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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

もう一人の王子様が現れて

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「いやぁ、よくやってくれた!流石はレキシーとカーラのコンビだ!百発百中だッ!」

マスターは二人のグラスに酒を注ぎながら純真な笑顔を浮かべてお酌を行う。

「まぁ、害虫駆除人として当然のことを行ったまでのことだよ」

レキシーは機嫌良さげにグラスに入った酒を啜っていたが、それとは対照的にカーラは暗い表情で酒を啜っていた。

「どうした?酒が不味かったか?」

「いいえ、今回の駆除ですけれども、依頼人はもしや優しいだけと言われる跡取り息子ではないでしょうか?」

カーラの問い掛けにマスターの片眉が動く。
それから髭に覆われた口元を小さく歪めて、顔に微笑を作り上げてカーラの問い掛けに答えた。

「その通りです。今回の依頼はその方でね。友達の敵討ちということでした」

「友達か……随分と親しかったんだねぇ。召使いと主人なのに」

「古くからこの国では貴族の家とそれに長年仕える家との間には密接な信頼関係が生まれると聞きますわ。なにせ、その家では親子三代で同じ家に仕えてきたわけでしょう?ならば、自然と幼い頃から面識もできますわ」

「なるほどねぇ、納得がいった」

レキシーは何杯目かの酒を啜りながら言った。

「そのお方にとっては告発を行った召使いは親友にも近い存在であったのでしょう。しかし、相手はこの国の聖女……まともに報復を行えば、傷を負うのは自身……故に害虫駆除人の存在を聞いて、ご自身の貯蓄を持って現れたのでしょう」

「自身の貯蓄を!?」

レキシーの目が丸くなる。

「えぇ、私たちの報酬はあのお方の私財なのでしょう。私財を投じてまで、無念を晴らしたかったのでしょうね」

レキシーはカーラの解説を聞くでは信じられなかった。自分よりも上位の存在である貴族が下の存在である召使いの男性に親愛を感じる、ましてや友情を感じるなどと。
しかし、今回の話を聞いて彼女は考えを改めることにした。
貴族の中にもリーバイやカーラに近い考えを持った人間もいることを知ると、レキシーの中にある貴族に対する反感めいた気持ちが少しだけ萎んだ。

それはそれとして報酬として渡された宝箱の中に入った宝石や金貨はどれも質がよい。
これを使えば当分の間は食事に困らないだろう。
レキシーがそんなことを考えていると、自身の顔を一人の男が覗き込んでいることに気が付いた。
慌てたレキシーが椅子の上から転げ落ちると、その男が慌てて手を差し伸べる。

「いっ、いいよ!助けてもらわなくても……それより、マスター、このお兄さんは誰なんだい?」

「あぁ、言っておくのを忘れていたな。彼は王子様だよ」

「ハァ!?」

「王子様って言っても“元”な。国を追われて、今ではおれらと変わらん身分よ」

「元と言われてもさる国の王子殿下には変わりありませんわ。ご機嫌よう。私はカーラ、カーラ・プラフティーと申しますわ。かつてはこのクライン王国有数の門閥貴族、プラフティー公爵家において令嬢をしておりましたの。以後、お見知り置きを」

カーラはわざわざ椅子を降り、自身のタンクトップの両裾を掴み上げて、丁寧に頭を下げて挨拶の言葉を述べた。
もう一人の男はその様を見て、少しの間、呆然としていたが、すぐに彼女に向かって頭を下げ返す。

「こ、これは失礼しました!お……いえ、私の名前はヒューゴ、ヒューゴ・ド=ゴールと申します。かつてはある国で王子をしていました」

改めて声を聴くとなかなかいい声である。いいや、声ばかりではない。少々幼くは見えるものの、目鼻立ちは整っているし、その頬には汚れ一つ見えない。
可愛らしい顔と態度にレキシーの胸が少しだけ高鳴った。
レキシーは下心もあってか丁寧に頭を下げた。頭を下げながら改めて観察を行うと、ヒューゴは顔は美男子の象徴ともいえる逆卵型であったのでレキシーは見惚れそうになった。
堪らなくなったレキシーはヒューゴの元へと近寄り、彼の耳元で甘い声色を出して囁いた。

「ねぇ、あんた、美男子だねぇ。よかったらこの後、おばさんとお酒飲まないかい?」

「よしなさいな。ヒューゴさんが困っておられるではありませんか」

呆れた表情を浮かべたカーラの忠告の言葉にレキシーは舌を出しながら自身の頭を拳で軽く叩く。
ヒューゴはその姿を見てしばらくの間は困ったような笑みを浮かべていたが、やがてカーラが自己紹介の時に発した『元公爵令嬢』という肩書きが気になり、マスターにその意味を問い掛けた。

「あぁ、おれも今日の仕事中に耳に挟んだんだけどね、この子、お城を追放されちゃったのよ。なんでも義理の妹を虐めたからとかなんとかで」

「義理の妹を!?あんた、とんでもないーー」

「誤解だよ。でっち上げに決まってるじゃあないか。自分をいじめてくる使用人さえも解雇しないこの子がそんなことをできるとでも思うの?」

先程までの色仕掛けを引っ込め、駆除人の表情を見せたレキシーの剣幕に押され、ヒューゴも肩をすくませる。
どうやら彼も納得がいったらしい。大人しく席の上へと戻ることになった。
それからカーラは酒を片手にマスターに問い掛けた。

「それで、マスター。ヒューゴさんをどうするつもりですの?」

「どうするって……新入りの害虫駆除人の先生役になってもらいたくって」

「あたしにこいつのお守りをしろっていうのかい!?」

レキシーが声を上げる。だが、マスターは彼女の意見など無視して話を続けていく。

「殺しの技術は身につけているからそこら辺は心配いらんよ。ただ、こいつはなんというか……その」

「マスター、もういいでしょう!こんな挨拶よりもオレは害虫駆除人となった以上、この世に蔓延る寄生虫どもを一刻でも早く駆除したいんです!」

「……ヒューゴさん。あなた、なにか勘違いしているのではなくて?」

カーラは冷たい視線でヒューゴを刺しながら言った。
予想と違う反応を見せたお嬢様にヒューゴは肩をすくめつつも反論を述べた。

「勘違い!?我々の任務は全ての悪を裁く義侠の仕事でしょう!?だというのに……」

「義侠?私たちの仕事はそんな高尚なものではありませんの。亡きお祖父様によれば『駆除人はあくまでも補佐に過ぎない』のですわ」

「補佐?」

「つまりね、正規の取締役のサポートってことだよ自警団や警備隊、それに上の人たちが持て余した悪を人から金をもらって狩るだけの存在ってことさ。表の人たちからは決して褒められない仕事。お世辞にも正義の味方だなんていえない存在……それが駆除人なんだよ」

「お分かりでして?全ての悪を裁く仕事ではありませんわ。でも、あなたの心意気は気に入りました。歓迎致しましょう。新しい駆除人として」

カーラは駆除人の意義を知らされて消沈するヒューゴに向かって手を伸ばして言った。
ヒューゴはその手を受け取り、自身の駆除人としての心を新しく構え直したのであった。
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