったものではないだろう。
内紛でわちゃくちゃとしているところに大規模討伐隊が差し向けられたのだ。
これで本当にネオドラビア教は壊滅、もしくは大規模な打撃を受け、立ち直れないという状況へと追い込まうことは間違いない。

そして、ネオドラビア教が撲滅した後、フィンがネオドラビア教の息がかかっていた貴族たちに牙を剥けることは想像に容易い。
これを機会にハンセン公爵家もプラフティー公爵家もお取り潰しが図られる可能性が高い。
故にロバートはプラフティー公爵に訴え出た。

「叔父上ッ!ここはフィンの奴に嗅ぎ付けられる前に我らの手で戦役を起こし、あの者を王の地位から引き摺り下ろしてやりましょうッ!」

「そ、そうだな」

プラフティー公爵が甥の言葉に同調の意を示した時だ。

「落ち着きなさい」

と、イメルダが激昂する甥とは対照的なまでに落ち着いた声で窘めた。
それにじっとしていられなかったのは甥である。若き青年貴族だということもあり、彼は眉間に皺を寄せ、叔母へと掴み掛かっていくのだった。

「叔母上ッ!正気ですか!?ここを動かねば我らは断絶の憂き目にーー」

「だから、それがフィンのやり方だと言っているの」

イメルダの意味深な言葉にロバートも怒りを引っ込め、両眉を上げながら先程よりかは穏やかな口調で叔母にその意味を問う。

「簡単な話よ。反乱など起こしてしまえばフィンはそれを名目に私たちを反す刀で私たち討伐するでしょうね。親衛隊で城に篭って時間を稼ぎつつ、ネオドラビア教を倒した軍勢と合流して私たちを挟み撃ち……というところかしら」

イメルダの筋の通った説明にロバートは疑問を投げ掛ける暇もなかったらしい。
うーむと唸り声を上げて納得の意思を示していた。

「しかし、このまま黙って指を咥えておくわけにもいかん。お前、何かいい策があるかね?」

「そうねぇ」

プラフティー公爵は切羽詰まった様子で妻に縋り付いていた。だが、イメルダは見捨てることもせず手に持ったワイングラスを傾けながら思案していく。
ロバートはその姿を羨望の眼差しで見つめていた。昔から叔母のやることに間違いはなかった。今度も自分たち一族の危機を救うような魅力的な提案を行なってくれるはずだ。
イメルダはその甥の懇願に応えるかのように席を立ち上がり、グラスの中に入っていたワインを飲み干すと、得意げな顔を浮かべて言った。

「簡単な話よ。フィンの奴にネオドラビア教のことを忘れさせるように仕向ければいいのよ」

「というと?」

「別の悪党を見つけ出すのよ。そうねぇ、巷を騒がせる害虫駆除人なる貴族に弓を引く無礼な輩を捕らえれば青臭い陛下もネオドラビア教どころではなくなるんじゃあないかしら?」

「しかし、叔母上……唐突な話題のすり替えに陛下が同意なさりますかな?」

「それまでは時間を稼げばいいのよ。幸いなことにあの若造はネオドラビア教の総本山壊滅に釘付けになっているわ。その間に駆除人を探し出しましょう」

イメルダの提案は天啓にも等しいものであった。すぐさまプラフティー公爵とロバート卿は私兵を編成し、街に繰り出し、害虫駆除人の探索に臨んだのであった。

だが、いくら害虫駆除人なる存在を探ったとしてもその存在は影も形もない。改めて害虫駆除人なる人々の用意の周到さに私兵たちは舌を巻くことになった。
来る日も来る日も私兵たちは城下町を探索したが、髪の毛一本たりとも見つかることはなく、時間ばかりが過ぎていく。クイントンもそんな無意味な捜索に駆り出された一人である。

彼は私兵ではなくロバート卿の従者であったのだが、人員が足りないということで昼も夜も城下町をあてもなく歩き回っていた。足が棒になりつつある頃にクイントンは疲れを覚え、酒場へと寄り、休息に訪れていた。
酒場で安いジョッキに酒を注がれ、簡単なつまみを口にしながら頭の中で自分の主人であるはずのロバートへと愚痴をぶち撒けていた。害虫駆除人など簡単に見つかるはずがない。大体その存在を殆どの人が確認できないから噂でしか囁かれていないのだ。そもそも、駆除人なる裏稼業の人物たちを挙げたところでフィンによる追求は免れまい。露骨な話題逸らしがフィンに通用するものか。
クイントンの頭の中からは既に忠誠という言葉は消え失せていた。

このまま呑んだくれてしまおうと決め、クイントンが酒を啜っていると、自身の隣の席で怒声が聞こえた。これによってクイントンの思考が遮られ、隣の席で起きている喧嘩に釘付けになってしまう。
話を聞くに怒声を上げた男が一方的に相席となった男を怒鳴り散らしていたらしい。
徐々に高くなっていく声が不愉快だった。クイントンが席を立って、酒場から立ち去ろうとした時だ。

「おいッ!テメェ!何逃げようとしているんだッ!」

どうやら目を付けられてしまったらしい。不味い。直感が働いた。クイントンは慌てて代金を置いて酔いが醒めていないのにも関わらず、慌てて酒場から逃げ出す。幸いなことにあの乱暴者は追い掛けてこなかった。クイントンはお陰様ですっかりと酔いが覚めてしまった。憂さ晴らしのために酒を嗜んでいたつもりだというのに、あのような迷惑な男のためにすっかりと酔いも吹き飛んでしまった。

あのような迷惑な人間こそロバートたちが取り締まればいいのに、そのロバートたちは自分たちに代わって裁きを下してくれる駆除人たちを代わりに取り締まろうとしている。なんともやり切れない思いだ。
一息をつく。鉛のような大きな溜息であった。

先程の迷惑な男が我が物顔で自分の元へと近付いてきていることに気が付いた。
あんな奴死ねばいいのに。そう思っていた時だ。クイントンにとってずっと聴きたかった声が聞こえてきた。

「ねぇ、少し私とお話し致しません?」

間違いない。透き通った水のように綺麗で上品な音色のこの声は自身が恋焦がれるカーラの声そのものだ。
しかし、その男は乱暴者である。カーラが何を思ってその男に近付いているのかクイントンには理解できなかった。
もしかすれば、会わなかった僅かな間に悪い人間に騙されて乱暴者と付き合うようになってしまったのかもしれない。
クイントンが恐る恐る物陰から様子を窺う。乱暴者と自身が恋焦がれる令嬢は何やら囁き合っているようで、穏やかな談笑を行なっている姿が見えた。

その様子に衝撃を受け、クイントンが目を逸らそうとした時だ。
不意に乱暴者の男が地面の下へと倒れていく姿が見えた。クイントンは思わず目を擦ってみたが、目やにやら汚れやらのために視覚が間違った光景を映し出したというものではなかったので、目の前には倒れた乱暴者の男とそれを冷たい視線で見下ろすカーラの姿が見えた。
手には令嬢が握るのには相応しくない凶器のような鋭利な針が握られていた。
本来であるのならばこのまま黙っておくというのが筋というものだろう。

だが、クイントンは我慢ができなかった。思わず体を乗り出して立ち去ろうとするカーラを呼び止めた。
呼び止められ、こちらを振り向くカーラは青い顔をしながらクイントンを見つめていた。しかし、それも最初だけであり、やがて不敵な笑みを浮かべると、クイントンの手を握り、彼に有無を言わすことなくどこかの酒場へと連れ込んだ。
クイントンが連れ込まれたのはどこかの酒場であったが、どこかただならぬ空気が漂っており、そこがただの酒場ではないということが感じ取れた。

酒場には中年と思われる男性が客に酒を注いでいた他に酒場の給仕と思われる若い男性が客の注文を取っていたが、クイントンは二人からどこか他人とは違うような空気を感じ取っていた。
肩を震わせながらクイントンは酒場の椅子の上へと座らされ、この見知らぬ酒場の中で酒を飲み直す羽目になった。
酒場のマスターと思われる男性はクイントンの前に酒を注いだものの、クイントンは酒を啜るつもりにはなれなかった。
というのも、酒場のマスターと思われる男性が自分を見張っているかのような気がしたからだ。クイントンは酒を飲もうとしていたが、緊張と恐怖とで手が震えていたために上手くグラスに触ることができなかった。

そして、ようやく手に取った時も無惨にもその酒を溢してしまったのである。
クイントンは溢れた酒を見て、どことなく血を連想し、その恐怖に震えていた時だ。溢された場所に布巾が届き、溢れたワインは拭き取られていく。

「す、すいません」

クイントンは恐縮し、咄嗟に謝罪の言葉を述べたが、若い給仕の男性はどこか影のある笑顔を見せるばかりであった。
お詫びの印とばかりにクイントンが新しい酒を注文したものの、やはり、手が震えて酒を飲めそうにはなかった。
グラスいっぱいにまで入った酒を見つめながら途方に暮れていた時だ。
酒場のマスターが顔を近付け、威圧感のある切長が入った双眸がクイントンの顔を舐め回すように見つめていた。

「カーラから聞いたぜ、お前さん、駆除の現場を見ちまったんだってな?」

クイントンの心中は恐怖の激流に呑まれた。激流が体全体に流れ込み、恐怖一色で包まれてしまったといってもいいだろう。クイントンが死を覚悟する境地へと至った時だ。

「お待ちくださいな」

と、カーラが手を挙げた。

「どうしたんだい?カーラ」

「私によい考えがございますの。よろしければお聞きくださいません?」

カーラの発した一言はマスターとクレイントンの両名を目を見開かせるまでに驚かせたのだった。













本日は朝に投稿できずに(特に時間などは決まっておりませんが)申し訳ありません。昨日にいろいろなことがありまして、明日は無事に投稿させていただく予定ですので、今後も引き続きお読みいただければ幸いです。
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